第12話 人魚の浜-1


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アンカーの町のある地域は一年中が春の陽気である。
1年に4,50日程度の雨季があり、真夏日が続く事もまれにある。
それはそんなある暑い日の事だった。

海水浴?
私は読んでいた新聞を畳みながらエリスの言葉を繰り返した。
「そうよ、おじさま。町の人達の話じゃこの時期の夏日は一週間くらいは続くんですって。一緒に海に行きましょうおじさま!」
ふむ・・・・・。
しばし考える。エリスは普段私の手伝いや身の周りの世話ばかりで一日を過ごしている。
町へ出て好きな事をしてきていいのだよと言っても中々そうはしない。
その彼女がこういうのであれば、連れて行ってあげるのもいいと思う。
わかった、じゃあ行くとしようか。我々だけで言ってもエリスはつまらないだろう。街で友人に声をかけてくるといい。
すると何故かエリスは慌てた様子でぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ!いいの2人で、私そんなに知り合い沢山いないし。いてもハゲマゲとかだから」
お前ハゲマゲって人を何かアイテムクーポン付いた本みたいな呼び方しないように。
ふーむ、まあエリスがいいのならそれでいいのだが、正直私は浜辺に行っても横になるくらいしかやる事がないのだがね。
ともあれ、こうして我々は海へ行く事になったのであった。

町からすぐの場所に、砂浜の砂が陽光を受けて銀色に輝くので町の住民達が銀の浜辺と呼んでいるビーチがある。
海水浴には最適の場所だった。
私たちはそこへやってきた。
やはり同じ事を考える人は多い。浜辺はそこそこに賑わっており露店も出ているようだ。
「もろこしー。もろこしはいかーっすかー。美味しい焼きもろこしだよー」
なんか聞き覚えのある声がするな・・・・と思えばやはりそれはハゲマg・・・・・ジンパチであった。
「ジンパチ、あなた何やってるのよこんな所でそんな真似して・・・・・」
エリスがジト目で言う。
「っせーなガキ! 商店街でツケまくってたらかり出されちまったんだよ! 買う気ねーならとっととどっか行きやがれ!」
方々でツケてるなこの男は・・・・・。まあそういう事なら多少は協力させてもらうか。
焼きもろこしを2本買う。
「あざーっす!! センセーどうですついでにカキ氷と焼きイカとたこ焼きと焼きそばとリンゴ飴と金魚すくいも!!」
ぶ!! 何個兼ねてやってんだ!!
大体海まで来て金魚すくいさせるんじゃない。っていうか向こうには射的まである!!
てゆかこの金魚デカいな!!! どいつも4,50cmあるぞどうやってすくうんだこんなの。
「フッ、キサマではこの私をすくうことなどできぬ。出直してくるのだな」
身体だけでなく態度までデカい。つか話しかけてくるなよ。
浜辺で金魚に鼻で笑われる日が来るとは思わなかった。

「おお、先生方も肌を焼きにですか?」
そこへ声をかけてきた巨漢がいた。うぐいす隊隊士、蒲生哲清であった。
うぐいす隊屈指の力自慢である。流石に凄い身体をしている。
ただの海水浴だよ、とテッセイに挨拶する。
「某はこの自慢の肉体を焼きにきました。流石に先生も御歳に見合わん鍛えた身体をしていらっしゃいますな。やはり男は筋肉でしょう!」
ムキッとテッセイがポージングする。
暑苦しいなぁ周囲の気温が上がった気がするぞ・・・・。
「某らの故郷ヤマトの国の天才平賀絵次孫も『天才とは、100%筋肉である』という名言を残しているんです」
他のものが入る余地が1%もなかった。
「オイ、テツさんマッスルは向こうでやってくれ! ギャルの客が逃げる!!」
ジンパチが渋面で文句を言う。
「何をバカな! 陣八そうやってお前は筋肉の良さを理解せんからバカでアホで年中フラれてばかりで借金まみれなんだ!!」
酷い言い様である。
あーあ隅っこで膝を抱えてジンパチがブルーになった。
「流石に人魚の話が広まってるので人も多いですな」
テッセイが周囲を見回して言う。
人魚の話?
「ああ、先生はご存知ありませんでしたか。何でもここ最近で、この浜辺付近で人魚を見たという噂が広まっているんです。人魚を一目でも見たいと思って来た人も大勢この中に混じっていると思いますよ」
なるほど、人魚か・・・・。
そういった種族が存在するという話は聞いている。しかし私も実際に見た事はない。

それから私はジンパチ達と別れてエリスと2人で浜辺でのんびりしたり、少し水に入ったりした。
大した相手が出来たとも思えないが、始終エリスが嬉しそうだったのが印象的だった。
やがて日は陰り、我々は帰り支度を始めた。
「離せ! 知らないって言ってるだろ!」
ふいに、強い調子の女性の声が耳に入る。
見てみれば一人の女性を五人の男が囲んでいた。見るからにガラの悪そうな男達だ。
「ちょっと聞いてるだけじゃんよゥ。その態度は良くないなぁ」
「人魚がいないっていうならさぁ。おねーちゃんが俺たちの相手をしてくれたっていいんだぜぇ?」
男たちは下卑た笑い声をあげる。
やれやれ、どこにでもこの手の輩はいるものだ。
どれ、とそちらへ向かいかけた時、既にエリスは彼らの所にいた。
「おやめなさい! そちらの女性は嫌がっているでしょう!」
「・・・・・・お? 何よ何よいきなり横から出てきちゃってさぁ」
「お前も俺らと遊んでくれるっていうのかぁ?」
エリスがニヤリと笑った。
「ええ、いいわよ。遊んであげる!!」
30秒後には男たちは全員地面に倒れ伏して呻いていた。
大怪我とかさせていないか?
「そんなヘマはしません! 骨とかは大丈夫なはずよ」
エリスがちょっと口を尖らせた。
「あの・・・・ありがとう、助けてくれて」
女性が礼を言う。健康的に日焼けをしたまだ若い女性だ。歳はエリスと同じくらいかもしれない。
「私はマルティナ。ここで漁師をしてるんだ」
私たちもそれぞれが名乗る。
「まったくいい迷惑だよ。人魚の話が出てからああいうのも浜辺に増えちゃってね」
うんざりした調子でマルティナがため息をついた。
「人魚なんかいやしないのにさ」
やはり見た事はないのかね?
「私はここで8年魚を獲ってきた。だけど1回だって人魚なんか見た事ないよ」
最後にもう一度ありがとう、と礼を言うとマルティナは手を振って去っていった。
まあ、見つからないからこその浪漫というものもある。
おとぎ話はおとぎ話にしておくのが利口かもしれない。
・・・・・ところが、私たちとマルティナと人魚に関わる話は、これだけでは終らなかったのだ。