第10話 神都の花嫁 -7


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古き竜族の生き残り、レッドドラゴンのエウロペアは死闘の果てに封印され消えた。
この地上で最も強大な生命体であるドラゴン。
中でも真紅の体躯を持つレッドドラゴンは、ドラゴン種族の中でも特に魔術に長けた竜であるという。
王者は王者のまま敗れ去った。
命よりも誇りを重んじて、エウロペアは散った。
…そして、勝者もまた満身創痍だった。
救護兵達によって、エウロペアを倒したカーラが運ばれていく。
彼女はエウロペアの封印が成った瞬間を見届けてすぐに意識を失った。
昏睡状態の彼女は、自らも傷を負っているフェルテナージュの先導で治療院へと運ばれていく。
戦場となった式典広場の惨状は凄まじい。
美しく整えられていた広場は一面の荒地と化している。
それが事実であるのだが、この有様を見れば誰もがきっと「ドラゴンの暴れた跡の様だ」と感想を述べる事だろう。
その式典広場跡地で、今更ながらにガタガタと震えているカルタスが泣き崩れていた。
「…ごわがっだでず…ごわがっだでずよ~…」
彼には何の力も無かったし、彼自身もそれをよくわかっている。
だが、やはり彼にもあの場に飛び込んだ瞬間には命よりも大事なものがあったのだ。
結果としてそれは不敗の赤竜の致命の隙を作ることとなった。
おいおいと泣いているカルタスの頭に、そっとベルナデットが手を置く。
「あなたのお陰で私の友達が2人、死なずに済んだわ。…ありがとう、カルタス」
優しく微笑んで、ベルはカルタスの頭を撫で続けた。


ゴルゴダの槍術は斜め上より突き下ろし気味に相手を狙うのが基本の型だ。
高速で回転する穂先が、まるで暴風雨の様に無数に降り注ぐ中を、シルファナが鋭い体捌きでかわしていく。
しかし、彼女は徐々に全身に傷を増やしている。
かすっただけでも肉を抉る刺突が確実に彼女の命を磨り減らしていく。
「…ふッ!!」
手傷を負いながらもシルファナが袖口から無数の何かを投じた。
それは鋭い風切り音を残してゴルゴダへと襲い掛かる。
「無駄だぜ!!!」
ゴルゴダが手元で槍を振るった。
ガキキキン!!!と金属音が響き、ゴルゴダの周囲にバラバラと尖葉型の金属刃…「飛鏢」が落ちた。
「手裏剣…色々やりやがるなァ。…ぬッ!?」
ゴルゴダが足元に落ちた飛鏢に視線を落とした、その一瞬の隙を突いてシルファナは跳んでいた。
跳躍し、ゴルゴダに向かって刺す様な蹴りを放つシルファナ。
シルファナの靴の踵には錘が仕込まれており、踵部分の靴底には短く太いスパイクが植えられている。
これで蹴り抜かれれば頭蓋を砕かれる。
「悪くねぇ蹴りだな」
薄笑いを浮かべてそう言うと、ゴルゴダが構えた槍でその蹴りを受けた。
ガッッ!!!!と激しい炸裂音が響き、シルファナが蹴りの体勢のままで空中で一瞬静止した。
「だけど、そっからがよくねぇ」
ぶん、と槍を旋回させるゴルゴダ。
そしてぐらりと体勢を崩したシルファナの鳩尾に深々とゴルゴダの拳が炸裂した。
「…か…は…」
前のめりになったシルファナがぼたぼたと口から鮮血を零した。
「…ああ、やっと…」
「あン?」
小さく呟いたシルファナを、ゴルゴダが怪訝そうな表情で見下ろす。
「やっと…懐に入れてくれた…ね…」
そう口にするや否や、シルファナは突如ぐるりとその場で横に回転し、ゴルゴダの拳を逃れた。
更に回転しながら上着を脱ぎ、ゴルゴダの首にフワリとマフラーの様に引っ掛ける。
「…!!!!!」
ゴルゴダが絶句する。
その首に巻かれた上着の両袖をシルファナが握り、力一杯引いた。
「うおッッ!!! …てめえ! その細腕でオレを絞め落そうって気かよ!!!」
叫んでゴルゴダが首を巻く上着に左手を掛けた。
「まさか…キミと力比べをするほど馬鹿じゃないよ」
呟いてシルファナは音も無く跳躍した。
両の袖を握ったまま、真正面からゴルゴダの頭上を飛び越えて縦に一回転したシルファナがその背後へ降り立つ。
そして両者はドン、と背中同士をぶつけ合わせた。
シルファナはそのまま渾身の力で両袖を引き、前のめりにその背にゴルゴダを担ぐ体勢を取った。
仰け反る形でゴルゴダの足が地から離れる。
「なッッ…!!!?? まさか…まさか!!!!!!!」
シルファナの背の上で、空を見上げてゴルゴダが目を見開いた。
「死に物狂いというのも、本当に大変だね…」
シルファナの瞳がスッと細められた。
「…『こんな事までしなくてはいけなくなる』」
無音のまま、ゴルゴダは上空で大きく弧を描いた。
そして首を締め上げられたまま、頭部から激しく地面に叩き付けられる。
…ゴッッッッ!!!!!!!!
ゴルゴダの頭部が打ち付けられた石畳に蜘蛛の巣状の亀裂が広がり、シルファナは上着を手放すと後方へ跳んだ。
「…お…ご…」
唯一の生身の部分…「核」とも言える頭部に激しいショックを受けたゴルゴダが必死に立ち上がろうともがく。
しかしバタバタともがくだけで、両手を地面に突く事すらできない。
ぐにゃぐにゃに歪んだゴルゴダの視界の先で、印を結び術の詠唱に入っているシルファナが微かに見て取れた。
「…!!! どこ…だ…オレの…や…り…」
必死にゴルゴダが自らの脇に転がっている魔槍を拾う。
しかし槍はすぐにその手から零れて再び地面に転がる。
「オレは…オレは究極の魔剣を…生み出すんだ…」
ゴルゴダの呻き声に、シルファナが微かに眉を動かした。
「そうか…それは立派な理想だね」
シルファナの術が完成した。
「…だけど…」
彼女の周囲を真紅の炎が取り巻く。
「…てめえなんかにやられてたまるかよォォォォォッッッッ!!!!!!!!」
「だけど…どれ程立派な理想でも、誰かの笑顔を奪っていい理由にはならない」
シルファナの生んだ炎は巨大な燃え盛る鳥の姿を取った。
放たれた灼熱の鳳凰はゴルゴダを飲み込み、その姿を炎の中に消す。
「ぐああああああああああああああァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!」
紅蓮の炎の中でゴルゴダが絶叫する。
人造のボディが…その中の生身の脳髄が…黒く炭化して消滅していく。
「『幻夢鳳凰波』…夢を見る様に、おやすみ…ゴルゴダ」
爆ぜる炎の前で、シルファナは静かに目を閉じて別れの言葉を告げた。


その頃、神都から西方の空を白バッタで飛んでいるカイリが仮面を外してその場に投げ捨てた。
カイリの腰にはメリルリアーナが両手を回してしっかりと掴まっている。
「…ねえ、本当によかったの…?」
不安そうにカイリが背後のメリルの様子を窺う。
そんなカイリにメリルはにっこりと笑って肯いた。
「もちろんよ。…私が無理を言ってやらせたんだもの、カイリには迷惑がかからない様にするから安心してね」
「いや…そんなやった事を全部メリルのせいにする気はないんだけど…」
とは言え、カイリの心の中は不安で一杯だった。
自分の身を案じているのではなく、彼はメリルの身を案じていたのだ。
自ら式の最中に、それを投げ出し逃げる為に自分をさらう様に指示したメリル。
断りきれずに彼女の言う通りにしてしまったカイリであったが、正直今はそれを後悔していた。
「どうするの? これから…」
カイリが尋ねると、メリルはうーん、と横を向いて空を見上げた。
「もう、神都には戻れないかな…。取り返しのつかない事をしちゃったから」
言葉の割には、メリルの言葉はさばさばしている。
でも、カイリはそのメリルの目の清々しさに冬の晴れ間の物悲しさが混じっている事に気付かない。
「ね、だったら…」
カイリが上体をぐいっと捻ると背後を向いてメリルの手を握った。
「アンカーの町へおいでよ…! おっちゃんの店…ノワールって言うんだけどメリル1人くらい暮せるスペースは十分にあるし! 落ち着くまでお店で暮せばいいよ!」
ちなみにカイリはそのノワールがいまや甘味処と化して老人会の憩いの場になっているという現実を知らされていない。
突然手を握られて驚いたメリルはきょとんと目を丸くしていたが、やがて嬉しそうに微笑むと
「…うん」
と肯いた。

半日程バッタで飛んだ2人は、やがて砂漠の中の岩場に造られた石扉の前にいた。
砂岩で作られた扉は頑丈な門と言っても良い造りをしている。
見たところ、どうやら古い遺跡であるらしい。
「…ここでいいの?」
バッタを繋いでカイリがメリルを振り返る。
「ええ、ありがとう」
礼を言うメリルはカイリの方を見てはおらず、門を熱心に調べていた。
やがてメリルは古代文字で記された一文を門柱の中に見つけ出す。
「これだわ…」
そしてメリルはその文字の上に手を翳すと、目を閉じて同じく古代語で一言何事かを唱えた。
カイリにはわからなかったが、その言葉は「パーラムと皇家の血に従え」という意味だ。
ズズズズズ…と重々しい音を立てて分厚い石扉が左右に開いていく。
突然の事にカイリは「うわ、うわ」と後ろに下がった。
そんなうろたえているカイリをメリルが振り返る。
「中で休みましょう。誰も私たちがこんな所へ逃げ込んでいるなんて思わないでしょうから、ゆっくりできるわ」
そして2人は遺跡へ足を踏み入れると、手近な所に腰を下ろした。
メリルはウェディングドレスの下に携帯していた小さな水筒を取り出すと、カイリにお茶を淹れた。
ハーブの良い香りがカイリの鼻腔を擽る。
「はい。喉渇いているでしょ?」
カイリはこくんと肯いてカップを受け取った。
実際、彼はここまで緊張し通しであり、口の中はカラカラに乾いてしまっている。
良く冷えたハーブティーを一息に飲み込んで、カイリは大きく息をついた。
「…あれ?」
そしてカイリは不思議そうな声を出す。
「なんか…僕、目が…回っ…」
その手からカランとカップが落ちた。
座って背後の壁にもたれ掛っているカイリがずるずると床へ沈む。
そして彼はすーすーと寝息を立て始めた。
穏やかな表情で眠るカイリの頬を、メリルが優しくそっと撫でる。
「…本当にありがとう、カイリ…」
メリルは懐から1通の封筒を取り出すと、それをカイリの襟元へ忍ばせた。
その中の手紙には、今回の一件は自分が全て計画した事であり、カイリは巻き込まれただけなのでくれぐれも彼には咎無き様にと丁寧に何度も頼んだ文面が記されている。
そしてメリルはゆっくりと立ち上がり、1人遺跡の奥へ…その先の『魂の炉』へと歩き始める。
「今度、産まれて来る時はお姫様なんかじゃなくって…普通の女の子に産まれて、カイリと一緒にアンカーの町を見て回りたいな…」
メリルの頬を一筋、涙が伝って落ちていった。