第1話 The fang to the fang-5


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神父の号令で一斉に亡霊犬達が襲い掛かってくる。
サーラとリューは互いに背中合わせの体勢を取ると、飛来する無数の魔犬の霊たちを迎え撃つ。
銃声が、牙が。
拳打が、爪が。
夜の闇の中を交錯する。
猛犬の霊は1体、また1体と打ち砕かれ、斬り裂かれ、撃ち抜かれて数を減らしていき・・・やがて数体を残すのみとなった。
その間にもデュラン神父は必死に腕に巻き付いた鎖を引き剥がしにかかったが、不思議な力に弾かれ鎖に触れる事もできずにいる。
はぁっ、はあっ・・・と闇の中に神父の荒い息が響く。
「ありえんぞ・・・こんな・・・。私は死なない・・・あの夜に私は永遠になったのだ!!」
神父の脳裏に、その光景が蘇る。


それは、ウォンの組織を抜けた直後の話だ。
造反の代償として、組織は刺客を差し向けてきた。
その事は当然神父も察知していた。周到に罠を仕掛け、彼らを迎え撃ち返り射ちにはしたものの神父自体も致命傷を負った。
薄暗く、汚れた路地裏に神父は壁を背に座り込み、丸い月を見上げていた。
左手が塞ぐ腹の傷からは今も止め処なく血が流れ、地面に染みを広げつつある。
呼吸は徐々に細くなり、神父は五体を寒気が覆っていくのを感じながら立ち上がる事もできずにただ月を見上げていた。
感じるのはただ、憎悪・・・神に、運命に対する憎悪と溢れんばかりの生への渇望だった。
その時、視界がふいに闇に包まれる。
・・・誰かが、自分の前に立ち自分を見下ろしている。
その何者かが月光を遮った為の闇だった。
「興が乗って月夜の散歩と洒落こんだが・・・やはりこんな夜には面白い拾い物があるものだ」
見下ろす誰かが言う。太い男の声だ。
逆光になり、その顔はわからない。
「・・・死にたくないか?」
月光を背負った男が神父に問う。
或いは死に行く者に対して、それは滑稽な問いであったかもしれない。
だが、デュラン神父はその問いに僅かに残った体力を搾り出すようにして肯き返す。
「・・・ぁ・・あ・・・死にたくない・・・」
言葉と共に血を咳き込む。
その目がかつてない輝きを宿して頭上の男を見上げる。
「死ねん・・・!!! 私はこんな所で死ぬわけにはいかんのだ・・・!!!」
「よかろう。・・・その願い、俺が聞き届けてやろう」
言葉と共に、男の大きな手が神父の頭を鷲掴みにする。
同時にボウッと神父の身体が青白い炎に包まれた。
「オォォォォ・・・!!!!」
炎の中で神父は黒く崩れ落ちていく。しかし不思議な事に熱さも苦痛もまったく感じない。
・・・むしろ、高揚感が神父の全身を満たしていく。
そして神父は完全に燃え尽き、炎は青白い亡霊犬へと姿を変えていた。
「その姿で誰かを殺めてくればお前は蘇る。この先何度でもな・・・」
魔犬の姿で神父は男に深く頭を垂れた。
(神・・・我が神よ・・・! どうかお名前を・・・!!!)
既に神父には興味を失ったかの様に、背を向けて立ち去りかけていた男が振り返る。
「俺の名は・・・」


・・・ガアアアッッッ!!!!!
月を仰いで神父が咆哮した。
その声にサーラとリューが弾かれた様にそちらを見る。
デュラン神父は両手で自らの胸を掻き毟っていた。
その全身にビシビシとヒビが入り、そのヒビからは青白い炎が噴き出している。
「鎖の戒めを超えるつもりか」
最後の魔犬を拳打で打ち砕くと、リューが神父へ向けて走った。
「死んでたまるかぁッ!!! 私はまだまだ死を・・・絶望を捧げるのだ!! あの方に・・・我が神に・・・!!!!!」
全身から青白い炎を吹き上げながら、両手の剣を振り上げて神父がリューに襲い掛かった。
その執念の一撃を、リューは最小の動きで回避する。
そしてリューは剣の内側へ入る。
自らの間合い、必殺のレンジへと。
「では・・・己のそれを最後の供物とする事だ」
バン!!!!と爆発音に近い打撃音が響く。
身体をくの字に折った神父は背後の建物の壁に叩き付けられ、その壁を崩してめり込んだ。
「・・・メギド・・・様・・・」
ゴボッと赤黒い血の塊を吐き出して、神父は項垂れ動かなくなった。
その姿はまるで十字架に架けられた聖人の様に、どこか神々しく厳粛に見えた。

神父が絶命するのと同時に、その身を覆っていた青白い炎も全て消えた。
リューは足音を鳴らして壁にめり込んだ神父に歩み寄ると、無造作にその手から鎖を外す。
破れた聖職者服の下に、神父の二の腕が覗いている。
そこには鎖と炎を象った刺青があった。
それは、ある組織の構成員である事を示す証。
そしてリューはその組織の名を知っていた。
「ユニオン・・・」
呟きが口腔の外に漏れる事は無かった。
「これで・・・終わったの・・・?」
そのリューの背後に、ゆっくりとサーラが歩み寄る。
ああ、とリューが肯いた。
「これでもう神父は蘇ってくる事はない。この街の夜を騒がせた魔犬の事件もこれで終わりだ」
「そう・・・」
と呟くようにサーラが答える。
今回の事件は、サーラにとっては色々な意味で自分の未熟さを痛感させられる事件だった。
「色々ありがとう・・・クリストファー・緑」
はにかんでサーラが赤い髪の男を見る。
「礼を言われるような事をした覚えはない」
対するリューの返答はそっけない。
「俺は目的の為にお前を利用しただけだ。お前は自らに課せられた使命を果たし、自身の目的を遂げた」
事件が終わっても、この男は相変わらずだ。
だけどある意味で、やたらと愛想良くこちらに話を合わせてくるような輩よりはこの方がいいのかもしれない、とサーラは思う。
慣れたのか毒されてきたのかはわからないが・・・。
さらばだ、と一言残して暗闇の中に歩み去るリューの後姿を、見えなくなるまでサーラは見つめ続けた。


ツェンレン王国の奥地に幽玄峡と呼ばれる地域がある。
切り立った高い岩山に囲まれ、渓流の流れるその地は一年中深い霧に覆われている。
仙人の住まう地とも言われ、ツェンレン神話では何度も舞台になっている。
その幽玄峡の地下深くに、さる組織の本部が存在していた。
豪華な調度品の並ぶ大広間。
フロアには全体的に僅かな照明しか無く薄暗い。
しかしがやがやと賑わっている。
そこかしこに人影が見える。
整然とはしておらず、各人思い思いに時を過ごしているようだ。
ここにいる者達は全員、この場にいて同時にこの場にいない。
本来世界中に散っている者達を同時にこの場に存在せしめる・・・それはこの部屋が古代の魔術の秘儀を元に作られているからこその芸当である。
「・・・間も無く、時間だが」
その内の一人が腕時計を見た。落ち着いた紳士風の男だ。
「ピョートル氏が居ないね。・・・エウロペア、君は何か聞いていないのかね」
声を掛けられ、赤い髪の女性が振り返る。
彼女はジャンクフードショップの紙袋を手に、ハンバーガーを齧っていた。
「・・・知らん」
その返答はにべもない。
「君は今彼の所で世話になってるんだろう?」
別の誰かが言う。
「請われて少し仕事を手伝っているだけだ。私は奴の付き人ではないぞ」
それだけ言うと、エウロペアはもうその話題に興味は無いと言った風に再びハンバーガーをもぐもぐやり始めた。
そこへ靴音が近付いて来たかと思うと、白いスーツの男が姿を現した。
「これはこれは皆様・・・もうお揃いで。ンフフフフ」
財団の大幹部ピョートル・ヴォルグニコフ。
それが彼の「表の顔」である。
「それでは定例の会合を始めるとしましょうか。まずは事務連絡から・・・」
「その前に、一ついいか」
ピョートルの言葉を誰かが遮る。
「これはライングラント支部のヴェルパール様。いかがされましたかな・・・?」
ヴェルパールと呼ばれた男は銀の長髪の男だ。
「先日我らの一員となったばかりのデュラン・パウエル神父だが・・・討たれて死んだ」
その報告に周囲はにわかにざわついた。
「ほほぅ・・・」
ピョートルが扇子を口元に当てて目を細める。
「相手はこの2人だ。『ユニオン』の要注意人物に加えておく必要がある。生かしておけば盟主様・・・メギド様の為になるまい」
ヴェルパールがテーブルに2枚の写真を滑らせた。
それは、サーラとリューの写真だった。


一夜明け、港町フェインクレスのウォン商会本部にてリューは再びウォンと向かい合って座っていた。
「流石です、ミスター・緑。お約束の通り、鶏のお取引はさせて頂きますよ」
ウォンは上機嫌だ。ここ数日彼の頭を悩ませていた神父の一件をリューが片付けてきたからである。
「その事だが・・・」
リューは懐からメモを取り出すと、ウォンにそれを手渡した。
「鶏はその住所へ半月に5羽ずつ納めてくれ。代金は向こう3年分先払いしていく。途中、先方に何かあって受け取りが不可になった場合でも返金はいらん」
ウォンが受け取ったメモに目を通す。
「アンカー2番通り・・・ここはミスター・緑のお店ですか?」
問われてリューはソファに深く座り直すと、腕を組んで目を閉じた。
「いや。知人の店だ」
ふむ、とウォンが呟く。
「てっきりご自身でお使いになられるものと思っておりましたよ。もう料理はされないのですか?」
「落ち着けばまた小さな店でも構えて客に料理を出す生活をしたいとは思っている。だが今はまだ無理な話だ」
そしてリューは目を開く。
「今は・・・戦争中でな」

用件を済ませて、リューがウォン商会の建物を出る。
よく晴れた昼下がりだ。
・・・ここ10日ほど、毎日2時間程度の仮眠しか取れない生活だった。
最もリューはその状態でも一ヶ月はベストのコンディションを維持できるのだが。
今晩は久し振りにまともな睡眠が取れそうだ。
そう思ってリューが額に手を翳して空を見上げる。
雲ひとつない空にカモメが飛んでいる。
しかしリューはその美しい空に心奪われる事なく、陽光のフラッシュの中に神父の腕に見た刺青を思い出していた。
「・・・メギド・・・」
その口から漏れた呟きが、潮風に乗って消えていった。