第18話 うつりゆくもの-6


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アンカーの町に雨が降り始めた。
薄暗い路地裏の地面にぽつぽつと雨の斑点が刻まれていく。
「・・・降ってきたな」
ゲンウが灰色の空を見上げる。
そのゲンウの背にはオルヴィエが背負われている。
オルヴィエはすーすーと規則正しい寝息を立てていた。
「行くぞ、コトハ」
ゲンウがコトハを振り返る。
そのコトハは、彼ら3人の立っている場所から少し離れた場所に倒れ付している虎の獣人を見ていた。
ハイドラの1人ギランだ。通称『狂虎』・・・クレイジータイガーの異名を持つハイドラきっての交戦主義者。
勿論その実力は折り紙付きで他のメンバーと比べてもなんら遜色は無い猛者であったが・・・。
そのギランは既に息絶えている。自らの作った血溜りの中に倒れて冷たくなっていた。
3人はギランと面識があった。ギランは元々ツェンレンの武将・・・そして、かつて「シャーク」の一員としてウィリアム達に挑んで敗れたビャクエン同様に「人格に問題有」とされ七星に抜擢されなかった男だ。類稀な流血主義者、快楽殺人者としての側面を危険視されいつしか追い出されるように国を去った厄介者・・・それがギランだった。
そんなギランの亡骸をコトハは見つめていた。
「・・・ずっと前にね」
ふいに、コトハがポツリと言葉を漏らす。
「士官したばっかりの頃に、ギランにご飯食べさせてもらった事があったんだよ。ボクだけじゃなくて新兵が沢山一緒で、皆好きなもの頼んでいいって。ご馳走してもらったのその時一回だけだし、その後も特に親しくしたわけじゃないけど・・・何かその事思い出しちゃった・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ゲンウは無言だった。彼もまた知っていた。ギランは戦場に立てば快楽で相手の命を奪うような残忍で危険な男だったが、それだけの男ではなかった。コトハの言うように面倒見がよく、また子供っぽい一面も持ち合わせていた。
だが、仕方が無かった。数年ぶりに再会したギランは財団の刺客として自分達の前に姿を現したのだ。
到底手加減のできる相手ではなかった。殺さないように等と考えれば自分達がやられていただろう。
ゲンウが肩越しに背負ったオルヴィエを振り返る。
(『あれ』を使ったのだ・・・数日は目を覚ますまい)
ともかく、この場は危険だ。
新手が現れる前に仲間達と合流しなくては。
コトハを促そうとゲンウが再度口を開きかけたその時
「風邪を引きますよ・・・こんな雨の中に傘も無しではね」
路地裏に彼らのものではない声が響いた。

「!!」
コトハとゲンウが声のした方を見る。
傘をさしたアイザックが立っていた。
「どうも、お初にお目にかかりますよ七星の御二方」
会釈して愛想良くアイザックが笑う。
両者初対面だったが、互いに相手の顔と名前は知っていた。
「・・・六剣皇アイザック。御主が何故このような場所にいる?」
アイザックが何故この場に現れたのか、それは十分想像が出来ていたがそれでもゲンウはその問いを口にする。
「いやぁ・・・」
アイザックが大げさに肩を竦めて見せる。
「ご存知の通り、僕らの国もあんな状況でしょ? 再就職ができないものかと必死に求職活動してたら何とかある所で使って頂ける事になりまして・・・」
ゲンウの目が細まる。
そして背後のコトハを振り返る。
彼が何を言いたいのか悟ったコトハは無言でゲンウに歩み寄るとその背から眠っているオルヴィエを抱き下ろした。
「財団に付いたか、アイザックよ」
「ええ。お陰で再就職早々に肩書きも貰っちゃいましてね。・・・今では『ハイドラ』のアイザックです」
無音でゲンウが空中に跳躍した。
そして翼をはためかせるとクナイを手に傘をさすアイザックに頭上から襲い掛かった。

世間一般の認識として・・・。
ルーナ帝國の「六剣皇」は他の3国の「七星」「三銃士」「四葉」に比べて『格下』であるというのが通説となっている。
それは帝國が国家として斜陽であった事、特に武の象徴である「剣帝」が2代に渡って祖国を見限って国を出ていってしまっているという部分に起因する所が大きい。
しかし、将軍個々の能力を比較した場合、六剣皇の能力は決して他国の将軍に劣るものではなく、中でもこの男・・・。
アイザック・ラインドルフは自分以外の全ての者たちに隠し続けた異能力『守護獣融合』の能力を持って他の将軍たちより抜きん出た戦闘能力を誇っていた。
能ある鷹は、ついに祖国が滅びるまで爪を隠し続けたのだった。
ザシュ!とゲンウのクナイが中身のいない傘を切り裂いた。
「・・・・!!!」
反射的に上を見るゲンウ。
そこに人でも鳥でも鎧でもなく、またそのどれでもあるかのような異形を見止めて戦慄する。
(いやいや、思わぬチャンスが舞い込んできたものですよ)
眼下にゲンウを見下ろしてアイザックの口元が三日月の形につり上がった。
(『先輩』を倒した相手を始末したとなれば、財団内でも少しはやりやすくなるでしょうしね)
上空から鋭い蹴爪の連撃を浴びせかけるアイザック。
「・・・ぐあああッッッ!!!」
ズタズタに切り裂かれて血飛沫を上げながら叩き落されたゲンウが地面へと落下した。
「げんうーっ!!!」
オルヴィエを地面へと下ろしたコトハが跳躍した。
空中でアイザックに掴み掛からんとコトハが手を伸ばす。
「・・・・く、いかん・・・!」
その下でゲンウがよろよろと立ち上がる。
コトハは先程、オルヴィエが「奥の手」を使う為のサポートでほとんどの体力と魔力を使い切っているのだ。
「残念ですけど・・・」
数度に渡る高速の攻防。迫るコトハの手を全てさばいたアイザックが言う。
「止まって見えますねぇ」
そしてアイザックは腕に生えた翼状に束ねられた数枚の半円の刃を一閃させた。
「あうっ!!!」
ザシュッ!!と袈裟懸けに身体を切り裂かれたコトハが倒れる。
「・・・さて」
スタッと地面に着地してアイザックが2人を順に眺めた。
(痛めつけるだけならここまででいいんですがね・・・。こっち1人殺されてる以上これで終わりってわけにもいきませんよねぇ)
薄く目を開けるアイザック。
(1人殺しておきますか。今日の所はそれでいいでしょう)
となれば当然後を考えてもこちらをやった当人を始末するべきだろう。
アイザックがコトハの背後に横たえられたオルヴィエに鋭い視線を向けた。
そちらへ歩き出すアイザック。
その行く手をフラフラと立ち上がったコトハが阻んだ。
「邪魔ですよ、どいていて頂けますかねぇ?」
バシッ!とコトハの顔を平手で殴り飛ばすアイザック。
吹き飛ばされて倒れながらも、再度コトハはアイザックに縋り付いてその足首を掴んだ。
ふーっと嘆息してそのコトハを見下ろすアイザック。
「それなら・・・」
コトハを見るアイザックの瞳に危険な光が宿った。
そしてゆっくりとコトハの頭上に腕から生えた刃羽を振り上げる。
「貴女でも構いませんけどね」
そしてその刃を振り下ろそうとしたその時、そのアイザック目指して空中を鋭い風切り音が走った。
「!!!!!」
飛来する何かを掴んで受け止めるアイザック。
その手にずしりと重みがかかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鉄アレイ?」
手の中の鉄アレイを見て訝しげな表情を浮かべるアイザック。

「その辺でよかろう。どういう経緯かは知らぬが、それ以上やるというのなら黙って見ているわけにはいかんぞ」
低い男の声がする。
そこにはジャージのズボンにランニングシャツ姿の筋骨隆々とした大柄な覆面の老人が立っていた。
首にタオルをかけ、手にはスーパーの買い物袋を下げている。
「何者ですか?」
「・・・・ワシか。ワシはただの通りすがりの賢者だ。そしてこれはさっきそこの『スーパー丸天』で買ってきたプロテイン」
ガサガサと買い物袋からプロテインの缶を出して見せる老人。
「いや、聞いていませんから・・・」
「悪いがくれてやるわけにはいかん」
(・・・欲しいとは言ってないのに・・・)
そして思い直すかの様に覆面の老人を鋭く見るアイザック。
「一体いつからそこで見ていらっしゃったんでしょうかね?」
そうだな・・・と、腕を組んだ老人が顎に手を当てる。
「そこで眠っておる半獣人の娘が、そこで死んでおる獣人に向かって・・・『きっと「その瞬間」になったら、アンタ私の言葉とか聞いてる余裕ないだろうし・・・だから先に言っとくわ・・・「さよなら」』って言ったあたりからじゃな」
(私が来るずっと前だー!!!!!!!)
ガクーンと口を開くアイザック。
「ま、まぁそこまで見てしまっていたのなら仕方がありませんね・・・」
アイザックが構えを取った。こちらが無視するつもりでも、黙って七星を始末するのを眺めているような男でもないようだ。
どちらにせよ始末するしかない。
腕に生えた刃羽を1枚掴み取るアイザック。刃はアイザックの手の中でくの字のブーメランの様な形状に変形する。
「消えて頂く事にしましょうか!!!!」
ブン!!!と大きく振りかぶってブーメランを放つアイザック。
高速で回転した刃は真正面から老人に炸裂した。
「・・・・ぬおあッッッ!!!!」
ブシュッ!!!と空間に高く血飛沫が上がり、老人が背後へ吹き飛んで地面に叩き付けられた。
(・・・・な、何故かわさない・・・・!?)
あまりにも見事な炸裂っぷりに逆にアイザックの方が動揺する。
「・・・レスラーは・・・」
仰向けに倒れている老人が言う。
「相手の技を避けてはいかんのだ」
そしてゆっくりと立ち上がる。
地面にぼたぼたと切り裂かれた胸部からの鮮血が滴る。
「今度はこちらの番だな!!!!!!!」
「!!!!」
老人が両手を勢い良くアイザックへ向けた。
「受けるがいい!! バーバリアンレーザー!!!!!!」
回避の為に全身を緊張させるアイザック。
しかしこちらへ向けて突き出された老人の両手には変化が見えない。
(・・・フェイク!? それとも不発か!?)
次の瞬間、真下からの強い殺気を感じたアイザックが全力で横へ跳んだ。
真下の地面から迸ったレーザーの柱が縦に天へと駆け上っていく。
「・・・どっ・・・」
間一髪レーザーを回避したアイザックが思わず叫んでいた。
「どっから出るんだよレーザー!!!!!!!!」