第26話 Friendship-4

数日前から私の事務所では全ての業務を停止していた。
いつでも出撃できるようにだ。
始めは皆でオフィスで自分の武器を磨いてたりして恐ろしく剣呑な空気が周囲には漂っていたのだが、悠陽が
「はいピリピリしないの。そんなんじゃ出る前に疲れちゃうわよ?」
と言うので今は自分のデスクで居眠りしたり通信販売のカタログ見てたり編み物してたりしている。
・・・それはそれで緊張感無さ過ぎなのではないだろうか。
仁舟老人とジュウベイは将棋を指していた。
どうやら2人は顔馴染であったらしい。
「こんな所でおんしと顔を合わす事になるとはのー」
パチン、と仁舟が駒を進める。
「はっはっは、いや老先生もお変わりないようで何よりでござる」
そう言ってジュウベイも駒を進めた。
「時におんし、伴侶は持たんのか。そろそろいい歳じゃろうに」
ピシッ、と何かにヒビが入ったような音が聞こえた気がした。
「・・・い、いやぁ拙者ホラ、武芸に身を捧げたワケでぇ~」
「んな事言うとる間にジジイになってしまうぞい。・・・見なさいあの御仁を」
何でこっち見るのかな老人。
「あれは多すぎでござろうに」
って何がだよ!!!!
何か聞こえ悪いよ!!!!!

少し外の空気を吸おうと私は表に出た。
ノワールの前には「おこしやす」と書かれたのぼりが立ち並んで壁には
「本日、お茶ご注文の方におはぎ1つサービス」
と記された張り紙が貼ってあった。
お客さんの入りはいいな。
ほとんどがご老人だ・・・。
その内ノワール主催ゲートボール大会とかが開催されるかもしれん。
「・・・先生」
ノワールを眺めていた私に声をかけるものがいた。
そちらを見れば勇吹が立っている。キリエッタも一緒だ。
珍しい。こんな時間に外で会うのは初めての事だ。
おはよう勇吹、どうしたんだこんな時間から。
彼女は武闘着姿だった。
「財団とケンカしに行くんでしょ、先生。私達も連れて行って欲しいの」
唐突に勇吹は真剣な面持ちで私にそう言った。
とりあえず事情を聞かせて・・・と私が言いかけたその時、
「じゃあちょっとお話聞かせてもらいましょうか」
と声は私の背後からした。
驚いて振り返るとそこにいた悠陽が私に「ね?」とウィンクした。

オフィスに戻って勇吹に事情を尋ねる事にする。
彼女が語ったのは先日悠陽が助けた財団のリューが瀕死の身体のままでいずこかへと姿を消したという話だった。
それで彼女が私に同行を申し出るという事は、勇吹は我々の行く先にリューが姿を現すと予想しているという事だろう。
「なーるほどねぇ~」
腕を組んだ悠陽がウンウンと肯いている。
そして隣の仁舟老人をジロリと睨んだ。
「もう最後で片手落ち!」
「仕方ないじゃろうが。ふん縛っておくわけにもいかんかったし、まさかあの身体で病院抜け出していくとは思わんワイ」
悠陽に睨まれて仁舟老人が身を小さくする。
「まあさておき、それで私たちと一緒に行けばリューが見つかるかもしれないって言うワケね。・・・それ、多分読みが当たってるわ。私あれやった奴誰なのかわかってるのよね」
「!!」
悠陽の言葉に勇吹が息を飲むのがわかった。
「まーご想像の通り、『ハイドラ』であるあいつをあそこまで痛め付けられる奴って中々いないわ。私たちに心当たりがないんだから財団の奴だろうって思うのも当然よね」
まあ、こっちにはリューに酷い目に遭わされた仲間はいるが遭わせた仲間はいないな・・・。
「財団に1人、仲間の粛清を仕事の1つにしてる奴がいるわ。名前はアルフォンソ・マキャベリー・・・総帥ギャラガーの秘書もしてる男よ」
むう・・・仲間内で粛清って・・・。
流石ロードリアス財団、物騒な役割の人間がいるものだ。
「そいつの使う武器がブレードワイヤーなんだけど、リューの傷口ってそのブレードワイヤーでやられた傷っぽいのよねー。条件重なりすぎてるし、多分やったのマキャベリーでしょ」
ブレードワイヤーという武器については私も話だけは聞いたことがある。
刃の様に研ぎ澄まされた極細の鋼線を操って戦うのだというが、その扱いは至難で使いこなせる者はほとんど存在しないというが・・・。
「マキャベリーが手出したって事は多分リューは財団にとって面白くない事言ったかやったかしたんでしょうねー」
リューに何があったのかは知らんが、確かに先日のラーメンいぶきでのやり取りを聞く限りでは財団に絶対の忠誠を誓っている人物というわけではなさそうだったな。
勇吹はそんな悠陽の話を黙って聞いている。
「そんなわけだし、一緒に行きたいなら連れてってあげてもいいでしょ。でも断っておくけど、リューを探すだけにしておきなさいね? 勢い余ってマキャベリーに突っかかっていったりはしない事、いい?」
そう言って悠陽は勇吹の鼻の頭にちょいと人差し指の指先で触れた。
勇吹は一瞬驚いて目を丸くしてから、コクンと素直に肯いた。
「うんうん、いい子ね。アルフォンソ・マキャベリーって男は伊達で執行官やってるわけじゃないの。ハイドラ連中よりは頭1つ抜きん出て強いわ。柳生霧呼は例外として」
柳生霧呼・・・。
ふいにその名前が悠陽の口から出て、私は彼女の事を思い出していた。
数回顔を合わせてわずかに言葉を交わしただけだが、彼女の印象は私の中に強く残っていた。
そして私は先日倒したハイドラの1人、アイザック・ラインドルフが口にした『主』とは彼女の事ではないのかと漠然と考えている。
彼女からは底知れない恐ろしさを感じる。何かこう・・・単に戦闘における強さというのではない恐ろしさを。
これから彼女とも戦う事になるのだろうか・・・。

オフィスの戸がノックされ、一礼して見知らぬ若い男が入ってきた。
見たところこれといって特徴の無い私服の男性だが・・・。
悠陽を見つけ、彼女に敬礼して報告をしている。
協会の職員なのだろう。
「財団の一隊がソル重工の敷地より出発致しました」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
遂に・・・来たか。
オフィスの中を硬質の空気が満たす。
「さーって、じゃ1つお出かけしましょうか~」
明るく言って悠陽が椅子から立ち上がる。
「あ、そうだ」
そして彼女は何かを思い出したように我々を見回した。
「皆揃ってまたここに帰ってこようね」
そう言って彼女は微笑んだ。

表へ出た悠陽が空を見て叫ぶ。
「・・・来なさい!! ジャスミン!!!」
途端に上空からメェェェェェと鳴き声を響かせつつジャスミンが飛来した。
そしてズズゥン!!!と大地を震わせて着地する。
「さ、皆乗って乗って!!」
現地へはジャスミンに運んでもらうのか。
どう移動するのかとは思っていたが・・・。
皆でワイワイとジャスミンの背に乗る。
「お~、ふかふかね」
ポンポンとジャスミンの背を叩いてベルが言う。
「なんか暖かくてやわらかくて眠くなるよね~」
ゴロリと横になるDD。
その隣では
「・・・すう」
もうパルテリースが寝ていた。

カランカランとドアベルを鳴らしてノワールの戸が開いた。
エプロン姿のレイガルドが外に出てくる。
「おいコラおめーら、あんまし表で騒ぐんじゃねーよ。ご老人がたがビックリするだろうが」
文句を言うレイガルドをジャスミンの頭の上から悠陽が睨んだ。
「そうじゃなくてキミ何もたもたしてんのよ。さっさと支度しなさいってば」
「あん? あの話もうなのか」
レイガルドが呆気に取られている。
「・・・昨日そろそろだって言ったばっかりでしょう! キミ何の為に来てもらったと思ってるワケ?」
そうか・・・今回レイガルドを呼んだのは悠陽なのだ。
「ジーさんバーさん相手に団子出すのが楽しくて忘れてたぜ。しゃーねぇ、先行ってろよ。今の客はけたら追いかけるわ」
マイペースにそう言ってレイガルドは店内に戻っていった。
「・・・どおれ、ワシは『自前』で行くとするかのう」
仁舟老人がそう言うと懐から一枚の紙を取り出した。
あれは・・・折り紙か?
台も無しにてきぱきと器用に老人が折鶴を折る。
そしてその折鶴の尾を咥えたかと思うとぷうっと息を吹き込んだ。
ボウン!!!と大きな音を立てて折鶴がその背に人を乗せられるくらいの大きさに巨大化した。
ヒラリと老人が飛び乗ると折鶴がフワリと浮き上がる。
・・・不思議な術を使うなぁ。

ジャスミンが飛翔する。
ぐんぐん上昇し、眼下にアンカーの町はどんどん小さくなっていった。
ふいに、誰かが私の手をぎゅっと握った。
隣を見るとエリスがいる。
・・・彼女の手は微かに震えていた。
私は「大丈夫だ」という様に彼女の手を握りなおした。
それに気付いたエリスが私を見て微笑む。
瞬間、ざわりと心の奥がざわめいた。
・・・何だ・・・?
『そんな小娘たちじゃない、あなたに必要なのはアタシだって・・・』
声は、私の「内側」から聞こえた。
『早く出番が来ないかな・・・その時が来ればあなたもわかるのに・・・』
声は女性の物だ。
私にしか聞こえていないらしい。すぐ隣にいるエリスは何も気付いた様子は無い。
何を・・言っている・・・?
『もうすぐわかるわ・・・』
それきり声は聞こえなくなった。
今の声は・・・。
思案に耽る時間は与えられなかった。すぐに悠陽の声が聞こえたからだ。
「着いたわ」
我々は水晶洞窟入り口の上空へ到着していた。
眼下には財団の兵達が野営地を設営している所だ。
「・・・ここからはアイツらをぶちのめしてからじゃないと先へ進めないっていう事ね」
悠陽の言葉に全員が緊張する。
・・・ここからでは真下にいる個人個人の判別は出来ない。
あの中に『ハイドラ』が混じっていたとしたら・・・。
『・・・エサに釣られてノコノコとやってきたか。クズどもが! お前らデキてるのか!!!!』
・・・いいやデキていないな!!!!!!!
上空にスピーカーで響き渡った大声に思わず全力で返事してしまった・・・。
「そ、そんな全力で否定しなくても・・・」
何故かエリスが悲しそうな顔をしていた。
『いいや信じられんな!!!! ムキになって否定する所とか怪しいしな!!!!!』
くそ!!! デキてないと言ってるだろうが!!!!
私は力の限り抵抗した。本当にデキていないんだから断固としてここは譲れん。
「その声・・・リヒャルト・シュヴァイツァーね。姿を見せたらどう?」
悠陽が空に向けて叫ぶ。
「その声って言うか、言ってる内容で誰かわかりますよね」
ヨギがポツリと呟いた。
『よかろう・・・見て絶望するがいい!!!!!』
雲間から何かがゆっくりと我々の眼前に降下してきた。
「・・・何・・・あれ・・・」
DDが呆然と呟く。
それは機動戦艦の様でもあり、魔道機械兵の様でもあった。
全体のフォルムは機動戦艦なのだが、船首に頭部らしきものがあり、本体前部より巨大な二本の腕が生えている。
そしてその巨大さ・・・巨大な体躯を誇るジャスミンの倍以上もある。
『ククク・・・驚いたか雑魚ども!!!! 我ら財団軍事部の誇る究極の魔道機神『アマテラス』がこの空を貴様らの墓場にしてくれるわ!!!! ・・・・・で、ホントの所はお前らデキてるのか?』
・・・だから、できてないと言っているだろうがーッッッッ!!!!!!!!!
大空に私の叫び声が木霊した。


最終更新:2010年09月18日 17:06