第9話 エトワールの憂鬱 -2


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カマナ港湾事務局の電話を今日もエトワールは占領していた。
定時報告を受け、仕事の指示を与えた後で彼女は今日もお決まりの質問をする。
「…キリコは、どうしてる?」
それに対する部下の返答も、ここ数日ずっと決まって同じ内容だ。
柳生霧呼は、ツェンレンFSS本社より動かず。
しかしエトワールの反応は昨日までとは異なっていた。
安堵のため息を漏らすのではなく、むっと黙って何事かを思案している。
柳生霧呼へのエトワールの監視網は生半可なものではない。仕事上の重要な部下達にも残らず監視を付けて、その同行を探っている。
だから彼女が受ける報告はその多方面の監視の情報を総合した結果であり、その情報の信頼度はほぼ100%であると言える。
だが…。
(キリコはもうFSS本社にいない。どこかに行ってる)
半ば確信に近い推測でエトワールはそう思った。
それはずっと彼女を慕って側で見てきたエトワールだからこそ働いた勘のようなものだ。
柳生霧呼はもういない。だとすれば今FSS本社にいるのは柳生霧呼ではない。
(…パンドーラか…)
その名を思い浮かべた時、エトワールの眉は物憂げに顰められる。
霧呼は財団の外に個人的に4人の部下を持っていた。
否、その実際の人数はエトワールも把握しきってはいない。
その数多の部下の中でも突出して強いのが4人いたのだ。
エトワールはその全員と面識がある。
魔女パンドーラはその4人の1人だ。特技は変身…他人に化けるのだ。体型どころか声色やクセまでも完璧にコピーし、短時間であれば戦闘能力すら再現できるらしい。
その他2人は東洋人だった。
槍使い(ランサー)の鷲塚我門(ガモン)
この男は何だか粗野なイメージで口数の多い男だったと記憶している。
独特のイントネーションで喋る男だった。
剣士の日下部宗一郎。
我門とは対照的にこの男は月を映した水面の如く静かな男だった。墨を流した様な黒髪が印象に残っている。
4人目はもうこの世にいない。
彼はシードラゴン島で命を落とした。
アイザック・ラインドルフと呼ばれていた男だ。
エトワールは少し考えた後で、
「鷲塚我門と日下部宗一郎が今どこにいるのか調べろ」
と、そう部下に指示を与えた。

その頃、ウィリアムは1人でカマナの港を歩いていた。
杖を突きながら歩く彼の足元は覚束ない。
時折、すれ違う人が心配そうにウィリアムを避けていく。
本当は付き添いがいない時は出歩くなと皆から言われていた。
しかし、彼は訓練のつもりであえて皆が出払った時を見計らって宿から外へ出てみたのだ。
(…見えないという事が、これ程不安で恐ろしいとは…)
まだ宿を出てそう歩いてはいない。
平時であれば1~2分で辿り着ける様な位置だろう。
しかしウィリアムはもう全身に疲労を感じ、その足取りは重くなっていた。
その時、ふと足元の小石に躓いたウィリアムが大きくよろけて誰かにぶつかる。
(…!! しまった!!!)
ぶつかられた誰かは
「どっ、鈍痛コーング!!!」
そう叫んで盛大に水音を立てて海に落ちた。
「す、すまない!! 大丈夫か!!」
そちらへ向かおうと身体の向きを変えたその時、ウィリアムは更に誰かとぶつかった。
「ぶつかりましたねー。これから私…海に落ちるんですねー。よーしよしよしよしよし」
老人らしきその人物も派手な水音を立てて海に落ちる。
(な、何て事だ…2人も…!!)
よろめいてウィリアムはまたも誰かにぶつかった。
「うおっと…!」
ぶつかられた誰かがよろめく。低い男の声だった。
次いでもう1人別の男の声がする。
「わっ! ちょっと社長!! 触らないで…(ズババババババ!!!!) うわあああああああん俺の髪の毛ぇぇぇぇ!!!!!」
ウィリアムがぶつかった男と、その付き添いだったらしい泣き喚いている男は2人で海に落ちていった。
…そして、誰一人泳げなかったらしい。
4つの盛大にもがいている水音を前に、ヘナヘナとウィリアムが路上に座り込んだ。

同時刻、自分達の乗る客船に航路の状況を聞きに行っていた魂樹は宿へと戻る途中であった。
その足取りは軽く、表情は明るい。
ようやくハリケーンは去ったという事で、明日には出航できるだろうと言う事だった。
何はともあれ、これでようやく1歩前進である。
「……!」
魂樹が足を止める。
不意に自分を襲った異様。
周囲が一瞬にして陰り、無人となっていたのだ。
ほんの一瞬前までは、周囲には大勢の旅客がおり通りは喧騒に満ちていたというのに。
「…結界」
呟いて小さく魂樹が奥歯を鳴らした。
その魂樹の前に、ゆっくりと靴音を鳴らしてミューラーが歩いてくる。
「フッフッフ…やぁ、初めましてお嬢さん」
大仰な仕草でシルクハットを取り、ミューラーが頭を下げる。
「私の名はミューラー…カール・アドルフ・ミューラーだ。私の率いる『黒騎士団』の話はお聞き及びかね?」
ニヤリと笑ったミューラーがスッと右手を軽く上げると、周囲に一瞬にして無数の漆黒の鎧騎士達が現れた。
騎士達は皆、自分達同様に瞳を赤く輝かせる不気味な黒い軍馬に跨っている。
その軍馬の足元はまるで蜃気楼の様に揺らぎ、鬼火を纏っていた。
「亡霊軍馬(ファントムウォーホース)…ええ、知っているわ。あなたたちの事は。戦場の悪鬼…黒騎士団」
ミューラーを睨みつけて魂樹が言うと、彼ははーぁ、と大袈裟にため息をついて俯き、やれやれと首を横に振る。
「我々はねぇ…ただエレガントに与えられた仕事をこなしているに過ぎないのだよ、お嬢さん。それを悪鬼だ悪魔だと…我らの強さを妬んだ者たちの実の無い中傷さ」
心外だ、と言うように沈痛な表情を浮かべて見せるミューラーに、魂樹は冷たい視線を注ぐ。
「黒騎士団」…ガルディアス帝国軍とは別の理由で恐れられている傭兵集団である。
心無き戦場の悪鬼達。敵対者は悉く惨殺され、そこには一片の慈悲も容赦も存在しない。
半霊の亡霊軍馬を駆り大空を自由に駆け黒き惨殺者達の集団。
それが魂樹の聞き知る彼らの姿であった。
「その、黒騎士団が私に何の用なんですか」
彼らが良からぬ目論見を秘めて自分の前に現れた事は最早明白であったが、それでも魂樹はあえてそれを尋ねる。
黒騎士団は金で動く傭兵団だ。
自分たちと現在敵対している者…ユニオンか財団か、そのあたりが彼らを雇い入れたかと予想する。
「知りたいかね? ん~知りたいだろうねぇ…」
邪悪さを滲ませて表情を崩し、ミューラーはニヤリと笑った。
どうやら…自己顕示欲の強い人間であるらしい。そう魂樹がミューラーを分析する。
「では! 教えてあげるとしよう。…このミューラーはね、黒騎士団の団長であると同時に、実は栄光のラウンドテーブルのメンバーでもあるのだよ!! どうかね? 驚いたかね?」
胸を大きく反らせるとそこへ右手を当て、自慢げにミューラーが言う。
「…………」
魂樹は表情を変えなかったものの、内心では少なからず驚いていた。
あの悪名高き黒騎士団の団長ミューラーが円卓のメンバーだったとは…。
「さて、それで我らの目的も察して貰えたかね? 抵抗は無意味だよ。大人しくして貰えれば我々の手間も省けるというものなのだがね」
酷薄な笑みを浮かべるミューラーの目が冷たく輝く。
(…来る!!)
瞬間的に危険を察知した魂樹が地を蹴って大きく跳んだ。
同時に背後から迫っていた2人の黒騎士の剣が空を切った。
それを合図に他の黒騎士達も一斉に動き出す。
「捕えろ!! 生きてさえいればいい!!! 痛め付けて動けなくしてしまえ!!!」
ミューラーが叫ぶ。
魂樹は宙に舞いながら精霊加速を済ませ、矢を番え弓を構えていた。
立て続けに放たれた4本の矢が4人の黒騎士を射抜く。
「…!!」
「!?」
悲鳴はなかった。しかしダメージは入っているようで矢を受けた黒騎士達は苦しげに身を震わせて怯んでいる。
そして魂樹は凡その彼らの力量を見抜いた。
確かに1人1人の実力は総じて高く精鋭との評判も肯ける。
だが…自分ならどうにかできそうだ。
亡霊軍馬に跨り、宙を駆けランスを振るう黒騎士達を、その攻撃を凌ぎつつ1人、また1人と弓で無力化していく魂樹。
「…なッッ!!! 何をしている!!? お前達、相手は小娘が1人だぞッッ!!!!」
徐々に顔色を失っていたミューラーが遂にヒステリックに叫んだ。
「『サウザンド・レイ』」
呟いて上空へ向けて矢を放つ魂樹。
放たれた矢は上空で輝き、光の魔法陣を描き出す。
そして次の瞬間、魔法陣から眩い光の矢が無数に地上へ向けて放出された。
ドドドドドドドド!!! とまるで滝が落ちるような轟音が響いて黒騎士達が次々に打ち倒されていく。
「…ば、バカな…こんな…」
眩い光に照らし出されたミューラーがヨロヨロと後ずさった。
そのミューラーの前に魂樹が立つ。
「まだやるんですか? これ以上は無意味だと思いますけど」
キッと自分を睨み付けて言う魂樹に、ミューラーが眉間に血管を浮かび上がらせてステッキを握り締めた。
「調子に乗るなよ小娘がァッッ!! 私のブラックナイツはまだやられてなどいない!!!」
唾を飛ばして怒鳴り、ステッキを振り上げたミューラーの背後で控えていた黒騎士達が動き出す。
…と、その一部が不意によろめいてバタバタと倒れた。
ガシャン!と倒れた騎士の鎧が派手な金属音を響かせる。
「なっ…何だ!!!?」
目を剥くミューラー。
倒れた騎士達の向こうに立つ2つの人影。
それはELHとエトワールの2人だ。
2人とも武装している。
「…往来で真っ黒祭りですか。通行の邪魔だぜ、オメーら」
冷めた目でそう言って、エトワールは小指で耳の中を軽く掻いた。
並んだELHは対照的に全身から怒りのオーラを発してドラゴンブレイドを構えている。
「我が海老天の恨み…お前達思い知るがいい!!!!」
怒号を発するELHに、手前にいた数名の黒騎士が怯んだ。
そして魂樹は
(天ぷらの話は…この人達に関係ない…)
そう内心で思ったのだった。