第20話 Chaser of Ocean-1


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空の青と海の青。
二つの青の境目を気持ちよさそうにカモメが飛んでいる。
セシルはそれを港に置かれた木箱に腰掛けてぼーっと眺めていた。
ここは港町メイディオ。西部大陸の海の玄関と言われる一大港湾都市だ。
明日になれば自分はこの港から出航する船に乗ってシードラゴン島へ向かう。
「・・・・・・・・先生」
水平線の彼方を見つめるセシルが微かに表情を綻ばせた。
「ちょっとォ・・・何黄昏ちゃってんのよー。アタシお腹空いちゃったわぁ。お昼にしましょうよ~」
突然背後から声をかけられてセシルが飛び上がった。
台詞はオネェ口調でも声は男のものだ。
「・・・サムトーさん・・・」
顔をしかめてセシルが振り返る。
そこには拳法着に身を包んだ長身長髪の若い男が立っていた。
黙っていれば美形で通る面持ちをしているのだが・・・・。
「やーねぇ睨まないでよ」
オネェキャラであった。
サムトー・ユング、それがこの男の名前。
ここ数日別行動をとっているELHの次に『協会』が自分の同行者として送り込んできた人物だった。
「ホーラ行くわよ。アタシ近くに美味しいお店知ってるから。シーフードパスタにシーフードサラダに・・・やっぱし港町に来たら海のもの食べないとねぇ~」
そう言ってひょいとサムトーはセシルの手を取ると返事も聞かずにスタスタと歩き出した。
サムトーのこの強引な所にはここ数日で慣れた。
なので反論はせずにセシルはため息を一つついて黙って付いて行く。

サムトーがセシルを連れて行った店は、海に面した小さな白木作りのレストランだった。
言うだけの事はあって味は一級品だった。
「どぉ~? 美味しいでしょ? アンタもっと食べなきゃダメよ。育ち盛りなんだから」
サムトーが屈託なく笑う。
釣られて思わずセシルも苦笑する。
このサムトーの態度にある意味でセシルが救われているのも確かではある。
(・・・こういうのが『普通の人』同士のやり取りよね)
今までセシルはずっと周囲の人間に「特別な人」として扱われてきた。
『歌姫』としても『被験体』としてもだ。
もっとも歌手の仕事を辞めた時に大抵のものは掌を返してセシルから離れていった。
覚悟はしていた事だ。
『財団と袂を分かつ』という事は、この世界では即ちそういう事なのだ。
「・・・ちょっと、聞いてるの?」
声をかけられている事に気付いてセシルがハッとする。
「食べたら眠くなったワケ? 単純ねぇ・・・。よければマリンステーションへ行くわよ。明日の乗船チケット取っておかないとね」
そう言ってサムトーはセシルにウィンクをして見せた。

「・・・チケットが無いってどういう事ですか!?」
思わず声を荒げてしまってセシルが慌てて周囲を見回した。
幸いにも注目は浴びていない。
食事を終えたセシルたちはマリンステーションに乗船チケットを取りに来たのだが、窓口の中年男性はチケットは現在販売停止していると彼女達に告げたのだった。
「どういう事なの? 明日のアンカー行きは3便あったはずでしょ? 昨日までどれも満席表示は出ていなかったはずよ」
サムトーが窓口の男性に問う。
「それがですね・・・今日の未明に港湾局から『海獣警報』が出たんですよ・・・。それで警報が解除されるまではこの港からの便は全便欠航なんです。過去の例から言っても2,3日で警報が解除される事はまずありませんし・・・。明日の便はもう閉めちゃったんですよ」
申し訳なさそうに窓口の男性が言う。
「・・・海獣警報?」
セシルは初めて聞く言葉だった。
「まぁ、アンタは空の旅が多かったでしょうから馴染み無い言葉でしょうね。『海獣警報』っていうのは周辺の海域で巨大な海洋生物やモンスターが観測された時に出る警報よ。コレが出ると周辺の海域はしばらく安全の為に船の航行が禁止されるのよ」
「・・・そんな・・・」
サムトーの説明にセシルが思わず落胆の声を漏らした。
彼の言葉は取りも直さず、自分達が当分この港に足止めを食らうという意味だ。
「申し訳ありませんねぇ・・・。警報が解除されるまでは軍用船か港湾局から特別な許可の下りた船しか出せないんです」
窓口の男性の言葉にセシルがピクリと反応した。
「特別な許可が下りた船って何ですか?」
「この街ではオルブライトさんの船がそうですね。オルブライトさんはこの街一番の船主さんなんですよ」
セシルがサムトーを振り返った。
彼は全て心得た顔で「行ってみる?」と目で言っていた。
「行ってみましょう!」
セシルは肯いて力強く言った。

オルブライトの屋敷は街を一望できる小高い丘の上にあった。
メイドに案内されて2人は応接間へと案内される。
途中の廊下に並ぶ調度品も、素人目にも高額なものだとわかるものばかりだった。
やはり相当の財力を持つ人物なのだろう。
「よく来たな。まあ楽にしてくれ。俺がオルブライトだ」
豪華な長椅子に座って家主は2人を待っていた。
日焼けした体格のいい中年男だ。胸元が開いたシャツを着ている。
彫りの深いやや濃い顔立ちながらも整った美形だ。口ひげを生やしている。
「突然の訪問にも関わらずに面会を許可してもらって感謝するわ、ミスターオルブライト。私たちは・・・」
言いかけたサムトーの言葉を、片手を上げてオルブライトが遮った。
「名乗らなくて結構! お前さんたちの事は知ってる。セシリア・フローライト嬢に『協会』のサムトー・ユング」
「あら、随分と耳聡いのね」
ちょっと驚いたように言うサムトーにオルブライトはニヤリと笑って見せた。
「まあな。商売は情報が全てだ。特に貿易はな・・・。ここには世界中のあらゆる情報が集まる」
「それなら・・・」
半歩セシルが前へ出る。
「私たちがここへ来た用件もご存知ですよね」
オルブライトが肯いた。
「アンカーへ行きたいんだろう? それなら俺を頼ってきた所までは正解だな。アンカーは俺にとっては重要な貿易の相手先の一つだ。何しろ・・・」
オルブライトが壁を指す。
そこには大きな古い旗が掲げられていた。
レディ・ダイヤモンドダストの船団の紋章に3の数字の旗。
「俺はかつて、ダイヤモンドダスト船団で一隻任されていた男だからな。アンカーへは数日中に1便出す予定だ。お前さんたちの予定に合わせて出航を早めてやってもいい。ただしだ・・・」
オルブライトが身を乗り出すように椅子に座り直す。
「タダってワケにゃいかんぞ。商売の世界は常に『ギブアンドテイク』だ。お前さんたちは俺の船に乗りたいならそれだけの代価を支払わなきゃならん」
「何をさせようっていうわけ?」
当然金銭ではあるまい。
そうサムトーが問いを発したその時、庭園に面した大きな窓の近くでカタリと微かに物音がした。
その物音にオルブライトがバッと椅子から立ち上がる。
「何者だ!!! ・・・食らえ胸毛ニードル!!!!!」
シャツの開いた胸元から鋼の針と化した胸毛が無数に打ち出される。
窓ガラスは粉々に砕け散って、外から「ぐわっ!」という男の悲鳴が上がった。
「・・・く、くそっ!!」
ニードルで負傷した場所を手で押えて男が逃げていった。
「スパイめ。すまいな驚かせて。商売柄ああいった手合いが屋敷に忍び込むことが多くてな」
「それはいいんだけど、必殺技もうちょっとどうにかできないワケ・・・? うちの子が放心しちゃったじゃないのよ」
真っ白になってしまっているセシルの肩をぽんぽんとサムトーが叩いた。
そこへ応接間のドアがトントンとノックされた。
「むっ!!?? 胸毛ニードル!!!!」
そのノックに反応しニードルを放つオルブライト。
木製のドアは粉々に砕け散って、その向こうから「きゃあっ!!」という女性の悲鳴が聞こえた。
「ああっ!! しまった!!! あれは我が家のメイド!!!!」
吹き飛んだメイドが落としたティーセットが床に落ちて砕け散る。
「・・・な、何事でございますか!」
「胸毛ニードル!!!!!!」
物音に驚いて駆けつけて来たらしいバトラー服の初老の男性がニードルを食らって「ぐわああ!!!」と吹き飛んだ。
「ああっ!! 執事!!!」
「・・・帰ろうかしら」
いまだ現実世界に戻ってこないセシルをゆさゆさと揺さぶりつつ、サムトーがそう嘆息したのだった。