第26話 Friendship-3


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その日の朝、アンカー港に一隻の高速艇が着港した。
財団の特別チャーター便である。
タラップが渡されると、数名の財団職員に囲まれるようにして1人の老人がその上を歩き始めた。
褐色の肌の杖をついた老人である。
老人の名はカシム・ファルージャ。
ダイアモンドダスト船団が解散した後、島へ残り調査と研究を続け、遂には『始まりの船』の一部の機能と操作法を解明するに至った天才であった。

港へ下り立ったカシム博士の前に、ヌッと2つの大きな影が立った。
『ハイドラ』から護衛に派遣された大龍峰とリチャード・ギュリオンである。
「お疲れ様です、博士」
「遠い所ご苦労様でござった」
2人がそれぞれ博士に頭を下げる。
カシム博士はそんな2人に、おうおうと適当に挨拶をする。
「・・・それで、船へはいつ行くのだね?」
「はぁ。明後日出立とワシは聞いちょりますが」
博士に問われて大龍峰が答える。
「明後日か。遠いな。君、ちょっと早めてもらうようにかけ合ってくれたまえ」
「ま、まあ一応は言ってみますがのお。あんまし期待はせんでくださいよ。『理想郷計画』は厳密なタイムスケジュールに沿って進んどるんですからのう」
言われて博士がポカンとした顔をした。
「理想郷計画?」
ちょっと考え込んだ後で、ポンと手を打つ。
「おー、理想郷計画な。うむわかっているとも。うむ」
そう言って杖を突いて歩き出した博士の後ろに2人が付く。
「・・・ありゃあ、わかっちょらんの」
大龍峰が小声で言うとリチャードが肯いた。
「であろうな。・・・まあ、それで良いのではないか。下手に詳しく計画の中身を熟考されでもして協力を渋られでもしたら面倒だ」
「じゃのう。知らぬが何とやら、か・・・」
肯き合うと2人は護衛として周囲に注意を払いつつ博士の後を歩き始めた。


オフィスの電話が鳴り響く。
電話を受けたラゴールがその受話器を悠陽に回した。
「会長にだそうだ」
悠陽が受話器を受け取り電話に出る。
「はぁ~い。ゆうひでーす」
・・・相変わらずひたすら軽いノリだ。
笑顔で電話に出た悠陽がふっと真剣な表情を浮かべた。
しかしそれも一瞬の事だ。
「・・・うん。はいご苦労様ね。引き続きよろしく~」
明るく言って電話を切る悠陽。
「ターゲットが到着したそうよ。港にいる協会の子からだった」
・・・!!!
そ、そうか・・・じゃあ我々も。
腰を椅子から浮かしかけた私の頭に悠陽の投げたケシゴムが当たった。
「はーい焦らない焦らない~。どうせ向こうだって博士が到着したからってすぐ出やしないわよ。アジトだって見張らせてるんだから、向こうが出ましたって報告受けてから支度して出かければいいわ」
・・・むう、なんか悠長過ぎないかそれ。
確かに先日の打ち合わせで、我々は予定交戦地域を『始まりの船』内部と定めた。
アンカーで大規模に戦闘をするわけにはいかないからだ。
しかし交戦箇所をそう定めたのなら先回りして待ち伏せした方が戦況が有利になるのではないか・・・?
「それはNG」
ぶぶーっ、と悠陽が両手で大きな×の字を作る。
「『始まりの船』にどんな防衛機構(セキュリティ)があるかわからないのよ? ヘタしたらガーディアンでも出てきてそれに手間取ってる内に財団と挟み撃ちに遭うわ。だからそういう物は財団に任せて私たちは悠々と後から行けばいいだけ。セキュリティが無くたって未知の領域をそんなにズンズン進めないでしょ。大丈夫よ、追いつける」
自信満々に悠陽がそう言って肯いた。
不思議なもので彼女がそう言うと私までそんな気がしてくる。
これがカリスマと言うのだろうか・・・?
そしてついでに私は財団がらみで一つ思い出したことがある。
昨日ジャスミンの前で聞いた悠陽の『拾いもの』の事だ。
詳しく聞いてみれば、瀕死の所を悠陽が拾って助けたのは、あの『ハイドラ』の1人クリストファー・緑だと言う。
どういう経緯で彼がそんな事になったのかは知らないが、私はその事実を勇吹に伝えたものかと思案していたのだ。
・・・なんかあの2人ラーメンでちょっと話してたからな。料理を教えてやるのどうのって・・・。
電話を手に取る。
迷ったが結局私は勇吹に連絡を入れてみる事にした。彼女が何か事情を知っている可能性もあるしな。


夕暮れのアンカー総合病院。
スレイダーの入院している病室にて。
今日もシトリンがスレイダーの世話をしに来ている。
そしてスレイダーは彼女の口から皇帝レイガルドが今アンカーに来ている事を聞かされた。
「・・・そうかぁ、陛下がねぇ」
ベッドの上で半分身を起こしたスレイダーがしみじみと呟く。
「やー、ほんと皆にメーワクかけちゃって申し訳ないよね。オジさんも早く元気にならないとね」
あっはっは、と明るく笑い声を上げたスレイダーだったが、真面目な顔で自分を見つめているシトリンと視線が合うとその笑いも尻すぼみに消えていく。
「私は・・・」
そのシトリンが何か言いかけて言葉を止めた。
何と続けようか自分でも思案している様に。
「私は、何も聞きませんから。スレイダーが元気になれば、それで・・・いいですから」
「・・・・・・・・・」
言われたスレイダーはちょっと困った様に微笑むと、後ろ頭をぽりぽりと掻いた。
「そんなさ・・・大した話じゃないのよ。馬鹿なオッサンの馬鹿な話。あははは、その内話すよ、いつかね。今はちょっとカンベンしてね。こんな弱ったカラダであんな恥ずかしい話したらオジさん恥ずかしさで死んじゃいそうだからね」
「・・・・・・・・・・・・」
シトリンはしばらく無言でスレイダーの顔を見つめていたが、やがてぽつりと呟くように言った。
「じゃあ、待ってます。・・・その、いつかを」
うん、とスレイダーが肯く。
「・・・あー、シトリンちゃん?」
そして彼は視線をあちこちに泳がせた後で、目を閉じてややうつむき加減に微笑んだ。
「・・・その、ありがとう」
照れ臭そうに呟くスレイダーの上を、窓から射し込む斜陽の光が照らしていた。

同時刻、同じアンカー総合病院の廊下をズンズンと足音も荒く進む者がいた。
ウィリアムから連絡を受けて店を飛び出してきた勇吹だった。
「・・・まったくもう!!! 『さらばだ』とかカッコつけて去ってった奴が何でその次の日に死に掛けて病院に担ぎ込まれてんのよ!!」
ボルテージの上がりまくっている勇吹を後ろからキリエッタがまあまあ、となだめている。
「あんなデタラメに強い奴を誰がそんな目に遭わせられるのよ。同じ位強い奴って言ったら先生たち知らないんじゃ財団にしかいないじゃない!!」
「・・・うーん・・・まあ確かにその他には中々いないだろうけどさ。けど財団じゃリューの仲間じゃないか」
キリエッタの言葉に勇吹が奥歯を噛み締めて俯く。
「アイツ・・・私に負けたからとか多分そんな理由で財団の連中怒らせるような事言ったんだわ。もう私たちと戦わないとか多分そんな事・・・。バカじゃないの!! 自分で切り離して考えろとか言ってたクセに!!!!」
「けど殴り込んでこなくたっていいじゃないか・・・店閉めちまってまでさ。まだ面会謝絶だっていう話なのに」
営業中の店からそのまま飛び出してきたので2人とも店着にエプロン姿のままだ。
そんな2人を他の患者や病院の職員達が物珍しそうに見ている。
「そんなの直接自分の目で見るまで安心できな・・・じゃなくて!!! 1発ブン殴ってやらなきゃ私の気が済まないのよ!!!」
「・・・瀕死の重症患者をかい?」
騒ぎながら2人はリューのいる病室の前に到着した。
「入るわよ!! あんたどれだけ私を心配させたら・・・」
ガラッと戸を開け放った勇吹が、その姿勢のままで固まってしまう。
病室は空だった。
つい先程まで誰かがいた気配の残るベッドの上には一枚のメモが落ちている。
そのメモを勇吹が拾い上げて見る。
そこには一言、「謝々」とだけ走り書きされていた。
「・・・もう!! どんだけバカなのよ!!!!」
ギリッと奥歯を鳴らして勇吹がメモを握り潰す。
「・・・こっから出てったんだね。旦那、死にかけの身体で」
キリエッタが真剣な顔をして窓を見ている。
窓は大きく開け放たれ、カーテンが風に靡いていた。
勇吹がベッドに手で触れる。
「まだ温もりがあるわ。そんな身体なら遠くには行っていないはず。・・・手分けして探すわよ!!」
勇吹の言葉にキリエッタが無言で肯いた。

勇吹の読み通り、リューはまだ病院からさほど離れていない路地にいた。
足を引きずり、壁に寄りかかりながら歩く。
1歩ごとに全身に激痛が走り、リューは顔をしかめる。
その足元には点々と血が滴っていた。
「・・・マキャ・・・ベリー・・・」
その口から苦しげな呟きが漏れた。
そしてそのリューの背を、追いかけてきた勇吹が見つけた。
勇吹は全身で息をついた。安堵で膝が砕けそうになる。
そしてその背に彼女は手を伸ばした。
「・・・リュー」
その瞬間、ガシャーン!!!と大きな音を響かせて周囲の風景が粉々に砕け散り暗転した。
「・・・なっ!?」
『ンフフフフフ・・・彼の事は見逃してあげてくださいますかな?』
一瞬の後、勇吹は見知らぬ場所に立っていた。
闇の中には石畳が続いており、鳥居が累々と連なっている。
そして彼女の前には、見たことの無いスーツ姿の男が立っていた。
男は口元に広げた扇子を当てている。
「誰よ!!」
「これはこれは、失礼いたしました」
男が扇子を閉じると、左手の腹にパンと当てた。
「お初にお目にかかりますぞお嬢さん。私めはロードリアス財団に所属するピョートルと申す者でございます。以後お見知りおき下されませい。・・・ンフフフフフ」
財団!!
勇吹が全身を緊張させる。
「・・・リューをどうする気なの」
「いいえ私めは何も致しませんとも。・・・ただ彼の望むようにさせてやりたいと、それだけでございますよ」
ピョートルがニヤリと笑う。
「泣かせるではありませんか。・・・あんな瀕死の身体になっても彼はまだ闘志を失ってはおりません。その姿にこのピョートル深く感じ入りまして、及ばずながら彼が本懐を遂げる手助けをさせて頂こうとそう御節介を焼いているわけでございますぞ」
「そんなの見過ごせるはずないでしょう!! ・・・アイツは死なせない!!!」
怒りと共に放たれた勇吹の拳がピョートルを撃ち抜いた。
その瞬間、ピョートルの姿はボウンと煙を立てて消え去り、その場所にひらひらと人型の紙片が舞い落ちる。
『ンフフフフ・・・陰陽の技を見るのは初めてですかな? 私めはただ今この場より遠く離れた地におりまして、この様な姿でご挨拶する無礼をお許し頂きたい。それではお嬢さん、この場は失礼致しますぞ』
ピョートルの笑い声が残響を残して消えていく。
気が付くと勇吹は元の路地に立っていた。
リューの姿はもうどこにもなかった。
怒りを込めて勇吹が路地の壁に拳を叩き付ける。
その拳から彼女の足元に血が滴って地面に染みて消えていった。