第14話 渓谷の一族-4


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その男の拳打は完璧だった。
空を裂いて3発。全てかわした、・・・否、かわしたはずだった。
だけど自分は打たれて大きく後退した。
魂樹は痛みに歪む視界の中に、自らへと歩みを進める敵対者の姿を捉えた。
観客も無いこの地下の空間。喝采も無い死闘。
男の顔はただ、何かに苛立つかのように渋かった。
「・・・この前と随分違うじゃない・・・!」
唇の端に伝った血を乱暴に拭って魂樹がアビスを睨んだ。
「あの時は初っ端に脳をやられたからな。脳だけはやられて即再生しても本調子に戻るのに数日かかる」
足を止めて律儀に答えるアビス。
勝ち誇るでもなく、見下す事も無く只、淡々と語る。
思えば初めて見た時からこの男の視線はどこか空虚だった。
生死をかけた戦いの最中ですら、どこか他人事の様にうそ寒い。
「随分、乾いた目をしているのね」
つい思ったことが口をついて出ていた。
「・・・そうかもな」
一笑に付されるかと思ったが、アビスはまたも律儀に返事をした。
「俺はある小国の兵士だった。もう今は地図にない国だけどな」
思い出したようにポツリとアビスが口にする。
「隣国と戦争があって、それで女房と娘を亡くした。俺は捕虜になって生体実験のモルモットにされてこのザマだ」
両手を広げて見せる。
「その隣国ってののバックにゃ財団がいた。俺は財団系の施設に収容されて実験台にされた。・・・隙を見て脱走して、その後共和国に拾われて今に至るというわけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
アビスの言葉には何の感情も浮かんでいなかった。それが逆に痛々しい。
「たまに思うぜ。本当の俺ってのは、あの実験にかけられた時にもう死んでるんじゃないか?ってな。だからここにいるのはきっと・・・」
トン、と自らの胸に手を当てるアビス。
「抜け殻か亡霊なんだろうぜ」
自らを亡霊と評した男が再び構えを取る。
「つまらない話をしたな。・・・さて続きといこうじゃねえか」
魂樹は大きく息を吸って、精霊展開の為の・・・本気の交戦の為の精神集中に入った。
そして同時に、足元からくる『それ』の波動を感じた。
「・・・・・ぬ!!」
「何!!?」
2人同時に足元を見る。自らの立つフロアの床の更に深い底を。
見通せる筈の無い深部に視線を向ける。
・・・何か、巨大で恐ろしいものが・・・目を覚まして今棲家から這い出てきた。

「・・・・・うあぁっ!!!!」
吹き飛ばされたローレライが床に打ち付けられた。
対敵は容赦が無かった。交戦開始から数分で満身創痍の状態にされた。
歯が立たない。
攻撃が当たらないのだ。悉くかわされる。
対する相手の攻撃は正確で容赦が無い。
震える手でランスを探した。
舞い落ちる自らの羽の向こうにそれを見つける。
・・・遠い。だがあれをまた手にしなくては・・・。
あの敵を討つ。自らの主人へ引き合わせることが無いように。
しかしその願いが叶う事は無く、ガチリ、とその頭部に銃口が当てられた。
「・・・・あ・・・・」
その口から絶望の呟きが漏れる。
「・・・終わりだな。コイツは暗くて冷たいお花畑行きの片道切符だ。受け取りな」
そして彼女は冷たく笑って引き金を弾いた。
鉛の弾丸は頭蓋を撃ち抜き、一つの生命が終わる。
予想されるその未来にローレライが全身を硬直させた。
「・・・・・・・・ッ・・・・・・・・・」
しかし「その瞬間」は訪れる事は無かった。
ガチン!と撃鉄の落ちる音だけを響かせて銃口は弾丸を吐き出すことは無かった。
チッ、と舌打ちしてその銃口を上げるジュデッカ。
「弾丸切れかよ。・・・運が良かったな、お嬢ちゃん」
ジャケットの内側、左のわき腹にあるホルスターに銃を戻してジュデッカはローレライの横を通過する。
「さてお次の獲物はと・・・・お?」
「な・・・何・・・この波動・・・!!!」
同時に足元を見るジュデッカとローレライ。
「ああ・・こりゃいい。一気に迷宮に『死の匂い』が満ちたよ」
どこか恍惚とそう言うとジュデッカの姿が消えた。
風よりも早く、下層へと向かって走り出して。

銃士エリックとシグナルの2人は開けたフロアで待ち構えていた。
ここならば交戦するのに良いと判断したのだろう。
「なるべくなら戦闘は回避したいと思っていましたが、この状況ではもう仕方がありませんね」
エリックがグローブをぎゅっとはめ直してシンラ達を見た。
その横でシグナルはもう魔剣を抜いている。
「もう一度だけ言うわ。・・・どいて」
シンラが1歩前へ出た。
その声には必死さが滲んでいた。そしてそれは、ただ先を急ぐ気持ちから出たものだけではなかった。
「お願い・・・・『殺したくないの』・・・・あなた達を」
エリックがやや目を細める。
シンラの表情に浮かんだ悲壮感を見る。
・・・虚勢を張る性格とは思えない。ならば何かあるのだ。まだ見せていない力が。
素早く頭の中で状況を計算して自分たちにとって理想的な展開と結末を算出する。
そしてエリックは自らの相手にシンラを選んだ。
必然的にシグナルとジュピターが対峙する。
ローレライの切っ先をジュピターへ向けるシグナル。
「恨みはない。だが手加減はできない」
「そこを何とかお手柔らかにお願いできませんかね」
ジュピターの表情は柔らかい。まるで友人に対しているかのように。

唐突に地下から咆哮が響いた。
迷宮全体が揺れる。

「・・・おっと!!」
揺れる足元にジュピターがやや腰を落として持ちこたえる。
「何だ・・・!!」
シグナルは床を蹴って落ちてきた瓦礫を避けた。
ローレライが、ジュデッカが・・・ジュピターとシグナルが、アビスと魂樹がそれぞれ鳴動に咄嗟に身構えたその時、
エリックとシンラだけが揺れる足元も落ちてくる瓦礫も気に留めること無くお互いへ向けて床を蹴っていた。
エリックを見るシンラの瞳が金色に変じる。
そして先ほどまでと比べ物にならない速度と破壊力を伴った大剣の一撃がエリックを見舞う。
「鷹の目」(ホークアイ)・・・・2秒後の世界を視る異能でその一撃を捉えるエリック。
(速い!重い!! ・・・完全な回避は不可能!!! ならば・・・)
瞬間、シンラは信じられないものを見た。
自らへ振り下ろされた巨大な刃を、その刀身をエリックは『手の甲を横から当てて払った』のだ。
大剣の軌道は逸れてエリックの脇を通過する。
そして左手で大剣を弾いたエリックは右の拳をシンラの胸部のやや右上へ炸裂させていた。
「・・・・・うガぁっ!!!!!」
シンラが咆哮する。
それは痛みの叫びでは無く、意識を集中してエリックの打撃を弾く為の叫び。
真祖の力・・・・今は継承するものもほとんどいなくなってしまった真の鬼人の証にして能力「黄金瞳」を開放した彼女の身体能力は大幅に上昇している。
その全身の力を集中して痛みに耐える。
ダメージはある。だがまだ戦える。
着地したシンラがエリックを再び視界に捉えた。
そのエリックも無傷ではない。無茶をした左手は大剣の衝撃波に巻き込まれて感覚が無い。
再び元の通りに動かせるようになるまでしばし時間が必要だろう。
両者が再度互いに襲い掛からんと腰を低く落としたその時、再度の咆哮が迷宮を再び震わせた。

「・・・オオ・・・」
「ヤツガ・・・ヤツガクル・・・」
地上でムーミンたちが恐れて跪いて震えていた。
彼らは知らなかったのだ。
彼ら一族の伝承にある、「最も忌むべき大いなる蟲」
その巨大な魔蟲が、長い年月をかけて自らの巣穴と彼らの遺跡を繋いでしまっていた事に。
「『スナフキン』ガ・・・クル・・・・」

「それ」は永く眠っていた。
獣の冬眠に近い状態で眠りについていた。
そして今、自らの巣穴の上部を騒がせるもの達によって目覚めた。
目覚めた「それ」はまず、自らの滋養を欲した。
ちょうどいいものが、すぐ頭の上にいるようだ。
いくつもの大きなエナジーを感じる。
「それ」は目覚めてすぐ近くに良質な餌があった幸運を喜んだ。
その喜びを声で表した。
・・・それが、最初の咆哮。
続いて「それ」は自らが眠りにつくために作った繭を内側から破り始めた。
数分の後に繭の外へと出る。
周囲の空間を埋める古代の超文明の装置群・・・・その価値を「それ」が理解することは無い。
長い鎌首をもたげ上を見る。
数百年ぶりの活動再開と、これから開始する「狩り」の獲物への威嚇。
それを声に乗せて「それ」は放った。
・・・それが、二度目の咆哮。