第22話 幽霊屋敷の令嬢-5


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やはりそうか・・・。
へんた・・・超人紳士は10年前に失踪したクラウス伯爵その人であった。
この「砕けた世界の欠片」へ来る時からもしやという予感はあったものの、まさかこうもすんなり出会えるとは思わなかった。
資料にあった写真のままの姿だ。ここでは時間が流れていないので伯爵は10年前の姿のままなのであろう。
最悪、遺骸を発見する事になるだろう、とそういうつもりだったのだが・・・。
ともかく、我々もめいめい自己紹介してここへやってきた経緯を説明した。
「なるほどなるほど!! やはり諸君らは私の・・・おっと今はもう他の方の屋敷であったな・・・あの屋敷の地下からここへ来たのか! 私も同じだよ。私もかつてあの地下の転移装置からここへとやってきたのだ」
ヒゲの先をちょいちょいと指先でつまみながら伯爵が言う。
「しかし・・・」
伯爵は言葉を詰まらせ、表情を曇らせた。
「ならば諸君には気の毒な事になってしまったな・・・。我々はもうここから元の世界に帰還する事はできんのだよ・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
伯爵が口にした重たい一言がわずかな沈黙を一行の間にもたらした。
これも予想はしていた事だった。
こんなゲートをくぐってすぐの場所を悠々と闊歩している伯爵が10年もの間未帰還となっているのだから・・・。
「うちらが来た時に使ったゲートは? あれで帰れねーの?」
エトワールが言う。
帰れない、とショッキングな事実を伝えられても彼女はあまり様子が変わらない。
「うむ、どうやらあのゲートは一方通行らしいのだ。来る者を迎えることはできても、あれを使って他へ移動する事はできん」
目を閉じ、静かに首を横に振る伯爵に今度はベルが口を開いた。
「戻りのゲートは見つからなかったの?」
その問いにうつむき加減だった伯爵は顔を上げた。
そしてまっすぐに我々を見る。
「戻りのゲートらしき転移装置は見つけた。・・・しかし、我々はその装置を利用する事はできんのだ」
ほう・・・それは何故?
「『番人』がいるのだよ。その装置にはな。そして我々は決してその番人を倒す事ができん。だからなのだ」
む、ガーディアンがいるのか・・・。
しかこの無茶な強さを誇る伯爵をして「倒す事が出来ない」とは一体どれ程の相手なのか・・・。
「どゆこと? ・・・ハイわかるように説明ぷりーず」
かもん、とチョイチョイと招くように手を振るエトワール。
そうだな・・・と伯爵が腕を組んだ。
「それを語る前に、まずは移動するとしようか。いつまでも立ち話もなんだ。諸君らを今の私の住居へとご案内しよう」
そう言って伯爵は我々を促して鋼鉄の廊下に足音を響かせて歩き始めた。

伯爵が我々を連れて行ったのは、施設の中のかなり大き目のある部屋だった。
数名が共同生活していた部屋なのだろう。
壁際に2段ベッドが3台並んでおり、食卓と思わしきテーブルと椅子やバスルーム等もあるようだ。
かけてくれたまえ、という伯爵の薦めに従ってテーブルに着く我々。
「この世界では既に人類は滅んでしまっているようなのだがね。だがこの建物のライフラインは生きているのだ」
そう言って伯爵は部屋の奥にある大きな画面のついた装置をカチャカチャと操作した。
するとマイクのようなものが装置から出てくる。
「文明レベルは我々の世界に比べれば恐ろしく進んでいる。・・・何と音声認識だよ」
そのマイクを持って伯爵がニヤリと笑った。
なるほどな・・・。砕けた世界の欠片では時間は流れないとは以前に賢者ギゾルフィから聞いた。
歳はとらなくとも食事をどうしていたのかは疑問だったが、彼のいた欠片もここと同じような状態だったのかもしれないな。
「ナタデココが食べたい!」
・・・何でナタデココ。まあいいけど。
すると装置がウィーンと作動してガコンと1箇所扉のようなものが開くと何かがゴロンゴロンと転がり出て来た。
・・・何だあのトゲトゲの果物のようなものは・・・ドリアン?
「どうかね?」
いや、とりあえず別のモン出てきてるから。
ご丁寧に果物ナイフまで一緒に出てきたよ。
「まずは腹を膨らませる事にしようじゃないか」
手馴れた手つきで果物ナイフを扱い、ドリアンを割る伯爵。
・・・・って、臭!!! ドリアン臭!!!!!!!
ドリアン特有の甘ったるい腐敗臭とでもいうような香りが室内に充満する。
「なんつー匂いだよコレぇ。うちの可愛らしい可憐な鼻がこの香りで曲がりでもしたら歴史が変わりますよコルァ」
しかしそうは言ってもエトワールはドリアンをパクパクと食していた。
「・・・食える時に食う。これサバイバルの鉄則ね」
中々にたくましい事を言う。
ベルは普通に食べている。
特に表情に変化も口から出る文句も無い。
どうやらドリアン耐性高いらしい。
・・・私は・・・ちょっと遠慮したい所だな・・・。この匂いを放つ物体を口に入れるのはな・・・。
「何だウィリアム君、食べないのかね? いかんなそんな事では。男はもっと頑健でないとな」
そう言って伯爵もドリアンを口へ放り込んだ。
「・・・・・おエッッ!! おえェエェええええエエぇぇえぇえェぇええェエェ・・・・!!!!」
吐くなよ。

そうして我々は何とかドリアンを食べ終えた。
室内に思い切り匂いは残っちゃってるんですが・・・。
「やれやれ中々にエキサイティングな果物だったね。口直しにコーヒーでも飲むとしよう」
再びマイクを手にする伯爵。
「コーヒーを頼む」
またも装置から何やらごろんごろんと転がり出てきた。
・・・缶詰? 缶切りも一緒に出てきた。
魚の缶詰らしい。ラベルに魚がデザインしてある。
にしても随分膨らんでしまっている缶詰だな・・・。内部でガスか何か出ちゃってるんじゃないのかそれ。
もう頼んだ物が来ない事に関してはどうとも思っていないらしい(慣れか?)伯爵が缶詰と缶切りを手にした。
「・・・!!!!」
その時、急にガタンを椅子を大きく慣らして勢い良くエトワールが立ち上がった。
「シュールストレミング!!!!! 待て!!!!!!」
静止の声も虚しく伯爵がぎこぎこと缶詰を開けてしまう。
そしてそこで私の意識は一旦途切れた。

「・・・では、続きを話すとしようか」
伯爵が言う。・・・見事な鼻声である。
鼻に洗濯バサミが付いてるからだ。
我々も同様である。
室内にはドリアンとシュールストレミングの香りがブレンドされた地獄のかおり(エトワール命名)が未だ強く漂っている。
洗濯バサミで鼻を塞いでも尚、口腔から忍び込んで鼻腔へと抜ける匂いで時折意識が明滅する。
今この洗濯バサミを外せば命に関わるだろう。
「まずはこの世界の話からだ」
伯爵が何やら先程の装置を操作すると大きな画面に世界地図が表示された。
無論、我々の知らない地図だ。
その地図のごく一部がピックアップされて拡大される。
この欠片のエリアか・・・。
「この世界ではもう人類は滅びてしまって存在しないとは先程も言った通りである。どうやら恐ろしい病原菌が世界に蔓延し、人類はそれによる病で滅亡してしまったらしい」
画像が切り替わり、建物内部の映像になった。
研究者らしき人々が様々な実験や観測を行っている。
「この研究所ではその事態に遭遇し、『病原菌に負けない生命体』へと人類を進化させようとする実験が行われていた。・・・だが、結果として生み出されたものは最早『ヒト』と呼べるような代物では無かった」
伯爵が我々を振り返る。
「諸君らも先程『奴ら』を目にしただろう」
あの赤ピンク色の肉塊の様な生き物か・・・。あれが元人類だというのか・・・?
「あれこそがその実験の産物だよ。私は『成れの果て』と呼んでいる。文字通りの人の成れの果てだ」
あんな知性をまったく感じさせない生き物がか・・・。
「あの『成れの果て』はおよそ『生存する』という点にのみ恐るべき特化を施された生命体だ。どんな毒にも病原菌にも侵されずに内臓も骨も存在しないのでその損傷も心配無く、強力な再生能力を持っていて切れた部位も繋ぎ合わせればすぐに繋がる。全身が感覚器官であり口でもある。食べ物は体表から直接内部へと『埋め込んで』そこで消化し吸収同化するのだよ」
ほとんど単細胞生物じゃないか。
「突き詰めて考えればそういう結論になってしまったのだろうな。そこから知性の維持や外見の調整等を行いたかったのだろうが、残念ながらこの世界の人類はそこまでもたなかった。結果人類が滅亡し、ここの『成れの果て』だけが生き残ったというわけだな。その後ずっと時間が過ぎて、世界そのものも滅んで砕け散り、その欠片が『神の門』の影響でシードラゴン島付近の次元へ吸い寄せられて、一部が島と接続されてしまったというわけだ」
世界の終わりか・・・。
想像もつかないな。それは果たしてどのようなものなのだろうか。
「10年前に私はここへ娘と共にやってきた。そして帰り道を探し、この施設の最下層にもう一つの転移ゲートがあるのを発見した。・・・しかし、そのゲートには番人がいたのだ」
伯爵が沈痛な表情をする。
・・・まさか、未だ姿を見せない伯爵の愛娘、ミシェーラ嬢はその番人に・・・。
「番人は合成獣(キメラ)の様なモンスターだった。私と娘は力を合わせてその番人を倒した。・・・そう、倒してしまったのだ・・・。そしてそれが悲劇の始まりだった」
伯爵が静かに目を閉じた。
「我々は番人を・・・この施設とその防衛システムを甘く見過ぎていたのだよ。・・・『番人を倒した者が次の番人になる』のだ・・・。娘はシステムに取り込まれて、装置の次の番人となってしまった。そして今でも地下のゲートで訪れる者を待ち受けているのだ・・・」
そう言って伯爵は悲しげに首を横に振ったのだった。