第6話 砂塵の中の少年-6


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刻一刻と変化していく皇宮での激戦の状況は逐一伝令によって皇国軍の作戦本部…即ち軍議の間へと伝達される。
戦況は一進一退…皇宮の内情を知り尽くしたクバードが綿密に指示を与えているのだろう、数で劣る教団員達は皇軍の地の利を封じつつ巧みに立ち回り互角の攻防を演じていた。
そんな中、皇族等の最上位の立場の者たちの住まう奥の院の一角で、スレイダーは数名の女官たちと語らっていた。
客人であるスレイダーには、皇国軍が地下通路に侵入者を察知してすぐに退避命令が出たのだが、奥の院で不安そうにしている女官たちに声を掛けていたら逃げそびれてしまったのだ。
「戦の音がここまで…スレイダー様、恐ろしいです」
若い女官の1人が、そう言って不安そうに眉を顰め、スレイダーに縋り付く。
「ここも戦火に塗れるのでしょうか…」
他の若い女官も青ざめた顔を伏せる。
「いいえ、心配はいりません。皆さん…」
必要以上にキリッとした表情を作ってスレイダーが微笑んで女官たちを見た。
「このスレイダーが皇宮の貴き方々と皆さんをお守りしましょう。ですから、どうかその美しいお顔を悲しみに曇らせないで下さい」
力強く言うスレイダーに、女官たちは雲間の陽光を見るかの如く表情を和らげた。
「ああ、スレイダー様」
「どうか御武運を…」
爽やかに歯をキラーンと光らせて敬礼したスレイダーが颯爽と女官たちの前を立ち去る。
「…うっひゃっひゃひゃ…こりゃたまりませんなもうオジさんこのままこの国で暮そうかな。ノワールとかご老人ばっかになっちゃったしね」
1人になった途端に、だらしなく相好を崩してスレイダーが笑った。
「…さて」
スッとスレイダーが表情を引き締める。
「居残っちゃったし、ちょっとオジさんはオジさんでできる事をしようかな」
そしてスレイダーは歩き出した。
戦の音の響く表の方角ではなく、さらに奥へ向かって。
間も無くスレイダーは奥の院の大扉へと到着した。
「これは…スレイダー様、この様な場所へ何故?」
大扉を守る衛兵達が訝しげな表情を浮かべる。
「皇国の一大事故、将軍達に協力を要請されましてね。そこでこの不肖スレイダーめが一身を賭して皆様の力になろうかと」
口から出任せである。しかし、生真面目な表情でそう言って敬礼するスレイダーに衛兵達は皆感じ入ったようであった。
「そうでございましたか…お心遣いに深く礼を申す」
衛兵達が深く頭を下げる。
「いやいや、当然の事でございます。頭をお上げ下さい。…で、早速ですが将軍よりの伝令が奥の院の方々に御座いまして、この場をお通し願えますかな」
「かしこまりました。では…」
衛兵達が大扉を開く。重たい音を立てて扉が両開きになっていく。
そこを、敬礼したスレイダーが足早に通り過ぎていった。

皇宮上部、屋根の上を高速で2つの影が駆け抜ける。
最早両者のその姿を目で追う事は叶わず、ただ風を切る音と振るった武器が掠めた建物の傷だけを残し、キャムデンとゴルゴダは死闘を展開する。
「シャアッッ!!!!」
キャムデンが両手の長剣を振るった。
ズアッ!!!!と一瞬で空間を刃の切っ先が埋め尽くす。
(…多い!!!)
突進の足を止めたゴルゴダが、咄嗟に両手で愛用の漆黒の長槍をぶん!と旋回させた。
ギャリイイイイイイイイン!!!!!!!と回転させた槍が無数の剣撃を弾き、宙に火花が散る。
「かハッ! 惜しかったなぁキャムデ…」
ゴルゴダの言葉が止まる。咄嗟に下を見下ろす。
右の腿に短刀が突き刺さっていた。
驚愕して見開かれたゴルゴダの目に、静かに自分を見つめているキャムデンの顔が映る。
「…いつ投げたぁぁぁッッッ!!!!」
咆哮してゴルゴダがキャムデンに襲い掛かる。
その一撃を冷静にキャムデンが捌いた。
(…キズと傷みで動きが鈍る筈だが、その様子が無い。どうやら貴奴めは独特の体質をしておるようだ)
右足の腿を深く刃物で抉られながらも、足捌きの変化しないゴルゴダを冷静に分析する。
四肢を狙って着実に戦闘力を削ぐつもりだったキャムデンが、ここへ来て戦略の変更を余儀無くされた。
「手足への攻撃は意に介さぬか…」
バン!と地を蹴ってキャムデンが攻勢に転じる。
その姿が消え、ただ地を滑る影だけが残される。
「てめぇ…同じ事2回やって見せるか…!!」
ギラリとゴルゴダの目が輝いた。
「そこだろォッッ!!!!!!!」
ゴッ!!!と風を裂いて長槍が繰り出される。
バスッ!!!とその一撃が迫るキャムデンを串刺しにした。
「…!!!!」
突き出されたゴルゴダの槍の先で、中身の無いキャムデンの上着がバサバサと風に靡いている。
「流石の反応だ。…しかし、初めにわざと声をかけてから『影渡』を見せておいた事こそが私の罠」
2度同じ技を出して、今度は捌けると相手を釣り上げる心理のトラップ。
完全に突きを放ちきった腕の伸びた状態で、ゴルゴダはキャムデンを懐に入れてしまっていた。
「終わりだ。さらば…ゴルゴダ」
繰り出された2本の剣先が、ゴルゴダの胸部中央を突いた。
ギィン!!! 
しかし硬質の音を立ててゴルゴダの胸部はその一撃を弾く。
「ああ…惜しいな、キャムデンよ」
「くっ!!!」
ガシッ!!とゴルゴダの左手がキャムデンの右手首を掴む。
「その辺はもうとっくの昔に『生身』じゃなくてよ…」
バチッ!!!!と掴んだ腕をスパークさせるゴルゴダ。
「グあああああああああああああっっっ!!!!!!!!」
全身に電撃を浴びてキャムデンが絶叫する。
その勢いでゴルゴダの皮膚の一部が裂けてめくれる。下から見えたのは黒い金属のボディだ。
「今じゃ生身の部分なんて脳と一部の皮膚と組織だけだ。自分で自分を少しずつ造り変えていってよ…。ま、この身体も俺の作品の1つってワケだ」
ゴルゴダが手を離す。
しゅうしゅうと煙を上げながらキャムデンがその場に両膝を突いた。
「人間にしちゃいいセン行ってたぜ」
座り込むキャムデンの頭上に、ゴルゴダが槍を振り上げた。
「…おぉぉぉぉっっっ!!!!!」
突如キャムデンが跳ね起きる。槍を構えたゴルゴダの手首を掴んで組み付いた。
「…っとぉ!! まだそんだけ動けんのか!!!」
互いに両手を掴み、押し合いになるゴルゴダとキャムデン。
しかし必死の形相のキャムデンに対して、ゴルゴダが冷笑を浮かべていた。
「組んだら駄目だと教えてやったつもりなんだがなぁ?」
バリバリバリバリ!!!!!!
全身を青白く輝かせ、ゴルゴダが激しく放電する。
喉から漏れ掛けた絶叫を飲み込み、キャムデンが更に前に出た。
「離さんか…執念だな、キャムデン」
「卑劣な…罠で…」
キャムデンの口から血の塊と共にかすれた声が漏れた。
「私に敵うと思うなよ…何故なら我こそは悪の化身…」
ぐい、と最後の力を振り絞ってゴルゴダを押し込むキャムデン。
そして…両者の位置はキャムデンの望んだ地点へと到達した。
ガン!と足元の自分の長剣を蹴り飛ばすキャムデン。
回転しながら飛翔した長剣は予めキャムデンによって張られていたあるロープをバスッ!と断ち切っていった。
ガォン!!!!!と轟音が響いて、巨大な攻城弩(バリスタ)から放たれた鋼鉄の矢が重なり合う両者を合わせて串刺しにした。
「…バカ…な…」
胸部を刺し貫かれたゴルゴダが口から赤黒い血…或いはそれはオイルの様なものだったであろうか…を吐き出す。
「我が生涯…我の望むがままに邪悪であった…」
フラフラと巨大な鋼鉄の矢によって繋ぎ合わされた両者が屋根の縁と斜めに下っていく。
「やはり悪役は…夜の闇に消えるものよ…」
キャムデンが穏やかな笑みを浮かべて言う。
両者の足が屋根を離れる。
…そして2人はゆっくりと漆黒の闇へ落下していった。

そんな護法結界の青白い光のドームに覆われた皇宮を、4層市街のある高い建物の屋根の上からみる茶とエウロペアの2人が眺めている。
みる茶は屋根の縁に座って足を投げ出し、その脇に立つ赤い模様の入った黒いタイトスカートのエウロペアは纏った漆黒の外套を風に靡かせていた。
「んー…どうかな」
みる茶が首を傾げている。
戦いになるのなら適度に手を貸すつもりでいる2人であったが、ろくに教団の戦力についても皇国の戦力についても説明を受けていないのだ。
その為、予想外に展開された護法結界を破っていいものか悪いものかも判断が付かない。
まして元々が戦闘に対して積極的に参加する意味で来たのではない2人だ。
状況の把握も御座なりである。
「…別に構わないだろ、静観で」
欠伸を交えてエウロペアが言う。
「元々私ら2人が来たのが想外の話なんだ。それで勝ったの負けたの問われはしないさ」
丸でやる気の無い様子のエウロペアをみる茶が座ったままで見上げた。
「エウロペアは、戦いたくないのか?」
「ん? んー…」
ゆっくりと前から後ろへ、と髪の毛を右手で撫で付けて、エウロペアが皇宮の方角を見て目を細めた。
「『混じりモノ』どもの国だと少しバカにしてたけどな…それでも何人かは見られる奴がいるみたいだ。機会があるなら戦うのもいい、とは思うが…」
は、と呆れたような吐息を漏らして肩を竦めるエウロペア。
「今回のこれはゴメンだ…。攻め手からも護り手からも悲しい気配しかしない。両方悲しんで殺しあってる。そんな湿った戦に顔を出すのはイヤだね」
そう言うとエウロペアは腕を組んだ。
「ま、それでも見物まで投げ出して帰るのは些かに不義理が過ぎるか…? せめて大勢決するまではここにいてやるさ」
無言でこくんと肯いたみる茶も皇宮へと視線を戻す。
そして円卓の2人はそれきり言葉を交わす事無く傍観者となった。

カツーン、カツーン、と1人の靴音が静かに皇宮の廊下に木霊する。
白亜の大廊下を歩むのはクバード。裏切りの紅の将。
教団の兵達から自分1人突出した瞬間から、何故か護り手の皇国軍兵士達は潮を引くかの如く姿を消し…今彼は1人静かに皇宮の廊下を進んでいる。
…その先は、舞踏会場。
この白亜の大宮殿にあって、稀有な赤と金に彩られた荘厳なる空間。
予感がある。クバードは静かに歩む。
地下からの来襲は予見されていた。そして自分1人を突出させて兵達は引いた。
この先に、誰かが待っている。
自分との殺し合いを定められた何者かが待ち受けている。
舞踏会場への大扉にクバードが手を掛けた。
見事な彫刻を施された巨大な黒檀の大扉が、軋みながらゆっくりと内側へ開いていく。
靴音が消える。足元の分厚い絨毯は音は足音を殺す。
巨大なホールの中央へと、クバードがゆっくり歩みを進める。
中央で静かに待ち受けるのは青銀色の髪の青年。
「お前が…私の相手となるか、アレイオン」
待ち構えていたアレイオンが肯いた。
「はい。僭越ながら自分が名乗り出させて頂きました、クバード」
そう言ってアレイオンは穏やかな瞳でクバードを見つめた。
ふ、とクバードの口元が苦笑に歪む。
「自惚れるな、青二才め。…てっきり3人雁首揃えて待ち受けているものと期待していたがな。お前1人でこの私を止められる等と思い上がったか」
ズラリと腰の鞘からクバードが長剣を抜き放った。
赤い炎の紋様の刻まれた長剣の刃が、煌びやかな舞踏会場の照明を受けて金色の輝きを放つ。
「いいえ…自惚れはありません。この命と引き換える覚悟でこの場にいますので」
アレイオンが右手に銀の手斧を構えた。
両者、歩みを進め…その距離が狭まっていく。
「それほどまでの覚悟で私を殺したいか。それほどまでに私の裏切りが憎いか」
絨毯を静かに踏みしめて、クバードが行く。
「再度、訂正しましょう。私がこの場を買って出たのはあなたに憎しみがあるからではありません。私がどうしてもあなたを殺さなくてはいけない理由は…」
ザッ、とアレイオンが足を止めた。
眼前に銀の斧を掲げて構える。
「…私が、誰よりもあなたを尊敬しているからです」
「抜かしよるわッッッッ!!!!!!!!!」
鬼神の形相で、クバードが地を蹴りアレイオンに襲い掛かった。
その右目にはめ込まれた赤い宝玉が輝く。
「…憤怒よ! 怨嗟よ!! 赤く迅く空を駆けろ!!!!!!」
空中に無数の真紅のラインが生まれる。
クバードの周囲に浮かび上がり、アレイオンへ向けて走るそのラインは炎の帯だ。
「我が炎の熱さと鋭さはもう忘れてしまったか!! アレイオンよ!!!!」
無数の炎のラインの中を、長剣を構えたクバードがアレイオンに斬りかかった。
ズオッ!!!!!と、熱気が周囲に渦を巻き、瞬く間に周囲は炎に包まれた。
「…!!!!」
しかし無数の高熱の炎の舌も、その鋭い剣先も…アレイオンの身に僅かな傷も与えてはいない。
その左手に生み出された光の盾が、全ての攻撃を完全に遮断していた。
「あなたこそ…お忘れになってしまいましたか」
光の盾の向こうで、アレイオンがクバードを鋭く睨んだ。
「我が竜の権能…あらゆる害意を遮断する『竜鱗盾』(ドラゴンスケイル)を!!!!」