第23話 黒い月光-5


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・・・愚かで、直向で、残酷だった。
自分が世界の中心だと信じて疑っていなかった頃の話。
目に映るもの全てが苛立たしく、耳に届く全てが煩わしかった頃の話。
『精霊魔術ってのは便利なもんだな。俺と来い、アルテナ。お前の魔術と俺の頭を組み合わせれば怖いものナシだ』
そう言うと彼女は驚いたように自分を見つめて、それから嬉しそうに笑って肯いた。
本当に幸せそうに肯いた。
それはもう、ずっと昔の話。

飛来する無数の枝をスレイダーは左腕を上げてガードした。
しかし枝はその左腕に巻き付くと、凄まじい力で締め上げてきた。
ボキン、と鈍い音を立てて左手の骨がへし折れる。
だけどそれはわかっていた事。予定の範囲内の出来事。
『黙れ』と意識の中で自身の痛覚へとそう告げて、スレイダーは戦闘を続行する。
叫び出したくなるようなその激痛を無視してアルテナに向けて蹴りを放つ。
攻撃を放った直後の無防備な彼女がその蹴りを受ける。
蹴打のインパクトが折れた腕から更なる激痛を生み出して脳へと送り届けたが、スレイダーは再度その痛みを黙殺した。
肋骨を蹴り砕いた感触が靴底から足へと伝わってきた。

・・・恐れられ、忌まれて、頼られた。
ほんの僅かな味方と、その何十倍もの敵を産み続けて生きていた頃の話。
傷付けて殺めた者たちの数だけが、自身の価値を高めていくのだとそう信じて疑っていなかった頃の話。
『私は世界に復讐する。自分のこの呪われた運命に復讐するんだ』
そう言ってアルテナは自分に寄り添った。
『お前と一緒ならそれができる・・・スレイダー』
呟いてアルテナは静かに瞳を閉じた。
それはもう、ずっと昔の話。

アルテナが何かを叫んだ。
その言葉はスレイダーの耳に届いたが、彼がその叫びの内容を理解する事は無かった。
・・・既に、『そんな部分』は削ぎ落としている。
戦闘に不要な部分は極限まで自分の中からカットしている。
だからスレイダーの頭脳は、次のアルテナの攻撃をどうやって被害を最小に抑えるか、次の自身の攻撃でどうアルテナに最大の損傷を与えるか・・・その事だけを考えて、他の情報を処理する事は無かった。
あるいは理解していたとしても、彼女の叫びも既に意味を成さないものであったのかも知れない。
わかっている事は、彼女の戦意も殺意も微塵も揺らいではいない事。
彼女に対して今スレイダーが感じて理解しなくてはいけない事は、それだけだった。

・・・わかっていた筈だった、目を閉じて、耳を塞いで、気付かないフリをしてきた。
お互いに只、破滅へと向かっていた頃の話。
得ているつもりで、失い続けていた頃の話。
大事なものなど何も無かった。自分自身ですらも。
傍らにいたハーフエルフの女も、自分にとっては手足や道具に等しい存在だった。
いつの頃からだろう。そう思っていたはずの自分に変化が訪れた。
初めて彼女の声を聞いた。本当の意味で。
その姿を見て、その考えを知ろうとした。本当の意味で。
そして彼女が自分にとって特別な存在となった事に気が付いた時、スレイダーは彼女の前から姿を消した。
自分は変われないと思った。だからせめて離れる事で彼女に変わって欲しいと願った。
自分たちを苛んで蝕み続けてきた復讐の妄念から、彼女だけでも逃れて欲しいとそう思った。
破滅に巻き込んでやるつもりだった女を、彼は突き放した。
大切に思ってしまった。だから突き放した。
そして独りで消えていこうと思った。
それはもう、ずっとずっと遠い昔の話。
或いは正しく、或いは誤りであった1人の男の決断の話。



アイザックは手錬の使い手ではあったが、腕は僅かに私の方が勝っていた。
時間が経つにつれてその差がジワジワと互いの負傷に現れ始める。
「・・・僕の役目は、時間稼ぎだけなんですけどね・・・」
手にした巨大な円刃を振るうアイザック。
しかし疲労と負傷から既にその攻撃には先程までの精度が欠けている。
「もう撤退してもいいんですが、何故かそんな気になれません。不思議ですねぇ・・・」
そう言った奴の声は、その台詞の通りに怪訝そうな響きを含んでいた。
「やっぱり小さい頃の憧れの人だからなぁ・・・。もっと戦っている所見ていたいのかなぁ」
私の攻撃がかすめて作った肩口の傷を手で押さえて、アイザックが数歩後ろに下がった。
「守護獣融合を使わないのもそのせいなのかなぁ。自分にまだそんな部分があったとは驚きですよ、本当にね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
後半はどちらかと言えば自分に語りかけているようだった。
アイザックが円刃を自らの傍らの地面にザシュッと突き立てる。
そして奴は腰に下げたロングソードを抜き放った。
・・・・・?
あれはどう見ても特別な力の無いただの剣だ。
何故契約武器を置いてそちらを持ち出してくる?
アイザックが構えを取る。
む・・・。
先程までと気迫が違う。あれは必殺の一撃だ。
何故その一撃を武器の質を落として放つか理解ができかねたが、私はその疑問を頭の外へと追い出した。
「行きますよ・・・」
奴が呟く。
周囲から音が消える。
時間も止まる。
そして自身の鼓動すら全てに溶けて消えていくように感じたその時、我々は互いに大地を蹴って渾身の一撃を相手に叩き込んだ。
アイザックの一撃が私の頭部を薄くかすめ、数本の髪の毛を散らしていく。
そして私の一撃は奴の胸板を斜めに斬り裂いていた。

ぐらりとよろめいたアイザックが脇の壁にドンと背中を付けた。
押さえた傷口から噴き出す血が地面を赤く染めている。
自分が与えた傷で無かったとしてもわかる・・・致命傷だった。
「・・・かはっ・・・はは・・・強い・・・やっぱり強いなぁ・・・ウィリアム様は・・・」
壁によりかかったまま、ずるずると崩れ落ちたアイザックが地面に座り込んだ。
・・・何故武器を換えたのか聞こうとして私は思い留まった。
もうそれは何の意味もない事だろう。
既にアイザックの顔には死の影が濃く、私の顔も見えてはいないようだ。
「・・・あぁ・・・アシェル・・・まだ怒ってるのかい・・・。ハハ、当然だよねぇ・・・」
奴の目は虚空を見ていた。
「・・・・・・今・・・そっちへ・・・行くよ・・・改めて君のご主人様に・・・謝ろ・・・」
その手がカクンと地へ落ちる。
そしてそれきりアイザック・ラインドルフは動く事は無かった。



視界が赤く明滅している。
既に限界を超えている肉体は緊急停止のシグナルを発し続けている。
流れ出る血の一滴一滴に削げ落ちていく命が溶けているのがわかる。
(・・・もうちょっと・・・もうちょっとだけもってくれよ・・・死ぬのはこれ終わってからにしようぜ・・・)
ごぼっと喉にせり上がってきた血の塊を飲み下す。
(なんもかんもやりかけってのは・・・流石に死んでも死に切れないよね。せめてこれだけは、俺がやらないとな・・・)
次の一撃に、残った命を全て乗せようと・・・そう決めてスレイダーは構えを取った。

殺しあう両者は、もうどちらも自分を見ていない。
そう感じたセシルは即座に守護神獣アニムスを召喚した。
思った通り、アルテナもスレイダーもすぐ近くに出現したユニコーンにまったく注意を払う様子が無い。
・・・熱に弱い。
アルテナが先程自分を戒めるロープについてそう言った。
セシルが視線でアニムスに命じる。
赤熱する角をセシルへと寄せるユニコーン。
ロープがグズグズと黒く崩れていく。
そして戒めが解かれた瞬間、セシルは跳ね起きると激突する両者に向かって猛然と走り出したのだった。