第2話 Continual change-2


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ファーレンクーンツ共和国、首都エイデンシティは喧騒に包まれている。
先程臨時ニュースで流れたアレス大統領の四王国会議脱退を受けての事だ。
しかし騒ぎと言っても、一部に大統領の決定に批判的な意見は聞かれても大半は支持するものだ。
共和国民はアレス大統領の掲げた強い共和国、蒸気の新時代政策を信奉している者が大勢を占めている。
文明的に劣る国々と無理に足並みをそろえる必要はない、という今回の大統領の発言は概ね肯定されているようだ。
ラジオから流れるそんな国中の様子を、レオンハルト・ビスマルク大佐は陸軍本部の自らの執務室で聞いていた。
「バカどもが・・・。知らんというのは幸せなものだ」
先程銃士隊本部から引き渡されたシードラゴン島と『神の門』に関する書類に目を通しながらコーヒーの入ったマグカップを手にしたビスマルクが侮蔑の言葉を口にする。
その彼の言葉を聞く者はいない。
執務室には今ビスマルク以外の人影は無い。
・・・無いはずだった。
「わざわざこんな遠くまでご苦労な事だ。・・・目付け役なぞ寄越さんでも仕事はきちんとやるさ」
しかし次のビスマルクの言葉は明らかに自分以外の何者かに向けて放たれたものだった。
言葉を口にしてからビスマルクが背後を振り向く。
部屋の隅に、まるで闇を切り取ってきたかの様に黒く佇んでいる者がいる。
黒衣に半分砕かれた能面を身に着けた怪人が。
「だが・・・」
ビスマルクの目が細められる。
「折角来てもらったのだ。少々こちらの仕事を手伝って貰おうか」
要請の言葉を受け、仮面の怪人・・・テラーはカクンと機械的な動作で肯いた。

一方、銃士隊本部は嵐が過ぎ去った後の様な様相を呈していた。
半年かけて全銃士がかかり切りだった仕事の全関係資料を陸軍が引き上げていった為だ。
今も多くの銃士が本部の後片付けに奔走している。
「本当に綺麗サッパリ持っていきやがったな・・・」
憮然としてルノーは机に肘を突いてその手に顎を乗せている。
「博士も連れてかれちまったのぉ」
大龍峰も腕を組んで、うーむと唸っている。
『神の門』を巡る最重要人物、シードラゴン島で保護してきたカシム・ファルージャ博士も陸軍が連れて行った。
「命令だってんじゃしょうがねえさ。俺たちは使われてる身なんだからな」
そう言ってカミュが咥えたタバコに火を着けた。
居眠りしている内に事態が進行してしまっているので若干普段より元気が無い。
「確かに、彼が掲示した命令文は上意下達の完璧なものでしたね」
こんな中でもエリックは落ち着いて銃士たちから本部の状況について報告を受けている。
「けどさー。なんか釈然としないんだよな。今まで俺たちにボスを通さないでこんな形で仕事の命令が来ることなんかなかっただろ。それに、四王国会議脱退って・・・エリックお前なんか聞いてなかったのか?」
ルノーに言われて、エリックが静かに首を横に振った。
「いいえ。そんな兆候すらありませんでしたよ。お陰で諸々の対策が後手を踏みました」
ふう、とエリックが嘆息する。
「命令には従うさ・・・けどな」
フーッとカミュが紫煙を吐き出す。
「開いた時間で何をしようってもそりゃこっちの勝手だぜ。・・・参謀、くれてやった資料は全部コピーあるんだろ?」
「勿論です、リーダー。資料としてもコピーはとってありますし、必要とあればいくらでも復元は可能ですよ・・・『ここ』からね」
そう言ってエリックは人差し指で自分のこめかみの辺りをトントンとつついた。
「よぉし・・・それじゃ少し調べてみようぜ。今回の件色々と腑に落ちん」
カミュの言葉に銃士たちが肯いた。


先日と同じように校門で待ち構えていたリューは、先日と同じようにサーラをタクシーへと乗せた。
リューが行き先を国立劇場へと告げるとタクシーは静かに走り出す。
タクシーの後部座席に落ち着いてもサーラの頭の中は未だにミキサーをかけたようにぐちゃぐちゃのままだ。
(・・・お芝居? お芝居って・・・。ああ、メイ達に明日説明しなくちゃ・・・父も一緒だったって・・・でもチケットが2枚なのも見られちゃってる・・・。何て言えばいいの・・・絶対誤解してる)
ぐるんぐるんと纏まらずに回る思考を何とか鎮めようと、とりあえずサーラは一番大きな疑問だけ口にする事にした。
「リュー、お芝居って・・・急にどうして?」
それに対する返答はそっけないものだった。
「来ればわかる」
と、ただの一言。
だが、その冷淡さが逆にここではサーラを落ち着かせた。
(そうだったわ・・・。彼に親切な説明とか期待する方がおかしいし・・・)
開き直ってどっしり構えているしかないのだ。
そう思って小さく嘆息すると、サーラは流れ行く窓からの眺めに視線を移した。

ライングラント国立劇場は西部大陸でも屈指の大劇場である。
歴史あるライングラントの文化の象徴として昔から芸術に造詣の深いこの国の人々に愛され続けてきた劇場。
その国立劇場へ車を着けたリューは、運転手に100クラウン札を2枚握らせると公演の終わる時刻にまた来るようと指示した。
そしてサーラはリューと共に国立劇場へと足を踏み入れる。
赤絨毯の大ロビー、荘厳なシャンデリアに着飾った人々・・・あまりにも今まで自分が生きてきた場所とは異なった光景にサーラはしばし言葉を失った。
自分は、と見れば制服姿のままである。
オマケに一目見て異国人だとわかる肌の色、そして連れは東洋の衣装。
少なからずロビーで2人は好奇の視線を注がれ、サーラは居心地の悪い思いをしなくてはならなかった。
そんな人々の視線などどこ吹く風で平然とリューは歩みを進める。
はぐれたら見つけるのは骨だろう、慌ててサーラはその後を追った。
2人の席は1階部分の丁度中央に当たる位置だった。
程よい距離で舞台を正面から観覧できる。サーラはこういった事には疎く、良くわからなかったがかなり良い席なのではないだろうか?と思った。

やがて開演の時間が来る。
ブザーが鳴り、幕は上がる。
客席の照明は落ち、一時の幻想が始まる。
演目は、この世界で一定以上の教育を受けているものなら誰でもその題名は知っているような古典文学の傑作だ。
悲恋の物語である。
舞台が始まると、それまでサーラの頭の中を占めていた諸々の疑念や懸念は全てどこかへ飛んでしまった。
・・・引き込まれる。呼吸をするのも忘れるほどに。
現代風に新解釈された台詞回しも、役者達の真に迫った演技もどれも素晴らしい。
自分に観劇の趣味があるとも思えなかったが、それでも舞台はサーラに一時現実を忘れさせるほど素晴らしいものだった。
途中、一度だけちらりと隣の席を窺った。
リューは相変わらずの普段の不機嫌そうな顔で(それが彼の素の表情だともうサーラは知っているけれど)舞台を見つめていた。

舞台が終わり、幕が下りていく。
客席は割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
カーテンコールになり、役者や関係者一同が舞台上に集った。
花束を受け取ったり、要人なのだろうか?高貴そうな出で立ちの老人が役者と握手を交わしたりしている。
ナレーションによれば、大臣だそうだ。
そんな中、舞台上端の方に派手な身なりをした背の高い銀色の長髪の男がいた。
「公爵(デューク)ヴェルパール・エルドギーアだ」
ふいに、リューが口を開く。
思わずサーラはリューの顔を見た。リューの視線は舞台端の銀髪の男に注がれている。
「国家体制が近代化され、多くの貴族達が領地を奪われて没落していく中で、あの男は極一部の貴族同様に自身の才覚で身を立てた」
・・・学んだ事がある気がする。
多くの貴族は今や名前だけの存在となっているが、一部はそれまでの財を近代産業に投資する等して成功を収めているそうだ。
「奴は・・・芸術に投資した。私財を投げ打ち、国内に多くの美術、演劇、音楽等の学校を開き、独自の奨学金を設けて多くの優秀な生徒を集めた。今ではライングラントの芸術の父とも呼ばれている」
感心してその話に聞き入りながら、同時にサーラは疑問を持った。
舞台上に並ぶ多くのスター俳優達について無言のままだったリューが、何故その後援者である公爵ヴェルパールにだけ説明をくれたのだろうかと。

客席が落ち着くのを待ってから、2人はロビーに出た。
すると今度はロビーが騒ぎになっている。
先程の役者や関係者達がロビーに立ち、客を見送っているのだ。
握手を求める者や花束を渡そうとする者たちによって、ロビーは大変な喧騒である。
その人ごみの中を、ふいに2人に近付いてくる者があった。
「ようこそ、異国のお客人」
にこやかに挨拶をしてきた銀髪の長身の男をサーラは見る。
(・・・ヴェルパール公爵!)
まさか先程説明を受けたばかりの人物と、こうも間近で接するとは思っていなかったサーラは思わず萎縮してしまう。
・・・目立つ身なりの2人だ。恐らく興味を引かれたのだろう。
「あ、あの・・・えっと・・・」
動揺したサーラが言うべき言葉を必死に探していると、隣からすっとリューが前へ出る。
「名高いワインバーグ歌劇団の公演、楽しみにして来たが噂に違わぬ素晴らしい舞台だった」
いつもの無表情のままで、それでも賛辞を口にするリュー。
その返答に満足したのか、公爵は笑顔を浮かべると背後の役者達を振り返る。
「ありがとうございます。彼らも喜びますよ」
笑顔のままで2人と握手を交わすと、公爵は役者達の下へ戻っていった。

帰りの車の中でもリューは無言だった。
舞台の興奮が徐々に冷めて行くにつれ、サーラの中には先程までの疑問が蘇りつつある。
「ここでいい」
と、ふいにリューは車を停めると精算を済ませて降りた。
サーラも慌てて車外へ出る。
周囲を見回して疑問に思う。随分と中途半端な場所だ。
サーラのアパートへは歩いてまだ20分ほどの場所。
周囲に立ち寄る様な場所も特にない寂しい通りだが・・・。
「お前の宿まで少し歩く」
そう言うとリューは歩き出した。
サーラがその斜め後ろに付く。
「先程の、公爵ヴェルパール・・・あの男がデュラン神父の背後にいる黒幕だ」
「・・・!!!」
いつもの様に唐突なリューの一言。
その言葉がサーラに衝撃を与える。
「最も、あの事件には公爵は直接関与はしていない。神父は公爵のいる組織では末端の人間だった。その行動に一々上位の立場にある公爵は関知しない」
「どういう事? あの事件は神父の単独犯だったんじゃないの?」
サーラの問いにリューは前を向いたまま答える。
「あの事件そのものはそうだ。その個々の単独の事件を連ねているのが背後にいる公爵らだ。奴らは神父の様な人間を徐々に増やしながら、今も少しずつこの国を死と破壊で蝕んでいっている」
そこまで話して、リューは初めて横目にサーラを見る。
「そして先日の神父の一件から、俺とお前は連中の抹殺者リストに名前が載った」
「!」
無言でサーラが息を飲んだその時、静かな夜の街を冷たい殺気が満たす。
・・・囲まれている。無数の殺意に。
「牽制の為に顔を出してきたが、思ったより直ぐに手を打ってきたな」
静かにリューが言う。サーラは無言で取り出したリボルバーを構えた。