第9話 エトワールの憂鬱 -4


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魂樹達は「海獅子亭」へと戻ってきた。
エトワールが1人小走りに廊下を進み、ウィリアムの部屋の扉を勢い良く開ける。
「たっだいまーっ! センセ…お土産は無いけど変質者が往来でまたバカな事やった話を…」
エトワールの言葉は途中で止まった。
部屋の中央ではウィリアムが椅子に座って頭を抱えて煩悶している。
「…で、何で帰ってきたらセンセが悶えてんの」
「私は…罪深い男だ…」
慟哭にも似た呟きを漏らしたウィリアムに、エトワールが肩を竦めた。
「あんねぇ、センセ。生きてて罪を重ねない奴なんかいやしないんですよ? だから罪深いとか生きてりゃ当たり前の事なんだってば。オケラだって、ミミズだって、アメンボだって変質者だって皆生きてるんですから」
「そこで何で拙者を見るのかなッッ!!」
ガン見されたELHが叫ぶ。
そこでハッと魂樹が思い出した様に顔を上げた。
「そうだ…こんな事をしている場合じゃないんです! 船が明日の朝に出るって…。旅立ちの仕度を済ませてしまいましょう」
魂樹の言葉にエトワールが、お、と呟いた。
「そりゃちょうどいいや。ミューラーのタコが戻ってくる前に出発できるぜ」
一同がいそいそと荷物のチェックに入ると、1人遅れて戻ってきたエビ・ワンが部屋に入ってきた。
「港が何事か騒ぎになっていたようだ」
エビ・ワンが厳かに言うとビクーンとウィリアムが身を震わせた。
あまりのビクーンに釣られた隣のELHもビクーンてなる。
「何でも溺れていた男を引き上げてみれば、その男が触れるものを次々にハゲ頭にしているらしい」
話を聞いていたエトワールが顔を顰める。
「なんーだそりゃ…渡る世間は怪人ばっかですか」
「だからそこで何で拙者を見るのかなッッッ!!!」
一同にガン見されてELHが叫んでいた。

そのウィリアム達の居る「海獅子亭」をそっと窺っている人物がいる。
それは港から魂樹達を尾行してきたツカサだった。
魂樹達が中へ入って30分ほどが過ぎ、ツカサがそろそろ中へ入って部屋を確認しようかと思い立ったその時、エトワールが正面入り口から出てきた。
(…!)
慌ててツカサはその後を追った。
ツカサは隠密技能には自信がある。暗殺の仕事に就くことが多かったからだ。
気配を殺し、エトワールを付ける。
エトワールはご機嫌に鼻歌交じりで商店街へと向かっている。
その姿がひょいと曲がり角を曲がった。ツカサも続いて同じ角を曲がる。
「…!!」
角を曲がってツカサは驚愕して足を止めた。
エトワールがいない。
周囲を見回す。身を隠せそうな場所は見当たらない。
「動くな」
冷たい声と共に、ツカサの背に何かが押し当てられた。
それは鞘に納めたままの刀の柄だった。
「振り向いたら斬るぜ。手を動かすのもダメだ。足もダーメ…つか、ちょっとでも動けば即バッサリいくんでヨロシク」
どの様な手段を使ったのかわからないが、エトワールはツカサの背後に移動していた。
「…え、エトワール様…」
言われた通りに微動だにせずに、微かに震える声でエトワールの名を呼ぶツカサ。
「あー、お前やっぱしツカサか。何か覚えのある気配だと思ったんだよな。で、何でお前がうちを付けてんの? つか、お前生きてたんだな」
言葉の調子は若干和らいだものの、エトワールから放たれる殺気はいまだ消えていない。
財団では、ツカサは『始まりの舟』での戦闘により死亡と記録されている。
「申し訳…ありません。エトワール様が協会の人と一緒にいたので、どういう事なのかと…」
ふん、と鼻で笑うとエトワールはニヤリと口の端を釣り上げた。
ざわりと彼女から立ち昇る致死の気配が濃くなる。
「なるほどなァ。…思ったより早かったジャン? ブッ殺す前に一応聞いておいてやるぜ。誰の差し金だ? キリコ?」
「ち、違います…! 私は今はもう財団とはまったく関係がないんです…!」
必死のツカサが慌てて説明する。
「ウソこけテメー。財団と関係ねーっつーなら何でうちが協会の連中と一緒にいるのを気にしやがる! テキトー言ってると3枚に下ろしますよゴルァ!」
「協会です…今、私協会にいるんです」
ツカサの言葉に、ぴくりとエトワールの眉が上がる。
「…話せ」
一先ず、今にも斬り掛かって来そうな殺気は薄らいだ。
その事に若干の安堵を感じてツカサは言葉を続ける。
「姉さんを探しているんです。悠陽様が私の身柄を引き受けて下さって…各地で動きやすいようにと養女にして下さいました…。財団では私は裏切り者です。その最高幹部であるエトワール様が、協会の人と一緒にいるのを見かけて、どういう事なのか確かめようと…」
「………」
エトワールは無言でツカサの言葉を聞いていた。
そして彼女はスッと1歩下がった。
同時に周囲に満ちていた殺気が消え、ツカサは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
全身から汗を吹き出して、ツカサはハァハァと荒い息をついている。
「とりあえずはお前はうちの敵じゃねーと判断してあげますよ。ねーちゃん探してーなら好きに探しな。うちに関わるな」
そう言うとエトワールは目の前の空間に呼び出した黒い渦…『黒い衣装箱』(ブラッククロゼット)に手にした刀をひょいと放り込む。
「…え、エトワール様…」
いまだ定まらない呼吸の中、ツカサがエトワールを見上げる。
「エトワール様が財団を離れるおつもりなら…私が悠陽様にお願いして…」
冷たくツカサを睨んでエトワールが黙らせる。
「お生憎様だな。そんなつもりはサラサラねーんでお気遣いはご無用にしとけよテメー。今はちょっと気まぐれで連中と一緒にいるけどな。それが終わればうちは財団に戻る」
エトワールはそう言うと座り込んだままのツカサを放って歩き出す。
そして、ふと足を止めて振り返る。
「お前も協会だっていうなら、その内うちとも殺し合いになるかもな。…ま、そうなったら改めてブッ殺してあげますよ」
ひひ、と歯を見せて笑って、それきり振り返ること無くエトワールは人込みの中に消えていった。

繋留用のボラードに腰を下ろしていたシズマが立ち上がった。
衣服のあちこちを触って、大体乾いた事を確認する。
「…ふむ、こんなものか」
その隣では、マリスも同様に自分の服の乾き具合を確かめていた。
彼らはずぶ濡れのまま宿に入ったのでは断られるかもしれないと、港で一先ず着ているものが乾くのを待っていたのだった。
「どうするの? ツカサ、まだ戻らないみたいだけど…」
マリスがシズマを見てやや困ったように言う。
上陸してすぐに、ツカサは知り合いを見掛けたと言って、2人をここに待たせてどこかへ行ってしまったのだ。
「そうだな…」
と腕を組んで思案にくれるシズマ。
「この場からあまり離れずに宿を探そう。部屋が決まればこの場所で俺がツカサを待つ」
「わかったわ」
そして2人は、先程の場所から見える範囲内で宿を探し始めた。
流石に旅客相手に賑わう界隈だけあり、そこかしこに宿の看板が上がっている。
そんな中、シズマがある看板の前で足を止める。
「…む、一泊28クラウン(※1C=約100円)から、か。よし、ここにしよう」
「どれ?」
マリスもその看板を見る。
そこには、緑色の看板に毒々しい赤い字で「ニコチン爆裂亭」と書かれていた。
「ええええちょっとすっごく不安な名前なんですけど!! 何でピンポイントでここ選ぶのよ!!」
げんなりして叫ぶマリス。
「名前でそんな事を決め付けるな、まり姉。見ろ…『まろやかサービス 早い・安い・エグい』とちゃんと記されている」
「本当にエグそうだから不安なんだってば!! エグい事を隠そうとすらしてないじゃない!!」
必死にシズマに詰め寄るマリス。
しかしシズマはいつもの無表情だ。
「気にしすぎだ。大体旅行なんて言う物は多かれ少なかれエグいものだ。さ、行こう」
「今までアンタどういう旅行してき…ああ! 待ちなさいってば!!」
さっさと店内に入ってしまったシズマを、慌ててマリスが追いかけた。

2人が「ニコチン爆裂亭」に入る。
1階はこの手の宿のデフォルトとも言えるレストランを兼ねた食堂になっている。
マリスが不安げにキョロキョロと周囲を見回す。
「…あら、思ったより普通…いやいやいやいやいやいや!!!」
先を行くシズマの肩を掴んでマリスがガクガクと揺さぶった。
「…何だ、どうした」
「おかしいでしょあれ!! 鹿の剥製!! あれ普通は首でしょ!!?」
マリスが指差した壁には、壁から下げられたプレートから鹿の下半身の剥製がだれーんとぶら下がっている。
「首で剥製を作ったら余った部分を有効利用したんじゃないのか?」
「そんなエコな理由でお客にエグい気分味あわせるってどうなの!?」
ヘナヘナとマリスが椅子に座り込んだ。
「…フフフ、ようこそお客人」
ふいに声が聞こえて2人は周囲を見回した。
声はカウンターから聞こえた。
見ると、カウンターには巨大な黒いもこもことした毛の塊がある。
「な、何…あの黒い茂みみたいの…」
半眼で恐る恐るマリスがカウンターの方を窺う。
「自慢のアフロの影から失礼。私はこの『ニコチン爆裂亭』のオーナー、アフロディーテ」
黒い巨大なアフロの中からアフロディーテと名乗る声が聞こえてくる。
もうアフロ大きすぎて、中に潜む者の性別は愚か人類であるのかどうかすらわからない。
「部屋を借りたい。2部屋だ」
物怖じせずにアフロディーテに話し掛けるシズマ。
「畏まりました。今鍵をお渡ししましょう」
そう言うと巨大なアフロがもそもそと動き始めた。
…と、思ったらアフロの中から「グキッ」と鈍い音がしてその動きが止まる。
シズマがアフロの中を覗き込む。
「どうやら…自分のアフロを踏ん付けて首がイッたらしい」
「ねえ、本気で帰りたいんですけど」
自分を振り返って言うシズマに、凄い素の顔でマリスが訴えた。

その頃、ツカサは港への道を急いでいた。
気が付けば2人を置いて自分が飛び出してから2時間近くが経過してしまっている。
そのツカサの足首を、何者かがいきなり大きな手でガシッと握った。
「…っ!!!!」
訓練されているツカサは悲鳴を上げるような真似はしなかった。
その代わりに、渾身の蹴りを足元へ向けて放った。
「ぶえッッッ!!!!!!!」
ツカサの足を掴んでいた何者かは、顔面にその蹴りを浴びた。
一たまりも無く鼻血を吹きながら大きな影が吹き飛んでいく。
「何ですか…あなたは…」
蹴り飛ばした相手は巨体の男だった。
黒い東洋の装束…あれは僧衣というものであろうと何となくツカサは知っていた…を身に纏い、頭を綺麗に剃り上げた男。
「…こっ、これは失礼致した…」
ボロボロの手ぬぐいで鼻血を拭いながら男が頭を下げる。
「拙僧…法岩(ほうがん)と申す。お恥かしい話、この街まで辿り着いた所で路銀が尽き、もう3日も何も口にしておらぬ。…すまぬが…何か食べるものを恵んではもらえぬか…」
どうやら行き倒れの僧だったらしい。
流石に蹴り飛ばしたのは少々やり過ぎたかと思いながら、ツカサは周囲を見回した。
すると、露店が目に入る。
どうやらドネルケバブ(串焼肉の削ぎ落とし)のサンドイッチの露店の様だ。
ツカサがサンドイッチを3つ買って法岩と名乗った僧に手渡す。
「かたじけない!! これぞ御仏のお導きよ!!」
そう叫んで法岩は何度も頭を下げると、ほとんど一息に3つのサンドイッチを食べる。
そのあまりの食べっぷりに思わず言葉を失ってツカサは見入ってしまった。
そして気付く。この男、出で立ちは東洋の者だが眉毛と顎鬚がブロンドだ。
西洋人であるらしい。
「…あ」
思わず、ツカサは声を出していた。
良く見ればその顔に見覚えがあったのだ。
頭髪が無くなっていたのですぐには気付かなかったが…。
「リチャード…」
呟きが耳に入ったのか、法岩がングっとサンドイッチを喉に詰まらせた。