第5話 吹き荒ぶもの-5


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死の気配を纏って、兄弟がサーラに迫る。
サーラが抱き締めた2人、メイは落下の時のショックで、勇吹は2人を庇って受けた深手から意識が無い。
もうサーラはその場を離れる事すら許されない。
「結局は我が退屈は続くか、実に嘆かわしいぞ」
ユーディスがサーラに手を伸ばす。
2人を固く抱き締めてサーラが目を閉じる。
「…なら、もう何も感じるな。永遠にな」
「!!!??」
突如ユーディスの真横に現れた人影は、渾身の拳をその頬に叩き込んだ。
大きく弧を描いて宙を舞い、床に叩き付けられてユーディスの身体が跳ねる。
「兄さんッッ!!!!」
悲鳴に近い声でフェルザーが叫んだ。
真紅の髪が風になびく。
月光に浮かび上がったのは力強い長髪の男のシルエットだ。
「…リュー」
声にわずかに涙の気配を滲ませて、サーラが男の名を呼んだ。
リューがサーラと、その腕の中の傷だらけの勇吹を見る。
「少し遅かったか」
呟いて倒れたユーディスの方をリューが向く。
「その男を任せる」
「…!」
ハッとサーラは顔を上げた。
リューの言うその男とはフェルザーの事だ。
そしてリューがそう言ったという事は、サーラは一撃で沈んだと思ったユーディスがまだ戦えるという事。
「俺は奴を相手する」
思った通り、リューは仰向けに転がっているユーディスから視線を外さずにそう言った。
一瞬だけリューが自分の右拳を見る。先程ユーディスの頬を殴り飛ばした拳。
インパクトの瞬間、拳に返ってきたのは肉を穿つ感触では無く、クッションを殴りつけたような奇妙な感触だった。
もう1つ気になったのは音。
インパクトの瞬間、殴り飛ばされた奴が地面に落ちる瞬間、そして転がる間…いずれもまったくの無音、一切の音がしなかったのだ。
(…恐らく無傷。久しくない強敵だ)
そのリューの考えを裏付けるかの様に、ユーディスは唐突に立ち上がった。
まるで身体の運動の無い、重力に逆らったかのような奇妙な動きで跳ね起きる。
「ふー、ジェントルマンじゃないなぁ、リュー。紳士じゃないぞ。名乗ってから来い」
(どうやら…空気の流れを自在に操る能力を持つようだ)
ユーディスの軽口に応じずに無言でリューが戦闘体勢を取った。
バロック兄弟は同時にフェンシングで使うような細身のサーベルを取り出した。
ユーディスはリューに向かって、フェルザーはサーラに向かって、鞘から抜き放った切っ先を向けて構える。
「さぁああてここからがショータイムだ!」
「我らバロック兄弟の恐ろしさ…鮮血と共に記憶に刻め」
薄暗い塔の中を、兄弟の声が交互に走った。

踏み込みから異様な速度で刺突が来る。
咄嗟にサーラは勇吹をその場に横たわらせると右へ走った。
初撃が空を切ったフェルザーは彼女の読み通り、倒れた勇吹には目もくれずに追ってくる。
必死にサーラは逃げる。フェルザーがそれを追う。
闇の中に幾筋もの銀光が走る。
サーラは全身に徐々に傷を増やしていく。
ぽたぽたと走るサーラの足元に血が滴る。
…そしてある程度の所まで逃走した所で、唐突にサーラが振り返った。
「…!」
警戒したフェルザーが足を止める。
真正面から停止した両者が向き合う。
どうやら観念したというわけでもないらしい。フェルザーが細剣を構え、切っ先をサーラへと向ける。
『風』を乗せて加速する剣撃。これにサーラの反応は追いつかない。
(両脚の腱を断ち、せめて動けなくしておくか)
視線でそれを悟らせずに、脳裏でフェルザーが攻撃箇所を踵と定める。
サーラのスピードはもう把握している。
両脚を殺して無力化する。…それは、造作も無い事の筈だった。
「あなたたち兄弟は…」
ふいにサーラが口を開く。真っ直ぐにフェルザーを見て。
「私の大事な友達をさらって、大事な仲間を傷付けた。だから許せない。」
怒りに燃えて、されど憎しみに歪む事無くサーラが静かに猛る。
「…許せないから何だと言うのだ」
無感情にフェルザーが言う。
「今から私が、あなたを倒す!!」
サーラの宣言に、嘲笑は無く、ただ一瞬目を閉じるフェルザー。
「バカめ、できもしない事を」
そして神速の踏み込みがサーラの間合いを侵略した。
繰り出された刺突を、跳躍でかわすサーラ。
(愚かな! 跳ぶのは下策!!)
上への攻撃を放つ為に斜め下に剣を引くフェルザー。
「…!!!!」
その目が見開かれる。頭上の彼女はフェルザーの予測を超えた動きをしていた。
跳んだ瞬間、身体を回転させたサーラは天井に両脚を突いて逆様にフェルザーを見下ろしていた。
そのまま天井を蹴ってサーラがフェルザーに襲い掛かる。
迎撃の為に上に突きを放つフェルザー。
空中で細剣とサーラのショートソードが交差する。
不意を突いた分、サーラの攻撃に鋭さが勝った。フェルザーは肩口を切り裂かれ、自身の突きは空を切った。
「…おのれ!! だが一度しか通じぬ奇策!!!」
見下ろしてフェルザーが驚愕に一瞬固まる。
その場に着地した筈のサーラがいない。
壁を蹴る音が真横から聞こえたと思った瞬間、攻撃はその方角から来た。
「くそっ!!!!」
相手を視認するより早く剣を振るうフェルザー。
着地したサーラはその勢いのままに即座に壁に跳んでいた。そしてその壁を蹴り攻撃に転じる。
そしてまた交差する両者の攻撃。傷付いたのはフェルザー。
『発条仕掛けの舞姫』(スプリンガルド)…サーラの奥の手。
縦横無尽に跳ね回りながら加速する攻撃。屋根とある程度の広さのある場所はサーラが最も得意とするバトルフィールドだ。
既にフェルザーはサーラの動きを完全に目で追えなくなった。
(回避はできない…ならば!!!)
フェルザーが動きを止めた。
「…!!」
斜め後ろからのサーラの攻撃がまともに炸裂する。
その瞬間、サーラは腕に伝わった異様な感触に顔を顰めた。
先程、リューに不意打ちを受けた時にユーディスが使ったものと同じ空気の盾…その見えないクッションでフェルザーはサーラの攻撃を止めたのだ。
そして動きを止められ、サーラが無防備になった今こそがフェルザーの狙った瞬間。
反撃の刃がフェルザーの手の中で煌く。
しかしその時、フェルザーの耳に届いたのはサーラの絶望と苦悶の呻きでは無く
「さようなら…フェルザー・バロック」
静かな別れの一言だった。
サーラの右腕に聖紋が浮かび上がる。皮肉にも彼らの組織の創設者がヒントを与えた部分的聖紋解放。
紋様から放たれた光は槍となり、空気の盾ごとフェルザーを刺し貫いて空へと消えていった。
胴を穿たれ、開いた風穴から向こうの景色を覗かせてフェルザーがたたらを踏んだ。
「…に、兄さ…ん…」
最後にそう呟くとフェルザーの瞳は光を失い、彼は自らの作った血の海の中に倒れ伏した。

フェルザーの最期はリューとユーディスからも見えていた。
「…フェルザー…!!!」
ガラン、とユーディスの手からサーベルが床に落ちる。
「フェルザーッッッ!!!!」
交戦中のリューに目もくれずに倒れたフェルザーにユーディスが駆け寄る。
そして両膝を突いて弟を抱き起こすユーディス。
「おい…起きろよ、弟よ。なあ…フェルザー…」
ユーディスの目から大粒の涙が零れ落ちる。
滴る涙が腕の中の弟を塗らす。
「なぁ、嘘だろフェルザー!! 私たちは2人で1人だ…!! ずっと一緒にやってくんじゃなかったのかよぉぉぉ!!!!!」
弟の亡骸を抱きしめたままユーディスが慟哭する。
その空気を震わすような嘆きの声は、思わず敵対者であるサーラすら同情を感じてしまう程だった。
戦意を喪失した…と、そう錯覚してしまった。
ゆらりとユーディスが立ち上がる。
「あ~…」
そして後ろ頭をゆっくり掻いた。
もう涙は乾いてしまっている。表情も先程まで動揺、人を食った薄笑いが戻っている。
「…え?」
その変わり様にサーラが呆気に取られる。
「失礼、取り乱してしまった。…さて続きといこうか、リュー」
そう言うとユーディスがリューの方へ歩いて戻っていった。
そのユーディスをリューが無言で迎える。
(ほんの一瞬で精神状態を戻した)
リューがユーディスを見る瞳が僅かに細められる。
先程の慟哭も涙も本物。しかしユーディスは即座にメンタルコンディションを戦時に戻したのだ。
(読み間違えていた。容姿も一緒、能力も一緒…そして戦闘力も何もかもが一緒の双子だと思っていた。『実際は容姿以外の部分は何一つ一緒ではなかった』…奴は全てをセーブして自分のスタイルを捨てた上で弟に合わせていた)
その証拠に、最早抑える必要無しとユーディスは自身のオーラを解放していた。
感じるプレッシャーがみるみる増大していく。
「全てを弟に合わせていたか」
リューも構えを戻しながら言う。
「そうとも、理解ある兄だからな。…だが、もうその必要も無くなってしまったよ」
両手を上げて拳を構え、さらに片方の膝を上げる独特の構えを取るユーディス。
(…しかも、本来のスタイルは格闘か)
ゆっくりと身体を上下させ、リズムを取るユーディス。
「…シッ!!!!!!」
中段…わき腹の辺りを狙って鋭い蹴りが来る。
(速い! だが、かわせる…!!?…)
リューの血が一瞬で冷えた。わき腹を狙っていたユーディスの蹴りは途中でその軌道を変えてハイキックになった。
「…っ」
ユーディスの靴先がリューのこめかみをかすめていく。数本の髪の毛が散る。
「お、私の『大蛇蹴』(ボア・シュート)をかわすのか。流石だなぁ、リュー」
感心してユーディスが笑った。
(蹴りの軌道を途中で変えた。まるで鞭の様にしなる独特の蹴足だ。そして…)
肩から指先にかけて、こめかみをかすられた側の右手に痺れを感じる。
(かすられてこれか…。直撃されれば一撃で狩られかねない)
フーッと呼気を吐いてリューが構えを直す。
そして今の一撃からリューは本来のユーディスの実力をある程度分析できた。
(速度…マキャベリーに匹敵、パワー…リチャードもしくは大龍峰に匹敵…)
ググッとリューの拳に力が篭る。
(その実力、少なく見積もって俺より上)
張り詰めた空気の中で、じわりとお互いが相手に向かって距離を詰める。
互いの間合いが接触するまで後数歩。
まず蹴りを放てば届く距離にお互いが到達する。
今度はユーディスは蹴ってこなかった。
リューも動かない。
互いに仕掛けないまま更に距離が詰まる。
拳の間合いへと。
「…ああ…」
見つめるサーラが、我知らず声を発していた。
極限まで張り詰めた究極の緊張の中、遂に両者が互いの拳の間合いへと相手を迎え入れた。