第24話 遥かに遠き森の落日-3


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ジュデッカが自分を囲んだ3人をに素早く視線を走らせる。
リチャード・ギュリオン、大龍峰・・・。
(コイツらは見たまんまの戦闘スタイルだ。「剣士」と「格闘家」・・・問題なのは・・・)
無感情な赤い瞳と視線が交わる。
(・・・コイツだ。ツカサ・ファルケンリンク・・・コイツだけは名前以外のデータがまったくない)
事前にハイドラの事をジュデッカは可能な限り調べ上げてある。
各人の特技なども概ね把握していたが、その唯一の例外がこのツカサである。
(見たところ魔術師だが・・・)
ツカサは所々をプレートで覆ったローブにフードのあるマントを羽織っていて、手には魔術師の杖を持っている。
そしてジュデッカの予想を裏切って、3人の中で最初に動いたのはそのツカサだった。
「・・・行きます」
(・・・!!)
行動順が予想外なら、その行動も予想外だった。
魔術師と思われたツカサは魔術の詠唱を開始したのではなく、いきなり高速で接近し杖を振り上げて襲い掛かってきた。
ブン!と杖がジュデッカへ向けて振り下ろされる。
その一撃に見た目以上の脅威を感じたジュデッカは瞬間的に風精を身に纏うと加速して回避した。
ザン!!!とジュデッカが背負っていた背後の壁が斜めに鋭く切り裂かれる。
「・・・っ!!」
ジュデッカが息を飲む。
ツカサの杖の先端には巨大な赤い三日月型の輝く刃が発生していた。
(杖じゃない!! 魔力で刃を生み出す鎌か!!!)
再びツカサが鎌を振り上げて襲ってくる。
その速度は尋常ではなく精霊加速してようやく反応が可能なレベルだ。
ぶんぶんと幾筋もの死を呼ぶ赤いラインが空中を走る。
その内のいくつかはジュデッカを掠めて刃の色と同じ赤い斑模様を空中に散らした。
「・・・そらそら敵は1人ではないぞ」
轟!と空間を震わせるかのような野太刀の一撃を叩き込むリチャード。
その一撃を咄嗟に空中に跳んで回避するジュデッカ。
「上跳ぶのは悪手じゃろぉが」
声は頭上から聞こえた。
「・・・!!!」
声の主は確認するまでもない。
瞬間的に上にリボルバーを向けて引き金を弾く。
ガァン!!!と銃声が響き渡った。
しかし相手の姿すら確認せずに放たれた弾丸は大龍峰を大きく外れる。
そしてジュデッカは真上から打ち下ろされた掌底・・・『鬼鉄砲』をまともに食らい地面に激しく叩き付けられた。

ドン!!!と地面が大きく抉られてジュデッカの身体が一度バウンドした。
そしてそれよりやや後方の地面に彼女は投げ出された。
倒れ伏したジュデッカが咄嗟にダメージの把握を試みる。
しかしグラつく思考が定まらない。
瞬間的に強く感じた痛みは既に遠のき始めており、代わって彼女を覆っているのは今や寒さと眠気だった。
(・・・ぁあ・・・これで死ぬのか・・・)
途切れかけた意識の中で彼女が思う。
(死ねるのか・・・私は楽に・・・なれる・・・のか・・・)
それはあまりにも甘美な誘惑だった。今すぐに全てをその奈落へと投げ出してしまいたいと思う。
もういいだろう。そうしてもいいはずだ。
今ほんの少し意識を放棄するだけで、その望みは叶うのだ。
・・・なのに・・・。
何かが・・・自分をそこへ踏み止まらせる。

「終わりか。まあ、こんなところであろうな」
投げ出した鞘を拾い上げて野太刀を納めるリチャード。
「・・・ン? どうした?」
リチャードの視線の先で、大龍峰はやや釈然としない表情で自分の掌を見ていた。
「いや・・・なんちぅか。ちーとばかし入りが浅かったような・・・」
大龍峰の言葉にリチャードがフッと笑う。
「御主の張り手ならば少々甘く入ったところでエルフの細身では一たまりもあるまいよ」
「ぬう・・・そうかも知れんが・・・うーむ」
事実、うつ伏せに倒れているジュデッカはもうピクリとも動かない。
・・・動かない・・・?
「・・・ぬ」
大龍峰の眉がぴくりと上がった。
倒れたままのジュデッカの震える右手が、土に爪を立ててガリッと地面に引っかき傷を作った。

唐突にジュデッカは思い出す。
『先輩・・・これ私が焼いてきたんです。食べて下さい!』
明るく言って『彼女』はそれを自分に差し出してきた。
手作りのクッキー。
・・・この娘は・・・。
次第に薄れ掛けた意識がはっきりとしてくる。
そうだ、これはエミットの思い出だ。
本当は軍務よりも菓子作りがしたかったのだといつか聞かされた事がある。
家が代々続いた天馬騎士の名門でなければそうしたかったのだと。
・・・実際に彼女が焼いたクッキーはそれまで自分が口にした中では一番に美味しかったのを覚えている・・・。
そうだこれは・・・自分が殺したエミットの記憶だ・・・。
時が過ぎても鮮明に覚えている・・・。

震える手を地面に突いて、ジュデッカがゆっくりとその身を起こす。
それだけの動作で全身は悲鳴をあげ、ガクガクと揺れる。
「・・・カハッ・・・は、はは・・!!」
笑える。
抑え切れない笑い声が口腔から漏れる。
それで口の中に残っていた血の塊が地面に滴った。

ミルチア・ソリューズの事を覚えている・・・。
エミットと同じく白翼学院から自分の下へ志願して入隊してきた娘。
自分が何度説得しても、頑として彼女は志願先を変えようとはしなかった。
槍を持つよりも本を読む事が好きで、気弱で大人しい娘だったのに。
その時だけは、自分の説得に耳を貸そうとはしなかった・・・。

「ははっ・・・はは・・・ハハハハハ・・・!!!」
哄笑する。ジュデッカ・クラウドは自らの滑稽さを哂う。
「・・・何じゃあ!? 頭でも強く打ってイカれおったか!!」
大龍峰が顔を顰めた。
立ち上がりかけて、地に両膝を突いた姿勢で天を仰いで笑うジュデッカを見て。

エマ・ラスキンの事を覚えている。
ベアトリクス・ローマイヤーの事を覚えている。
シモーネ・ハルトマンの事を覚えている。
誰一人として忘れた事などない。
皆自分の部下だった娘達。
大事な・・・大事な妹達だった。
そして・・・。
全員自分が殺めた娘達だった。
・・・楽になりたい・・・?
馬鹿め!!! 自分のどこにそんな資格があるのだ!!!
これを愚かと言わずして、滑稽と言わずして何と言おう・・・。
きっとあの時・・・あの瞬間・・・誰もが思ったはずなのだ。
「死にたくない」と。
誰もが願ったはずなのだ。
「まだ生きていたい」と。
その思いの全てを刈り取って自分は今ここにいる。
その自分に・・・楽になりたい等と思う権利も、死に逃避する権利などあろうはずもない。
・・・いつか、自分は死ぬだろう。
だがその瞬間まで自分は生にしがみ付いて苦しみ続けなければいけない。
この「生きる」という地獄の中で苦しみもがき続ける事が、あの時自分自身に課した罰であったはずだ。

ジュデッカは立ち上がった。
笑いを収めてはあっ、と吐息を吐き出す。
「・・・悪い悪い・・・アンタの一撃があんまりにも心地よかったもんでさ。つい浸っちまってた」
いつもの冷笑を浮かべて大龍峰を見るジュデッカ。
「ちっ・・・やはり甘かったようじゃのお」
ニヤリとジュデッカが白い歯を見せる。
あの瞬間、咄嗟に頭上に向けて放った一撃は攻撃の為のものではなかった。
風精を纏わせた弾丸を上に放ち、その反動で下へ飛んだのだ。
その為鬼鉄砲の威力は削がれ、一撃で絶命するには至らなかった。
しかしその傷が深く、彼女が今極めて死に近い状態にある事には違いない。
「フン、まあ寿命がほんのちっと延びただけの事じゃい」
大龍峰が腰を低く落としてぶちかましの体勢を取った。
「まー待ちなって。今度はこっちの番だろ?」
片手を上げてその大龍峰を制するジュデッカ。
「その身体で何ができるんじゃい。どの道待ってやるつもりはないがのォ」
「待ってもらう必要はないな。私の攻撃は『もう始まってる』」
ジュデッカの言葉に大龍峰が訝しげな表情を浮かべたその時、彼の耳の後ろあたりからギチギチという耳障りな鳴き声の様な音が聞こえた。
「・・・!!? 何じゃあ!!!」
首筋に違和感を感じて大龍峰が叫ぶ。
彼の首に虫が張り付いている。大人の握り拳大のボディに長い6本の足を持ち、身体全体を甲虫の様な短いトゲの生えた硬質の甲羅で覆って発達した大きなアゴを持つ虫。
その色はまるで血の様な真紅。
虫はギギッ!と鳴き声を上げると大龍峰の首筋に噛み付いた。
ハイドラきっての強靭なボディを誇る男の肉が易々と食い千切られて血が噴き出す。
「グアアッッッ!!! おのれ虫風情があ!!!!」
手を回し、掴み取ろうとすると虫は薄羽を広げてビィィィンと羽音を立てて空中へ逃れた。
その動きはまるで弾丸の様に素早い。
見ればリチャードとツカサも数匹の同じ虫にたかられて必死に払い除けている。
「ククク・・・どうだ? 見るのは初めてだろ。こいつが『鮮血精霊』(ブラッドエレメンタル)だ。私の血の中にはこいつらが棲んでるのさ」
「血の中じゃとぉ!? ・・・・う・・・・」
ジュデッカを見た大龍峰が絶句した。
彼女の傷口に血が盛り上がり、徐々に虫の形になって姿が完成すると飛び立っていく。
つまりこの鮮血精霊は全て・・・。
「自分の血で作っとんのか・・・おどれ正気じゃないのぉ・・・」
大龍峰の頬に冷や汗が伝った。
「心配はいらねえよ。意識がトぶギリギリの出血量ってのは自分でよーくわかってる。・・・もう、何度も試してきたんでな・・・」
ジュデッカが笑った。凄絶な笑みだった。
その表情に初めて恐れを感じて大龍峰が怯んだ。
だがそれも一瞬の事。
ハイドラの3人がジュデッカへ向けて構えを取った。
3人ともこの厄介な虫の対処をするよりも、瀕死の本体を叩いてしまえばいいという結論に達したのだ。
「・・・そこまでです」
ガァン!!と銃声が響き、飛来した弾丸が両者の調度中間地点の地面を抉る。
「新手か!」
リチャードが声のした方を見た。

高いフェンスの上に2つの人影がある。
1人はテンガロンハットのガンマン姿の青年、ヨギ。
そしてもう1人は竜剣を背負った侍、ELH。
「三聖ヨギ!そしてELHか!!」
リチャードが叫ぶ。
「悪党め覚悟するがいい。受けよ我が褌手裏剣!!!!」
ELHが手にした丸めた褌を投げつける。
しかし褌は空中で解けてしまい風に乗ってあらぬ方向へと飛び去ってしまった。
「・・・・・届かん!!!!!!!!」
怒りと悲しみを乗せてELHは天を仰いで慟哭したのだった。