第3話 円卓に集いし魔人たち-5


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唸りを上げてガノッサの豪腕がシズマに襲い掛かる。
側頭部をわずかにかすめたその一撃はシズマの髪の毛を数本散らした。
「どうした? 逃げ回っているだけか?」
嘲る台詞にもガノッサの口元に笑みはない。
丸で機械の様に冷たい視線がシズマを捉えている。
シズマの頬を一筋汗が伝った。
(どうする・・・俺の剣では奴に傷を付ける事ができない・・・)
かといってシズマには魔術の覚えは無い。
あの鋼鉄の防御力を突破してガノッサにダメージを与える方法に心当たりがないわけではなかったが、この状況ではそれも使えそうにない。
全身が鋼鉄化している事を別にしてもガノッサ・クリューガー中佐は恐るべき難敵だった。
攻撃は決して力任せではなく、精密にして高速。
そして自らの優位にも驕りがない。
なんだか謎のキノコ男の登場で周囲がわいわい騒がしいがシズマはそれどころではなかった。
ガノッサの猛攻を掻い潜りながら、シズマが何とか技を放つ為の隙を探す。
(・・・?)
その時、ふとシズマの鼻腔を香ばしい香りがくすぐった。
「・・・何だか、美味しそうな匂いがするんだけど・・・」
マリスも周囲を見回して怪訝そうな顔をしている。
というか、周囲が煙たい。
黒煙が流れてきている。
「ぬう・・・この匂い、サンマか!!」
倒れているシイタケマンが叫んだ。
「!」
ガノッサがピクリと眉を挙げて動きを止めた。
サンマの匂いに手を止めた訳ではない。彼はそんな事を気にかけない。
手を止めたのは、ガノッサの鋭敏な感覚が遠くから迫り来るある気配を感じ取ったからだ。
無数の小さな気配が集まって、巨大な波となってこちらに迫って来ている。
既に小さな地響きの様な振動が足元に伝わってきていた。
「何だ・・・?」
ガノッサが眉間に皺を寄せて振り返ったその時、暗い路地の奥から「それ」は爆発的に溢れ出てきた。

噴き出すように溢れ出て周囲を埋め尽くしたのは、無数の小動物。
平たく言えば猫だった。
「なっ・・・何だあああ!!!!」
「猫・・・ねこが・・・ぎゃあああ!!!!」
にゃあにゃあと凄まじい鳴き声の大合唱の中に兵士達が埋まる。
「・・・チッ」
ガノッサも纏わり付いてくる無数の猫に舌打ちする。
様々な柄の様々な大きさの猫は周囲を埋め尽くして縦横無尽に走り回り、転がりまくっている。
背中で爪を研がれて絶叫を上げている兵士もいた。
「これは一体・・・」
あまりの光景にシズマも立ち尽くしていると、ふいに背後からその手首を誰かが掴んだ。
「今の内ですよ。さあ、こっちへ・・・」
それは聞いた事のない男の声だった。
シズマは一瞬身を固くしたが、ここに留まるより状況が悪化する事もなかろうと思い直し、素直にその手を引かれるままにその場を離脱した。
傍らにマリスと、そのマリスが手を引いたツカサがいるのを確認しながら。
シズマの手を引いた男は、まるでその混乱の中を道が見えているかのようにスムーズに前へ進む。
後姿に、栗色の長い髪の毛が見えた。
襟足のやや下あたりで青いリボンで結んである。
背の高い男だった。

混乱はいまだ収まってはいなかったが、ガノッサは標的に逃げられた事を悟った。
「バカどもめ! 何をしている!!」
大騒ぎしている兵達を叱責する。
猫まみれになりながらも兵達が必死で直立の姿勢を取る。
その傍らには爪あとまみれになって気絶しているシイタケマンだけが残されていた。
「猫に驚いて標的を取り逃がした等と、本国には報告できんわ・・・」
苦々しくガノッサが呟く。
「中佐殿・・・この菌類はどうしましょうか・・・」
恐る恐る兵の一人が倒れているシイタケマンを見てガノッサに告げる。
「おっと、そいつは勘弁してもらおうか。・・・私のクランケでな」
ガノッサがそれに返事を返すよりも早く、横合いから別の男の声がかかった。
全員が鋭く声のした方を見る。
通りの壁沿いに並べられた木製の樽の上に、男が座って兵達を見ていた。
顔に傷のあるサングラスの男だ。白衣を身に纏っている。
「何者だキサマ」
ガノッサが白衣の男を睨みつける。
「俺はスーパードクターBBQ・・・そう呼ばれている。本当の名前はいつだったかの遠い昔にどこだったかのヘンな所に置いてきた」
フン、と笑ってBBQはそう名乗るとコツコツと靴音を鳴らして倒れているシイタケマンの方へ歩いていく。
その途中、ガノッサとすれ違う。無防備に脇を通り過ぎようとするBBQにガノッサの瞳が冷たく輝いた。
「バカめ」
ブン!!!!とその脳天に拳が打ち下ろされる。
しかしその鋼鉄の拳は、BBQに届く前にピタリと停止した。
「・・・!!」
「俺のメスは・・・」
ガノッサの喉元にBBQのメスが突き付けられていた。
「オリハルコン製だ。お前の自慢の鋼鉄の肉体でもオペには困らんぞ」
ぬう、とガノッサが1歩後ろに下がった。
BBQはスチャッと丸で手品の様に手の中からメスを消すと、倒れたシイタケマンの足首を掴んで持ち上げる。
「まあ、後は勝手にやってくれ」
そう言い残してズルズルと足首を持ったシイタケマンを引きずってBBQは去っていった。

謎の男に連れられたシズマは、そのままある小さな家に案内された。
内部に入って気が付いたが、どうにもしばらく生活の気配の無い家だった。
「楽にしてくれていいですよ」
男が椅子を勧めてくれる。
どうも、と礼を言いつつシズマは改めて男を見た。
よれよれのワイシャツにジャケット姿。
顔の下半分は濃いヒゲに覆われていて、年齢はよくわからない。
全体的に何となく気だるげな雰囲気を漂わせた男だ。
シズマが椅子に腰掛ける。マリスとツカサもそれに倣ってそれぞれ椅子に座った。
「とか言ってみても・・・ここ私のお家じゃないんですけどね」
あはは、と男は頭を掻いた。
「え、ちょっとここおじさんの家じゃないの?」
うえ、とマリスが顔をしかめる。
「ええ。空き家なんですよここ。お散歩してたらたまたま見つけまして。そんなわけで明かりは勘弁してくださいね。不法侵入がバレちゃうんで・・・」
シーッと人差し指の口の前で立てる栗色の長髪の男。
「あなたは・・・何者なんだ? 何故我々を匿う?」
シズマが問うと、男は「おお」とポンと手を打ち合わせた。
「自己紹介が遅れてしまいました・・・私はシラノと言います。自由と美を愛するさすらいの元銀行員(バンカー)です」
照れ笑いを浮かべつつ、シラノが名乗る。
「元って・・・今は?」
マリスが尋ねる。
「今ですか・・・」
その問いに、シラノは斜め上、天井のあたりを見上げ少しの間黙り込んだ。
「今は・・・そう、自由人なのです・・・」
シズマとマリスがお互い顔を見合わせる。
(無職か)
(無職ね)
目線だけで会話が成立する。
「で、その無しょ・・・自由人のシラノさんがどうして私たちを助けてくれるんですか?」
続けてマリスが問う。
するとシラノはやはり照れたように頭を掻いた。
「いやぁ・・・それなんですけどね。実ははっきりした理由があるわけじゃないんですよ」
そして自分も椅子に座ると3人の方にやや身を乗り出した。
「私ね、何日か前にこの街にフラフラやってきたんです。暖かいし人は皆優しいしいい街じゃないですか。すっかり気に入ってのんびりしてたんですよ。・・・そしたら、急に今日になって沢山兵隊さん来たじゃないですか」
やれやれ、と頭を振るシラノ。
「すっかり街の中ギスギスしちゃうし、もう何だかなーって思ってたんですよね。私ああいう、こう・・・何て言うんでしょうね。上から力で物事を進めようとする人たちってどうにも好きになれませんで・・・」
肩をすくめてシラノが嘆息する。
「そこでさっきの騒ぎに遭ったんです。私物陰からずっと見てました。何とか手助けできないかなーと思って・・・」
そこでシラノは床に置いてあった大きなカバンを取り出した。
初めて会った時から彼がずっと持っていたカバンだ。
中から七輪が出てくる。
「この、『猫寄せの七輪』を思い出したんですよ。不思議でしょう?これ。私の秘密の7つ道具の一つなんですよ。この七輪でサンマを焼くと広範囲の猫を呼び寄せる事ができるんです」
「何と面妖な・・・」
シズマが思わずまじまじと七輪を見る。
側面に汚い字で「ぬこLOVE」と書いてある・・・。
「まあ、とりあえずありがとうねシラノさん。助かったわ。私はマリス。よろしく!」
マリスが礼を言う。
シズマとツカサも礼を言ってそれぞれ名乗った。
そして自分達の状況を簡単に説明する。
「シラノでいいですよ。成程・・・軍はそちらのお嬢さんを・・・」
シラノがツカサを見た。ツカサがおずおずと視線を下に下げる。
「となると、正規のルート以外で街から出る方法を探さなくてはいけませんねー。港は軍が目を光らせているでしょうからね」
ふむふむ、と顎に手を当ててシラノが言う。
むう、とシズマが唸って考え込んだ。
勝手のわからぬ異国で困った状況になってしまった。
まして自分は大事な書簡を届けなければいけない身だというのにだ・・・。
「うーん、どうしたものかにゃ~」
マリスも腕を組んで首をかしげている。
「ごめんなさい・・・私のせいで」
申し訳なさそうにツカサが俯いた。
「気にするな。何度も言うがこちらが好きでやった事だ」
そう、その事を別にシズマは後悔はしていない。
そんなシズマの横顔を不思議そうにツカサが見つめる。
「そう、悲観したものでもありませんよ」
ふいにシラノがそう言って、一同は彼の顔を見た。
「どうやらまだお力になれる事がありそうですな」
ふっふっふ、とシラノは自慢げに胸を反らせて笑ったのだった。