第11話 Prelude the Real Night -4


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斜め上から、打ち下ろす様に放たれたマニのフックがリューの胸部に炸裂する。
心臓の位置を正確に捉えたその拳が衝撃で内部を破砕し、リューを絶命せしめる。
ほんのコンマ数秒後に訪れる筈だったその未来。
それを回避させたのは、夜陰を切り裂いて響いた数発の銃声だった。
パンパンパンパン!!!!
破裂音の様に響き渡る銃声。
完全に攻撃に集中していたマニは、撃ち出していた二の腕とわき腹にそれぞれ1発ずつ被弾する。
「…ぬ…」
マニが眉を顰め奥歯を噛む。
衝撃が集中し、内部へ浸透する筈だったマニの打撃がぶれ、リューは後方へ吹き飛ばされた。
(…浅い、か)
地面に投げ出されて転がるリューに深追いはしようとせずに、マニは銃声のした方を振り返った。
東洋風の衣装に腰に刀を差し、ストレートのロングヘアに髷を結った男が立っている。
その手の拳銃からは未だに硝煙が上がっていた。
涼しげな瞳が静かに憤怒に燃えるマニを映している。
…男の名は、日下部宗一郎と言った。
「ふー…どうにか間に合ったか」
息を吐いて言う宗一郎をマニが鋭く睨みつける。
「何者だ」
短く問うマニ。
その間にもマニの2箇所の銃創から鮮血と共に銃弾が体外に排出されてくる。
夜間の眷属は回復力も常人の数十倍だ。傷の修復が既に始まっている。
「何者…か」
問われた宗一郎の方は、やや上空に視線を泳がせた。
「ふーむ、何者かと問われれば、やはりそこは『邪魔者』と答えるべきかな」
しれっと言う宗一郎に、マニが瞳を細める。
「そうか…ならば排除するまでだ」
静かに殺気を漲らせてマニが前へ出た。
「それなら私もこんなオモチャでは無く、本気でお相手せねばな」
そう言うと宗一郎はあっさりと手の中の拳銃をポロリと地面に落とす。
そして彼は腰の刀をゆっくりと抜き放った。
白銀の刀身が街灯の光を映してギラリと輝きを放つ。
両者は無言で構えを取った。
腰を落とし、相手に撃ちかかる体勢を取るマニ。
正眼の構えで刀の切っ先をマニへ向ける宗一郎。
空気が張り詰める。
音が消える。周囲を殺気が満たす。
しかし、その静寂を破ったのは撃ち出されたマニの打撃でも、繰り出された宗一郎の斬撃でもなく、
周囲に響き渡った大きな破裂音の様な音だった。
バン!!!!!!!!!!
1発だけ大きく響いた音。
同時に周囲に火薬の匂いが漂う。
よろめいて後ろに下がるマニ。その足元に滴る鮮血。
腹部には深々と宗一郎の刀の刀身が突き刺さっている。
「…『日下部宗一郎は詐欺(ペテン)師である』」
口にして宗一郎がニヤリと笑った。
その手には硝煙を上げる刀身の無い刀の鍔と柄だけが残されている。
バネと火薬の力で刀身を射出する仕込み刀だ。
「一つ、『ばれ辛い嘘』をつく方法をご教授しよう」
そう言うと宗一郎は自らの頭髪に手を掛けた。
髷を結った長髪はウィッグ。ずるりとそれを取る宗一郎。
下からややウェーブのかかった彼本来の髪の毛が姿を見せる。
そして彼は懐から小さな丸眼鏡を取り出すと鼻の頭に引っ掛けた。
ここに先程までの絵に書いたような侍ではなく、どこか危険で胡散臭げな容貌の男が出来上がる。
「それは一片の真実を交えて嘘を吐く事だ。…実際の所、私は剣客では無い。ただしそれなりに剣も使えるように修練を積んでいる」
「…キサ…マ…」
ごふっとマニが血の混じった咳をした。
「そうでなければお前ほどの使い手なら、構えを取っただけで不審を持たれてしまうのでな。そういった下地があってこそ、この嘘(暗器)が生きるのだよ」
手の中の刀の柄を振る宗一郎。
「もう一度言おう。『日下部宗一郎は詐欺(ペテン)師である』」
カラン、と金属音を立ててマニの足元に引き抜かれた刀身が落ちた。
ぼたぼたと噴き出した血が足元の石畳を汚す。
「ふざけた男だ…。打ち砕いてくれよう」
拳を握り、自分に向かって打ち掛かろうとしたマニを、宗一郎は片手を上げて制した。
「聖ライセン病院…201号室」
「!!!!」
宗一郎の呟きにマニの表情が凍った。
目を見開いて絶句するマニに、不敵に笑う宗一郎。
「今すぐ様子を見に行く事をお薦めする。『取り返しのつかない事になる前に』」
宗一郎が肩を竦めて軽く笑う。
「さて、このペテン師の言葉を信じるのか否か…」
そこで彼は言葉を止めた。
既にマニはいなかった。後にはただ冷たい夜の風が吹いているのみである。
「まあ、当然嘘なのだがね。…効果は絶大だったな」
宗一郎が告げたのはマニの妹のいる病室のナンバーであった。
しかし、彼はそれを知っていただけに過ぎない。いかにも何かした様に彼を脅かしたのは完全なブラフである。
マニが立ち去った後の路地裏。
宗一郎は倒れているリューへ視線を向ける。
「これも命令違反という事になるのかな…まあ、『助けるな』とは別に言われなかったしな」
歩み寄り、リューを抱き起こす宗一郎。
その息がまだある事を確認する。
「結構。大した生命力だ。…まあこの私がここまでしているのだ。やっぱり死なれましたでは困る」
宗一郎がリューを背負った。
重症患者である事に変わりは無い。しかし表の病院へ入れたのでは公爵の手が回る可能性がある。
そう考えた宗一郎は自らの知る闇医者の塒へとリューを背負って歩き出す。
青白い月光の下を、リューを背負った宗一郎が歩いていく。
本質的には敵対者である筈同士の2人の奇妙な同道。
その異様さを何より自分でよくわかっている宗一郎。
「あれこれ周辺を探っているうちに、情が移ってしまっていたか…」
自嘲気味の呟きがその口から漏れる。
実の所、宗一郎が主であるキリコの意に反してまで今こんな事をしている理由については、彼自身も明確に認識できているわけではなかった。
それはある意味、彼が呟いた様に情が移ったからであったし、またある意味では「絶対者」である自身の主へのほんの小さな意地のようなものだったのかもしれない。
「…勇吹を支えろ。そしてサーラを支えろ、リュー。お前たち3人、まだ誰かが欠けるべきではない」
背負ったリューに呼び掛ける宗一郎。
しかし、意識を失っているリューは答えない。
苦笑して、ふいに宗一郎が気付く。
「ああ…『マニと戦うな』とは言われていたな。さて困ったぞ、どう誤魔化そうか」
丸い月を見上げて、宗一郎が1つため息をついた。


電話のベルが鳴る。
保健室のデスクで書類を書いていたキリコが受話器を取る。
『夜分遅くにすいませんね、霧呼さん。…ちょいと、ご報告です』
聞こえる低い声はキリコにとっては馴染みのあるものだった。
「ご苦労様、鳴江君」
電話の向こうの相手、鳴江漂水を労うキリコ。
『リューとマニが戦りましたよ』
心なしか、漂水の声は笑いを含んで聞こえる。
「…楽しそうね。という事は、リューは死ななかったのね?」
いい加減付き合いも長いので漂水の性格はキリコも良く把握している。
この男は、場が混迷すればするほど喜ぶ。
鋭く指摘されて、一瞬鼻白んだ気配が受話器越しに伝わってきた。
『ええまあ、おっしゃるとおりで…。リューはブチのめされはしましたが、多分死んでません。マニは引き上げていきました』
「水を差したのは日下部君?」
即座にキリコが返事をする。
今度こそ、暫し受話器の向こうが沈黙する。
『なんだ…ご存知だったんスか』
やがて、はぁ、と脱力したようなため息と共に漂水が言う。
「いいえ、そういう事もあるかなと思っただけよ。彼…ロマンチストだからね」
『はぁ?』
受話器から漂水の裏返った声が聞こえてくる。
『ロマンチスト…あのペテン師がですか』
くすりとキリコが微笑む。
「そうよ。嘘を吐く人って大体が本質的にはロマンチストよ?」
『ほほ~』
気の無い相槌を打つ漂水。
「じゃあ、俺もロマンチストですな」という一言を飲み込む。
「…そう、あなたもよ」
それを見越してか、キリコはそう言って笑った。
はっは、と漂水も笑う。彼の笑いは苦笑だったが。
『毎度結構意外な報告をしてるつもりなんですがね。張り合いがないなァ。霧呼さんは何言っても驚いてくれねぇし』
「ご期待に添えなくて悪いわね。…あ、そうそう、ついでだけどキャバリアー裏通りの7番4号のスターク邸に柳生霧呼の名前でお花を出しておいて。日下部君がリューを運び込んだとすればそこでしょうから」
それだけ言ってキリコはチン、と静かに受話器をフックに戻した。
「…『意外な報告』ね。そんなもの、生まれてこの方一度も受けた事がないわ」
呟きはキリコ以外に誰の姿も無い白い空間に溶けて消えていく。
だから彼女にとって、世界は退屈に満ちていた。


タタン、タタン、と規則正しく列車が揺れている。
蒸気式の長距離鉄道の車内。
上品そうな旅装の老婦人が、先程からずっと客席で編み物をしている。
やがて、老婦人は手を休めて一息つくと、何気なく自分と差し向かいに座っている旅客を見た。
整った顔立ちのスーツ姿の口髭の中年の紳士である。
彼は前の駅を発って2時間ほど、ずっと手にしたカバーをかけてある本を読みふけっていた。
やがて紳士もふと読書を止めて一息ついた。
その時、2人の目が何となく合う。
互いに笑顔で会釈する両者。
「…ご本がお好きなのねぇ」
老婦人が言うと、紳士はいやぁ、とやや照れた様に笑う。
「尊敬するある先生の本でして。ヒマさえあれば読みふけってしまいます」
その時、本を手にする紳士の右手からギギ、と微かに金属の軋むような音が聞こえた。
そういえば、彼は右手だけに皮手袋をしている。
右手を見る老婦人の視線に気付いた紳士は、
「…右手は昔戦争で…」
と穏やかに笑って言った。
「まぁ…ごめんなさいね」
恐縮して頭を下げる老婦人に、いやいや、と紳士が首を横に振る。
「ご婦人、どうかお気になさいませんよう。確かに不便もありましたが、この傷が元で退役した私は結局戦争で命を落す事はありませんでした。…何がどういう方向へ向かうか、人生とはわからないものです」
しみじみと紳士が言う。
「おお、そうだ。これも何かのご縁…ご婦人、この本を差し上げましょう。考古学の入門書なのですがね。素人にも実にわかりやすく興味深く考古学の事を解説してあります」
そう言って紳士は先程まで読んでいた本を老婦人に手渡した。
「いえいえ、大事なご本なのに…」
「大丈夫です。私、同じ本を常に5冊は携帯していますから。どうか読んでご興味が湧かれましたら是非その先生の他の著作も読んでみてください。またお子さんやお孫さんにも是非にお薦め頂きたい」
目を輝かせて両手でがっしりと自分の手を取る紳士に、思わず面食らって「は、はぁ…」と肯く老婦人。
その時、列車は大型ステーションへと入った。
ライングラント最大の駅、セブンスアークステーションへ到着したのだ。
「おっと…どうやら目的地に着いたようです。それではご婦人、良き旅を」
微笑んで一礼すると、紳士はロングコートを小脇に抱え帽子を被り旅行カバンを手にとって列車を出て行った。
残された老婦人が手元の本のタイトルを見る。
「『古代世界への誘い』…ウィリアム・バーンハルト著…」