俺たちは昨日来たばっかの喫茶店へまたやってきた。
開店後まだ間もないんだろう。
アンナが店の前を箒で掃いている。
だがその足元はフラついてて、良く見りゃ顔は青ざめて額には汗が浮かんでた。
・・・よぉ、辛そうだな。
俺の声に顔を上げるアンナ。
「あ、お巡りさん・・・・」
薬が切れて辛いか? それともブッ壊れてく身体が痛ぇか?
「・・・・・・・・・・・・」
動揺したりヒス起こしたりとかって事は無かった。
ただ、アンナはどこかホッとした様にも見える顔で苦笑した。
「・・・やっぱり、バレちゃうんだね」
「君が・・・何故・・・・」
シグナルが言葉に詰まる。
ここじゃやべえだろ。どっかもうちょい静かな場所で話そうぜ。
店からそう離れてない空き地にアンナを連れて行く。
彼女は特に抵抗せず黙って付いてきた。
・・・ビリーは死んだんだな?
じゃなきゃアンタが奴らを殺る理由がない。
ハァハァと荒い息の中、アンナが頷く。
「アイツ・・・何日か前に私の所に包みを持ってきてさ・・・金になるものだから預かってくれって・・・。そしたら次の日から連絡が取れなくなって・・・ある晩急に夜中に傷だらけで訪ねて来たと思ったら・・・あの包みはビーストっていうやばい薬だから処分してくれって・・・それだけ言い残してさ・・・」
やっぱな・・・彼女に預けてたんだ、あのヤロウ。
あの軟弱な男が瀕死にされても口を割らなかった理由がそれだった。
「・・・私の腕の中で死んだんだよ・・・。迷惑かけてばっかでゴメンとか言って・・・。私もうどうしていいかわかんなくてさ・・・ビーストって薬の事ちょっと調べてみたら、凄く強くなれる薬だっていうじゃない・・・だから・・・・」
「それで復讐を考えたのか・・・馬鹿な真似を! あの薬に関わった奴は全員死罪なんだ・・・君はただ、あの薬を届け出るだけでよかった!」
シグナルが叫んだ。
あは、とアンナが微笑んだ。
「そうなんだ・・・知らなかった。でもさ、しょうがないよ・・・あんなバカの為にここまでしてやれるのって、きっと私くらいだから・・・」
バン!!!と突然アンナが地を蹴って跳躍した。
そのまま背後の家の屋根の上に着地する。
・・・ビーストをもう打ってるのか!
「・・・ゴメン、まだ・・・捕まれない・・・私がやらなくちゃ・・・」
そう言うと身を翻してアンナが走り去る。
「く、何て脚力だ! 陣八!逃げられるぞ!!」
・・・心配いらねぇよ。行き先は見当つく。
俺もシグナルを促して走り出した。
11番通り、アッシュの事務所のある酒場へと俺たちは駆けつけた。
「CLOSE」のプレートが掛かる戸を蹴破る。
中は静まり返っていた。人の気配は感じない。
2階の事務所からも誰の気配も感じない。
・・・逃げたか。まあ、どこへも行けんがな。港は既に隊の連中が抑えてる。
俺はカウンターに入ると棚からボトルを1本取り出してぐいっと呷った。
・・・安酒場にしちゃいい酒だこりゃ。
お前もやるか?
隣のボトルを出してカウンターを滑らせる。
カウンター席に腰掛けたシグナルは目の前に来たボトルに手を触れる事無くじっと見つめる。
「ビリーは・・・何を考えてたんだろう。組の物に手を付ければこの町にいられなくなるだろう」
そうだな。自分でビーストを捌いて、その金で高飛びでも考えてたのかもな。
「・・・・彼女を連れて、かな?」
・・・・・・・・・・。
さてな・・・そいつぁ今となっちゃあ誰にもわからねえな・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
シグナルがボトルに口を付ける。
「彼女は・・・・死ぬんだな」
ああ。ここでふん縛ってもお白洲まではもたねえだろうな。・・・だから腹ぁ括れよ。ここで仕留めるぞ。
「陣八・・・頼みがある」
? 何だ改まって。
「彼女は僕が討つ。・・・・やらせてくれ」
・・・・・・・・・。
奴を見る。視線が交錯する。
シグナルの顔は真剣だった。
・・・・わかった。任すぜ・・・俺ぁ黙って見てるとするわ。
「ありがとう」
礼言われる事でもねえけどな・・・。と思いつつボトルの中身をグラスに空ける。
実体化してカウンターに座ったローレライがグラスをちょいちょいと指さして俺を見たからだ。
注げ、て事らしい。
しょうがねえからグラスを2つ出して酒を注ぐ。
一つをローレライへ滑らせて一つを自分が持つ。
すると空のグラスがつーっと目の前に滑ってきた。
もう飲んだのかよ!!!!
めんどくせーからグラスとボトルを滑らせてやる。自分で注ぎやがれ。
・・・表が騒がしくなった。
どうやらおいでなすったらしい。
シグナルが立ち上がって剣を抜き放った。
ドアを蹴破った入り口から射す陽光が影に遮られる。
俺は静かにグラスを傾けた。
・・・ふぃ、今日は暑いな。
俺は流れる汗を手の甲で拭った。
あれから・・・あの事件から数日が過ぎていた。
アッシュは女の所に潜んでる所を隊士に捕まった。
残りの組員もめいめい捕縛され、アッシュのファミリーは消滅した。
ビリーの死体は、一人暮らしをしていたアンナの部屋から見つかった。
結局、町の連中には事件は解決したとだけ告げられ、その詳細は語られなかった。
表向きにゃ、この件はヤクザもんの組内のイザコザで、アンナはそれに巻き込まれて命を落としたって事になってる。
そして今日は俺は警邏をちょいと途中抜けして、町外れの墓地に来てる。
寂れた墓地の端っこに小さな墓石が一つ・・・そこにはアンナとビリーが一緒に眠ってる。
・・・・・・・・おっと・・・・・・・・・
墓石前には先客がいた。
よぅ、と片手を上げて先客どもに挨拶をする。
シグナルは無言で片手を上げてそれに応じ、ローレライは会釈した。
そして俺達はしばし墓石の前で黙祷する。
「今回は世話になったな」
やがて顔を上げたシグナルは微かに微笑むと右手を差し出してきた。
・・・・手伝って貰ったのは俺の方なんだがな。
内心苦笑しつつその手を取る。
お前が町で騒ぎ起こしてお縄になる時は俺を指名しな。他の奴より多少は優しくしょっ引いてやるよ。
ニヤリと笑って握手を交わす。
・・・・・いででででででででで!!!!!!!
また背後から髪の毛をぐいっと引っ張られて俺は仰け反った。
「無礼な事を言わないで下さい。マスターが捕まる事などありません」
そう言ってローレライはパッと手を離すと、ツンと口を尖らせたまま小さな声で
「貴方も少しは頑張りましたね。褒めてあげましょう」
とそう言った。
はーやれやれだ。・・・なんか、ちょっと思ったぞ。
誰かに似てると思ってたんだ最初会った時からよォ。
副長に似てんだこの女・・・・つことは何だ。副長も男が出来たらこんな風になんのか?
想像してみようとして、俺はそれがとても恐ろしい事のような気がしてやめといた。
「・・・じゃあ、また」
ああ、またな。
お互い墓石に背を向け、俺達は別々の道を歩き出した。
小腹が空いたぜ。
大将んトコでニンニクチャーシューでも食って帰るか。
あーでも俺ぁ今月もう素寒貧だ。
ツケで頼むかぁ・・・・。
そんな事を思いながら俺は良く晴れた青空の下、ラーメンいぶきへの道を歩き出した。
その頭上に雲雀の番いが気持ちよさそうに飛んでいた。
~葛城陣八業務日誌より~
最終更新:2010年07月19日 23:03