第27話 理想郷計画-10


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唸りを上げて無数の魔獣が飛び掛ってくる。
その牙と爪をルノーが必死に捌く。
ぶつかり合う刀と爪が火花を散らし、その下をカミュを抱えたルノーが駆け抜けていく。
「・・・おい、ルノー! 離せ・・・!!」
カミュが掠れた声で言う。
「いやだね・・・」
フン、とルノーが鼻を鳴らした。
「嫌ならどーぞ振り払っていきな。それもできねーくらいボロボロならグダグダ言わずに大人しく掴まってやがれ!」
ドシュッ!!!と、一閃したルノーの刀が魔獣を1匹両断した。
「私は絶対に離さねーぞ」
ハァハァと荒い息の中でルノーが呟く。
ルノーの背には無残な爪痕が刻まれていた。
そこから滴った血がぽたぽたと血に染みを作る。
2人の前にはまだ幾重にも魔獣が取り巻いていた。

自らの使役する魔獣達とウィリアム達の死闘を、エメラダはやや離れた場所から不機嫌そうに見つめていた。
やがて仕方が無い、という風にため息を1つついた彼女が1歩前へ出る。
「小さな虫数匹潰すのにあまり時間をかけて総帥のご不興を買いたくありませんものね・・・」
優雅にエメラダが右手を天へとさし伸ばした。
上空に巨大な真紅の魔方陣が浮かび上がった。
その場にいた者は、皆声も無くその魔方陣を見上げる。
言いようの無い不吉の予感を湛えてその場に暫しの沈黙が舞い降りる。
「私の呼び出すものは何も魔獣だけではありませんのよ」
口元には上品な微笑みを・・・されど目には酷薄な光を湛えてエメラダが一同を見る。
「砕け散りなさい・・・『アークメサイア』」
言葉と共にエメラダの魔術は完成した。
魔方陣から無数の赤紫色の炎に包まれた巨岩が周囲に降り注ぐ。
建物を崩し、生き物を押し潰し、迸る炎が周囲を包む。
さながらそれは・・・地獄の様な光景だった。

「・・・ぐぅっ・・・」
吹き飛ばされたクラウス伯爵が必死に身を起こした。
目の前には彼が戦っていたマンティコアのチェーザレの打ち砕かれた無残な死骸が転がっている。
その肉片も赤紫の炎に焼かれブスブスと黒い墨と化していく所だった。
「自分のしもべごとやったか・・・非道な・・・」
フラフラと立ち上がり、それまで死闘を繰り広げていた相手の無残な最期に一瞬黙祷して伯爵は前を向く。
炎に包まれたクレーターからDDが出てくる。
彼女もあちこちを負傷し火傷の跡があった。
「いっちー・・・ヤケドとか久しぶり・・・。こりゃひどいなー・・・」
軽口を叩いてはいるが、彼女の負傷は消して浅いものではない。
そしてそれも、着弾の直前に全力で氷のオーラで全身を覆ったからこそその程度で済んでいるのだ。
一瞬でもそれが遅れていれば、今頃周囲に散らばる生き物の残骸と自分も結末を同じくしていた事だろう。
ジキアは・・・いない。
この有様では最早彼女の「残り滓」を見つけるのも不可能だろう。
「ふふ・・・どう? 少しは『絶望』という言葉の意味がわかりまして?」
艶然と微笑んでエメラダが言う。
誰も答えない。だけど誰も絶望はしていない。
エメラダを見るウィリアム達の瞳は誰一人として光を失っていない。
誰も絶望はしていない・・・この時点では。
彼らが本当の絶望を知るのは、このすぐ後の事。

初めにウィリアムが「それ」に気付いた。
続いて残りの者達も、生き残った魔獣たちも、エメラダも無言でその方角を見た。
北西の方角、それは先程ギャラガーが歩み去った方角。
薄暗い居住ブロックの、その一角だけがまるで日の当たる真昼の様に輝いている。
上空が白く輝いて、その光が地上を照らしているのだ。


・・・それより時間は数分遡る。


悠陽はギャラガーに対して徹底的なインファイトを挑んだ。
ギリギリまで距離を詰めて拳と蹴打の弾幕を浴びせる。
一撃一撃の威力は凄まじく。離れた位置のビルがビリビリと震えて窓ガラスが砕ける程だ。
初めは無抵抗に攻撃を浴びていたギャラガーだが、吹き飛ばされる事に嫌気がさしたか今は手を出し悠陽の攻撃を全て受け止めるか受け流すかしていた。
「認めよう、天河悠陽。お前はやはり価値のある存在だ」
怒涛の攻撃に晒されながらも静かにギャラガーが告げる。
「はーいはい・・・ありがとねっ・・・と!!!!」
ドガッ!!!!!と斜め下から打ち上げ気味に繰り出された悠陽の右の拳がギャラガーの頬を捉えた。
グギッ!と骨の砕ける嫌な音が響いて、悠陽は手を引いた。
人差し指と中指が間接でない部分で折れ曲がってしまっている。
「あー・・・かってー・・・」
半眼でボヤいて悠陽が右手をぶんぶん振った。
マナを傷口に回して修復する。
この程度の骨折ならすぐ癒える・・・マナがある限りは。
しかしこのままでは直にそのマナは尽き、そうなった時最早自分はギャラガーに対して打つ手を全て失うだろう。
「私に歯向かう事の無意味さを知ったのなら、拳を収めよ。そして我が計画にお前も力を貸すがいい」
「あんたね・・・できるわけないでしょー。死んだってゴメンようそんなの」
呆れたように悠陽が言う。
「そうか・・・」
残念そうでも不機嫌でもなく、落ち着いたままギャラガーはそう相槌を打った。
「ならば・・・お前はお前の正しさをその拳で証さねばならん。それが出来ないのなら、お前の正しさは私に届く事は無く、私の正しさがお前を灼き尽くす事となるだろう」
ギャラガーがそう言って右手を目の前に翳した。
その手の中に黄金色の魔力が収束し、1本の杖の形を取る。
魔杖エグゾダス・・・ギャラガーの契約武器だ。
そのエグゾダスを高々と頭上へ振り上げギャラガーが周囲を睥睨する。
「想いも言葉も時代を飾る事はできよう・・・しかしそれだけでは時代を変えることはできん。何故ならば有史以来、力で勝った者の正しさが常に時代を作ってきたのだからな」
空が白く輝く。
その輝きが地上を眩く照らした。
上空に現れる波打つ白い輝き。
まるで陽光を弾いた海原の様にも見える。
呆然と魂樹がその輝きを見上げる。
その場へ駆けつけんと急ぐレイガルドも、サムトーも、シンラも、仁舟も・・・その他のウィリアムの仲間たちも皆足を止めてその光景に見入ってしまっていた。
誰も・・・それが何なのかわかってはいない。
だけどそれが人知を超えた何か大きな力による、途方も無い事象の前触れだと言う事だけは薄々気付いていた。
何かが・・・光の中からもぞもぞと這い出してこようとしている。
それも大量に。
異形の白い「何か」・・・人型をしているが背には翼があった。のっぺりとした顔には真っ赤な丸い目らしきものが1つだけある。
鎧の様にも服のようにも見える外皮に覆われ個体差は無く全て同じ姿をしている。
そして皆手には大砲のような・・・生物のような白い大きな筒状の武器を携えている。
「は・・・」
カクンと魂樹の膝が折れた。
座り込みそうになる魂樹を瞬時にその隣に移動した悠陽が片手で支える。
「・・・しっかり!」
光の中から異形は半分身を乗り出して・・・逆様に地面を見下ろしながら一斉にその砲身を構え地上へと向けた。
「『天使砲』(エンジェリックカノン)」
ギャラガーの言葉を合図に、異形の「天使」たちが砲撃を開始する。
砲身から迸った白い光の矢が無数に地上に降り注ぐ。
とても美しく、とても無慈悲な破壊の光。
純白の大瀑布の中で全ては塵になって消滅していく。
そんな中で、悠陽は固まる魂樹を抱きしめて地を蹴った。
「・・・頭を低く!! 舌噛まないでね!!」
叫ぶ悠陽。
身を固めて肯く魂樹。
高速でその場を離脱する2人を白い光が飲み込んだ。



「・・・なぁ・・・テツさんよう」
北西の空を見やってジンパチが呆然と呟く。
見据える先に見えるのは、地上に降り注ぐ光のシャワーだ。
「ありゃあ・・・違うよな。・・・俺らの『敵』だとかそんなんじゃねえよな? 火山の噴火とかよ・・・何かそういう、もっと『どうしようもねえもん』だよな・・・?」
「ああ・・・」
答えるテッセイもどこか虚ろな表情をしている。
「きっと・・・そうに決まってる」
ウィリアムは、意識を失ったままのベルナデットを抱きかかえたままやはり同様に北西の空を見ていた。
・・・ふいに、その頬が緩む。
笑い出しそうになって、彼は口元を押さえた。
・・・可笑しい。・・・何が・・・可笑しい?
ウィリアムが自問する。
そうだ・・・可笑しいとも、『自分は今からあの場へ行こうとしていたのだから』
これが滑稽でなくて何だと言うのだろうか。
これが絶望でなくて何だと言うのだろうか。
止まらない足の震えを自覚して、ウィリアムは心の底から逃げ出したいと思った。
その手の中で、ゆっくりとベルナデットが目を覚ます。
むにゃむにゃと目頭を指先で擦って欠伸している。
「・・・おはよう、ウィル。ひょっとして全部終わってしまって今はエンディング・・・ではなさそうね」
北西の空から感じる異様な力を感じてベルは嘆息した。
「ああ、残念だがまだ真っ最中だ」
そう言ってウィリアムは後ろを振り返った。
ヒビキと目が合う。
彼女はいつもの通り。深く鋭く・・・でもその奥に優しさのある瞳でウィリアムを見ていた。
2人は普段それ程一緒の時間があるわけではない。
ウィリアムと彼女はそれぞれ別々の所で仕事をしているのだから。
それでも、ウィリアム・バーンハルトが一番苦しい時には、いつも南雲響は側にいて彼の言葉を待っている。
「この場を、エメラダ・ロードリアスを任せる」
ヒビキの目を見てはっきりとウィリアムが言う。
「わかりました、先生」
微笑んでヒビキが肯いた。
・・・それで、もうウィリアムにとって後ろの心配は何一つなくなった。

そしてウィリアムはDDと伯爵を見た。
「すまない。2人とも一緒に来てくれ」
ザン!と直立するクラウス伯爵がヒゲの先を指先で整える。
「否やのあろうはずもなし」
対照的にDDはリラックスした調子で両手を組んで後頭部に当てていた。
「ま、私がウィルを守る最後の砦だしね~」
気楽に言ってDDが片目を閉じる。
・・・誰1人として、平静のはずはなかった。
誰しも臓腑を押し潰されそうな恐怖の中にいるのだ。
だけど誰一人としてそれを表に出す事は無い。
その事をウィリアムは嬉しく思った。
その事をウィリアムは誇りに思った。
「・・・なぁ、テツさんよう・・・」
ジンパチが呟く。
「・・・ん?」
そちらを向いたテッセイの顔を、いきなり拳で力一杯ジンパチが殴りつけた。
「・・・がっ!!!!」
ぐらりとよろめいたテッセイが唇の端から血を滴らせる。
「いけねえなぁテツさんよう。俺らどうにも昨日の酒が残っちまってたみたいだぜ・・・!」
「ああ・・・そうか・・・」
ぐらんぐらんと揺れる頭をテッセイが右手で抑える。
「道理で頭がボーっとするはずだな・・・。これは少し暴れて目を覚まさんとな」
ぐぐっと鉄棍を握るテッセイの手に力が入る。
「ああ。・・・けどその前によ、テツさんも1発だ」
そう言ってジンパチがテッセイに頬を向ける。
「応!!!!!」
ガン!!!!!とテッセイがジンパチを殴りつけた。
ジンパチの顔面が見事にひしゃげる。
「ぶベッ!!!! ・・・テツさん!! 奥歯が飛んだぜ2本も!!!!」
口からだばだばと血を零しながら涙目でジンパチが叫んだ。
「2人も頼むぞ」
「あたぼうよ! サクっとアニマルども片付けてすぐ後を追うぜ!!」
「先生もどうかお気をつけて」
ジンパチとテッセイが拳を突き出す。
そこにウィリアムが重ねて、3者の拳が打ち合わされた。

「何を勝手な・・・私が行かせるとでも思いまして?」
エメラダが両手に赤く魔力を収束させた。
「お前の相手は・・・」
「!!!」
弾かれた様にエメラダが振り返る。
いつの間にか背後にヒビキが立っていた。
「くっ・・・いつ後ろを・・・!!!」
「お前の相手は私だ。先生達には大事な御役目がある。お前ごときにこんな所でいつまでも時間を取らせるわけにはいかぬ」
ヒビキが静かに、しかしはっきりと告げる。
ミシッとエメラダの眉間に血管が浮かんだ。
「・・・どの口がほざく・・・この下等生物がぁぁぁぁ・・・!!!」
犬歯の見える口元にギリギリと歯軋りの音を響かせて、全身を怒りと狂気の赤黒い魔力のオーラで覆ってエメラダがヒビキを睨み付けた。

ベルナデットは相変わらず北西の・・・コアブロックの方向を見ている。
相当な距離があるというのに、感じるプレッシャーは海中で眼前すぐを巨大な海竜が横切った時に等しい。
「・・・何すればここまで強くなっちゃうのかしらね」
ぽつりとその彼女が呟く。
「これはもう人の領域でもエターナルの領域でもないわ。神か魔王の領域ね」
ベルナデットに並んで険しい顔でウィリアムも同じ方角を見る。
「人も永劫存在も超えて・・・魔王になったか、ギャラガー」
「行くんでしょ?」
問われてウィリアムが肯く。
「そう、笑えるくらいあっさり殺されるでしょうから私は一緒に行けないけど、気をつけてね。忘れないで、ウィル・・・あなたは私をこの島から連れ出してくれるのでしょう?」
ああ、とウィリアムがベルナデットの肩に手を置いた。
「・・・約束だ、ベル」
ベルナデットが微笑む。
「私、この島を出たら行きたい所が山ほどあるの。連れて行ってね、ウィル」
「皆も一緒にな」
コクンと肯くベルナデット。
「ええ・・・エリスも、DDも、ルクも、マチルダも、セシルも皆一緒に」
そして、ウィリアムは走り出した。
ギャラガー・C・ロードリアスの待ち受けるセントラルエリア・・・コアブロックの方角へ。
その後ろを伯爵とDDが追って走る。
絶望と恐怖へと向かって、それを上回る決意を秘めて彼らは走り続けた。

その一行を高いビルの上から見下ろす影があった。
「・・・流石だな。あんだけのモン見せられて誰も逃げ出しもしねぇ」
それは鳴江漂水だ。
ポケットに両手を突っ込んで漂水が下界を見下ろしている。
「さて、先生よ・・・奇跡なんてもんがあるなら、是非そいつを見せてくれよ。連中のガチガチに固まった予定表に風穴開けてやれたら、そいつぁえらい痛快だろうぜ」
くっくっと漂水がくぐもった笑い声を上げる。
その低い笑い声は、陰鬱な青灰の薄暗い空へと溶けて消えていった。

~第27話 終~