第4話 古の島-1


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ファーレンクーンツ共和国首都エイデン。
銃士隊本部地下にある霊安室にエリック・シュタイナーの遺体が安置されている。
今も2人の銃士が遺体の脇でぐすっと鼻を啜り上げていた。
そこへ突然ガチャッとドアが開け放たれる。
薄暗い霊安室に外の光が射す。
逆光をバックにドアから入ってきたのはカミュだ。
「…リーダー」
「やっと見つけたぜ。クソ暑ぃ中歩き回らせやがって。その辺の店じゃ売ってやがらねえ」
そう言うカミュが片手にぶら下げているのは赤ワインの瓶だ。
生前エリックが愛飲していた銘柄のワインだった。
エリックの枕元に立ったカミュがワインのコルクに親指を当てて強く横に滑らせた。
高速で回転したコルク栓が勢い良く外れて飛ぶ。
そしてカミュが口の開いたワインをぐいっと呷った。
「…やっぱ、俺にはワインの味は良くわからねえわ。ビールでいいな」
そう言ってカミュは半分飲みかけのワインをゴトッとエリックの枕元に置いた。
「あばよ参謀…いつか俺もそっちへ行く。その時にまた会おうぜ」
眠るエリックに背を向けたカミュが振り返らずに霊安室を出て行く。
銃士達がその後姿を涙を流しながら敬礼で見送った。


央海、ロゼッタ諸島。
多くの航路に重なり、絶えず海より人の出入りがありながらも頑なに古来よりの生活習慣を守り続ける人々の島。
港町カマナには昔ながらの石造りの家々が立ち並び、道行く人々も皆簡素な装束姿である。
シードラゴン島へ帰る途中のウィリアム・バーンハルトと魂樹・ナタリー・フォレスティアの2人はこのカマナの街へ立ち寄った。
ライングラントに転移させられた2人は、そこから各地可能な限り連絡を入れた後に船で島へと戻る最中だ。
そしてこの島にて、彼らは連絡の取れた仲間たちと合流する予定になっているのだ。
「不思議な街ですね…」
港から遠く市街部を仰ぎ見て魂樹が言う。
広大な港湾部には世界中からの船が集まり、周囲は大変な賑わいを見せている。
ところが、港から少し離れてカマナの市街部に目を向ければ、そこはあまりにも質素でひっそりとしていた。
淡黄色の石を重ねて作られた住居が立ち並ぶ市街には、民族衣装を纏った街の住人達が静かに行き来するのみで旅人の姿が見られない。
「外部からの人間を受け入れるための施設は港のみに集中しているんだ。街の中にはまったくないんだよ」
その魂樹の隣に立つウィリアムが同じ方角を見ながら説明する。
「それに、街の人間の多くは外からの人間との交流を喜ばない。ここの人々はそういった戒律に従って生活しているんだ。島の奥には古い寺院があって、時折そこを外から来た人間が礼拝に訪れるくらいで、ほとんど立ち入ろうとする者がいないのはそういう理由なんだよ」
へえ、とウィリアムの説明に魂樹が感心して頷いた。
2人は並んで港を歩く。流石に旅客の為の設備が港に集中しているだけあって、何軒もの宿や食堂が軒を連ねている。
その中から魂樹は目的の店を見つけた。
「あ、ここです先生! 『海獅子亭』…間違いないわ」
波と獅子頭の看板を掲げた店を指して魂樹がウィリアムを振り返った。
「よし、入って部屋を手配して皆を待とう」
2人が食堂部になっている一階の戸を開けたその時、彼らを出迎えたのは店員の挨拶ではなく、けたたましい悲鳴と食器の砕ける音だった。
「なんだ…!?」
武器に手をやりつつ、ウィリアムが足早に店へと踏み込む。
魂樹も弓を構えてその後を追った。
「ええい!! わからぬ連中よ!! これが大和の正装!! じぇんとるまんうえあでござるぞ!!!!」
店の奥には、下着姿で騒いでいる男がいた。
殊更に下着を強調しながらポーズを付けて叫んでいる。
店員達は悲鳴を上げて逃げ回っていた。
「…帰りましょうか、先生」
どこか遠くを見ながら魂樹が乾いた声で呟いた。
「そうだな…」
ウィリアムも遠い目をしていた。

ようやく騒ぎは収まり、衣服を着たELHと共にウィリアム達はテーブルに着いた。
知り合いだとわかったので、店員達の視線が冷たい。
「これは見苦しい所をお見せ致した」
はっはっは、とELHが照れ笑いを浮かべる。
「ええもう、本当にあらゆる意味で見苦しかったです」
そして魂樹にバッサリ切られて固まった。
その時、店の扉が開いて誰かが店内に入ってくる。
巨大な頭部のシルエットが床に伸びる。
「!! おお!! ウィリアム!!!!」
入ってきた巨大な頭のサムライ…宮本十兵衛はウィリアムの姿を見つけると駆け寄ってきた。
「ジュウベイ…」
ウィリアムも立ち上がってジュウベイを迎える。
2人は堅い握手を交わした。
そのジュウベイの背後からポニーテールの長身の女性が顔を出す。
「ウィリアム、ご無事で…」
そう言ってルクシオンは微笑んだ。
一頻り皆で再会を喜び合うと、ウィリアム達は席に着いた。
これでウィリアムと魂樹とELHとジュウベイとルクシオンの5名がこの場に集った。
落ち着いたところで、ウィリアムが先程からずっと疑問に思っていた事を口に出す。
「ところで…ELH、君は何故ここへ?」
ウィリアムがELHを見て問う。
ELHはあの場では傷が深かったので皆より先に悠陽らと共に町へ撤退していた。
その為強制転移で飛ばされたメンバーには入っていない。
だからウィリアムはELHは町で待っているか、もしくは協会の本部へと引き上げるかしていると思っていたのだが…。
「………………」
ELHがすっと表情を正した。
これまでに無い程の真剣な表情で…真っ直ぐな瞳でウィリアムを見る。
「それは、どうしても拙者が自分の口から皆に告げねばならん事があったからに他ならぬ。…特に先生、あなたにはなるべく早くに」
そしてELHが皆に語ったのは、柳生霧呼と戦ったエルンスト・ラゴールの最期についてであった。

話を聞き終えて、ウィリアムが目を閉じてうつむいた。
「そうか…。そう…だったか…」
盟友の最期を聞き、その表情は沈痛そうに歪んでいる。
予想はしていた。脱出の時に彼だけは合流してこなかったのだから。
だけどそれでも、と微かな希望を持っていた。
「先生…」
そんなウィリアムの様子を魂樹が悲しそうに見る。
ジュウベイとルクは目を閉じてややうつむき加減に、永遠に失われる事となった仲間への哀悼の意を示した。
ゆっくりと椅子を引いてウィリアムが立ち上がる。
「伝えてくれてありがとう。…少し、外の空気を吸ってくるよ」
穏やかな表情でそう言うと、ウィリアムは海獅子亭を出ていった。
「ウィリアムは…誰よりも辛いでしょうね」
ルクが悲しそうに呟く。
「あの2人は親友でござったからな」
ELHが肯いて腕を組んだ。
そこで、目を閉じて俯いていたジュウベイが顔を上げた。
「拙者らは誰一人あの場に強制されて行ったわけではない。皆自分の意思であの地へと赴き、そして強敵達を相手に最善を尽くして戦ったのだ。失われたものは尊く、かけがえの無いものであるが、それでもこれは仕方の無い事。避けられぬ事なのだ」
数多の戦場を渡り歩いた歴戦の男が戦の道理を説く。
「何人もの敵を討ったし、逆に討たれる仲間もいた。しかし拙者らは失った仲間を振り返って足を止めるわけにはいかぬ。悲しみは乗り越えねばならんのだ。そしてまた、次の戦場でも我らは最善を尽くす…それが拙者らの選んだ道なのだからな」
「うむ、その通り」
肯いてELHが同意する。
「でも、今だけはそっとしておいてあげましょう」
ウィリアムの出ていったドアを見て魂樹がそう言うと、仲間たちは静かに肯いた。

夜半を過ぎてもウィリアムは眠りにつくことができず、港に立ち暗い海を見ていた。
(勝手に押しかけてきて散々恩を売ったと思えば…何一つ返していないのにまた勝手に逝ってしまったのか…大馬鹿野郎…ラゴール…)
血が出るほど強くウィリアムが拳を握り締める。

『…ウィリアム・バーンハルトよ』

「!」
その時、何者かがウィリアムに呼びかけた。
顔を上げたウィリアムが周囲を見回す。…しかし、そこには人影らしきものはない。
『我が元へ来るのだ。ウィリアム』
再び声が聞こえた。まるで脳に直接染み込んで来るかのような声。
邪悪なものは感じなかった。穏やかな低い声だ。
「…今のは、一体」
ふと、暗い海に浮かび上がるロゼッタの群島の内の1つの島がウィリアムの目に留まった。
周囲の島よりもかなり大きい島だ。
そして、ウィリアムは直感的に今の声があの島からのものだと悟った。
ジャリ、と背後で小石を踏む足音がしてウィリアムが振り返る。
「数十年ぶりに鎧が誰かを招いておるかと思えば…御主か。呼ばれておったのは」
ゆったりとした民族衣装に身を包んだ、高齢そうに見えるが姿勢の良い老人が立っている。
「鎧とは…? 貴方は一体…」
「ワシの名はルワーダ。このカマナの長老だ」
名乗った長老ルワーダに対して、ウィリアムも名乗る。
ルワーダはウィリアムに並ぶと海の向こうの先程ウィリアムが呼ばれたと感じた島を見た。
「ウィリアムと申したな。御主は聖王様の伝承は知っておるか」
島を見つめたまま、長老が問う。
「影の王を討ち果たした聖王ディナダンの伝説か…」
ウィリアムが言うと、長老が肯いた。
聖王ディナダンは千年以上前の人物である。中央大陸に当時存在した聖王国を治め、当時「闇の大陸」と呼ばれていた西部大陸を支配していた「影の王」と呼ばれた魔人を聖王軍を率いた7度の遠征の果てに遂に討ち果たし、西部大陸の曙の時代を築いたとされている。
「伝説に曰く…当時この島域には白竜様が住んでおられた。聖王様は7度目の遠征の際にこの島へと立ち寄られ、白竜様の加護を願ったのだ。そして見事影の王を討たれた聖王様は王国への帰路、再びこの島を訪れ白竜様への感謝の証として自らの着ていた鎧をこの地に奉納されたのじゃ」
「では、もしやあの島が…」
ウィリアムが先程の島を見る。
「いかにも。その聖なる鎧の眠りし地こそがあの島じゃ。…ウィリアム・バーンハルトよ、御主は聖王様の鎧に呼ばれておる。ならばその御主をあの島へ導く事が、この地の長であるワシの役目じゃ」
明るくなってから舟を出そう、そう言い残してゆっくりと長老は去っていった。
「聖王の…鎧…」
再び1人になったウィリアムは暗い島の影を見つめて呟いた。

そして一夜が明け、ウィリアム達5人は長老の出してくれた小船で件の島へと上陸した。
「何だか…不思議な話ですね」
岩場に足を取られないように気をつけながら魂樹が小船を降りる。
その懐から顔を出している3つの頭の子犬ゼフィールヴァルト(コンパクト)がくぅーんと鳴き声を上げた。
「まあ、かの聖王の遺品であれば悪いものではあるまい。まずは行ってみる事だのう」
小船を漕いでいたジュウベイがオールを小船に置いてロープで舟を岸へ縛り付けた。
見た所、岩ばかりの島だ。草木は今の所どこにも見えない。
海鳥の巣が転々と見られる。
長老の話では、件の鎧はこの島の中央部の山の洞窟の中に安置されているらしい。
5人は岩ばかりの道なき道を行く。
ELHが歩きながら周囲を見回す。
「流石に凶悪な魔物がいるというわけでもないよう……!!!!…」
突然ELHが脇へと飛んだ。
ルクも飛翔していた。
全員が身構える中、頭上の岩場が大きく崩れてドドドド!!!!!と轟音を立てて周囲に大瀑布が降り注いだ。
湯気の立つ、かつおだしの香りのする大瀑布。
「なんじゃあ!!! 美味そうな!!!!!」
ジュウベイが叫んだ。
足場が砕け散り、ウィリアム達が分断される。
「ウィリアム…!!!」
上空のルクがウィリアムを見て叫んだその時、頭上から彼女を青い光の槍が襲った。
「!!!!!」
間一髪で降り注ぐ光の槍を回避するルク。
(今のは…ドラゴンレイ!!!)
ルクがバッと上を見る。
空中に浮かび、自分を見下ろしている女と目が合った。
黒い軽装鎧姿の黒髪の女。
「…竜闘士(ドラグーン)!!!!!」
驚愕したルクが叫ぶ声が青い空に木霊した。
大瀑布を裂いて何かが降ってくる。ジュウベイとウィリアムの2人が咄嗟にそれを回避する。
大人の胴体ほどもある巨大なその何かは、岩場に叩き付けられると崩した岩片を撒き散らした。
「なっ!! …たまご!! でかい煮たまごが!!!」
ジュウベイが叫ぶ。巨大な煮たまごは無傷であり、反対に硬質の岩場の方が砕け散っていた。
「ジュウベイ!!!!」
今度はウィリアムが叫んだ。足元の卵に気を取られていたジュウベイが、おでんつゆの瀑布の向こう側から飛び出してきた巨大なげそに激しく打ち据えられる。
「…ぐああああっっっ!!!!」
吹き飛ばされたジュウベイが地面に叩き付けられる。
「ぐっ…おのれ!!」
顔の側面を伝った血を乱暴に拳で拭うとジュウベイが立ち上がった。
「足掻けばそれだけ苦しむ時間が増える事になるぞ…どの道、この地がお前たちの墓場となるのだからな」
ザバッ!とおでんつゆの瀑布の向こう側からおでんが出てきた。
「…おでんつゆからおでんが出てきたぞ!!!!!」
ジュウベイがある意味当たり前の事を叫んだ。
3方へ分断された最後の一組は魂樹とELHの2人だった。
2人は皆がいた場所からやや低い岩場に退避している。
そして、その2名と対峙しているのは…。
「おや、ウィリアム・バーンハルトは向こうか…選択を誤ったな」
気だるげに小首をかしげて、みる茶がふーっと長く息を吐いた。