第11話 柳生霧呼の世界-1


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ミーンミーンミーン・・・・。
セミの声が木霊してる。
路面立ち昇る陽炎で向こうの景色が揺らめく。
すれ違う人は皆汗を拭いつつ歩いていた。
・・・もっとも暑さに強い私は普段と何ら変わらないんだけど。
そんな昼下がりの通りを、私はえりりんを連れてゲン爺の工房へと急いでいた。
飛空船が完成したという連絡が今朝届いたのだ。
船が完成したならすぐにでも飛び立ちたいとこだけど、そうも言っていられない。
でも色々準備をして数日中には行きたいかな・・・。
ともかく今はまず現物の確認から。

ドックに入る。
すぐに「それ」が目に入る。
ほーっと息を吐きつつ、私とえりりんはその銀色のボディに見入ってしまった。
これが空を飛ぶ船かぁ・・・・。
翼を付けた卵みたいなデザインだね。
「よォ・・・どうでいお嬢の船『撃沈号Ⅱ』の出来栄えはよう」
キセルでタバコを燻らせながらゲン爺がやってくる。
「え!! ちょっと撃沈号って私の自転車なくなってると思ったら!!!」
えりりんが眉をつり上げる。
「ああ、材料足りなくてよォ。お嬢ちゃんの自転車がメインフレームになったぜ」
「・・・う・・・他にどうにかできなかったの・・・」
ウィルを探しに行く船になったんじゃ文句も言えない。
えりりんがガックリと肩を落とした。
「来たわね。待ってたわ」
コツコツとハイヒールの音を響かせてキリコがこちらへ歩いてくる。
いつもと同じきりっとしたスーツ姿。
いつもと同じ微笑み。
えりりんが気付いて慌てて会釈した。
「それで? いつ出発するのかしら。私はいつでも出られるわよ」
ん・・・。2,3日中には出るけどちょっと待って。色々準備があるか・・・ら・・・・。
言葉が止まる。
キリコの背後にいつの間にか女性が立ってた。
見たこと無い人・・・黒髪に尖った耳、エルフ?
鋭い瞳に口元には獰猛な笑い。
捕食者の雰囲気を漂わせた人。
でも私が絶句したのはそんな事じゃない。
その女性の手にはリボルバーがあって、その銃口がキリコの後頭部に当てられていたから。
「・・・・よー、柳生霧呼」
言葉にガァン!!!と言う銃声が続いた。
音はドックに反響して響き、えりりんがキャッと悲鳴を上げた。
キリコはいない。
女性が容赦無く引き金を弾くと同時に彼女の姿は消えた。
「・・・・髪飾りにしては些か無骨過ぎるデザインね」
声は今度は女性の背後から聞こえた。
逆にキリコが女性の背後に回りこんだのだ。
・・・でも、どうやって?
私にはキリコが動く予備動作すらしたように見えなかった。
「!!!!」
女性が消える。
地を蹴って跳躍したのだ。
一瞬の後に女性は撃沈号の翼の上にいた。
女性が立っていた位置には人差し指と親指でつまんだ弾丸をコロコロと玩んでいるキリコがいる。
「初めまして。ジュデッカ・クラウド・・・・聞いている通りの物騒な子ね」
ぴん、と弾丸を指先で真上に飛ばすキリコ。
カチンとその弾丸は石造りの床に落ちて跳ねた。
「チ・・・かすらせるくらいできると思ったんだがな」
ジュデッカ、とそう呼ばれた黒髪のエルフは背負っていたライフルを取り出すと片手で構える。
「だが、こいつはかわせるか? ・・・・風精展開! 『ウィンドバレット』!!」
ボウ、とジュデッカの姿が淡い緑色の輝きに包まれる。
そして立て続けに銃を撃つジュデッカ。
ガンガンガンガンガン!!!!!!
ドック内に銃声が幾つも反響する。
どういう理屈なのか・・・淡い輝きを纏って加速した弾丸の速度はまったく目で追えない。
キリコは別にそれをかわそうともせず、両手を組んでその場に静かに佇んだまま、ふぅ、と軽く息を吐く。
「・・・・わかっていないのね。この生命無き沈黙の世界の支配者、柳生霧呼の恐ろしさが」
・・・・・・・・・・・・・。
ジュデッカが訝しげに眉を顰めた。
・・・弾丸は?
キリコはかわしたわけでも弾いたわけでもない。
弾丸はどこへ消えた?
「弾は『あちら側』へ取り込んだわ。折角だし貴方も招待するわね。私の世界へ」
ぶわ・・・とキリコを中心に何かが広がる。
それはある風景だった。キリコを中心に広がった「別の景色」は瞬く間に周囲を完全に覆い尽くす。
世界を侵食するもう一つの世界。
「・・・『千年城』」
キリコが告げる。
その名の通り、そこは城の庭園だった。
大理石で作られた美しい城・・・・いや、城だけじゃない。
生垣の葉も、門柱に絡まる茨も、庭園の樹木もその枝で羽を休める小鳥さえもが・・・全てが大理石でできた彫像だ。
太陽の見えない灰色の空に、地を覆う乳白色。
その2色だけがどこまでも続く世界。
「ここでは私以外のあらゆるものがマーブルと化すの。貴方も彫像におなりなさいな」
く、と後ずさろうとしてガクンとジュデッカが揺れた。
もうその足首から下は大理石と化している。
パキパキと石化は膝へと、膝から腰へと這い上がってくる。
そして彼女は完全な大理石の彫像になった。

・・・そして、千年城が消えていく。
私たちは元のドックに佇んでいた。
ゲン爺は状況についていけずに口をあんぐりと開いて呆然としてる。
えりりんも青い顔をしてあたりをキョロキョロと見回した後で、
「あ、あの・・・今の人・・・殺しちゃったの?」
とキリコに尋ねた。
キリコは微笑むと首を横に振る。
「彼女は初めから『ここにはいなかった』わ」
パチン、と指を鳴らすと翼の上のジュデッカの大理石の像がバガッ!!と音を立てて砕け散った。
・・・む・・・中が空洞だ・・・・。
「樹精・・・ドライアドを使った擬態よ」
そう言ってキリコがさっき指で弾いた弾丸を・・・・それは団栗になっていた・・・・拾い上げる。
摘んだ団栗はパキッと石化するとサラサラと崩れて砂になった。

キリコの戦いぶりに面食らいはしたものの、今の私にはのん気にボーゼンとしてる時間の余裕はないわけで・・・。
挨拶もそこそこに工房を辞した私はえりりんと分かれて鼻っちの下宿へ向かった。
えりりんにはカイリに声をかけてと頼んである。
出立の準備をしてもらわないとね。
ところが下宿まで着くより早く、私は通りに面した雑貨店の店先に鼻っちを見つけた。
や、ちょうどよかったよ。鼻っち・・・・?
声をかけても気付かない。
鼻っちは新聞を広げて硬直したまま、真っ青な顔をしてガクガクと震えている。
何なのよ一体・・・・どれ?
紙面にはでかでかと「歌姫電撃引退」の文字があった。
あれ? この子って確か聖誕祭の時に島に来た子じゃなかったっけ?
そっか、辞めちゃうんだ・・・・。
「・・・・・・うぞだぁあああああああああああああ・・・・!!!!!」
うわ!・・・ち、ちょっと!!!!
突如鼻っちが絶叫して号泣した。
流れ出た凄まじい涙は奔流となって通りを歩いていた民子さんの足を掬った。
「馬鹿なぁああああ!!!! この覇王が足を取られるだと!!!???」
大きく仰け反った民子さんが仰向けに倒れる。
「・・・・・・・・・ブぐぇッッ!!!!!」
そしてその下からはエンリケの悲鳴が聞こえたのだった。