第18話 うつりゆくもの-8


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雨足は徐々に強まってきた。
激しい雨粒が石畳を叩き、視界が雨に白く霞む中で私とラゴールは死闘を演じていた。
酷く現実味が無い。
思えば奴と私がこうなるのは自然な様な気もするし、まったく間違っている気もする。
何故、こんな事になったのだろう・・・。
数分前を回想する。

「久しぶりだ、ウィリアム」
にこりともせず、歩み寄ってきたラゴールは私にそう言った。
それに対して私がどう返答したのか、そもそも意味のある言葉を口に出来たのかももう記憶に無い。
ただ、こいつ顔の険が増したな・・・とそんな事を思った気がする。
「お前を斬りに来た。・・・抜け」
かつての親友は端的に、簡潔に用件のみ告げると腰に下げた愛刀「夜叉白雪」の柄に手を掛けた。
ここまでがほんの数分前の話・・・。

空間を銀の光が走る。
捌き切れない数撃が私を切り裂いていく。
ぱたぱたと零れた血が水溜りに落ちて溶けていく。
「腕が落ちたな、ウィリアム」
ラゴールが冷たく言い放った。
・・・いや、そうではない。
浮遊大陸での出来事から私の力はかつて無いほどに高まっている。
にも関わらずにこうまで一方的に攻められるのは、単に奴の力量が常軌を逸しているからだ。
・・・「永劫存在」・・・奴はエターナルになったのだったな・・・。
魔人になったのだ、かつての我が友は。
私は今、ゴルゴダから受け取った魔剣「ルドラ」を手にしている。
確かに奴・・・ゴルゴダが言うように休眠状態のエターナルブルーとは比べ物にならない程の扱い易さ、威力を秘めた剣だったが、今は初陣のその剣の威力を実感する余裕はまったく無かった。
一瞬毎に私を掠めていく死神の腕をかわす。
瞬間、胸部に強い衝撃を感じて意識が一瞬ブレた。
蹴り飛ばされたのだと気が付いたのは、私が背後の木の塀を突き破って数m下の地面に落ちてからだった。
「話にならんな」
体勢を立て直すより早く、すぐ近くに奴の声がする。
そして私の喉元に、鋭い刀の切っ先が突き付けられた。

・・・・・・・・・・・・・・・。
顎のすぐ下に冷たい鉄の感触がある。
「終わりだ、ウィリアム」
詰み(チェックメイト)だと奴が告げる。
「・・・昔のよしみだ。命だけは助けてやる。今すぐに仲間を連れてこの島を出ろ。そして神の門の事は忘れろ。そうすれば我々がこれ以上お前たちを気に掛ける事はない」
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・それはできない。
自分自身やや意外な気持ちで、私は自らの口から出たその返事を聞いた。
初めて奴の眉がピクリとやや動いた。
雨のせいで見た目の錯覚かもしれないが・・・。
「何故だ? お前にそこまでして神の門を求める理由があるまい。自ら使用したい訳でもないだろう。学術的な興味からだとしても命と引き換えでは割りに合わんぞ」
まったく奴の言う通りだ。
私に神の門を使うつもりは無い。考古学者としての興味で最初は求めていたものだが、賢者ギゾルフィの言葉を思い出せばそれは我々の触れていい知識では無いとも今は考えている。
そしてツェンレンやファーレンクーンツなどの大国同士の争奪戦に参戦する心積もりも無い。
つまり私個人にはもう神の門を求める理由は何一つないのだ。
こんな所で命の危険に晒されながら必死になる必要など何もないのだ。
だが・・・。

だが、それでも私・・・ウィリアム・バーンハルトは神の門を求める。

半身を起こした体勢から、地面に突いた両手にやや力を込める。
奴は切っ先を1mmも動かさなかったが、私がやや伸び上がったせいで剣先は喉を微かに突いた。
・・・・約束があるんだ、ラゴール。
「何?」
ベルの顔を思い浮かべる。
彼女は私の家族になった。だから島から出られない彼女をここへ置いてはいけない。
そして魔人たちの殺し合いに巻き込まれている彼女を護る為には、私もその争奪戦の最中に身を置くより他ないのだ。
ベルナデット・アトカーシアを護る。そしてできる事なら彼女を島の外へ出られるようにしてやりたい。
・・・それが一つ目の約束。
更に身を起こす。
喉に突き刺さった切っ先から血が一筋流れる。
ノルコの顔を思い浮かべた。
異世界から来たと言う少女。
先程、うぐいす隊のの所へ帰参の挨拶へ訪れた折に、ヒビキに連れられた彼女と私は「再会」した。
彼女が言うには聖誕祭の夜に私たちは一度顔を合わせていたらしい。・・・最も私の方はそれを覚えていなかったのだが・・・。
彼女の経緯は、浮遊大陸にいる内にDDから聞かされていた。
正直荒唐無稽な話だと思っていたが、直接彼女に会って話を聞いて、私はそれを信じる事にした。
そして彼女を元の世界へと帰す為に力を貸すと約束した。
それが二つ目の約束。
「それだけの・・・」
ラゴールの声に感情の色が混じった。
「それだけの為に命を投げ出すのか!!!!」
今度は見間違いではない。明らかに奴の顔の険が増した。
そうだ。
私は真っ直ぐに奴を見る。
それだけの為に、私は神の門へと至る。
・・・男が友と交わした約束は命より重い、か。ジュウベイの言葉だったな・・・。
そして必死に頭を回転させる。
この死地を・・・どう凌ぐ・・・!
奴がその気になれば一秒後に私は骸になる。
実力では及ばない。
どうする・・・!?

実際には1分程度だったと思う。
しかし、それは一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。
喉元にあった切っ先がすっと遠のいた。
・・・・・?
奴を見る。
ラゴールは私を見ていなかった。
横を向いて、ポケットから取り出した携帯用の通信機を手にしている。
「エトワールか。・・・ラゴールだ。一身上の都合で退職させてもらう事にした。世話になったな」
・・・・・・・・・!!!
通信機からはぎゃあぎゃあと喚いている女性の声が漏れてきている。
「口頭にて失礼。ではな」
通信機から聞こえる女性の叫び声はまだ続いていたが、気にせずラゴールは通信機を地面に落とすと踵で踏み砕いた。
・・・ラゴール・・・。
「お前が相変わらずのバカを超えた大バカで安心した。・・・仕方が無い、そのケンカ俺が加勢してやろう」
差し伸べられた奴の手を握って私は立ち上がる。
いいのか・・・とばっちりじゃ済まない目に遭うぞ・・・。
かもな、とラゴールは肯いた。

ふと昔の事を思い出した。
あれはいつの事だったか・・・・。

『よう、バカがまたバカな事やらかしたってんで見に来てやったぜ』
肩越しに聞こえた声に、自らの手当てを止めて振り返る。
ラゴールが立っていた。
・・・何だラゴール。
「他所の隊の事に口出してシメられたらしいな。酷い顔だ、まるでジャガイモだ」
そう言ってラゴールが笑う。
奴らがやってる事はただの虐待だ。意見してやったらこの様だ。
流石にあの人数に1人では相手にならなかった。
怒りに任せて奴の襟首を掴む。
今はお前の軽口に付き合ってやれる気分じゃねえんだ。帰れ。
「・・・このままで済ます気ないんだろ?」
襟首を掴まれながらも涼しい顔をしている。
「仕方がねーな。そのケンカ俺が加勢してやるよ」
・・・!!!
お前の隊の上官だぞ・・!
そう言うと奴は苦笑して・・・。

ラゴールが苦笑する。
あの時と同じ顔で。
「仕方が無いさ。バカなツレ持った運の尽きって奴だ」
あの時と同じ言葉を口にした。
「折角大企業に再就職して余生は安泰かと思ってたのによ・・・世界の果ての超零細企業に再々就職だ」
うちはボーナス無いぞ。
「マジか。シケた会社だな。経営者の器が知れるぞ」
そして私たちは数瞬顔を見合わせると、互いにフッと笑った。
雨はいつの間にか上がっていた。
雲間から漏れた夕焼けの光が、辺りを茜色に染め上げていた。

~探検家ウィリアム・バーンハルトの手記より~