第23話 黒い月光-1


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アンカーグランドホテル最上階。
財団貸切のロイヤルスイートルーム。
ここしばらくこの部屋の主である少女が数日振りに戻ってきている。
「んでどうだったんじゃい。『魔人』とやらは」
いつもの通り、豪奢な木製の書斎机の上に足を投げ出して座っているエトワールに大龍峰が尋ねた。
「・・・んー? そりゃまあ強いよ? そうだなー・・・」
エトワールが部屋を見回した。
今日はエトワールの他には部屋にクリストファー・緑と大龍峰がいる。
「お前ら1人で行ったんじゃダメだな・・・。2人行ってどうにか・・・つってもお前ら2人で行ったって1+1が2にならねーんだもんなぁ」
エトワールが顔を顰める。
「仕方があるまい。そもそもが我らハイドラはどこまでも個人で任務を遂行できるからこそ任命された9人だろう」
リューが静かに言う。
「まあそういう事じゃのぉ。下手に近くにおられでもしたら邪魔でしょうがないわい」
「・・・だろーな。まあいいよ。あの状態の連中なら間違いなくマイアンクルとかキリコの方がつえーし。本気出せるっつー『テリトリー』行ったらどん位なもんなのかは知らねーけどな」
腕を後頭部で組んで頭を乗せて天井を見上げるエトワール。
「・・・あの場で殺ればいいってだけの話だ。逃がさねーようにする方法もうちにはある」

アンカー11番通りの一角にある薄汚れた一軒のあばら家がある。
つい先日そこに借り手契約が入り、今は数名の男たちが出入りしていた。
西大和一帯を勢力下に収める極道組織「黒麒会」の若頭、六角崇久とその部下たちである。
彼らが目的であった「草薙之剣」がこの島に無いと判明してからも、未だ帰国せずにアンカーへ留まっている事にはある理由があった。
「・・・そりゃァ、ブツはありません若いのは4人殺られましたじゃなぁ。みっともなくてそのままじゃ帰れやしねえ」
六角が苦笑する。
そう、彼らが島に留まっているのは報復の為であった。
「ヤクザってのはね・・・嫌がられてビビられて何ぼだからよ。ナメられちゃ終わりだ」
とはいえ、標的は敵対組織「紫桜会」のボスの愛娘桜貴では無かった。
元々が流血を最小に敵の勢力を削ぐ為の行動だったのだ。
結果が大きく戦端を開く事になったのでは本末転倒である。
従って標的は別口・・・ウィリアム・バーンハルトとその仲間たちであった。
薄暗い室内に六角以下、部下全員が集合する。
「・・・まぁこんなとこか」
バサッと六角が机の上に資料を投げ出した。
それはウィリアムと彼の事務所の職員達のデータだ。
ここ数日、六角は部下を使い・・・或いは自ら出向いてウィリアム何でも相談所を見張り、彼らの監視を続けてきた。
「流石各国が超Aクラスでマークする男なだけはあるわなぁ。手下もシャレにならん奴らばかりだぜ。・・・けど、ちょいと穴もあるようだな」
部下たちに向かって六角が机の上に二枚の資料を滑らせた。
エリスとベルナデットの資料だ。
「どっちでもいい。1人んなったとこさらえ。・・・そんで先生様を呼び出して殺って御仕舞いだ。さっさと大和に帰るとしようや」
資料を見た部下たちが無言で肯く。
「あぁ・・・この前みたいな事になってもつまらねえ。さらったらすぐ娘はバラしちまえ。別の場所に監禁してあるって言やぁどっちみち手出しはできめえよ」
瞳に暗い光を宿して六角が笑った。
「生憎こっちにゃ武士道も騎士道もねェ。必要となりゃあどんなド汚ねぇ手でも使えるのがヤクザもんのいいトコだあなぁ」
「・・・お陰でこっちも下手な手心を加える必要が無くなる。有難い事だ」
声は部下たちの背後から唐突に室内に響いた。
全員が弾かれた様に声のした方角を向くのと、薄暗い室内に銀光が一閃したのは同時だった。
部下の内の1人が、頭部を失って崩れ落ちた。
頸部から吹いた鮮血が天井や壁に真っ赤な染みを作る。
「・・・なんじゃァ!! おどれ!!」
部下たちが一斉に刃物を抜く。
「潜伏場所を変えられたのは誤算だった。お陰で探すのに手間がかかったぞ」
ゆっくりと室内に刀を手にしたラゴールが入ってくる。
気色ばむ部下たちとは対照的に、椅子に腰掛けたまま冷静にラゴールを見る六角。
勿論この時点で六角は襲撃者が誰なのかわかっている。
「殺っちまえ!!!!!」
一斉に部下たちがラゴールに襲い掛かった。
チ、と舌打ちを一つしてそれを見送る六角。
どうにもできまい。殺されるだけだ。・・・とはいえ制止しても結果は変わるまい。
だから六角は何も口にしなかった。無言のままで部下を全員諦めた。
ザン!!!!! と、瞬間に9つ走った斬撃の音はほとんど重なって聞こえた。
恐らくは自身に何が起こったのか理解する間も無く絶命した部下たちがバタバタとくず折れる中、ゆらりと六角が椅子から立ち上がった。
「・・・まったく、お見事なお手前で」
皮肉交じりだが、賞賛の言葉は正直な気持ちでもある。
「あの先生も存外えげつないねぇ。まさか先に鉄砲玉飛ばしてくるとは・・・」
六角の言葉にラゴールがいいや、とかぶりを振った。
「あいつは何も知らん。知らなくていい。その為に俺がいるんだからな」
その言葉の真意を測りかねて六角が眉を顰める。
「日の当たらない場所で手を汚すのが俺の役目だ。・・・そうやって・・・」
ラゴールが構えを取る。
吹き付けられた凄まじい殺気に六角も居合いの体勢に入った。
「・・・そうやって俺はあいつとあいつの大事なものを守る」
一撃は同時。
共に不可視の剣閃。
薄暗がりの室内に互いの殺意が交差する。
六角の居合いがラゴールの左肩を大きく切り裂いた。
ラゴールの放った突きは六角の喉笛を刺し貫いて背へと抜ける。
・・・そして六角崇久は祖国から遠く離れた南東の島でその生涯を終えた。


「・・・これを・・・いけば・・・」
DDの頬を一筋の汗が伝った。
彼女のこんな真剣な顔は見たことがない。
「・・・私の・・・勝ちだろ・・・!」
震える指先で積み木を摘んでいる。
事務所の昼下がり。窓から差し込む日差しが心地よい。
積み木のタワーは既にスカスカであった。
そんなDDとジェンガを挟んで対角線上にいたクラウス伯爵が、そこで表情を崩してえらい顔をする。
「・・・・ぷーっっ!!!!!!」
思い切り吹き出したDDがガッシャンとジェンガを崩した。
「はい、DDの負け」
言いながらベルが、がしゃがしゃとジェンガを片付ける。
「えー、今のアリなのかよぅ。汚い伯爵汚い」
口を尖らせるDDに伯爵が胸を張ってふんぞり返った。
「何を言うかダイアモンドダスト。我輩は例えどんな些細なものであれ『勝負』と名のつくものには全力を尽くすのだよ」
今夜は久しぶりに「ラーメンいぶき」で夕食をとろうと言う話になったのだが、そこから何故か負けた者が払いを持つという条件でDDとルクとベルと伯爵のその時事務所に残っていた私とその4人でジェンガ勝負が始まってしまった。
「心を平静に保てばあのような奇策に遅れを取ることもありません。・・・私は葱ラーメンの大盛りと野菜炒めで」
ルクが皆の分のお茶を淹れながら言う。
「我輩は塩チャーシューの大盛りと餃子と春巻きとしよう」
「・・・2品までにしなさいよ」
ぎりぎりと奥歯を鳴らしてDDが伯爵を睨んだ。
そこでオフィスの電話がりーんと鳴り響いた。
「はい。ウィリアム何でも相談所です。・・・はい? ええ・・・」
電話に出たルクがわずかに不審そうな表情を浮かべて私に受話器を差し出してきた。
・・・私か?
「セシリア・フローライトさんの保護者の方だと名乗る女性からですよ。そう言って貰えればわかると・・・」
う・・・わからんぞ。そんな名前の知り合いは私には・・・。
思わず首をかしげたその時、オフィスのドアがバーン!!と勢い良く開け放たれた。
「何を言ってるんですか!! セシルさんですよ!!!」
飛び込んできたのはハイパーココナッツ伊東だった。どこで話聞いてたんだお前は。
「セシリア・フローライトと言えば彼女の本名です!! 知らないなんて言語道断ですよ人類として・・・!!!」
怒られた。しかも人類失格の烙印まで押された。
そのあまりの伊東の迫力に思わずすいませんと頭を下げる。
「・・・まったくもう、気をつけて下さいよ」
ぷりぷりと怒りながら伊東はオフィスを出て行った。
・・・・バクン!!!!!!!
そして出口の所でパッ君に頭から食われた。
・・・・お待たせしました。ウィリアムです。
電話に出る。
『初めましてー。私は天河悠陽といいます。セシルの今の職場の責任者で身元引受人なの。よろしくね』
受話器からは明るい女性の声が聞こえる。
・・・待てよ? 天河・・・どこかで・・・。
『それで、あの子今あなたに会いに行くんだってそちらへ向かってるの。明日の昼過ぎくらいにはアンカーの港に着くはずよ。ウチの若い子は付けてあるんだけど、できたらあなたに迎えに行ってあげて欲しいなーって、どう?』
何と・・・。セシルがまた島に来るのか。
・・・歌手の仕事はいいのかな?
明日か。別に予定は入っていないな。
私は天河さんに了解した旨を告げる。
『お、やったねー。ちゃんとタキシード着て待っててあげてね。花束持って。後持参の指輪は給料三か月分で』
ねーよ。ヘンタイだそれじゃ。
もしくは三文芝居だ。
『それじゃヨロシク! そのうち私もそっち行くんでその時は重ねてヨロシクね!』
電話は切れた。
「・・・何だったの?」
電話を切った私にDDが声をかけてきた。
いや、セシルがこっちへ向かっているそうだ。歌手の仕事は休みが取れたのかな?
かなり多忙だと聞いていたが。
「あー、知らなかったっけ。なんかセシルってシンガーの仕事引退したんだってよ? 前にそう言って鼻っちがこの世の終わりみたいな顔してた」
・・・!
引退・・・?
突然だな。何事があったのだろう・・・?
まあ、明日会えるのだ。そのあたりは彼女から説明があるかもしれん。
半年振りくらいか。彼女も元気にしているといいんだが。
等と、その時の私はまだそんな風に事態を暢気に考えていたのだった。