第11話 Prelude the Real Night -5


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

几帳面な性格のサーラは、約束の丁度10分前に指定されていた場所へ到着していた。
そこは首都中央に位置するセブンスアークステーションの駅前広場の噴水の前であった。
ズボラな連絡をしてきたテッドの為に、わざわざサーラはここへ来る途中協会の支部へ寄って、この場所を確認してくる必要があった。
しかし、彼を始めとする協会職員の誰もが到着する人物が誰なのか聞かされていないという話は事実であったらしい。
首を横に振る親しい職員達から、嘘を言っているような気配をサーラは感じなかった。
そして、駅から旅行カバンを手に出てきた「その男」を見てサーラは一瞬呼吸をするのも忘れて目を丸くする事となる。
グレイのロングコートを小脇に抱えたスーツ姿のその紳士は、サーラの姿を見つけて笑顔で手を振る。
「サーラ。…はは、ちょっと見ない内に随分大人っぽくなったな」
そう言って口髭の紳士は優しくサーラを抱き締めた。
軽く背中を2,3度叩いて紳士がサーラから離れる。
そのサーラはまだ目を白黒させたままだ。状況を必死に理解しようと脳をフル稼働させている最中である。
「…え?…ええ…? シグルドさん…」
呆然と呟いてから、ハッと気が付いて慌ててサーラが背筋を正して直立の姿勢を取る。
「し、失礼しました! シャルンホルスト本部局長!」
深々と頭を下げるサーラに対して、紳士がいやいやとゆっくり首を横に振った。
「今日はそういう肩書きを背負ってきた訳ではないよ、サーラ。ただ1協会職員として手伝いに来たんだ。シグルドと呼んでくれたまえ」
シグルドと名乗った紳士が微笑む。
まだ釈然としない表情でサーラが顔を上げた。
「じゃあ…やっぱり援軍ってシグルドさんの事だったんですね」
「うむ。そうだよ…? おや聞いていなかったのかね、会長が連絡を入れてくれた筈なのだが」
意外そうな顔をするシグルド。
恐らく何も知らされていないであろう支部の職員達の顔を思い出してサーラが嘆息する。
(…悠陽さま…)
絶対にわざとだと彼女は確信する。
現場が大騒ぎなるのを承知で悠陽は来訪する人物の名をあえて伏せたのだ。
シグルド・フォン・シャルンホルストは協会の本部局長である。
協会内部では2人いる「副会長格」と目される人物の1人だ。
表に出る仕事をあまりこなす事がないために世間的にそこまで認知されている存在ではないものの、各国の首脳陣や協会内部への影響力は会長である悠陽と遜色が無い男だ。
むしろ世界中を飛び回る悠陽が急に来訪するよりも、あまり動くことの無いシグルドが来訪する事の方が騒ぎが大きくなるかもしれない。
「てっきり…ヨギさんかサムトーが来るんだと思っていました…」
協会の「武」の象徴である三聖のメンバーの内の誰かが派遣されてくるのだろうと漠然とサーラは予想していた。
しかし実際にやってきたのは「治」の象徴とも言えるシグルドだ。
…最も、それは彼が実力的に見て不安があると言う意味ではない。
「彼らは彼らで別の任務に就いているよ。私もたまには現場に出ないとな…『相棒』が錆付いてしまうからね」
フッと笑ってシグルドが右手をぐっと握った。革手袋の下からギギ、と金属音が鳴る。
(…『鋼鉄の右腕』(アイアンライト)…)
サーラがごくりと喉を鳴らす。
極限られた者しか知らないシグルドの異名だ。
そしてその呼び名は、一部の悪党からすれば死の鉄槌に同義なのであった。

「すぐお屋敷へ向かいますか?」
シグルドの旅行カバンをサーラは受け取って持った。
一瞬遠慮する素振を見せたシグルドは、結局何も言わずに微笑んで彼女にカバンを手渡した。
「いや、まずは支部へ挨拶へ行こうと思う。来ておいて顔も出さないのは不義理が過ぎるというものだ」
と、シグルドはサーラの予想していた通りの返答をした。
「騒ぎに…なりますよ」
思わず眉を顰めて言うサーラ。
そんなサーラの様子にシグルドは明るく笑った。
「ははは…大袈裟だね、サーラは」
決して大袈裟に言っているわけではないのだが…サーラが困ったように肩を落とした。
その時、シグルドがふと公園に出ているワゴンに目を留めた。
「クレープが売っているな。サーラはまだ甘い物は好きかい?」
「え、あ…はい。それなりに好きです…けど」
それだけ聞くとシグルドはつかつかとワゴンへと歩いて行ってしまう。
注文してクレープを買うと、それを手に戻ってくる。
「チョコレートので良かったかな。好みが変わっていなければいいんだが」
「…え?」
手渡されたクレープを受け取ったサーラは、思わず礼を口にするのも忘れてポカンとしてしまう。
そして彼女は思い出した。
それは遠い昔の話だ。悠陽に引き取られたばかりの頃、一度だけシグルドに連れられて彼女は公園でクレープを買ってもらう機会があった。
幼い自分はその時、何の味がいいかとシグルドに問われてチョコレートのものを買ってもらった。
…彼はそれを覚えていたのだ。
「ありがとうございます。…どんな味でも好きですよ。だけど、このチョコレートは特別美味しそうです」
そう言ってサーラは微笑んだ。

思った通り、シグルドが顔を出すと協会は大騒ぎになった。
すぐに国王に連絡を取るという支部長をやんわりと止めて2人は支部を出た。
「何事か騒然としていたね。悪い時に顔を出してしまったようだ」
騒然としていたのは自分が原因なのだが、シグルドはそれがわかっていない。
「敷島君とリュー氏は初対面になるな。会うのが楽しみだよ」
屋敷への道すがら、シグルドがそう言って笑った。
「正直、私は最初反対したのだ」
ふいにシグルドが真剣な表情になる。
「元『ハイドラ』の暗殺者と手を組むだけに留まらず、サーラを一緒に住まわせる事等とんでもないとね」
そしてシグルドは苦笑する。
「結局会長が押し切ってしまったのでそれ以上私はどうする事もできなかったが。…しかし、サーラの様子を逐一報告されて、今日会ってみてその心配が杞憂であったと思ったよ。彼とは上手くやっているかい?」
サーラは肯いた。
「はい。大丈夫です。リューはちょっと怖い時もあるけど…」
笑わない赤い髪の男を思い出してサーラが言う。
「お料理が物凄く上手いんです。…後、結構優しい所もあって…」
言いながらサーラはどんどん自分の頬が熱を持っていくのを感じる。
「あ…違います。そういうんじゃないんです…私…えっと…」
慌ててサーラがまくしたてる。
シグルドは何も言っていない。ただ狼狽するサーラを優しい眼差しで見ている。
すると彼は腕を組んで目を閉じ、何やら感慨深げな表情を浮かべた。
「そうか…サーラもそんな年頃になったのだね」
しみじみとシグルドが言う。
「そんなって何ですか…! わ、私は…」
ぽん、とシグルドが慌てるサーラの肩に優しく手を置いた。
「応援しているよ。頑張りなさい」
そう言って微笑むシグルドに、サーラは狼狽したまま必死に弁明を繰り返した。

やがて屋敷が見えてくる。
周囲を夕焼けが照らしている。
「あれが…」
私たちのお屋敷です、と言い掛けてサーラのその台詞が止まった。
屋敷の入り口辺りから何やら殺気だった只事ではない気配を感じ取ったからだ。
「何事かあったようだね」
シグルドも気付いて真剣な表情を浮かべる。
そして2人は同時に屋敷へ向かって走り出した。
門をくぐってすぐの所で、険しい表情の勇吹が1人の男の襟首を掴み上げていた。
掴まれているのは日焼けした体格のいい若い男…鷲塚我門である。
その我門を襟首を掴まれながらも薄笑いを浮かべて腕を組み、平然としている。
「…もう一度、言って御覧なさいよ」
低く抑えた声で勇吹が言う。
我門がふーっとわざとらしくため息をつく。
「せやから…リューは当分戻らんて言うてんねん。こっぴどくやられよったんで今療養中や」
ギリッと勇吹の奥歯が鳴った。
そんな勇吹を冷めた目で我門が見る。
「あんなぁ…いきり立つ相手がちゃうで。リューやったんは公爵の手下のマニっつーやっちゃ。ワシは親切心で話持ってきてやっただけやで?」
むっ、と唸って勇吹が我門の衿から手を離した。
やれやれ、と我門が皺になった襟元を両手で整える。
「それで…リューは今どこにいるの…」
問う勇吹に、ニヤリと笑う我門。
「そりゃナイショや。教えてやるわけにゃいかんな」
その言葉に再び勇吹の眉がくわっと上がる。
「どういう事よ!!!」
「…リューの為や」
勇吹の剣幕を意に介する事無く、我門がしれっと言ってのけた。
「自分なぁ、考えてもみいや。男としてやられてボロボロなっとる姿なんて惚れた女には一番見せたくない姿やで。…ま、心配するんもわかるけどな。時には黙って待つのもええ女っちうもんやないの」
途端に茹で上がったように勇吹が真っ赤になる。
「ほっ…惚れたとか…私たちそういうのじゃないし…」
「表の病院入れたら公爵の手が回るかもしれん。せやからワシらの馴染みの闇医者んとこにリューは入れてある」
ふう、と息を吐いて勇吹がようやく少し落ち着く。
「…そこは、安全なのね?」
「まあ、少なくとも町の病院やここにおるよりはマシや」
そして我門は勇吹を見る瞳を細めた。
「人の心配しとる場合でもないで。マニは公爵んとこじゃ最強の使い手や。そのマニを出したっちう事は公爵にはもう後が無くて本気だっつー事や。リューやってここで一気に畳み掛けてこようとする可能性かて低いもんやない。あのリューを真正面から一方的に打ちのめすくらいの使い手やで…そんなんが襲ってきたら自分らどないすんねん」
「…………」
返答に詰まった勇吹が下唇を噛んだ。
「そこでや…! 特別大サービスや。しばらくワシが自分らにくっ付いて面倒見てやるで。こんだけデカい屋敷や、ワシ1人くらい増えたかて問題あらへんやろ」
自慢げに胸を反らせて我門が言う。
「は!!!?? ちょっと何言ってんのよこのこんがり男!!!! 今すぐ帰りなさいよ!!! むしろもう土に還りなさいよ!!!」
「何やとこのアマ!!!! 人の好意が素直に受けられんっちうのかい!!!!」
ぎゃあぎゃあと掴み合いながら罵り合いを開始する両者。
そんな2人を門からシグルドとサーラが見ている。
「ふーむ…これは一体どうした事なのかな」
顎をさすって言うシグルドに
「私もよくわかりません…」
困ってサーラがそう答えた。
「こらこら、2人ともそのへんにしなさい」
結局シグルドが両者の仲裁に入った。
「敷島君も、有事には雄々しくあっても普段はたやすく爪を見せるものではないよ。能ある鷹たらんとするのであればね」
穏やかに諭すシグルド。
「さあ2人ともこの本を読みなさい…穏やかな気持ちになれるから」
ついでにウィリアムの本を薦めていた。

まさかそんな事を言っている自分の娘がどっかの島の商店街で安売りの肉を巡って巨大な主婦と鉄拳で語らっている等とはついぞ知らないパパであった。