第5話 吹き荒ぶもの-4


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夜の闇を裂いて2つの人影が宙を舞う。
サーラと勇吹が音も無く屋根の上に降り立ち、そのまま疾走する。
2人はバロック兄弟の指定してきた場所へ急いでいる途中だ。
その住所は屋敷からは随分離れた場だった。馬車を急がせても30分は難しい距離である。
だから彼女らは、最早下の道を急いでいる余裕は無いのだった。
リューにはメモを残してきた。しかし、彼は今夜何時に戻るのかわからず、援軍を期待できるか微妙な状況だ。
疾駆する勇吹が隣のサーラをチラリと見た。
内心の焦燥が表情にはっきりと出てしまっている。
泣き出しそうにも、激昂して叫び出しそうにも見える緊張した横顔。
(張り詰めてるわね…。当然だけど)
まだ、それを押し殺して表に出さないようにするには彼女は年齢を重ねる必要があるのだろう。
そう勇吹は思う。
反面、自分はと言えば精神状態は落ち着いている。
勿論卑劣な手を使った相手に対する義憤はあるが、戦闘を控えた状態としては極めて平静な状態だった。
その事を勇吹は自分でも意外に思う。
(いつも大体猛ってるからなぁ…先生やキリエッタがなだめてくれてたけど…。あ、そっか)
唐突に考え付く勇吹。
(今度は…私がその役割をしなきゃいけないのね)
やがて2人が到着したバロック兄弟の指定してきた住所の場所。
…そこには、巨大な建設途中のタワーが聳え立っていた。

土台から大体半分程度が建った状態で打ち捨てられている巨大なタワー。
そこは本来なら完成すれば34階建てで、この国で最も高く大きな塔になる予定の建物だった。
しかし工期の半ばで、大元の業者の所有する工場で大きな爆発事故があり、建設半ばにして建造計画は頓挫した。
今は廃墟と化した塔は近付く者もなく、ひっそりと静まり返る月夜の空に浮かぶ威容はまるで不吉の象徴のように見える。
そんな廃塔の建造途中の十九階…これは現時点での最上階に当たる…からフェルザー・バロックがバリゲートを越えて敷地へ入ってきたサーラと勇吹の2人を見ていた。
「来たよ…兄さん」
壁面から下を見下ろしていたフェルザーが振り返る。
「ほう、早いな…」
廃材の上に座って寛いでいたユーディスが立ち上がった。
そして月明かりに晒して腕時計を見る。
「はっは…本当に30分以内に来たぞ、弟よ。無茶を言ってやったつもりがその通りにされてしまうとは、いや恐れ入ったものだ」
楽しそうにユーディスが笑う。
「でも兄さん、クリストファー・リューが来ていない。知らない女と2人で来たようだ」
フェルザーの言葉に、ふむ、とユーディスが右手で顎をさすった。
「ここまで連れてきたのだ。雑魚という事もあるまいよ。…弟よ、お前は手筈の通りに娘を無力化しろ。私がリューの代わりにその女を相手する」
無言で肯いて了解の意を示すフェルザー。
「見知らぬ女か…。リューに匹敵する実力の持ち主であれば嬉しいがね」
「…そいつは、少し厳しいかもな」
ふいに、その場に兄弟のものではない男の声が響いた。
別に驚いた様子も無く、兄弟が声のした方…フロアの奥を見た。
フロアの奥の柱にはカンテラが掛けられて周囲を照らしていた。
その光の真下に縛られて気絶しているメイが転がされている。
そして声はそのすぐ横で、廃材に座り週刊誌を広げている男から発せられたものだ。
がっしりとした体格の大男だ。
バンダナに鷲鼻に顎鬚…そしてジーンズに和柄のジャンパーを身に纏っている男。
その名を…鳴江漂水と言う。
「娘が連れてきた女もかなりの手錬だぜ。…ま、リューの旦那程とは言わねえけどな」
漂水がニヤリと笑って言う。
「ならば構わんよ。…1度くらいは、本気を出せる相手と巡り会ってみたいものだ」
ユーディスが漂水に返事をする。
その時、一瞬だけユーディスは気取った薄笑いを顔から消してどこか遠い目をした。
「それで…遅れてリューが掛け付けて来るようであれば向こうは3人だが、君は手を貸してくれるのかねヒョウスイ?」
「…うげ!」
ユーディスに問われて慌てた漂水がバサッと雑誌を床に落とした。
「おいおいおいよしてくれよ。俺なんか駆り出したって役に立ちゃしないぜ…。初めに言ったはずだ、俺は情報を出すだけ。戦うのはアンタらだ」
両手をぶんぶんと振って拒絶する漂水。
「フッ…わかっているさ。言ってみただけだ」
「……………」
目を閉じてユーディスが軽く笑った。
その隣ではフェルザーがどこか不審を感じさせる瞳で漂水を見ている。
「頼むぜ…バトルはごめんなんだよ。苦手でな」
冷や汗を手の甲で拭うと、漂水は肩を竦めて苦笑した。

塔の入り口にたどり着いたサーラ達は、躊躇わずにそのまま内部へ侵入した。
明かりの無い暗いフロアを上階へ向けて駆け上る。
「…!!」
初めに気付いたのは勇吹だった。
闇の中を弾かれた様に上を見上げる。
バサッ!!と鳥の羽ばたきの様な音を響かせ、上から無数の人影が強襲してきた。
漆黒のマントに白い鳥の骸骨の様な仮面の兵たち。
サーラにとっては二度目の邂逅となる公爵の兵たちだ。
「お呼びじゃないってば…!!!!」
対空の突き上げるようなハイキックが仮面兵に炸裂する。
蹴られて吹き飛んだ仮面兵は更に後方の2人を巻き込み、叩き付けられた壁を大きく崩して沈黙した。
(…す、凄い)
自分でも一体の仮面兵を打ち倒しながら、絶句してしまうサーラ。
かなり強いのだろう、とは思っていたが勇吹の実力はそのサーラの予想を大きく超えていた。
(リューと…同じくらい、強い…?)
改めて勇吹を見るサーラ。
自分の目からは、両者の実力は遜色無く見える。
その勇吹はサーラの前でゆっくり右手を開いたり握ったりしていた。
まるで何かの感触を確かめるかの様に。

まだ音や衝撃になって伝わってはいないが、下層からの戦いの気配をバロック兄弟は感じ取っていた。
勿論兄弟は伏せておいた仮面の兵達が2人を倒してくれるなどと期待はしていない。
途中に手下を配置したのは「様式美」の様なものである。
ユーディスはこの任務もゲーム感覚でいるのだ。
やがて気配が足音を伴って近付いてくる。
サーラと勇吹がドアもないフロアの入り口から飛び込んできた。
2人が足を止める。
サーラはまず床に転がされているメイの姿を確認していた。
「…メイ!」
一瞬、最悪の予感にサーラの背筋が凍る。
しかし倒された彼女からは僅かに呼吸の動きが感じられ、一先ずサーラは安堵した。
「・・・・・・……………・」
勇吹はバロック兄弟を最初に見た。
(同じ顔…双子…?)
勇吹が双子に向かって言う。
「あんたたちがバロック兄弟ね」
「いかにも。私が兄のユーディス…そして弟のフェルザーだ。見知り置いてくれたまえ」
名乗ってユーディスが2人に優雅に礼をする。
前へとサーラが踏み出す。
「メイを…返してもらうわ…!」
真正面から怒りをぶつけられてもユーディスは涼しい顔をしている。
「まずは人の事よりも自分の心配をした方がいいと思うがね」
ゆらりとユーディスがサーラの前に立ち塞がった。
「生きながら全身の皮を剥がされるというのは…果たしてどの様な気分なのだろうね?」
瞬間、サーラを見下ろして冷笑を浮かべたユーディスの全身から放たれた殺気がホールを満たした。
「くっ!!」
恐怖に退きそうになる両脚をサーラは精神力でその場に留める。
物質的圧力すら感じられるほどの殺意だ。
「今から君がそれを味わうんだよ…お嬢さん」
ユーディスが言うと、フェルザーも殺気を漲らせて1歩前へと出た。
サーラと勇吹の2人も構えを取る。
しかし臨界点に達した4者が初撃を繰り出すよりも早く、彼らの間に割って入った声があった。
「…何を…言ってるのよ…!!!」
4人は同時に声のした方を見た。
縛られて転がされているメイが、いつの間にか意識を取り戻して兄弟を睨み付けていた。
「私の…私の友達に酷いことしないでよ!!!!!」
メイが叫んだ。怒号がフロアを震わせる。
「…っ」
サーラの瞳から涙が零れた。
自分と違って、戦う力をまったく持たない普通の少女である友人は、この危険な場において自分の事よりもまずサーラの事で怒ったのだ。
「・・・・・・……………」
フェルザーが無言で右手を胸の高さまで上げる。
それは、真空の刃を放つ為の予備動作。
もう用はない…とこれ以上騒がれる前にフェルザーはメイを始末するつもりだった。
一瞬後に放たれる真空の刃がギロチンの様に彼女の首を落とし、それで終わる。
…そのはずだった。
「おっと…ストップ!」
「!!!!!」
突然フェルザーの真横に勇吹が移動していた。
フェルザーからはその動きは半ば瞬間移動じみて見えた。
間髪入れずに放たれた勇吹の拳打を身体を捻ってフェルザーが回避する。
ゴッ!!!と唸りを上げて勇吹の拳がフェルザーを僅かにかすめていった。
そのフェルザーの背に兄の声が掛かった。
「お前は娘だ…弟よ」
フェルザーが下がる。ユーディスは前に出る。
両者の位置が交代する。
そしてユーディスが勇吹と対峙した。
「今の動きはよかったぞ。感動的だった」
勇吹を褒めつつ、ユーディスが予備動作無しに無数の真空の刃を周囲に放出した。
「…っと!!!」
バック転し地面に右手を突いて後方へ飛びながら勇吹が真空波を回避する。
ズバズバと丸でパンケーキの様に硬質の石材を真空の刃が切断する。
「そうそう、もっと五感を研ぎ澄ませ!! さあ、これはどうだ!!?」
ユーディスが次の真空波を放つ。
勇吹の周囲全てから発生した真空の刃が一斉に彼女に襲い掛かる。
「…手元以外の場所から!!!!」
ズドドドドド!!!!!! と轟音を立てて床や周囲の柱は寸刻みにされ、激しく砂埃が上がった。

一方でフェルザーも無数の真空波を放ち、サーラを徐々に追い詰めていた。
「お前は今日ここで終わる。娘」
無感情に言い放ち、サーラへと歩を進めるフェルザー。
ザン!!!と床が切り裂かれ、回避したサーラが後方に飛んだ。
「……………」
無言でサーラがフェルザーを睨み付ける。
「お前は公爵様への供物とされるのだ。この先も命は永らえるかもしれんが、人としての生は今日で終わりだ」
フェルザーが右手を高く上げる。
「あまり動き回るな。無駄にキズを増やされると後で表皮を縫合するのに手間がかかる」
(表皮! …この人たちの狙いは…)
自らの『聖紋』であるのだとサーラが悟った。
「これはかわしきれまい」
呟いてフェルザーが自身の制御し切れる限界数の真空の刃を空間に生み出す。
それは目で見ることはできなかったが、先程までと段違いになったプレッシャーに、サーラが頬に汗を伝わらせ、奥歯をかみ締めた。

砂埃が徐々に晴れていく。
崩落したフロアの床は無残な大穴になっている。
しかしその穴の周囲にも、下層へ落ちた瓦礫の周辺にも勇吹の姿は無い。
その事はユーディスにはわかっていて、彼が意外そうな表情をする事は無かった。
「効かないわよ、兄」
大穴から数m左に移動した場所に勇吹が立っている。
両手を腰に当てて胸を張った勇吹は、ユーディスに対して不敵に微笑んでいた。
「不思議だ。死角からの攻撃もあったはずなのだがな。まるで君は背中に目があるようだ」
台詞の通りに、不思議そうに顎に手を当てて首を捻るユーディス。
確かに先程の攻撃には勇吹の死角から来る真空波も含まれていた。
ただ、それはあくまでも視覚的な死角であり、感覚的には今の勇吹に死角は存在しない。
彼女は戦闘時に自分の周囲を不可視のオーラで覆っている。
その内側の事なら何でもまるで指先で触れている様に感知できるのだ。
それは本来、クリストファー・緑の持っていた能力。
先日、『始まりの舟』での戦いの時にピョートルの呪符でリューと繋がった勇吹。
その時に勇吹は呪符の力で魂がリンクした際に彼のこの能力を継承していた。
勿論繋がれば誰でもこの様な現象が起こるのかと言えばそれは否。
両者の性質が極めて近かった為に起こった…それは、ある意味1つの奇跡だった。
「…!!」
その勇吹の眉がピクリと上がった。
周囲に展開した自身のオーラが異常を感知する。
それは尋常でない数の殺意の刃。
フェルザーが自らの周囲に生み出したものだった。
そして無言のままにフェルザーはその全てを放出し、虚空を致死の裂け目が踊る。
サーラは初めから自分の身の安全を黙殺した。
全力で床に倒れているメイの元へと走った。
彼女に覆い被さり、目を閉じる。
着撃と同時にフロアは完全に崩壊し、それだけでは飽き足らずに更に下層のフロアまでをも崩落させた。
塔が鳴動する。
その衝撃と振動は離れた場所にいた者が思わず塔の方角を見上げてしまう程のものだった。

周囲を覆っていた砂煙がゆっくりと晴れていく。
2階下まで転落し、抱きしめたメイを庇って受身を取ったサーラがゆっくりと目を開く。
(…?)
意識がクリアになるに連れて湧き出るのは不審。
傷が無い。身体にあるのは受身を取った際の打ち身の痛みだけだ。
「…!!!!!」
自らに負傷が無い理由を悟ったサーラが目を見開く。
咄嗟にフェルザーの攻撃からメイをかばった自分…そしてその自分を更に勇吹がかばっていた。
全身に傷を負って、流れ出る血で紅に染まった勇吹がゆっくりとサーラに倒れてくる。
「…怪我…ない?」
苦しい息の中でサーラに問う勇吹。
サーラが必死に肯いて見せる。
「そっか…よかった…」
それだけ呟くと、がっくりと項垂れて勇吹は意識を失った。
「勇吹さん…」
サーラが血塗れの勇吹をぎゅっと抱きしめる。
「…!!」
ザッと足音が響いて、そのサーラの眼前にバロック兄弟が立った。
勇吹は無力化された。
そして兄弟は未だ無傷。
…サーラの進退はここに窮まった。
「不本意ではあるが、結果オーライといった所か」
サーラを見下ろし、ユーディスが言う。フェルザーはその隣で無言。
そして兄弟は三者へじわりと歩を進めた。