最終話 ぼくらの故郷-5


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片腕の男は小高い丘状になっている林の切れ目より鋭い瞳で町の方角を伺っていた。
町からは未だに祭りの喧騒が響いてきている。
その明かりに照らされた男の横顔からはどのような感情も読み取ることはできなかった。
その背後の茂みがガサガサと音を立てる。
男はそちらを見た。
「・・・おーいてぇ。まともな道もないのかよ」
茂みを掻き分けて出てきたのは、藍色の陣羽織を纏って顔下半分を髭で覆った背の高い男・・・うぐいす隊隊長、天城雅秋だった。
「よー」
片腕の男を見て、うぐいす隊長は片手を上げて挨拶する。
「・・・こんばんは」
片腕の男もそう応じる。
「・・・今日は、祭りの日だよ。こんな寂しい場所で佇んでないで楽しんできたらどうだ?」
町の方を見てうぐいす隊長が言う。
「十分楽しませて頂きましたよ。祭りの熱気に当てられてしまったので、今はここで涼んでいた所です」
軽く笑って片腕の男が答える。
「ほー、そうかい。でも残念だけどあんた主催の祭りの方は盛り上がってないな?ヴァーミリオンさんよ」
ヴァーミリオン、と呼ばれても男は微笑んだまま余裕を崩さない。
「人違いをされておられるようですね。私はそんな名前ではありませんよ」
「なるほど、本名で呼ばれないと落ち着かないってか、ロードリアス財団特務部隊所属リゼルグ・アーウィン」

・・・・・・・・・・・・・・・。
私も、ノワールにいる面々も絶句して黙り込んだ。
ロードリアス財団・・・・全世界に多大な影響力を持つ巨大企業体を支配する財団だ。
「国境無き王国」・・・そうも言われている。
四王国を持ってしても及ばない世界で唯一つの組織。
シャークの背後にいたのはそのロードリアス財団だった。
リゼルグ・アーウィン、そう呼ばれた男の顔から笑みが消えた。
「・・・驚きましたね。名乗る前に自分の名を呼ばれるのは初めての事です」
ゲンウが・・・ツェンレンの情報網を駆使しても辿り着けなかったヴァーミリオンの正体をうぐいす隊長は知っていた。
「あなたは何者ですか? この島の要人についてはうちの調査部が徹底的に情報を調べ尽くしてあります。その中で一人だけ、過去が不明という人物がいました」
「ほぉほぉ」
大げさに驚くうぐいす隊長。
「あなたの事ですよ、うぐいす隊隊長天城雅秋。うちで調べられたのはその名前が偽名であるという所まででした。調査部の面目は丸潰れですよ。過去にうちの調査部が動いて調べが付かなかった人物など、誰もいなかったのですからね」
リゼルグが鋭い瞳でうぐいす隊長を見る。
「俺はあんたらが思ってるような大した人間じゃないよ。ただこの島でこの先ものんびり過ごしたいと思ってるだけの男だ」
いつものとぼけた顔で肩をすくめて言ううぐいす隊長。
それに対してリゼルグが何か言いかけて口を開いた時、また茂みを鳴らしてこの場に三人目の来訪者が現れた。
それはシャークの第一戦闘部隊長トーガであった。

「何があってもここへは来ないように、打ち合わせしておいたはずですよ」
冷たい目でトーガを睨むリゼルグ。
トーガは逃走の途中で応急手当したのであろう、開いた黒服の前から胸部に乱暴に巻かれた包帯が覗いている。
その包帯ももう、血で真っ赤に染まっていた。
「どこへ・・・行くつもりだ、ヴァーミリオン。町ではまだお前の言葉を信じて命がけで戦っている連中がいる。作戦が失敗ならあいつらを止めろ」
「あなたはもう少し賢い男だと思っていたのですがね、トーガ。連中を使い捨てにする事は始めから私の計画の内です」
眼鏡の位置を中指で直して冷笑を浮かべるリゼルグ。
「俺達を・・・騙していたのか」
トーガが手にした剣を握り締める。魔剣はシトリンに折られてしまっているので、今彼が手にしているのは量産品のロングソードだ。
「あんな馬鹿げた話をあなたまで真に受けていたのですか? 残念ですよトーガ。あなたは実力もあり頭の回転も悪くないので、生き延びてくるようならこの先もまだ使ってあげるつもりだったのですがね」
「俺は・・・強敵と戦えさえすれば満足だった。だからお前の言う上手くいくはずの無いクーデターの話も全てどうでもよかった。・・・だが、それでも今、お前のやり方と言い分には吐き気を覚える・・・」
ふらつく足でリゼルグへと歩みを進めるトーガ。
「思ったより人情家だったようですね」
そんなトーガの様子を、ふっと鼻を鳴らしてリゼルグが嘲笑した。
「おいでかいの!後ろだ!!」
うぐいす隊長が叫ぶ。
その声に反応してトーガが背後を振り返ろうと微かに身体を捻ったその時、背後からの刃が彼の背を胸まで刺し貫いていた。
「・・・・!!!・・・・・」
トーガの胸元から鮮血が飛び散った。
そのトーガの背後には金属製の義手が・・・細長い刃を構えた鋼鉄の右腕が浮かんでいた。
「あなたらしくもない。私の右腕の事を忘れたんですか? 残念ですがあなたとはここでお別れですね、トーガ」
「・・・・ヴァーミリ・・・オン・・・・・」
どう、とその場に倒れるトーガ。
そのすぐ脇で鋼鉄の義手はどろりと融解し、ぼたぼたと地面に垂れて溶け込むように消えた。
そしてそこへ、ようやく私が到着した。

「ウィリアム先生・・・。先生もこの場所を読んでいましたか」
リゼルグの言葉には返事をせずに私は倒れたトーガへと駆け寄った。
うつぶせに倒れた彼を抱き起こす。
「・・・バーンハルト・・・か・・・」
トーガが私を見る。その顔には既に死の影が濃い。
・・・手の施しようがない・・・。
私は唇を噛んだ。
「・・・奴を・・・倒せ、バーンハルト・・・」
最早四肢は動かないのだろう。微かに震える視線でリゼルグを指して言うトーガ。
私はうなずいた。もうそれが彼の目に映っていたのかはわからない。
「お前と・・・本気で剣を交えることができなかったのが・・・心残り・・・だ・・・」
最後にそう言って苦笑すると、トーガは静かに瞳を閉じた。
・・・最後まで自分を欺き続けた男の本当の名を知る事も無く、魔剣士トーガは逝った。
静かにトーガの亡骸を横たえ、立ち上がりリゼルグを見る。
「感傷的になる事もないでしょう。クズが一人、それに見合った死に方をしただけですよ」
奴を睨みつける。
お前の目的は、財団によるこの町の支配か、リゼルグ。
「・・・ここでのやりとりを聞いていたのですか・・・。その通りですよ、ウィリアム先生。私に与えられた任務は、この町を財団の支配の下に『神の門』探索の前線基地としてもっと効率的な都市へと作り変えることです」
その為に四王国をこの町の統治へ介入させようとしていたのか。
「ええ、今のままでは四王国の定めた不可侵決定のお陰で財団でもこの町へ簡単には介入してこれませんからね。四王国が統治へ乗り出せば、四王国中には財団の息のかかった者がいくらでもいますから」
その部分は私の読み通りだった。シャークを組織したのは、やはりこの町の自治の崩壊が目的だったのだ。
そしてもう一つ、今の話で確証を得たことがある。
セシルをこの町へ寄越したのもお前達だな?
「ふふ・・流石です先生。いかにもその通りです。四王国がこの町の自治の終焉を決定する為に、惨劇はなるべく世界中の目が集まった状態で起きてもらう必要がありましたのでね。財団がバード・ギルドへと手を回して彼女の聖誕祭のライブの場をこの町へと決定させました」
そう言って冷笑を浮かべると、リゼルグは町の方角を見下ろした。
「・・・・シャークのクーデターを上手く食い止めて私をこの場に追い詰めて勝ったと思いましたか?」
その視線の先は浜辺だった。
私もそちらを見る。
黒塗りの小船が数隻、浜辺に着くのが見えた。小船から完全武装した集団がぞろぞろと降りてくる。
「彼らはシャークのメンバーではありませんよ。この祭りの『仕上げ』として私が島外から呼び寄せてあった者達です。この話は私以外知る者はいません。奥の手は最後まで伏せておくものですよ」
男達の動きは、軍属のそれだった。
無駄なく整列し移動を開始する。
その先は・・・・浜辺にすぐ背を向ける形で設置されたセシルのステージだった。
「全世界で愛されている歌姫がテロで命を落とす・・・これ以上の惨劇はありませんね」
『動ける人全員浜辺へ向かって!!』
オルヴィエが叫んでいた。
しかしダメだ。今から連中がステージに到達して惨劇を巻き起こすまでに現場へ駆けつけられる者はいまい・・・。
リゼルグは私を見て勝ち誇った笑みをその顔に浮かべたのだった。