第17話 人間模様、空の上-1


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皇国の軍事の最高責任者の造反。
その情報は一先ず国家の重鎮と軍部の一部の将校にのみ明かされて緘口令が布かれた。
あれから3日、炎の中にゴルゴダと共に姿を消したクバードの消息は杳として掴めなかった。

重大事件な訳ではあるが、この国の人間ではなく、かといって国家の重要人物とも交流浅からぬ我々としては何とも微妙な立場である。
この国を出ることを決めているベルナデットもその辺り静観するつもりであるらしく、あまり動き回っているようには見えなかった。
といわけで今現在は家主であるバルカンだけが忙しく動き回っている状態だ。
昼食を終え、バルカンの屋敷の食卓で食後のコーヒーを飲みながら、私はマチルダに勉強を教わるエリスを眺めていた。
教わっているのは政治と経済についてらしい。
驚いたことにマチルダは教職の免許も持っているそうだ。軍部の最高責任者でありながら家事も万能だし何とも多芸な人物である。
DDやルクにも知識や教養はあるが、いかんせんDDの知識は10年前のものであり、ルクのそれは軍事関連に大きく偏っている。
カイリは最近はアレイオンの所に入り浸りだ。彼の家に泊まることも珍しくなくなった。
ジュウベイとカルタスは先日のクバードの炎がもたらした皇宮の破損の修繕へと連れて行かれている。
そんな午後の事だった、私に来客があったのは。

「申し訳ありません。突然尋ねてきてしまって」
そう言って謝罪したのはアシュナーダであった。
直接こうやって言葉を交わすのは、クバードに引き合わされて初めて顔を合わせた時以来だ。
・・・私は彼について知っている情報を頭の中で整理してみる。
皇国では神都に次ぐ大都市であるダナンの都の太守の息子、メリルリアーナ皇姫の婚約者。
非の打ち所の無い好青年にして優秀な人物。
・・・そして、白の将軍フェルテナージュの・・・。
「相談に乗って頂きたいことがあるんです。馴染みの店に席をご用意しましたのでご足労願えますでしょうか?」
恐縮したように言う彼に私は承諾の意を伝えた。
何の話かまったくわからないが、どうせ暇を持て余していた身である。
「・・・ありがとうございます!」
心底嬉しそうに破顔するとアシュナーダは深く頭を下げた。
・・・? 何だろうなそんな感謝されるような事なのか。

彼の様な高貴な身分の人間が馴染みと言うくらいなのだから、さぞかし高級な店に連れて行かれるのではないかと私は身構えていたが、案内されたのは一般商業区、第二層の食堂であった。
二階建ての席数の多い大きな店であったが、取り立てて高級感は無い。
彼の案内で2階の窓際の席へ案内される。
「この店の気さくな雰囲気が好きなんです」
そう言ってアシュナーダは私を案内してくれた。
なるほど、彼はこの店では馴染みであるらしく、働く給仕やおかみさんらと慣れた様子で笑顔で言葉を交わしている。
・・・しかし、他所の都の住人である彼が神都の一般市民が愛用するような食堂の馴染みだというのは・・・?
疑問は口にする前に、彼からの説明によって氷解した。
「私は12歳までこの神都で暮らしていました。ここは当時の幼馴染の両親のやっている店です。今でも神都に立ち寄った時には必ず顔を出します」
ほう、彼は幼少期を神都で過ごしていたのか。
「私は、『指導者たるもの、民の生の声を聞き生の姿を見よ』との父の教育方針でここ神都の第二層に暮らす乳母の元で暮らしていました。母が私を産んだ時に亡くなっているという理由もあったのですが・・・」
父君も中々の人格者であるらしい。
「当時、皇后様もこの二層に別宅をお持ちになっておられ、メリルも・・・皇姫様もそこで暮らしていました。私達は小さい頃から兄妹の様に過ごしてきたんです。姫は当時の名残で今でも私を兄様と呼びます」
そう言って表情を綻ばせるアシュナーダ。
「・・・実は、相談というのはそのメリル皇姫の事なんです」
表情を真面目なものに戻してアシュナーダが私を見た。
・・・・・う。
一瞬頭の中をフェルテナージュの顔が過ぎった。
何だろう。自慢じゃないが色恋沙汰の相談だったら私ほど役に立たない男も他に無いぞ。
ちょうどそこに頼んだ飲み物が運ばれてきて話が一旦小休止した。

出された飲み物を口へ運び、一息ついた所でアシュナーダが話を始める。
「・・・姫ですが、やはり落ち込んでいるようなのです。皆の前では悟られまいと気丈に振舞っているのですが、私にはわかります」
クバード将軍の造反の件である。
「将軍は神皇様の幼馴染で皇家とも特別親交の深かった御方、姫様の事も昔から実の娘の様にかわいがっていらっしゃいました。将軍は早くに奥方を亡くされてお子様がいらっしゃいませんでしたから」
そう言ってアシュナーダは表情を曇らせた。
「いまだに・・・不思議なんです。何故将軍は皇国を裏切って教団などと手を結んだのでしょうか・・・。もしかしたら将軍は教団を潰すために内通者を装っているとは考えられませんか?」
・・・それは、私も考えなかったわけではない。
しかし例えそうであったとしても、ベルの奪われた4年間の理由にはなるまい。
私がそう言うと、アシュナーダは苦しそうにうつむいて「そうですね・・・」と呟いた。
「・・・話を戻します。それで苦しんでいる彼女を何とか元気付けてあげたいと思いまして、先生のお知恵を拝借できればと」
ぶっ、と私は口にしていた飲み物を吹き出しかけた。
そんなのどうすればいいか幼馴染のアシュナーダ自身が一番わかってるはずだろう。
何で私にそんな話が来るんだ。
「確かに幼い頃はお互い家族の様に過ごしてメリルの事もよくわかっているつもりでした・・・。でもここ数年は私はダナンに戻り離れて暮らしていましたし、その間に彼女もぐっと大人っぽくなってしまったので・・・」
ぐいっとそこでアシュナーダがこちらへ身を乗り出してくる。
「先生は女性の扱いの達人だって皆が! だって先生の周りにはあんな綺麗な女性が沢山いて、しかも全員先生のお手付きだとかで」
手付けてねーよ!!!!!!!!!!!
誰だ適当な事言ってる奴は!!!!!!!!
バルカーン!!!!!そいつをリングに沈めちゃって下さい!!!!!!!!!
絶叫してしまいそうになるのを何とか自分で押し留めると、私は努めて冷静に自分と彼女たちはそう言った間柄ではないよとアシュナーダに説明した。
彼女らは皆大事な預かりもので、私にとっては皆娘の様なものだ。
加えて、私自身姫の事をほとんど知らない身で大した助言が出来る訳ではないが、真心から出た行動に誤まりなどないのではないかと彼に伝える。
「・・・真心・・・」
うむ、と私はうなずく。
真心とは即ち誠意・・・誰かと良好な関係を築こうとするのなら欠かせないものだ。
そこに愛情も加わるのなら尚の事いいだろう。
「誠意・・・なるほど、わかりました」
なにやら感じ入った様子でうんうんとアシュナーダがうなずいた。
「やはり先生にご相談してよかった」
そしてそう言って私を見て笑った。

気付けば時刻は夕刻にさしかかっており、そこで料理が運ばれてきた。
高級そうには見えないが、どれも手が込んでいて食欲をそそる美味そうな料理ばかりだ。
「さあ食べましょう。ここの料理はどんな高級な外食店にも負けない味ですよ」
そう言って私に酒を注ぐアシュナーダ。
そこからは美味い酒と料理に舌鼓を打ちながら他愛も無い話で盛り上がる。
「・・・しかし驚きました。あれ程綺麗な人たちに囲まれながら誰もいい人がいないんですか?」
うーむ。確かに誰を伴侶に選んでも幸せだろうが、私には過ぎた娘達だよ。
「そんな事は無いと思いますが・・・」
話題のせいか、ほろ酔い加減のせいか、そこで私はつい口を滑らせた。
そちらこそ、フェルテナージュ将軍の事はどうなのかね?
うぶっ、とアシュナーダが酒にむせた。
言ってからしまったな、と思ったがもうどうしようもない。
幸いに場は沈まず雰囲気も悪くなる事は無かった。
アシュナーダは、悪戯を見つかった子供の様な・・・どこか幼い表情を見せて苦笑した。
「流石のご慧眼です。・・・恐れ入りました」
そしてグラスを口へ運んでどこか遠い目をする。
「・・・確かに、憧れはあります。フェルテは・・・彼女は私にとって初恋の女性ですから。でも、それだけですよ。私は彼女をどうしたいとも思っていません」
それに、と私の方を改めて見るアシュナーダ。
「彼女はただ私を次代の神皇として親切に接してくれているだけでしょうしね。彼女は誰にでも優しいですから」
むう。
それは違うと思うがなぁ・・・。
思ったがそれは口には出さない。
「いつか彼女のことは私の中で良い思いでになると思います。私はメリルの婚約者として彼女を誰よりも愛して幸せにするつもりです。・・・誓いますよ」
そう言ったアシュナーダの視線は真っ直ぐで迷いが無かった。
・・・時期神皇と、彼とその御后の作る皇国の未来に乾杯だ。
私がグラスを差し出す。アシュナーダがそこにグラスを合わせる。
窓から見える賑やかな二層の夜の街を背景に、2つのグラスが澄んだ音を響かせた。

「やあ、先生とアシュ様じゃないですか」
そこに聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
見ればそこにはアレイオンとジュウベイがいる。
「今日の復旧作業が終わったのでジュウベイさんにご馳走しようと案内してきたんですよ。ここはいい店です。週に2度はここで夕食を取りますよ」
アレイオンはそう言うと我々の隣のテーブルに着いた。
彼もここの馴染みなのか。
確かに味も雰囲気も良くていい店だしな。
しかし・・・カルタスは? 一緒だったのではないのかね?
「それがのう・・・」
とジュウベイがなんとも複雑な表情をする。
「復旧作業中にな、突然バルカン翁が『命令電波が来た!!』と叫んでカルタスをパイルドライバーで沈めてしまったんじゃい。だから今あいつは病院だ」
・・・余計な事ふれ回ってたのはやっぱりアイツか。
ありがとうバルカン。でも何で通じたんだろう怖い。

そして、一夜明けてその翌日の事。
私は寝ぼけ眼をこすりつつ、朝の食卓に着いた。
既に揃っていた皆と挨拶を交わす。
うーむ・・・昨日は調子に乗って4人で随分遅くまで騒いできてしまった。
でも楽しい席だった。席上に誰か女性がいると中々ああはいかないからな。
そこへベルが尋ねてきた。
「よかった朝食に間に合って。私の分も出してね」
そう言ってさっさと席に着くベル。
はーい、と返事をしたマチルダが彼女の分も朝食を出す。
朝からどうしたんだ?と彼女に聞いてみる。
「準備が出来たから報告に来たのよ。支度もあるでしょうし、早いほうがいいと思ってね」
ホットミルクを一口飲んでそう言うベルナデット。
準備と支度??
「マナトンネルの調整が終わって、起動に必要な分のマナの確保も終わったって言ってるのよ。帰るわよアンカーの町に」
そう言って一同を見回すとティースプーンをタクトの様にくるりと回して、ベルナデットはウィンクを一つしたのだった。