第23話 黒い月光-4


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今は住む者も無くなった礼拝堂。
歩けば床は軋み、陽光の中には舞う埃が踊っていた。
そんな中でスレイダーは『ハイドラ』の1人アルテナ・ムーンライトと向き合っていた。
「・・・くたびれたな、スレイダー」
アルテナが薄く笑って言った。
「そりゃねぇ・・・キミは種族的に長命で10年やそこらじゃほとんど姿が変わんないでしょうけどね、こっちはそうはいかないんだよね」
がっくりと大袈裟にスレイダーが肩を落とした。
「そんな事を言っているのではない」
アルテナの声の調子がやや強くなる。
「瞳に光がない」
「あーりゃま・・・オジさん輝き失っちゃってる?」
おどけて言うスレイダーに、フンと鼻を鳴らして応じるとアルテナは足元に転がしたセシルを見下ろした。
「覚えているか・・・?」
スレイダーの顔から薄笑いが消える。
そして、ああ、と静かに彼は肯いた。
「貰いのいい仕事だったよね」
「・・・・!!・・・・・」
床の上でセシルが僅かに身じろぎした。
「・・・それで、なんだい? こんな場所に3人集まっちゃってさ。場所が場所だし、懺悔でもさせてくれるのかな?」
くっ、と耐え切れないと言ったようにアルテナが吹き出した。
失笑は哄笑に変わり、朽ちかけた礼拝堂に彼女の笑い声が木霊する。
「いい冗談だ。懺悔? 我らに何を悔いる事がある」
アルテナが1歩前に出た。
そしてすっと手を上げてスレイダーのこめかみの傷跡を指さす。
「・・・実の親に殺されかけたお前と・・・」
そしてその手を戻すと自らの襟にかけてはだける。
無残な火傷の跡が残る肌が露わになる。
「人からもエルフからも疎まれて生きる事を許されなかった私と・・・共に奪われる側から奪う側になって生きていこうと、あの日にお互いに誓っただろう」
そう言って再度セシルを見下ろすアルテナの瞳が冷たい輝きを放つ。
「殺せ、スレイダー」
「・・・・・・・・」
アルテナが笑う。
「この娘を殺せ。そしてお前が今いるくだらない妥協と馴れ合いの世界と決別しろ。財団へ所属できるように私が口を利いてやる。お前が本気を出せばハイドラになるのも容易かろう」


唸りを上げて円輪の刃が飛来する。
ルドラを振るってその一撃を弾き飛ばした。
・・・くっ!! 厄介な武器だ・・・・。
一気にアイザックとの距離を詰める。
奴のあの円刃は放てば標的を追尾し、炸裂すればそこから回転数を上げて切り裂く。
かわしても受けても駄目なのだ。
アイザックは巧みに距離を取る。
自身の武器の特性とそれを最大限に活かせる戦い方をよく心得ている者の動きだ。
まして今の奴の役割は時間稼ぎなのだ。
背後からのプレッシャーを感じ、咄嗟に身体を右へと大きく傾ける。
直後に私の頭上を通過した円刃は左肩を薄く皮一枚切り裂いていった。
「流石です。ウィリアム様」
奴が賞賛の言葉を口にする。嘲る様な響きはそこには感じられない。
・・・そちらこそ大した腕だ。お前ほどの男がいたのに帝國があんな最後を迎えたとは俄かに信じ難い。
私のその台詞にアイザックがニヤリと笑う。
「それは致し方ないかと・・・何せその襲撃者と内通して帝都へ侵入させたのが他ならぬ僕でしたからねぇ」
・・・!
帝國を・・・裏切ったのか・・・?
んー・・・とアイザックが少し考え込む。
「その言い方もちょっと適切ではないかなぁ? 僕はもうずっと前から『主』の指示で動いてるんですよ。『主』と出会ってあの方に従うと決めた時からね。帝國内で地位を重ねて行ったのも、造反して滅亡に一役買ったのも、その後財団に身を寄せているのも全てその『主』の指示でして」
あるじ・・・?
その言い方ではその主とは財団総帥では・・・。
アイザックが首を横に振る。
「勿論違いますよ。僕にとっては財団も総帥ロードリアス様も偉大な御方であると尊敬はしていますけどね、忠誠の対象じゃないんです」
では誰だ・・・。
この男の言うあるじとは・・・。
何故だろう。・・・アイザックは一切それを示唆する言葉を口にしたわけではない。
だが、その時私の脳裏には1人の女性が思い浮かんでいた。
この男の言うあるじとは『彼女』の事ではないかと、ふとそう思ったのだ。


薄暗い礼拝堂を沈黙が支配する。
だがスレイダーの逡巡はごく短い間だけだった。
「OKOK、わかったよ」
苦笑して両手を上げるスレイダー。
「降参」の意思表示であるかのように。
「キミの言う通りにするよ。オジさんだってなるべく楽して大金稼げるならそうやって生きて行きたいし。寄らば大樹の影ってね」
さて、とスレイダーも床の上のセシルを見下ろした。
「・・・何か、直接手でやるのもヤだなぁ・・・。刃物ある? スマートにやりたいんだけど、今持ち合わせないんだよね」
アルテナが無言で短剣を放る。
それをスレイダーがキャッチした。
「サンキュー」
スレイダーが受け取った短剣から、刃を覆うカバーを外した。
「さぁって・・・悪く思わないでくれよーお嬢さん」
そしてセシルの脇に屈み込む。
震えるセシルの頬を冷たい汗が伝う。
(・・・もがくフリして、手首をこっちへ寄せて)
スレイダーが小声で言った。
「・・・・!」
急にセシルが激しく暴れだす。
「・・・ちっ! オイオイ大人しくしてくれよー手元が狂って余計苦しんで死ぬ事になるよ?」
スレイダーがそう言いつつ、セシルの手首を戒めているロープに短剣を一閃させた。
「・・・・っ!」
しかしロープは異様な弾力で短剣の刃を弾く。
「その縄は・・・」
頭上でアルテナの声がする。
「特別な樹脂から作った縄だ。ゴムに似た性質だが恐ろしく強靭で刃の類を通さない。・・・反面、熱に弱く容易く劣化するのだがな」
言葉の後に轟音が続いた。
アルテナの手首から伸びた樹木の枝がスレイダーに絡みつく。
枝は爆発的に増殖し太く長く伸び続け、スレイダーを押し付けたまま床を突き崩した。
「・・・があッッッッ!!!!!」
血を吐くスレイダーが更に下層の床へと叩き付けられた。
地下の床も枝が突き崩す。既に太い幹と化している緑樹はスレイダーを地下の遺跡部の水路へと叩き込んだ。
激しく水柱が上がり、飛沫が地上にいる2人の所まで飛んでくる。
「失望したぞ。・・・そこまで腑抜けてしまっていたとはな。かつて『凍れる血の男』(アイスブラッド)とまで呼ばれた非情の戦士が」
2階下の水路で、フラフラとスレイダーが身を起こした。
「・・・その、さ・・・若い頃の二つ名で呼ぶのやめてくんない・・? みっともなくてしょうがないんだよね・・・」
ごほ、と血の塊を咳と共に吐き出すスレイダー。
はぁっ、と大きなため息をついて、スレイダーが頭上を見上げた。
地下から遠い頭上に、ステンドグラスを通して太陽が見える。
「・・・ホント、懺悔の場だわ・・・コリャ」
はっと自嘲する様に笑うと、スレイダーが俯く。
「アルテナ・・・キミが俺の前に現れたお陰で、またこう口にしなきゃいけなくなっちまったよ。『俺は間違えてた』ってさ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言でアルテナがスレイダーを見下ろす。
「・・・そうだ、アルテナ・・・確かに俺たちは散々酷い目に遭って生きてきた。昔の事なんか思い出したくも無い。痛みと悲しみと憎しみの記憶だらけだ・・・」
フラリとスレイダーが前に出る。
「けどな・・・そこで俺は、いや俺たちは間違えたんだ。自分が散々な目に遭って来たからって、誰かにその痛みを強いてもいいんだと・・・そう、思い込んじまった・・・!」
「当然だろう。そうでなければ『誰がこの運命に帳尻を合わせる』?」
冷厳に言い放つ。
まるで憎悪の体現者であるかの如く、アルテナは冷たく強く揺ぎ無かった。
「・・・許せ」
スレイダーが真っ直ぐ頭上のアルテナを見る。
「許せ・・・許してやれアルテナ。許せば楽になれる・・・。もうこの世界を許してやれ。運命を許してやれ・・・そして・・・自分自身を、許してやれ・・・」
「!!!!! ・・・黙れ!!!!!!!」
怨嗟の叫びを上げてアルテナが真下のスレイダーに向かって手をかざした。
ドドドドドドッ!!!!!とまるで速射砲の様にその手から鋭く細い木製の杭が撃ち出される。
そのうちの1本がスレイダーの腹部やや左に突き刺さった。
ぐらりとスレイダーがよろめく。足元を満たす水面に血が滴る。
傷は内臓に達している。・・・死に届く傷だった。
「許せだと・・・!!!! 馬鹿め・・・何故許せる!! どうして流してしまえる!! あの悲しみを!痛みを!!憎しみを・・・!!!!」
アルテナの手先から発生して伸びた枝がセシルに絡み付いてその身体を持ち上げた。
「・・・・!!!!・・・・!!!」
セシルがもがく。
その首に絡まる枝に力が入る。
「無かった事になどできるものか!!!!!!」
縊り殺すなどという生易しい力ではない。その首をへし折って捻じ切る為の力と殺意だった。
『・・ああ・・・結局・・・』
一瞬だけ、スレイダーのアルテナを見る目に、憐憫の光が宿った。
哀れみと悲しみの光に揺らいだ視線の先に、かつてのパートナーが、恋人が映っていた。
『・・・俺たちは、こうなるしかないんだな・・・』
それはほんの一瞬だった。
瞬きの後にスレイダーの瞳に残ったのは、殺意だけだった。
爆音が轟く。
下層から跳躍したスレイダーがその勢いのままにセシルを戒めていた太い枝を蹴り砕いたのだ。
砕かれた幹が木片と化して周囲に降り注ぐ。
「・・・スレイダー!!!」
ギリッと奥歯を鳴らしてアルテナがスレイダーを睨んだ。
「もう・・・自分じゃ止まれないか」
スレイダーが空中で抱きとめていたセシルを足元にそっと横たえる。
そして立ち上がったスレイダーの視線がアルテナを鋭く射抜いた。
「・・・じゃあ、俺が止めてやる。その命の炎ごとな」