第7話 紅い記憶-3


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全身を激痛が走る。
一応はレザーのジャケットを着ているのだがそんな物は紙も同然であった。
右の肩口から斜めに背中に肉が裂けるのがわかる。
「・・・・おじさまっ!!」
悲鳴が聞こえる。
お、おじさま?
一瞬痛みも忘れて呆気にとられながらも、横へと跳ねて続くゼフの攻撃を回避する。
先ほど突き飛ばしたエリスが駆け寄って来た。
「おじさま、ごめんなさい・・・・私、悪ふざけが過ぎてしまって・・・」
彼女は瞳一杯に涙を溜めていた。
「本気じゃなかったの・・・・パパの敵討ちなんかに来たんじゃないわ。私・・・おじさまのお手伝いがしたくて・・・パパからのお手紙も預かって来てるの、だから・・・・」
嫌いにならないで、と彼女は泣きながら言った。
尚も続きそうになる彼女の口上を片手を上げて制する。
まずはゼフを片付ける。
この負傷ではあのふいに現れては消える不思議な移動法を持つゼフからは逃げ切れまい。ここで倒すしかない。
右手は上がらない。利き手では無いが左でやるしかない。
左手で長剣を掴むと乱暴に振るって鞘を抜き飛ばした。
ゼフの攻撃をかわしながら剣を素早く大きく振るう、狙いは奴の右側の断崖だった。剣先から生じた真空波が狙い通りの岩塊に炸裂する。
崩れた岩塊がゼフの上に落ちた。通常ならばゼフの身体を透過して当たらない。しかしその例外、弱点はゼフの背の大きな目の模様だった。唯一実体化しており、我々がゼフに触れる事のできる場所だ。
狙いを過たずに模様に炸裂する岩塊。
ブオオオオオオオオオオッッッ!!
ゼフがのけぞって咆哮する。弱点の紋様を攻撃されると、ゼフはわずかな時間硬直し、その間だけゼフのルールは逆転するのだ。
硬直は数十秒の事だが、それで十分すぎた。
・・・・・悪いな。勝手に縄張りに入り込んでな。
だがまだ死ぬわけにはいかん。・・・これから、あの紅い記憶をそれ以上のハッピーな記憶で塗り潰さないといかんのでな!!!!
剣を振るう。真っ二つに裂けたゼフが左右に開きゆっくりと両側へ倒れていく。その背後の崖まで真っ二つになっていた。
ああ、やはり利き腕でなければ上手く加減ができんものだ。

気を抜こうかとしたその瞬間、背筋を冷たい衝撃が走った。
十数年ぶりかにまともに感じる「死の予感」だった。
周囲をゼフに囲まれている。霧で全てが見渡せる訳では無いが、少なく見積もっても10体はいる。
ゼフ達は我々の周囲をぐるりと取り囲んで、襲い掛かってくるでもなしにこちらを伺っていた。
ふいに周囲にパチパチパチパチと拍手の音が響く。
「やー、お見事お見事。あんなにアッサリ殺っちゃうとはねぇ」
第7話3-1.jpg
一体のゼフの背中から誰かがひらりと降りてきた。それは全身を紋様で覆った若い女だった。
「悪かったね、顔見せだけのつもりだったんだけどさ。そいつヤンチャでねぇ」
からからと女が笑う。エリスが駆け寄って私を庇うように剣を構えて前に立った。
彼女も気がついているのだろう。目の前の女がゼフよりずっと恐ろしい「何か」である事を。
「あーやらないよ? 今日はそういうつもりじゃないし」
言ってまじまじと我々を見る女。
「とびきりのゲストを今日は自分の目で確認しにね。これで祭りも盛り上がるってもんさ。予言の少女は神の獣と接触したみたいだし・・・・・。最後に全部手に入れて『あの場所』へ至るのは誰だろうねぇ? アタシか、黒の旦那か・・・・キュウリの大将は勝手に脱落したんだっけ・・・・じゃあカレーのあいつか・・・・残り7人のうちの誰になるんだろうね」
どこか遠くを見るような目で彼女が言う。
「さて、こんなとこか? ここは本来『むさぼるもの』の領域。うるさい事言われないうちに帰るとするよ」
そう言って彼女は我々に背を向けた。
「アタシは『まどわせるもの』ナイアール・・・・アタシと遊びたかったら南東のジャングルまでおいで。そこがアタシの領域だからさ」
おっかない。誰が行くか。と、それは思っただけで口に出したわけではなかったのだが・・・・。
彼女は足を止めて肩越しにこちらを振り返った。
「・・・・いいや、お前は必ず来る。アタシの所へ来るよ。あの小生意気なDDを連れて必ずね」
ニヤリと笑う。それは毒蛇の微笑みだった。
「楽しみに待ってるよ」
そう言って彼女は幻のようにその場から消えた。そしてそれを合図にゼフ達も次々に消えていき、後には我々だけが残された。

「パパはね、おじさまの大ファンなの。流石に仲悪い国の人だから普段はあんまり言わないんだけど、お酒が入るとおじさまのお話ばっかり」
その後、目的の草も採集してその帰り道、彼女は照れ隠しなのか本来こういう性格なのかやたらと饒舌であった。
「自分が手を斬られた時にまったく太刀筋が見えなかったんだとか、あっさり殺せるはずなのにそうしないで、家族の為に生きなさいって言われたとか」
そういえば言ったかもな。まああれは殺した殺されたにもううんざりしてただけなんだが・・・・。
「だから今回私が外の世界を見たいって言った時も、おじさまの所へ行きなさいって紹介状も書いてもらってきたんだから。共和国の関係者よりもずっとおじさまの方が信頼できるからって!」
過大評価しすぎである。普通自分の腕を斬り飛ばした相手に大事な娘を預けはしないと思うのだが。
何故あんな芝居をしていたのかと問えば
「・・・・だって、ちゃんとお話してからじゃおじさま私と戦ってくれないと思ったんですもの。私だって強くて役に立つんだって知って欲しくて・・・」
エリスが項垂れる。
「でも、己惚れだったわ。おじさまには全然及ばないし、あの怪物にも歯が立たなかったし・・・・。これからもっともっと修行を積んで強くならなきゃ!」
燃えてるなぁ。まあ私は怨恨で狙われてるんじゃないとわかって一安心だ。
その私はと言えば、疲労と負傷から動く事がままならず、今は合流してきたカルタスに背負われていた。
「それにしてもよくご無事でしたね」とエリスがカルタスの方を向く。
確かにそうだ。運がよかったで済まされる高さから落ちたわけではない。
「いやー、コツがあるんですよ! 地面が近いと思ったら思い切りこう鼻息をですね。それで安全に着地できます!はっはー!」
うぬう怪人め。

「はいはいごくろうさん。言った事きちんとやってくれてお姉さんは嬉しいよ」
台詞と違ってまったく嬉しくなさそうな表情でシンクレアは我々を出迎えた。まあ彼女は年中この顔だが。
「ご褒美に追加報酬だ。アメをあげよう」
そう言って彼女は瓶からアメを取り出すと順番に我々の口に押し込んだ。
アメをくれるのは彼女の機嫌がいい証拠であった。
一瞬舐めた後で屋根に上がって叫ぶ自分の姿が思い浮かんだが、まあ流石にそれはあるまいともごもごと3人でアメを舐める。いやカルタスは早速バリバリと噛み砕いていた。落ち着きのない男だ。
ゲンジはどうなったのだ?屋根にはいなかったようだが。
「今は町の有志が沈静化に強力してくれてね、落ち着いているよ」
ゲンジは柱に縛り付けられて白目を剥いて昏倒していた。頭に馬鹿でかいコブがある。
取り押さえてぶん殴っただけらしい。
「さて目を覚まされる前にやってしまうか」
そう言って彼女は奥へ引っ込んでいった。程なくして薬が出来上がったのか彼女が戻ってくる。
って・・・・・。
DEKEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!1111
久しぶりにこの手の叫びを上げてしまった。
シンクレアが持ってきた注射器は馬鹿でかかった。長さが1mくらいあって太さが子供の胴回りくらいある。針の太さだって普通に指くらいあるぞ!
その注射器はなみなみと青い液体で満たされていた。うわあんなに入れたらゲンジのシルエット変わっちゃうよ!?
「ホラ鼻っちは痛みで暴れないように翁押さえつけて、先生はズボン下げて」
うおなんかイヤ過ぎる役目が回ってきた!でも逆らうと怖そうなので言うとおりにする。尻からいくのか・・・・。
「はーい、痛くありませんからねー」
嘘つきがいますよここに。
ドスッ!
「シャイニィィィィィィィィィング!!!!!!!!!」
この日、アンカーの町にはゲンジの絶叫が響き渡ったのであった。

~探検家ウィリアム・バーンハルトの手記より~