第9話 陣八捕物帖-4


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アンナ・マシューズは5番街の洒落た喫茶店で働いていた。
俺とシグナルがその店に着いた時、彼女は丁度店の表で看板に灯りを入れてる所だった。
・・・アンナ・マシューズさんか?
「え? どちら様? わぁ面白い頭ねぇお兄さん」
!!!?
この頭は・・・!!
言いかけた俺を片手を上げてシグナルが制した。
「済まないが少し話を聞きたい。あんたの恋人のビリー氏についてだ」
言われて一瞬アンナはポカンとした表情を浮かべると、やがてプッと吹き出した。
「恋人ぉ? やだなそんな風に言われてんの私たち? そんなんじゃないわ、ただの幼馴染よ。 でもお巡りさんがこうしてわざわざ私を訪ねてくるって事は、あのトンチキまた何かやらかしたんだ?」
アンナが苦笑する。
「・・・待ってて。ちょっと抜けていいかマスターに聞いてくるから」

店内に席を用意してもらった俺達はアンナと対面に座った。
「・・・悪目立ちする。羽織を脱げ」
シグナルに言われる。
確かに他の客もいるしな・・・・まぁ一人の時は平気でこのカッコのままで大将の店でラーメン食ったりしてるけど今日は相手もいる事だ。
「コーヒーを貰おう」
俺はほうじ茶と草団子だ。
「・・・・あ、ありません・・・・」
注文を取りに来たウェイトレスのねーちゃんが顔をヒクつかせる。
何だ何だ茶屋のクセに置いてねーのかそのくらい。
「こいつもコーヒーでいい。後、チョコレートパフェも頼む」
オイオイ俺ぁそんな軟派なモン食わねぇぞ。
「君にじゃない。・・・・ローレライ」
シグナルが呼びかけるとその背後にふわりとローレライが実体化した。
街中だからか初めて会った時のような鎧姿では無く、今日は普通の洋服姿だ。
「・・・お心遣い痛み入ります」
柔らかく微笑んだローレライがシグナルの隣に座った。
「それで、アイツ今度は何やったの?」
アンナは小首をかしげてそう聞いてきた。
何かやったのかどうかはまだわかんねえ。どっか雲隠れしちまっててよ。んで今俺らが探してるってわけだ。
そう俺が言うと、え、とアンナは絶句してしまった。
行き先に心当たりは無いか? 最後に奴と会ったのはいつごろだ?
「・・・ゴメン、行き先に心当たりはない。今アイツがいる組関係のどっかにいないんじゃ私はお手上げ・・・。最後に会ったのは十日くらい前だったかな。いつもと変わった様子は無かったよ。いつもみたいにご飯たかりに来て、食べたらちょっと下らない話してさ、それで帰っていったわ・・・」
ファミリーがどうのとかそういう話は無かったか?
アンナが首を横に振る。
「ないない。私はすぐアイツに組抜けてまともな仕事しろってうるさく言うから、アイツも私の前じゃそういう話題避けるんだ・・・。それにさっきも言ったけど、私はただの幼馴染だしね。あんま突っ込んだ事はわかんないよ」
あはは、とアンナが苦笑してコーヒーを口にした。
「・・・失礼だが」
それまで黙って聞いているだけだったシグナルが、さっき俺が渡しておいた資料を見ながら口を開いた。
「あなたは一昨年、ビリー氏の賭博の借金を肩代わりして家を手放しているな。普通『ただの幼馴染』にそこまではしないと思うが」
あー、その話・・・、と再びアンナが苦笑する。
「しょうがないのよ。・・・アイツ口ばっかしで中身スカスカの男でしょ。組でもバカにされて使いっ走りにさせられてるだけで、本当の仲間とか友達っていないみたいだしさ。腐れ縁でほんとに嫌になるけど、私くらいしかいないかなって、あのバカの為にそれだけしてやれる人間もさ。・・・だからまあ」
しょうがないのよね、とアンナは微笑んだ。

「・・・僕にはよくわからないな」
喫茶店からの帰り道、そうシグナルが呟いた。
ビリーとアンナの事だろう。
「もう少し・・・何か上手いやり方・・・上手いというか前向きなやり方が・・・うーん・・・・」
しゃあねえよ。愛情の形も人それぞれってやつだ。
そこへ部下が駆けつけてくる。
「小隊長、シンクレア先生がお呼びです。何か例の件でわかった事があるみたいで・・・」

シンクレア姐が呼び出してきたのはアンカー病院だった。
喫煙スペースでタバコをふかしている姐さんに挨拶する。
「・・・やあ、ご苦労さん。おや?」
俺の後ろにいるシグナルが頭を下げた。
「キミたち、また一緒なのか」
あー、何かコイツ俺に弟子入りして正義の味方になりたいっつーんで、コキ使ってやってるんですわ。
どかっと後ろから足を蹴られた。いてーなこのやろう。
「はは、それはいいね。可愛がってやってくれよ。私の大事な後輩だ」
そう言って姐さんは笑って、そしてその表情を引き締めた。
「これを見てくれ。死体に付着していた体毛だ」
プラのカードケースのようなものを手渡される。
中には数本の青黒い獣の毛が入っている。
「何の毛か分析していてね。さっき結果が出たよ」
ほォ、どんな魔獣の毛で?
「いや、それは魔獣の毛じゃなかったよ。・・・・人間のものだった。勿論ただの人間じゃないがね」
そこで姐さんは一旦言葉を切ると、フーッと紫煙を吐き出した。
「666・・・『ビースト』をやってる人間のものだったよ」
・・・・・!!・・・・・・
俺とシグナルは息を飲んだ。
「・・・666・・・あの半世紀前の世界大戦で世界のあちこちで乱用されたと言う悪魔の薬か・・・」
ナンバースリーシックス、通称『ビースト』はある種の魔獣の血液と数種類の植物から精製される覚醒剤だ。
投与すれば五感は研ぎ澄まされて身体能力も格段に上がり、強い高揚感を覚える。一時的に『超人』を作り出す薬だ。
しかし非常に強い依存性を持ち少量の投与数回ですぐ中毒になり、そうなれば回復はほぼ見込めず廃人になるしかない。
それだけでなく、多量の投与を繰り返せば容姿までもが魔獣に成り果てるという。
半世紀前の世界大戦の折、兵力を欲した浅慮な小国の多くがこの悪魔の薬に手を出して全世界で深刻な被害を出した。
現在では世界中でこの薬は厳しく取り締まられており。どの国の法律でも製造、流通、購入、使用そのいずれかに関われば死罪だ。
・・・その悪魔の薬がこのアンカーの町に・・・。
「獣化まで行っているならこいつはもう末期だね。放置しても半月は持たない。もう体細胞の崩壊が始まっているはずだ。やがて死に至る」
・・・それじゃダメだ。半月あったらまだまだ殺れるぜ。
姐さん。獣化した奴はもう人間の姿には戻れないのか?
「いいやそんな事はない。ライカンスロープのようなものだよ。薬が切れれば人間の姿に戻る」
くそったれ、バケモノ探せばいいってもんでもねーのか。

姐さんに礼を言って病院を出る。
辺りはもうすっかり真っ暗だ。
「・・・大事になってきたな」
シグナルの声音は重い。
まかさビーストなんてもんが出てくるとはな。
「姿を消しているビリーは薬に関係しているのか。・・・奴が薬を使って仲間の組員を殺したのか?」
独り言の様にシグナルが言う。
・・・どうにも腑に落ちねェ。
ビリーがどういう奴か知ってる俺にしてみりゃ、奴が薬を使って魔獣になって仲間をバンバン殺ってるシーンってのはどうしても思い浮かばなかった。
・・・・・・!!
細い路地に入った所で、前後に数名の覆面ヤロウが出てきやがった。
前に3人・・・・後ろに3人か・・・。全員が軽装鎧と諸々の武器で武装してやがる。
「何者だ」
シグナルの問いに答える奴はいない。
「・・・悪いな。少し痛い目に遭ってもらうぜ」
覆面男の一人がくぐもった声で言った。
・・・・ほゥ、痛い目ね。
ドス!!!!!と俺は振り返らずに背後にいた男の一人の鳩尾に布袋に納めたままの槍の柄を叩き込んだ。
ぐえええええっ!!!!と絶叫した男がうずくまって痙攣する。
・・・・そいつァ聞いただけじゃピンとこねえなぁ。
「!!!!」
無言で男たちが殺気立つ。全員が武器を構えて襲い掛かってくる。
「身の程知らずは死を招くぞ」
シグナルが剣を構えつつ静かにそう言った。

戦闘はあっさりと終了した。
誰も俺らにかすり傷一つ負わせられる奴はいなかった。
今は6人とも俺らの足元で呻いている。
俺はその内一人の襟首を掴んでぐいと持ち上げると、覆面をバッっと剥ぎ取ってやった。
・・・・思った通り、アッシュの所の奴だ。
オイ、どういうつもりだ?
睨みを効かせると男がうう、と呻いて目を逸らす。
アッシュの命令か? てめーらがビーストを売り捌こうとしたのがバレそうだと思って実力行使に出たのか?
男は目を逸らしたまま、知らねぇと叫んだ。
今のはカマかけだったが、俺はビーストの名前を出した時に一瞬だけ男の目に動揺が浮かんだのを見逃さなかった。
更に追求してやろうと襟首を掴む手に力を込めたその時、上空から何かの飛来音がした。
バサッ!と羽音がして路地に何かが舞い降りた。
グシャッ!!!!!
嫌な音が響いた。血飛沫が舞い、何かがこちらへ飛んでくる。
俺はそれをかわした。ドチャッと音を立てて引き千切られた一人の覆面男の上半身が俺の背後の地面に落ちた。
「・・・何だ、こいつは・・・」
シグナルが掠れた声を出す。
魔獣がそこに立っていた。
冷たい月光を背負って、その巨大な影が俺たちを見下ろしていた。