第20話 Chaser of Ocean-2


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屋敷の中はスパイ騒動の後片付けで大騒ぎになった。
「・・・スパイめ。随分な被害を出してくれたものだ」
担架で運ばれていくメイドと執事を見送ってオルブライトが悔しそうに歯噛みする。
「大半アナタの胸毛の被害だと思うけどね・・・」
サムトーが半眼で突っ込んだものの、オルブライトの耳には入っていないようだ。
「・・・そ、それで・・・私たちは何をしたらいいんですか?」
まだ動揺が残っているようだが、どうにか正気を取り戻したセシルが問う。
「ああ、それだ」
オルブライトは長椅子へ座りなおした。
「知っての通りここメイディオは一台港湾都市・・・海に関係した事業が盛んだ。その中には当然漁業も含まれている。ところがここしばらく、この街の漁業関係者はある事態に頭を悩ませていてな・・・」
そう言ってオルブライトはやや顔の陰を深くした。
「街のすぐ近くの浅瀬にある洞窟に、『ある生き物』が巣を作ったのだ。・・・そいつらはしばしば群れで洞窟を出て漁師達を襲う。お陰で今じゃ誰も漁に出れん」
「その生き物を退治してこいって言うんですね」
セシルの言葉にオルブライトが肯く。
「そうだ。言っておくがそいつらは手強いぞ。情けない話、俺の方でも何度か人を雇って送ったんだがな、皆やられて戻ってきた」
オルブライトが苦笑する。
「まあこの街の顔役としちゃ、そいつらはどうしても放置できなくてな。やる事やってるからこそデカい顔ができるんだからな」
そう言ってオルブライトは立ち上がると、急によろめいて胸を押えて激しく咳き込んだ。
「・・・!! オルブライトさん!!!」
慌ててセシルがオルブライトに駆け寄ってその身を支える。
「どうしたんですか!?」
「・・・む、胸毛を放ちすぎた・・・。胸から風邪を引いたようだ・・・ゲホッ!」
パッとセシルは手を離し、カーペットにオルブライトが頭から突っ込んだ。

挨拶もそこそこに2人はオルブライトの屋敷を退出し、そのまま件の浅瀬へと向かった。
「どんな生き物なのかしら・・・?」
セシルがやや不安げにサムトーに声をかける。
思えばそのあたりの説明を受けずに飛び出してきてしまった。
「さてねぇ? ・・・言っておくけどあのオッサン、ヘンタイだけど無能ではないわよ。その彼が人を手配してダメだったって言うんだから相当の相手と見るべきね」
そう言うサムトーの口調はのん気なものだ。
思わずセシルは横を歩く男の顔をじっと見てしまう。
サムトーが戦っている所はまだ見たことが無い。
果たして彼の実力はどれ程のものなのだろうか?
衣装から格闘家の様に見受けられる。現にサムトーは武器らしきものを携帯していない。
(・・・わからないけどね。私の武装も普段は『現界』していないし)
自分と同じ、普段は『離界』しているタイプの魔法武器使いなら通常手ぶらという事もあり得るのだ。
いずれにせよ、協会が一人で送り込んでくるような人物なのだし、まったく戦えないという事は無いだろう。
やがて、2人の前に問題の浅瀬が見えてきた。
何かがいる。
件の洞窟の周辺を這ってウロついている数匹の生き物がいる。
サムトーの目がすっと細められた。
「なるほどね。これはちょっと厄介な相手よ」
「・・・何、あの生き物・・・」
セシルが気持ち色を失った声で言った。
それはオオトカゲに似た生き物だった。しかし背には大きなヒレがあり、全体的なシルエットはサメにも似ている。
大きさは尾も含めて3~4m。大型の生物である。
「アリゲーターシャークね。Aランク生物よ。それが群れになっているとなると・・・」
Aランク生物・・・!!
その危険度は協会に所属する冒険者でもあったセシルには良くわかっている。
1体でも熟練した冒険者達がPTで当たるというAランク生物が群れで存在しているというのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
セシルの頬を一筋汗が伝った。
「・・・言っておくけど」
声をかけられてセシルがサムトーの方を見る。
「アタシはアンタを護って戦うつもりはないわよ? 自分の事は自分でしなさいな。それができないんなら・・・アンタはここで引き返すべきよ」
「・・・!」
残酷とも取れるサムトーの言葉に思わずセシルは息を飲んだ。
「アンタは王子様の所へ行きたいのよね? 彼の後ろに隠れて震える為に行くの?」
腕を組んでサムトーがセシルを見る。
その瞳は真剣で、嘲る様な様子は無い。
「・・・・・・違うわ」
セシルが前へ出る。
自分の方を向いているサムトーの脇を抜けて更に前へ。
「私は戦う為に行くの」
そのセシルの背後に、純白の馬が浮かび上がった。
額に1本の角を持つ白馬。ユニコーン『アニムス』・・・セシルの守護神獣。
「ロードリアス財団は許せない。彼らのやり方は容認できないわ・・・! だから私は戦う。何も知らずに暮らしている普通の人たちのささやかな幸せが大きな力に踏み躙られる事が無いように!!!!」
バッと右手を前方へ向けるセシル。
「夜の森を駆けろ。深雪の狩人・・・アニムス!!」
背後のアニムスが前足を高く上げて嘶いた。
そして輝く光と化してセシルの両手を覆うガントレットになる。
地を蹴り、装甲したセシルが鰐鮫に襲い掛かった。
「・・・・そう、それでいいのよ。護られてるだけのか弱いヒロインなんか今はもう流行らないんだから。これからは戦う女の時代よ」
その背中を見送ってサムトーが微笑んだ。

「・・・よくやってくれた! 約束どおりお前さんらを乗せて明日船を出す事にしよう」
戦いを終えて屋敷へと戻った2人から鰐鮫を駆逐した報告を受けたオルブライトは上機嫌で部下に出航の準備をするように告げた。
その様子を見届けて、セシルがふぅと息を吐いた。
そしてサムトーを見る。
彼はほとんど無傷だ。
自分はと言えば、全身傷だらけで疲労困憊といった状態である。
鰐鮫の内の8割は彼が倒したのに、だ。
実力の開きは気が遠くなるほどだった。
(・・・だけど)
セシルがぎゅっと拳を握り締める。
(いつか私もそこまでいく・・・!)
呆けている時間も、嘆いている時間も今の自分には無い。
もう『戦争』は始まってしまっているのだから。
内心でそう決意するセシルをオルブライトの叫びが現実へ引き戻した。
「・・・何だと!? 辞退とはどう言う事だ!!」
「しゃ、社長・・・それが・・・」
部下が何事かをオルブライトに耳打ちしている。
それを聞いたオルブライトの表情が険しいものになる。
「・・・『蟹竜』だと・・・」
「はい。それで船長もクルー達も皆すっかり怯えてしまいまして・・・」
ふぬ・・・と言葉に詰まるオルブライト。
「よし、それなら俺が行く。その事を伝えて再度クルーに召集をかけろ。ただ、無理強いはするなよ」
オルブライトの指示を受けて再度部下が部屋を足早に出て行った。
「何があったの? ミスター」
サムトーが問うと、何かを考え込むようにしていたオルブライトが彼の方を向く。
「例の警報の海獣だがな・・・どうやらこちらの考えているよりずっとヤバい生き物だったらしい。だが心配はするな。海の男は約束は必ず守る」
オルブライトがドン、と自分の胸を叩いた。
「俺が自ら船を操ってお前達をアンカーへ送り届けてやる。胸毛なくてちょっと風邪気味だが任せておけ」
微妙に不安だ。
何とも言えない表情でセシルとサムトーは顔を見合わせた。


そのメイディオの街の遥か沖合い。
月光に照らされた草木1本生えない小島に1人の男がいた。
男は東洋風の装束に身を包んでいる。着物に袴姿・・・腰には大太刀を下げている。
かなりの大男だ。
地面にどっかと胡坐をかいているその男がふいにくっくと笑い声を上げた。
「・・・昂ぶるか、『仰天丸』よ。そう急くな・・・御主の出番はもう少し先よ」
そう言うと男は立ち上がった。
下駄がガランと音を立てる。
「間も無くこの海域に奴らがやってくる。拙者と主の出番はその時よ。楽しみだのう・・・」
立ち上がった男のブロンドの髪が月光を弾いて輝いた。
男は脇にそびえる巨大な柱のようなものに手を添えていた。
柱? ・・・否、それは目だ。
巨大な蟹の目だった。
男は巨大な蟹の頭部に立っているのだった。