第6話 砂塵の中の少年-7


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紅蓮の炎の中を、何度も殺意が交錯する。
互いに皇国軍の最高位同士…蒼と紅の名を与えられた二将が殺し合う。
万能の光の盾、ドラゴンスケイルを持つアレイオンと強大な炎使いであるクバード。
両者の実力は拮抗しており、互いに手傷を受け、或いは与えつつも決定打には至らずにいる。
光の盾は全ての攻撃を遮断するが、盾で受けられなかった攻撃はそうはいかない。
周囲を炎で満たし、その炎に丸で怯む必要の無いクバードには地の利があった。
もう何十手目の攻防になるのかわからない。
互いに疲労がその身に蓄積し、息は荒くなってくる。
「これは…どうだ、アレイオン!!!!」
業火の中をクバードがアレイオンへ襲い掛かる。
「くっ!!!」
揺らめく炎の中で、迫る白刃へアレイオンが盾を構えた。
「う…」
しかし揺らぐ視界の中で一瞬、アレイオンが刃の切っ先を見失う。
その隙を逃さず、クバードの剣閃がアレイオンのわき腹を薙いでいった。
炎の中に真紅の飛沫が舞う。
「…っ!!!」
しかし気力で踏み止まったアレイオンは、剣を振り抜いた姿勢で自らとすれ違ったクバードに対し、振り返りつつ右手の斧を渾身の力で振るった。
「うおおおおっっ!!!!!」
「何ッッ!!!??」
ブン!!と片手斧の刃が半身振り返ったクバードの胸甲を薙いで行く。
「うおああああ!!!!!!」
咆哮してアレイオンが振り切った斧を手放し投げ捨てると、ハイキックを繰り出す。
クバードはその一撃を咄嗟に上げた腕でガードしたが、ポイントがずれて受け損なった。
クバードの右手の肘から骨の砕けた鈍い音が響き渡る。
そのままアレイオンはクバードを押し倒す格好となって馬乗りになり、腰に下げた短剣を抜き放って両手で構えた。
短剣を頭上へ振り上げる。
眼下のクバードへ向かって。
「…っ…」
そしてそのアレイオンの動きが、一瞬だけ停止した。
クバードの左目がギラリと輝く。
「何故…そこで躊躇うのだ! この戯けが!!!!!」
ドォン!!!とクバードとアレイオンの中間に炎が巻き起こり、アレイオンが吹き飛ばされた。
荒い息の中でクバードが立ち上がる。
倒れたアレイオンへと歩いていく。
仰向けに倒れたアレイオンは、大火傷を負った胸部からしゅうしゅうと煙を上げている。
ピクリとも動かない…完全に昏倒しているようだ。
そのアレイオンへ向けて、クバードが拾い上げた自らの長剣を振り上げた。
「・・・……………」
しかし、その長剣は振るわれる事無く再び静かに下ろされる。
そして、クバードは倒れたままのアレイオンに背を向け、舞踏会場を出て行った。

大廊下をクバードが歩く。皇宮深部へと進む。
しかしその歩調は不規則であり、クバードの歩いた後には点々と床に真紅の染みが残る。
「…ハァ…ハァ…ユーミル…」
肘の砕けた右腕は力なくただ垂れ下がっているのみ。
折れた腕に心音が響く。
「…どこ…だ…ユー…ミ…」
カツン、と靴音が停止した。
前方の右側の壁に、腕を組んで背を預けた男が自分を待っていたのだ。
一目で軍人である事がわかる…細身だが引き締まった体つきの中年男。
こめかみに傷のある、口ひげの男。
…刺客か、とクバードは一瞬身を硬くする。
しかし、男からは殺気は感じられない。口元に微笑みこそないものの、穏やかな表情で男は自分を見ていた。
「何者だ…」
警戒を込めて問うクバードに、見知らぬ男…スレイダーはスッと右手を上げて見せた。
「よう、どうもな…。何者かって言われると、そうだな…ウィリアム・バーンハルト氏の友人って言う言い方がいいかね」
「…っ」
ガチャリ、と鎧を鳴らしてクバードが身体ごとスレイダーの方を見た。
やはり、敵か。
クバードの左目に怒りと敵意の炎が宿る。
「ちょっと待て…俺はやらんよ」
スレイダーが左の手も上げてから言う。
両手で押し留めるような仕草をする。
「こっちはただの見届け人でな」
「外から来た男よ…何を見届けるというのだ」
警戒は解かず…剣を握る左手に力を込めるクバード。
そんなクバードを見て、スレイダーは笑った。
嘲笑ではなく、それは寂しげな微笑だった。
「必死に生きた男の最期をさ」
は、と鼻で笑うとクバードはスレイダーから視線を逸らした。
もう用は無い、というように。
再び歩き出したクバードが、壁に寄りかかるスレイダーの前を通過する。
「…なあ、あんた馬鹿だな」
その背に、スレイダーが声を掛けた。
クバードの足が止まる。
「治らない友の病をどうにかしようと、自ら劇薬になる道を選んだのか」
懐から煙草のケースを取り出すと、スレイダーが1本咥えて火を着ける。
「……・」
無言のままにクバードはまた歩き出した。
スレイダーの吐いた紫煙の向こうに、その姿がゆっくりと遠のいて行く。

クバードが大扉を開く。
その向こうは奥の院へのロビーだ。
「…!!」
ロビーへ進んだクバードがその目を見開いた。
正面の大階段を上った先の踊り場に、目的の人物がいた。
数名の従者に支えられて、神皇ユーミルが立っていたのだ。
「ユーミル…」
クバードが1歩前へ出る。
途端に周囲に展開している兵達が緊張する。
無数の矢が、歩むクバードへと狙いを定める。
神皇を連れ出したのはスレイダーだ。将軍の指示だとたばかっての事であるが、周囲の護衛にして見れば皇宮を攻めた首謀者の前に自分達の王を差し出したのだ。
僅かな動きでも見逃さんと、クバードを凝視する。
「ユーミル…この国は…俺が貰うぞ…」
フラフラと進むクバードが、階段上の神皇へ向けて左手を伸ばした。
「…っ!!!」
遂に緊張に耐えられなくなった兵が1人、矢を放つ。
最早それをかわす事もできない…あるいはその気もないのか…クバードの背に矢は突き立った。
ぐらり、とクバードがよろめく。
「焼き尽くしてやるぞ…国も、民も全てだ…」
無数の矢がクバードに襲い掛かる。
その全身に鏃が埋め込まれていく。
「どうした…何か…言わんか…」
ごぼっと口から鮮血を吐き出しながら、クバードが階段の下まで辿り着いた。
そのクバードを見つめる神皇の瞳に感情の光は浮かばない。
ドシャッ、とクバードが階段へ倒れこんだ。
「これでも…まだ…」
ずるずると、這ってクバードが階段をゆっくりと上る。
「…何も…言わぬつもりか…ユーミル…」
神皇の脇を固める従者達が剣を構える。
遂にクバードは這ったまま階段の踊り場まで辿り着いた。
震える左手を、神皇の足へと伸ばす。
「ユー…ミ…」
「…フッ!!!!!」
ザン!!!と従者の振るった長剣がその左手を斬り飛ばした。
ドシュッ!!!と続いて次の従者がクバードを床に縫い止める様にその背を上から刺し貫く。
「…!!…!!!…」
クバードが目を見開いた。
その瞳は最早何も映してはいなかったが、それでもその瞬間にクバードは数多の光景を目蓋の裏に見ていた。
「………」
最期に何を口にするべきなのか…クバード自身にもわからず、
舌に乗った台詞は、怨嗟であったか、別れの挨拶であったか、或いは誰かの名であったのか…実際に言葉になる事は無かった。
まるで冠した名の如く、鮮烈に生きた裏切りの紅の将が息を引き取る。
「…クバー…ド…」
その亡骸に、神皇が小さな呟きを送った。

皇宮に展開されていた護法結界が解かれる。
戦いは終わった。皇宮へと攻め込んだ教団の兵達は、その首謀者を含めて残らず討ち取られた。
無論これで教団が壊滅するわけではないが、それでも今回の損失は教団にとっては大きな打撃となるはずだった。
負傷兵や後始末で深夜の皇宮が騒然となっている。
そんな中を、悠々と中庭を歩く真紅の髪の女が1人いた。
黒い外套に衣装の女…エウロペアである。
「…そこか」
周囲を見回していたエウロペアは、茂みの1つに目を留めるとその中に無造作に右手を突っ込んだ。
そしてガサッ!と何かを茂みから引き抜く。
その引き抜いた何かを、エウロペアが自らの視線の高さまで持ち上げた。
「…いいザマだな? 魔創師どの」
手にしたものはゴルゴダの生首だった。
髪の毛を掴まれてぶら下げられているゴルゴダの首は面白くなさそうな表情を浮かべている。
「ドジ踏んだぜ…そういじめるんじゃねえよ。デカい借り1つだ」
「フン…我らに貸し借りなど当てになるか。つまらぬ事を考えず、お前は今しばらくその無様な姿を私に晒した羞恥に打ち震えていればいい」
ははは、と笑って生首をぶら下げてエウロペアが歩き出す。
「お、おい…あんま振るんじゃねーよ!!」
その手の先でゴルゴダが悪態をついていた。