第10話 多層都市パシュティリカ-4


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バルカン枢機卿は、我々をある大扉の前まで連れてきた。
一見してかなり分厚い扉である事がわかるが、その厚みを持ってしても中の声を完全に遮断しきれずにいた。
「・・・だから私がどれだけ心配したと思ってんの! 大体ね・・・」
何だか元気のいい女性の声が中から響いている。
ドンドン、とバルカンが大きくドアをノックした。
「・・・・どうぞ」
中から先程の声がして、バルカンが扉を開ける。
「はっはっは、皇姫様もうその辺にしておいてあげなさい。お客人をお連れしましたぞ」
促されて中へと入る。
広い応接間だ。部屋の中央の応接用テーブルにベルナデットと一人の女性がいた。
女性は立ち上がると、こちらへ優雅に一礼した。
「メリルリアーナ・ラハ・パーラドゥアでございます。皆様には我が友人ベルナデットの救出にご尽力頂きました事を心より御礼申し上げます」
そう言って柔らかく微笑む皇姫。
こちらもそれぞれ頭を下げて自己紹介する。
「・・・・とにかく助かったわ。メリルの愚痴に押し潰される所だった」
ふーっとベルナデットが大きく息を吐いた。
「なによぅ! もう私は心配して心配して・・・」
尚も食ってかかろうとする姫をバルカンがまあまあと留める。
「今夜は大宴会になりましょう。皇姫様も色々とご準備がおありではないのかな?」
む、と皇姫が唸る。
「・・・そうね、担当者達と打ち合わせしてきます。御機嫌よう皆様、また後ほど」
そう言って微笑んで一礼すると皇姫が出て行った。
「・・・・あの子、大人になったわね」
その後姿を見送ってベルナデットがぽつりと呟いた。
「4年前は私の後ろをついて歩いてばっかりの子供だったけどね」
「皇姫様も一月後には18歳だ。大人にもなる。・・・お主がいなくなった後、皇姫様は必死に頑張ってこられた」
そう言ってバルカンが感慨深げに遠い目をした。

「それでヨアキムの術は解いてもらえたわけ?」
ベルナデットに問われて私はうなずいた。
しかし術は解けても何かのショックがなければ元に戻らないらしい、と告げる。
「ふむ。ショックか・・・・」
バルカンが考え込む。何か嫌な予感するぞ。
「こういうのはどうだ。ワシのバックドロップを食らってみるとか」
元に戻る前に死んでしまうわ。
「・・・元に戻るって何の事なんでしょう?」
マチルダが聞いてくる。
「ウィルには悪い魔法使いの魔法がかけられているのよ。解けると本当の姿に戻れるっていうわけ」
ベルがそう返事をするとマチルダは瞳を輝かせてぽん、と手を合わせた。
「素敵ですねぇ。おとぎ話の王子様みたいです!」
どっちかってとお姫様じゃないのかな・・・。まあどっちみちそんないいものじゃないが。

その夜はベルナデットの帰還を祝う宴が皇宮で催された。
私たちも全員招待されて出席する。
宴は立食形式であり、豪華な料理と酒がテーブルを埋めていた。
踊り子が舞い、楽隊が演奏し、賑やかな夜が更けていく。
多くの要人に自己紹介を受けたが、正直多すぎてとても記憶しきれなかった。
ただ、主席しているかと注意していた未だ会った事の無い黒と紅の将軍と神皇は出席していなかったようだ。
「楽しんでおるかな。ウィリアム」
グラスを手にバルカンが声をかけてきた。
「なんだ。飲み物はないのか?」
流石にこの姿で酒をやるのは抵抗がある、と答える。
「そうか、ではこれを飲め。ミルクにプロテインを混ぜたものだ」
宴の席で何飲んでんだこの老人は。
「・・・しかし、めでたい話が続くものだ。今この時期にベルナデットが戻ってきたのは本当によかった」
そう言って上座のベルを見てバルカンが瞳を細める。
ほう?何かあるのかな。
「一月後に皇姫様には婚礼の儀が控えておる。一世一代の晴れ姿だ。皇姫様もきっとベルに見せたいと思っていたであろうからのう」
何と・・・・。
ご結婚されるのか。という事がその新郎が次の・・・。
「うむ、神皇様にはメリル様以外の御子はおらぬ。従ってその新郎が次の神皇となる」
それはおめでたい話だ。新郎はこの場にいらっしゃるのかな。
「いや、新郎の名はラシュナーダ・ラータ・ルファード。この神都を囲む6都市のうちの一つ、ダナンの都の太守のご子息だ。今はダナンの都におるが、ここ1年程は頻繁に神都に訪れておる。遠からず会う機会もあろう」
なるほど、守護六都市の人か。
「人柄も含め全てに秀でた素晴らしい若者だ。皇姫様とは幼馴染での。皇姫様は幼少時より許婚であるラシュナーダ殿を一途に慕い続けてきた」
・・・・それは、幸せな事だな。
権力の世界に生まれて好いた相手に嫁げる事などこの世界では極稀にしか無い。
往々にして政治の世界の「婚礼」は強力な外交手段であるからだ。
まあ神都の姫と大都市の太守の息子では多分にそういう意味合いもあるのかもしれないが、少なくとも当人同士が好きあっているのなら幸せな事だろう。
次代の皇の誕生か・・・さぞかし盛大なお祭りになるだろ・・・う・・・。
私の言葉は突如ズズン!!という皇宮を揺るがせた大きな振動に遮られた。
パリン!と食器の落ちて割れる音と、ご婦人方のいくつかの悲鳴が重なる。
なんだ・・・地震か!?
ざわざわと周囲が騒がしくなる。
数名の兵士たちが慌しく宴の間を出入りし始めた。
そして息を切らせて一人の兵士が宴の間へと駆け込んでくる。
「・・・も、申し上げます!! 第二層『工業区』にて『ガ・シア』が出現致しました!!!」
その一言は衝撃となって宴の間を駆け巡った。

「防衛隊を出撃させよ!!」
「市民の避難を最優先にするのだ!!!」
怒号が飛び交い、辺りが騒然とし始める。
「・・・ぬうう・・・まさかこの夜にガ・シアが現れるとは!! こうしてはおられぬ!!ウィリアム、来るのだ!!」
有無を言わさずにバルカンに連れられて宴の間を出る。
ルク達と合流してないんだが・・・。
『ガ・シア』とは一体?
先導するバルカンに問う。
「ガ・シアとは狂皇ラシュオーンの眷属・・・恐るべき巨大なる魔影だ。人を殺め、破壊をもたらす闇の化身よ」
バルカンが答える。
「・・・む! カーラ!!」
廊下を進むバルカンが上を見上げて叫ぶと手を振った。
バサッ!と翼をはためかせて一匹の飛竜が降りてくる。
「何用だ、枢機卿。非常時で急いでいる」
凛とした女性の声がする。鞍上には黒い鎧姿があった。
そしてその顔は仮面に覆われていた。
「カーラ、彼を連れて行ってくれ」
バルカンに肩を押されて一歩前に出る。
な、何だ一体。
「遊びではない。何故子供を・・・」
言いかけてカーラと呼ばれた女性がぴくりと止まる。
「ウィリアム・バーンハルトか」
「そうだ・・・いずれこの皇国を救うことになるやもしれん男だ」
そうなのか・・・自覚ないぞ・・・。
乗るがいい、とカーラが手を差し出した。
何だかよくわからないうちに、私はその手を取って飛竜に跨った。
「私は神護天将・・・黒の将カーラ・キリウスだ。工業区まで飛ぶ。振り落とされるな」
そう言ってカーラは手綱を引く。
飛竜が舞い上がる。
瞬く間に遠くなる眼下の景色を見ながら、私は黒の将カーラと大空へ飛び立った。