第20話 鮫の胎動-1


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

私は深い霧の中にいた。
時刻は夜だ。
霧の中にぽつんぽつんと浮かび上がっている街灯の光がまるでこの世の物ではない様な幻想的な輝きを放っていた。
・・・・ここは、アンカーの町の中か。
何故私はこんな所にいるのだろう。
町は静まり返っている。まるで全てが死の眠りに満たされてしまったかのように。
『こんばんは、ウィリアム・・・・ごきげんよう』
突然声をかけられる。
その声は男とも女ともつかない低い声だった。
その声のした方を見る。街灯の上に不気味な仮面の道化師がいる。
道化師は私が視線を向けると、芝居がかった仕草で大仰に頭を下げた。
『ウィリアムは強い・・・・・神剣も戻ってきた』
道化師は言葉を続ける。
『とてもとても強い』
ふわりと街灯から飛び降りる。そして私のすぐ横に着地した。
まったく重さが無いかの様に、その一連の動きにわずかな物音も立てない。
世界にはただ道化師の声だけが響いていた。
『だけどね・・・・いつかその強さでは足りない日が来るよ』
すっと寄って私の顔を覗き込む。
不気味なその仮面の奥の瞳の光が、どうしようもなく不吉を連想させる。
『きっと来るよ、ウィリアム』
そして離れていく。
『・・・・その時が来たら、私が力になるよ・・・・』
踊りながらゆっくりと道化師が遠ざかっていく。
『きっとなるよ』
そして世界は再び死の静寂に包まれた。

がばっと跳ね起きる。
酷い寝汗だ。
時刻を見る。まだ明け方の4時過ぎだ。起きるには少々早い。
嫌な夢を見たな・・・・。
今の強さでは足りない時が来る、か・・・。
何故あんな夢を見たのだろう。昨日あんな話を聞かされたからか・・・・。
見合い騒ぎの後、グライマーは約束のストラップをシンクレアからせしめて上機嫌で火山地帯へと帰っていた。
その帰り際の話である。

「今日は気分がいいからよ。一つ忠告しといてやるぜ」
唐突に奴は私にそう言ってきた。
忠告?
「ああ、島ん中でもしもゼロって奴に遭遇しても絶対に戦うな。死に物狂いで逃げるんだな」
ゼロ・・・・お前が名を出すという事は魔人か?
「そうだ。二つ名は『刺し貫くもの』 無にして無限の名を持つ最強の魔人だ」
最強の魔人・・・・刺し貫くものゼロ・・・・。
「お前若返って随分強くなったみたいだな。戦わなくてもわかるぜ。・・・・でもな、それでもお前はゼロの足元にも及ばねえ」
そう言ってグライマーは私を見た。その目は真剣で嘲る様な意思は感じられなかった。
「・・・・・随分前によ、1回だけ奴と戦った事がある」
奴が苦い顔をする。
「いや、ありゃ戦ったなんてもんじゃねえな。一方的に痛め付けられただけだ。俺はろくに奴に傷も付けることが出来ずに瀕死にされた。奴は転がった俺を見て『殺す価値もない』つってとどめは刺さなかった。あん時のあの目、あいつの俺を見た目は・・・・」
ぎゅっと拳を握り締める。
「自分にとって心底どうでもいいもの、無価値なものを見る目だった。道端に転がってるゴミを見るみてーによ・・・・!!」
ぐわっとその拳を振り上げるグライマー。
しかしその拳が振り下ろされる事は無かった。しばらく宙を彷徨った後で力なくまた降ろされる。
「あんな屈辱を味わった事はねえ。・・・・けどよ、あんな恐ろしい思いをしたのもあん時だけだ・・・・」
・・・・これだけの力を持つこの戦いの化身のような男にここまで言わせるのか・・・・。
背中を冷たい汗が伝うのがわかった。
「勿論負けっぱなしで終る俺じゃねえがな! だが奴とまともにやりあえるようになるには、まだ数百年は鍛えないとな。あー、後最強つったがそれは俺が知ってる俺を含めた7人の中でな。1人会った事ねえ奴がいる」
ほう。全員と面識があるわけではないのか。
「一番最初の魔人『貪るもの』って言われてる奴だ。名前も知らねえ・・・ってよりもう名前があるのかどうかもわからねえ。そいつは何でも太古の昔にあらゆるエネルギーを吸収する魔術を完成させようとして暴走させた魔術師の成れの果てらしくてよ。もう肉体も理性も知性も無くしちまって原始的な食欲と破壊欲求だけの意識体になっちまってるって話だ。ずっと眠りについてる。自分のテリトリーでな。過去1回だけ目覚まして大暴れした事あるらしいが、そん時の事を知ってるのは2番目に古い魔人のナイアールだけだ」
魔女ナイアールか・・・・彼女は2番目に古い魔人なのか。
「ま、俺と再戦する前にお前があっさりゼロに殺されたら勿体ねーからな、忠告しといてやるぜ」

なんだか気が晴れない。
重たい話の後に変な夢を見たからか・・・・。ぼーっとしてしまっている自分がわかる。
子供たちの勉強を見ていても横からエリスにテキストの進み具合の間違いを指摘される始末だ。
やれやれ少し外の空気を吸って気分転換する事にしようか。
私は久しぶりに港の方へ行って見ることにした。
その途中、若い男たちが揉み合っている場面に遭遇した。
なんだ?ケンカか?
・・・・鮫の印を皆付けている。最近では珍しいな、シャークの連中が騒ぎを起こすのは。
仲裁するか・・・とそちらへ向かいかけたその時、私のすぐ横を鋭い風切り音が走った。
バシッ!!バシッ!!!と何発か炸裂音がして男たちが皆路上に吹き飛ばされる。
鞭だ。しかしあんな離れた場所からあそこまで正確な攻撃ができるのか・・・・。
私はその攻撃の出元、私よりずっと後ろにいた鞭を持つ軽装鎧の女性を見た。
「お前たち、町での騒ぎはご法度のはずだろう?」
女性が鞭を手元に纏めながら近付いてくる。
男たちは口々に申し訳ありません!と叫んで平伏した。
「で、何の騒ぎだい」
「いえ、それが・・・・」
男の1人がぼそぼそと話し出す。何でも食事をどこで取るかが発端でケンカになったらしい。つまらない理由だった。
「ラーメンにしようって言ったんです。そしたらコイツが一昨日行ったからいいって。一昨日ならいいだろうって言ってる内にケンカになっちまって・・・・」
は、と女性が鼻で笑った。
「ラーメンだとか下品な料理にするんじゃないよ。パスタにおし」
!!!!!!!!!!!!!!!! イカン不用意な事を言うな!!!!!!!!!!!!!!!!
私は静止しようと駆け出していた。
しかしその時にはもう遅かった。
女性にふっと影が差す。
その背後、頭上高く跳んだイブキが踵落しの体勢をとっていた。
「・・・・・ラーメンをバカにするやつは死あるのみ!!!!!!!!!」
ギャアアアアアアアア路上で惨殺事件発生!!!!!!!!
しかし裂帛の気合と共に振り下ろされたイブキの踵が女性に炸裂する事はなかった。
女性が素早く横にさける。
ドガァッッ!!!と物凄い炸裂音が響き、砕かれた路面の石床の破片が飛び散った。
普通絶対にかわせるタイミングではなかった。あの女性相当の使い手だ。
うっ、と蹴り終えたイブキがよろめいた。後ろから彼女を受け止めて支える。
女性はただ攻撃をかわしただけではなかった。
イブキのわき腹の衣服が避けて肌は赤く腫れ上がり血が滲んでいる。
さけたその一瞬で鞭を放ったのだ。
「・・・・・ん」
女性が微かに呻いた。その鋼鉄製の右の肩当てにヒビが入ると次の瞬間粉々に砕け散った。
「・・・・かすっただけのはずなのにね」
女性が唇を舐めてニヤリと笑った。
「中々に面白い子がいるじゃあないか。あたしはシャークの第三戦闘部隊長キリエッタ。お嬢ちゃんの名前は?」
「ラーメン!!!!!!!」
いやここは名乗ろうよ名前聞かれたんだから。
怒りのあまりラーメンと化してしまった。ラーメンいぶきの店長の勇吹だと私が紹介する。
「イブキちゃんね・・・・残念だけどあたしたちは町で騒ぎを起こすわけにはいかないのさ、『今は』ね・・・」
そう言ってキリエッタは我々に背を向けた。
「いずれお嬢ちゃんはあたしが遊んであげるよ。楽しみにしてな」
そして男たちを伴って去っていく。
「うう・・・・先生、アイツは私が倒す!!!絶対!!!!!」
ぐわっとイブキが吠える。いやそれを私に言われても・・・・。
去り行くキリエッタの背中をイブキはいつまでも炎を宿した瞳で睨みつけていた。

「あーあー、キリエッタ・ナウシズね。知ってる知ってる」
翌日、ノワールでの事。
昨日の騒ぎの話を私から聞いたスレイダーはグラスを磨きながらそう言った。
「南部大陸じゃ相当名を売った賞金稼ぎだよ。ハンターランクでもいつもトップ10にいるんだよねぇ確かさ。トップ10ていや、先生のお友達のあの緑ウサギのお嬢さんもいつもトップ10にいるけどね」
ほう。意外な所でひぢりの名前が出てくる。
ひぢりはバウンティハンターだったのか・・・・。
「通称『サソリのキリエッタ』・・・・まぁこんなとこでゴロツキの組頭やってるタマじゃぁないよ。何だろうねぇシャークってのはさ。そんな物騒で得体の知れない連中が一緒の町いるなんてオジさんもう怖くてナンパもできゃしない」
ウソつけい、いつもしてるくせに。
しかし、確かに魔剣士トーガも超一級の戦士だ。
そんな連中を集めて何を企む・・・・ヴァーミリオン。
そもそもどんな奴なのだろう。シャークの頭ヴァーミリオンとは・・・。
思わず考え込んでしまう。

・・・・ところが後日、私は思わぬ所でその男と顔を合わせることになるのだった。