第3話 円卓に集いし魔人たち-3


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「マリス・K・アンジェーニュ・・・祖母よりの使いをシズマは改めて見る。
「吟遊詩人(バード)とお見受けするが」
マリスがこくんと肯いて足元の楽器のケースを持ち上げた。
「そうよ。エンチャンテッドバードね。呪歌(スペルソング)で色々な事ができちゃうんだから」
ケースからリュートを取り出すとビビン、と爪弾くマリス。
演奏が始まり、美しい旋律と歌声がしおさい亭のフロアを満たす。
あまりその方面に造詣の深くないシズマでも聞き惚れてしまう程の演奏だった。
「・・・?」
ふと異変を感じてシズマが周囲を見回す。
カウンターでグラスを磨くマスター・・・彼は渋いナイスミドルだったが、そのマスターの全身から凄い勢いで毛が伸び続けている。
あっという間にふさふさの黒毛はマスターの全身を覆い、何だか巨大なブラシみたくなってしまっていた。
「おい・・・マスターが黒いムックみたいになってしまったぞ」
シズマが言うとマリスは得意げに胸を反らした。
「凄いでしょ? 私の呪歌には指向性があるの。決して耳にするもの全員に無闇に効果を及ぼしたりはしないわ」
そのマリスの背後でマスターがグラスを落として割ってしまい、オロオロしている。
手が毛で覆われてしまったので滑ったらしい。
「勿論、相手を毛だらけにするだけじゃないのよ?」
続く曲が始まった。
何だか陽気な曲である。
今度はシズマの斜め向かいの席で1人でカルボナーラを食べていた若い男に変化が現れる。
突如彼は風船の様に膨れ上がり、ボールの様にまん丸になってふわりと浮かび上がった。
そのままふよふよと彼は浮き上がり、ぽよんと天井にぶつかって止まった。
・・・そんな状態でも彼はカルボナーラの皿を手に食事を続けている。
と思ったら食べかけのその皿を落っことした。
皿は床へ落ち派手な音を立てて砕け散る。どうやら膨らんだ腹に皿を当ててしまい落っことしたらしい。
間髪入れずに3曲目が始まる。離れた席の老人の耳が巨大化し、その耳を羽ばたかせて飛び回っている。
そこへカランカランとドアベルを鳴らして水夫達の一団が入ってきた。
「さあーメシだメシ! マスター、まずは良く冷えたエール・・・ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
怖いもの知らずの水夫達が絶叫を上げて硬直してしまっている。
無理もない。見上げれば丸い男や巨大な耳の老人が飛び回り、カウンターでは黒い毛の塊が「いらっしゃい」と挨拶してきているのだ。
「はいはい、沈静化沈静化~」
マリスが静かな曲を奏でる。
すると恐慌状態だった水夫達は皆落ち着いて席に着いた。
全員とても穏やかな表情をしている。
「今、生きてるだけで幸せです・・・」
「おい・・・悟りきってしまったぞ」
そんな彼らを見てシズマが言った。

「バアちゃんはまり姉さんにライングラントまで同行して貰う様にと言っていたが・・・姉さんはそれでいいのか?」
「勿論よ。私も私用でちょっとあの国に用があったしね」
笑ってマリスが答える。
「ノルン様には駆け出しの頃に随分お世話になってねー」
そう自分とノルンの関係を語るマリス。
「・・・・・・・・・・・・・」
シズマは無言でその話に相槌を打っていたが、内心では色々と考えていた。
(彼女には、何か隠している事がある)
直感的にシズマはそう思った。
彼は必要以上に口を開かないので、親しい間柄でも知る者は少ないが洞察力に良さにおいては並ぶ者はいない。
そのシズマの思考の嗅覚とも言うべきものが、マリスが何かシズマに伏せている事実がある事を告げる。
(それが俺にとって悪い話なのか、それとも取るに足らない話なのかはわからないが・・・)
勿論それを詮索しようとも彼は思っていない。
世の中が善意だけで回っていると思うほど、彼は幼い身ではなかったからだ。
「・・・誰しも、事情を抱えている」
「え?」
シズマが口の中だけで呟いた一言を断片的に拾って、マリスは目を丸くした。
「いや、何でもない。よろしく頼む、まり姉」
そう言って右手を差し出すシズマ。マリスは笑顔でその手を取った。
2人が握手を交わす。
その後ろ、カウンターの中では調理の最中にうっかり毛の先に火を点けてしまったマスターが無言で慌てまくっていた。

会計を済ませて2人はしおさい亭を出る。
カウンターで先程のウェイトレスが笑顔で精算する。
「568Cでーす※」(※1C=約100円)
「マジでか」
今度はシズマが素だった。
いきなり旅費の2割が消えてしまった。
店を出たシズマはやれやれと首を横に振った。
その時、ふいに周囲を行く人々がざわめいた。
「・・・お、おい」
「なんだありゃ・・・?」
影が差し、周囲が薄暗くなる。
人々は皆上空を見上げている。
陽光を遮ったのは、大空に浮かぶ無数の飛空艇だった。
目を細めたシズマが上空の影をよく見る。
「・・・共和国軍」
シズマの両眼が機体側面のファーレンクーンツ共和国の国章を捉えた。
飛空艇団は海に向かって街の上空を通過し、徐々に高度を下げて着水した。
すると無数の揚陸艇が飛空艇から現れると次々に砂浜に上陸してくる。
「な、何だ何だ・・・何で軍隊が・・・」
「冗談じゃねえ。厄介事に巻き込まれるのはゴメンだぜ」
群集はすっかりうろたえており、中には足早にどこかへ向かおうとする者もいた。
「何事だこれは!! 一体どういうことだ!!!」
叫びながら大勢の衛兵を伴って小太りの初老の男が砂浜へ駆けつけてきた。
身なりの良い男だ。察するにこの港町の総督かそれに準じる立場の者なのだろう。
揚陸艇からは次々に共和国軍兵士が降りてきて整列している。
そしてその中に一際体格の良い彼らの指揮官らしき人物がいた。
身長は2m近くあるだろう。直立し周囲を見下ろしただけで駆けつけた港の兵達が怯む。
「騒がせて申し訳ない。共和国陸軍のガノッサ・クリューガー中佐である」
眼光鋭く、無感情な声でガノッサ中佐が名乗った。
「ある任務により、部隊を挙げて凶悪犯を追っている最中だ。諸君らにも協力を要請したい」
「な、何をバカな!! いきなりこの様に軍隊を寄越して・・・」
激昂して叫ぶ初老の男に対して、ビッと書面を突き付けるガノッサ。
「太守殿のご許可は頂いている。これで異存はあるまい」
「う、うぬ・・・!!」
初老の男は眼前に書面を突き付けられ、それに目を通すと呻いたきり言葉を失った。
察するに彼よりももっと立場の上の人間が共和国軍の行動を黙認もしくは協力するとの取り決めを示した書類なのだろう。
「人を出せというつもりはない。我らの行動の妨げとなるな。それだけだ」
それだけ言うとガノッサ中佐はもう街の兵たち等眼中にないかの様に、振り返り共和国軍兵士達に指示を出し始めた。

そんな彼らの様子を、シズマとマリスは砂浜に面した建物の影から窺っていた。
「ありゃー? ・・・これはひょっとして、ヤバげな雰囲気?」
小首をかしげてマリスが呟く。
シズマはふーむ、と腕を組んで考え込んだ。
・・・確かに、共和国軍にとってはライングラント王に反共和国同盟を持ちかける内容の書簡を持つ自分は排除したい対象ではあるだろう。
しかし、言ってしまえばシズマは自分の任務をそれ程重要だと思ってはいない。
書簡で伝えたい内容はいざとなれば電話で済む話であるし・・・ただし、これには盗聴の危険性とその可能性による交渉の難しさというデメリットがある・・・あくまでも自分の届ける書簡は、この話に「はっきりと形の残る証」を残すという意味合いが大きいのだ。
連中の規模は少なく見積もっても中隊規模である。
駆り出してきた人員と自分はどう考えても釣り合わない。
そもそも、彼らが共和国からやってきたのだと仮定しその出発日を逆算して割り出すと、自分がこの任務に選ばれて出発した日より前になってしまう。
だからシズマは、一先ずこの部隊を自分とは無関係だと結論付けた。
・・・だからといって、決して出会いたくない輩である事に変わりはないのだが・・・。
「いや、大丈夫だ。恐らくは連中の狙いと俺たちは無関係だ」
「なーんだ・・・」
マリスはホッとしたようにも残念そうにも見える微笑を浮かべると、物陰からひょいと外に出た。
「おい、だからと言って無闇に・・・」
シズマが声をかけるのと、共和国兵士の1人がマリスを見つけたのは同時だった。
「そこの女! 止まれ!!」
叫んで兵士がマリスに駆け寄る。
シズマは建物の影でいつでも飛び出せるように身構えた。
「な、なによぅ。ナンパならもう少しエレガントかつソフトにお願いしまーす」
マリスの軽口に反応せず、兵士は手にした紙とマリスの顔を交互に見比べた。
「・・・違うな。行っていいぞ」
そう言うと舌打ちして兵士は去っていく。
その背に気付かれないようにマリスがべーっと舌を出した。
(女性を・・・探しているのか・・・)
物陰からそのやり取りを見ていたシズマはその事実を頭に入れておいた。

2人は日が落ちるまで宿で時間を潰し、それから旅券を取りにステーションへと向かった。
明るい内に出歩くのはリスクが大きいので避けたのだ。
街中に散った共和国軍兵士は、今も鋭く目を光らせてあちこちを巡回している。
「物々しいなぁ・・・。こんなんじゃゆっくり夜の町を楽しむわけにもいかないよねー」
「生憎と俺には初めからそう言った趣味は無いんだがな」
穏やかに答えるシズマの顔を驚いてマリスがまじまじと見つめた。
「夜遊びしないの? その歳で? まっさかぁ~」
ぱたぱたと手を振って笑うマリス。
「ああ、俺は普段は9時ごろに寝て朝の4時ごろに目を覚ます」
「早いよ!!!! 早いってば!!!!!」
ザザッとマリスが後ずさった。
その反応についてシズマが何か言葉を続けるべきか、それともここでこの話題は終わりにするべきなのか一瞬考えたその時、横合いから飛び出してきた人影がシズマとぶつかりそうになる。
シズマは冷静にスッと身を引いてその人影を避けた。
人影は体勢を崩すと2,3歩たたらを踏んで立ち止まる。
「す、すいません・・・急いでいて・・・」
杖を手にした髪の短い女性だ。随分急いでいたのか、息が荒い。
顔を伏せてしきりにこちらの視線を避けるようにしている。
その挙動はシズマにこの女性のある状況を連想させた。
シズマの考えを裏付けるかの様に、背後から「いたぞ!!」という叫び声と数人の走る足音が響いてくる。
共和国軍だ。
「・・・っ」
女性が身を翻して走り去ろうとして、そして止まる。
彼の向かう先からも共和国軍の兵士が数人向かってきていた。
シズマはふと、マリスを見た。
マリスは優しい瞳でシズマを見ている。その視線は全部を理解した上で「君が決めていいよ」と言っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
当然だが、この場はそ知らぬ顔をしてこの女性を共和国兵に差し出すのが正解である。
自分はこの人物に義理どころか面識すらない。
まして自分の事情で共和国兵とはなるべく接触を避けなければいけない身だ。
義侠心を出すには、状況が悪すぎる。
・・・自殺行為だ。
(熱血なんて流行らない・・・だから俺は静かに生きていくと決めたはずだ)
「泰然自若」あるがままに静かな心で状況を受け入れる。
それがシズマが己に課した生き方だ。
でも、何故なのだろう。
この胸が・・・疼くのは。
「バアちゃん・・・ゴメン」
呟きは風に乗ってマリスの耳に届いた。
シズマが刀に手を掛ける。
次の瞬間、空間に無数の銀閃が走る。
くぐもった悲鳴を上げて数名の共和国兵が倒れた。
「何っ!!!??」
「仲間がいるのか!!!」
残る兵達が銃を構えた。
「ど、どうして・・・?」
女性も驚いている。何故シズマが助勢してくれるのかわからないのだろう。
それもそのはずだ。
「・・・わからん。理由は落ち着いてからゆっくり考える」
シズマ自身もよくわからないのだから。
シズマとマリスと女性が3人で互いに背中を合わせるようにして構える。
その周囲を共和国兵たちがじわじわと包囲を開始していた。