第21話 ジェーン・ザ・テンペスト-5


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ルノーの肩はがっしりとジェーンに押さえつけられてしまっている。
片手を置かれているだけなのに、カミュの方へ向かおうとしたルノーは身動きが取れない。
そうしているうちに、カミュは大龍峰が食事をしているレストランに入っていってしまった。
「・・・は、離せよ・・・」
肩に置かれたジェーンの手を、ルノーが両手で持った。
「いいの? この手を離しても」
それは今までとはまるで違う、静かな優しい声だった。
ハッとルノーがジェーンを見た。
「もう一度聞く。この手を離してもいいの? ルーシー。私がこの手を離したら貴女は彼・・・大龍峰と戦う事になるよ?」
ドクン、とルノーの心臓が一度大きく鳴った。
先日の・・・港湾倉庫での戦いの記憶が蘇る。
痛みと血の記憶。
敗北と無力感の記憶。
・・・そして、恐怖と絶望の記憶。
「・・・怖いんでしょ?」
ルノーの内心を見透かしたように、ジェーンが言う。
「行かなくてもいいよ。貴女は一生懸命やったんだから・・・」
恐怖で再び足が震え始めたルノーの心の中に、その言葉が沁み込んでいく。
「もう楽になっていいの。これ以上辛い思いも痛い思いもしなくていいんだよ、ルーシー。貴女はこのまま帰国して、そこで静かに平和に・・・そして幸せに暮らしていいんだよ?」
ああ・・・。
ルノーの頬を涙が一筋伝った。
・・・そうする事が出来たのなら、どれ程幸せだろう・・・。
「・・・でも、ダメなんだ・・・」
静かに、ジェーンの手を肩からルノーは離した。
「私・・・行くよ・・・」
「どうして?」
不思議そうにジェーンが尋ねる。
「・・・銃士だから・・・」
顔を上げて、涙を一杯に湛えた瞳を真っ直ぐにジェーンに向けて、ルノーは言った。
「私は三銃士だから・・・・!!」
そう、と微笑んでジェーンはルノーから手を引いた。
「じゃあ、貴女の望むようにしなさい」
その声を背に、ダッとルノーが駆け出した。
既にレストランに2人の姿は無い。場所を変えてしまったのだ。
(・・・この近くにあの2人が戦れそうな場所・・・ッッ!!!)
必死に周囲の地図を脳内に再生するルノー。
そして一箇所の空き地が思い浮かぶ。そこしかない、とルノーはその方角へと駆け出した。
「・・・待ってろバカ!! 私が行くまで殺されんじゃねーぞッッ!!!!」

賭けていくルノーの背が小さくなっていく。
それを見送り、ジェーンは大きく息を吐いた。
「はーっ・・・っっ・・・」
その全身をパリパリと青白いプラズマが走った。
「ギリギリセーフ・・・かぁ」
「辛そうですね、大丈夫ですか?」
その後姿に声をかけた者がいた。
まぁねー、とジェーンが振り向かずに答えた。背後のエリックに。
「『別の時代』に飛んだらマナで身体を維持しなければいけないと以前本で読んだ事があります。まさか目にする機会があるとは思いませんでしたが」
ほー、と初めてジェーンがエリックを振り返る。
「お見通しってワケねぇ・・・流石は万能の参謀様」
エリックが首を横に振る。
「買い被らないで下さい。私がそれを知ったのはこれを拾ったからですよ」
そう言ってエリックが取り出したのはシルバーのロケットペンダントだった。
それを見てジェーンが一瞬顔を輝かせ、すぐにハッとなるとエリックの手からロケットをバッとひったくった。
「・・・・てぇ!! あんたそれじゃ中見たんじゃない!!!」
ギロリと自分を睨み付けたジェーンにエリックが頭を下げる。
「その点に関しましては不可抗力ですが謝罪します。拾い上げた時に開いていたんですよ」
真っ赤になったジェーンがしばらくうーうー唸っていたが、やがれエリックから露骨に目を逸らすと「・・・旦那よ」と小さな声で言った。
「・・・え?」
「だーかーらー! 旦那よ旦那!! うちの亭主だって言ってんの! 私はもう引退してフツーに主婦やってたんだから! ・・・あ! 言っておくけどエリック! あんたこの時代のあの人に余計な事言わないでよ!!」
言いませんよ・・・とエリックが苦笑する。
「そもそも何を言えというのやら・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
謎のボンデージレスラーによって、テロリスト達が一掃されたその後で周囲は騒然となった。
周囲には多数の重傷者がいて、救急隊員が大急ぎで走り回っている。
そんな中で、1人の男の子が泣いていた。
「・・・誰か・・・誰か僕のジョンを助けて・・・!!」
その男の子の足元には、白い犬が瓦礫に挟まれてか細い鳴き声を出していた。
周囲を走り回る大人たちは、男の子の必死の願いにも足を止める事は無い。
「・・・あ? 犬なんか相手にしてる場合じゃないんだよ!」
「ごめんよ坊や! 今はこっちの怪我人が先なんだ!!」
その時、1人の青年が犬が挟まれている瓦礫の隙間にガキッと鉄パイプを突き立てた。
「・・・よぉ、ちょっと待ってろよガキ。今こいつ助けてやるからよ・・・!」
ガキ、と男の子を呼んでも自分もまだ幼さの残る顔立ちの青年である。
鉄パイプに体重をかけ、ぐぐっと瓦礫を押し上げていく青年。
その時、ルノーの目に青年の背が目に入った。
「・・・・!!!!」
驚愕して息を飲む。
青年の背には無残な大きな傷があり、流れ出た血で背は一面真っ赤に染まっていたのだ。
それなのに・・・。
「・・・・・うおぉぉぉっ・・・!!!」
青年は力を緩めなかった。
ぼたぼたと地面に青年の背からの血が滴った。
やがて押し広げられた瓦礫の隙間より、犬が脱出する。
「・・・わああっ!! ジョン!!!」
自由になった愛犬を抱きしめて男の子が号泣している。
「・・・ヘッ」
そんな男の子を見て、青年は笑った。
優しい笑みだった。

その後も幾度かその青年を目にする機会があった。
時は流れ、青年も自分も齢を重ねていった。
青年は天才では無かったが、努力と執念の男だった。
いつしか彼は銃士になっていた。
そして今も銃士をしている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

気が付けばその背を追っていた。
(・・・ああそうだ思い出したよ!! あいつだ全部あのバカのせいじゃねえか!!!!)
気が付けば自分も銃士になっていた。
(・・・何となくじゃねえ! 動機はあったんだ!!! あいつのせいだ!!!)
ルノーは走る。
涙はもう乾いていた。
(あいつにだけは絶対に「女だからしょうがない」何て思わせねえ!!! いつか絶対「このやろうやるじゃねえか」って言わせてやる!!!!)
幼いあの日に見たあの背を。
何よりも眩しいと思ってずっと追いかけてきたあの背を。
いつか追いついて、そして越えて行くために。
ルノーは走った。

「・・・さて、じゃ・・・私は戻るね」
エリックを見てジェーンが微笑んで言う。
「どうやって戻るのですか?」
その問いにジェーンが答えるより早く、その場にもう1人の男が現れた。
それは銃士、温水ヨーイチだった。
「やっほー、ぬっくん。アリガトねわざわざ」
温水に手を振るジェーン。
「お手紙読んでくれた?」
ジェーンが言うと、温水が胸の内ポケットから封筒を取り出して見せた。
「・・・まさか『7年後の自分』からの手紙を受け取る事になるとは思いませんでした」
苦笑して温水が言う。
「ゴメンねぇ。時間跳躍にはさ、どうしても私の『次元を操る異能』とぬっくんの『時間を操る異能』を合わせる必要があるのよねー」
ジェーンと温水が手を合わせる。
そして2人が意識を集中するとそこに「空間の裂け目」が現れた。
「あ、そうだ」
ジェーンが亀裂に伸ばした足を止めてエリックを振り返った。
「言っておくけど・・・もう私こっちには来ないよ。時間跳躍にはすっごいマナ使うんだから。今回だってこの往復だけで私が3年かけて体内に蓄えたマナが全部パーよ」
そう言って肩を竦めるジェーン。
「私らの時代は私らの時代で色々あっからねぇ・・・。できれば今後のマナはそっちに使いたいわ」
「わかりました。お世話になりましたね。・・・7年後の私がどうしているのか、気にはなりますが聞かずにおく事にします」
あは、と笑ってジェーンは亀裂に身体を滑り込ませた。
そして最後にウィンクを一つすると
「それじゃマイパートナー、『7年前の私』の面倒ヨロシク~」
そう言って投げキッスを1つ投げて、ジェーンは「時間と空間の裂け目」へと消えていった。

「・・・・・で」
こめかみをヒクつかせて看護婦が震えている。
「何を考えているんですかお二人とも・・・」
「よぉナース、また世話んなるぜ」
ベッドの上から包帯だらけのカミュが手を上げて挨拶する。
「私は悪くない。そのバカのせいだ。・・・カッコつけて出てってやられやがって・・・。お前私いなかったら死んでたぞバカ!!」
隣のベッドで横になっているルノーが言った。
「おかしいよな何でこんななってんだ俺ら? あのヤロウ・・・つえーな」
「そんなのわかってただろう1回ボコられて!!!」
叫んでからふーっと大きく息を吐くルノー。
「・・・ほんと、ほっといたら何するかわかったもんじゃねえよ・・・」
むくれているルノーを、まあまあとエリックがなだめた。
「幸い今回の負傷は2人ともそこまで深刻なものではないようですし、入院は数日で済むそうですよ。私の完調とほぼ重なりますし、3人で通常復帰できますね」
「ほー、じゃあその数日はお前ジェーンと組みだな。あの意地悪女とせいぜいなかよくな、ひっひっひ」
悪戯っぽく笑うルノーに、エリックはジェーンが「自宅へ帰った」事はもう少し後で告げようと思った。
そこへ、病室に白衣の医師が勢い良く飛び込んできた。
「よぉぉぉぉっし!!! クランケはここかあああああ!!! 私はスーパードクターBBQ!! 喜べ怪我人!! お前達は私の手によって超人に生まれ変わる!!」
病室からはぎゃあぎゃあと騒ぐ声に物を倒す音や何かが割れる音が響き渡った。
そしてその喧騒は飛び込んできた骸柳婦長が全員を黙らせるまで続いたのだった。