第18話 うつりゆくもの-3


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アンカーグランドホテル最上階ロイヤルスィートルーム。
ブロンドの長髪の少女が、豪華な革張りの椅子に腰掛けて乱暴に机の上に足を投げ出している。
「・・・あっれ、曇ってきちゃってんじゃん? かーいそーだったかねー。こんな中『仕事』行かせちゃってよー」
台詞とは裏腹にどうでもよさそうな口調で少女が言った。
少女の言葉の通りに、窓から移る空は先程までの青空とは打って変わって灰色の雲が広がりつつあった。
この空模様では、まもなく雨になるだろう。
「気にされるような方々ではありませんよ、エトワール様」
やや離れた位置で椅子に座り、本を広げていたアイザックが顔を上げて答える。
「・・・それよりも・・・。よろしかったんですか? あんな指示を出して」
「あん?」
ギイ、と椅子の背もたれを鳴らしてエトワールが初めてアイザックへ視線を向けた。
「ですから、霧呼様ご不在の今あまり各勢力と表立って敵対するのはいかがなものかと・・・」
「だーかーらー・・・その為に行かせたんじゃんよ。ちゃんとうち言いましたよ? 『誰も殺すな』って。優しいよねーミナゴロシにしてこいつったっていいのにさー。ここで一発ガツンとやって連中ヘコませておけば後々やりやすいだろ? うち天才じゃんね!」
へへーんと胸を張るエトワール。
(・・・果たしてそんなタマですかねぇ・・・)
アイザックはそう思ったが言葉にはしなかった。
悪戯に主の機嫌を損ねるべきではないと判断したからだった。

三銃士、カミュとエリックとルノーの3人は港湾部のある倉庫へと足を運んでいた。
ここは共和国が貸切にしてある倉庫だ。
今日は今からここで島に派遣してある調査員たちから、『神の門』についての情報を受け取る手筈になっている。
カミュががちゃりと扉を開けて倉庫の中へと入る。
「・・・何だバカヤロ、真っ暗じゃねえか。まだ誰も来てねーのか?」
悪態をついて壁の照明のスイッチを手探りで探すカミュ。
(・・・おかしいですね。時間に遅れるような者たちではない)
「・・・・・なんかいるぞオイ」
だだっ広い倉庫の奥の暗闇に目を向けながら、エリックの服の裾をちょいちょいと摘んだルノーが小声で言った。
「お、これかぁ?」
ゴン、と重たい音をさせてスイッチが入り、倉庫内に照明が灯った。
「・・・・・!!!!!」
倉庫の床には累々と黒服の男達が倒れていた。
「・・・ちっ、誰がこんなふざけた真似・・・!」
ルノーが忌々しげに呟いて刀の柄に手をかける。
「・・・・ふーっ、やっと来たかい」
低い男の声が響き、倉庫の奥の大きな木箱の上に腰掛けていた人影がゆっくりと立ち上がった。
「・・・・なっ!? でか!!!」
思わずルノーが叫ぶ。
立ち上がった人影はそれほどの大男だった。
長身のエリックよりもさらに頭一つ半分くらい大きい。
そして身長だけでなく、横幅もかなりのものだった。
男はダークブルーのスーツ姿だったが、特注のものだろう。
「待ちくたびれたわい。三銃士だな?」
出っ張った腹をパアンと掌で打ち鳴らして男が3人を見下ろした。
「・・・こりゃあ、てめえがやったのか」
倒れている調査員たちを見てカミュが言う。
その言葉には静かな怒りが満ちている。
「おおーそうじゃい。殴りこんだはいいが明かりの場所がわからなくてなぁ。探してあちこちゴソゴソやってたんじゃが、そん時にやってしもうたんじゃろうなぁ。悪いことをしたわ」
ボリボリと人差し指で頬をかいて大男が言う。
「・・・ざけやがってデカブツ。後悔させて・・・」
ルノーの言葉が途中で止まった。
エリックがルノーの前に手を翳して止めたからだ。
「慎重に・・・。下手に動けば全員殺されます」
驚いてルノーがエリックを見た。勿論彼は冗談を言っている顔ではなかったし、こんな時に冗談を言うような男でもない。
つまり今彼は、目の前のこの大男が『自分達3人を1人で殺せるだけの腕を持つ』とそう言ったのだ。
「『ハイドラ』・・・・大龍峰(ダイリュウホウ)ですね」
「名乗らんでもよさそうじゃのお」
大龍峰がニヤリと笑った。
「ダイリュウホウっていや・・・元ヨコヅナっつーあれか」
カミュが上着を脱ぎ捨ててネクタイを緩める。
「・・・恨みは無いんじゃがのー。ちぃとばかし痛い目を見てもらうわい」
足を開いて腰を低く落とした大龍峰が片方の拳をトンと床に付けた。

魂樹とマチルダの2人はパンダ庵でパフェを楽しんでいた。
買い物の帰りである。
長期の滞在に備えてマチルダが色々と必要なものを買い込んできたのだ。
「それにしてもパルテはどこに行っちゃったんでしょうねぇ・・・」
食べ終えて一息ついたところでマチルダがふと呟いた。
その名前を聞いて魂樹も気持ち表情を陰らせる。
「この町に着いた所までは確認できているんですけど・・・」
「たまに寝ながら隣の国まで行っちゃったりしますからねー」
辿り着かない友人が心配な2人。
もっとも着いたら着いたで魂樹には別の心配があるのだが・・・。
その時、誰かが2人のテーブルからひょいと伝票を取り上げた。
「・・・出ろ。払いは持ってやる」
「え?」
驚いて顔を上げた魂樹が伝票を手にした男と視線を合わせた。
東洋風の装束の背の高い赤い髪の男だった。
「・・・言うとおりにしましょう」
マチルダが魂樹に言った。
かつて聞いたことのない、真剣な声だった。
男はカードでさっさと支払いを済ませると、ついて来いの一言も無しにつかつかと表通りを歩き出した。
魂樹たちはカウンターに預けていた各々の武器を受け取ると慌てて男の後を追った。
「どこへ行くつもりですか?」
男の背へとマチルダが声をかける。
この男が自分の記憶の通りの男であるのなら、このまま黙って同行する事は死を意味する。
「港の近くに空き地がある。そこだ。伏兵や罠が怖いのなら、戦いやすい場所をお前達が指定するがいい。仲間を呼びたいならそれも構わん。ただしあまり待たせるな」
マチルダは少し黙った後で
「では貴方の言う通りに港の空き地へ行きましょう」
と言った。
男を信用したわけではなく、今の間にマチルダが無言で放ったシルフは現地へ飛んでその場の走査を終えていたからだった。
そしてマチルダの放ったシルフがもう一箇所向かった場所があった。
仲間を巻き込みたくないと思って、ウィリアム達に連絡を取ることを躊躇ったマチルダは、それでも『彼女』にだけは連絡を飛ばした。
その『彼女』・・・ジュデッカ・クラウドはマチルダからのシルフが自分の下へ連絡を届けた時、町の中央公園に面した電波塔の上にいた。
地上40mの吹き曝しの鉄骨の上に寝そべって、ただ何をするでもなく空を見ていた。
「・・・どこのどなた様に絡まれたって?」
ライフルのスコープを外して下界を見るジュデッカ。
そのレンズに赤い髪の男が納まる。
ジュデッカの口から笑みが消えた。
「遂においでなすったか・・・毒蛇ども。『ハイドラ』クリストファー・緑」
ちょうど3人は港の空き地へと着いた所だ。
上手い具合にリューは自分へ背中を晒している。
風向きを読んでからライフルを構えるジュデッカ。
この距離ならまず自分は外さない。遠距離からの狙撃こそがジュデッカの最大の特技だ。
「・・・・・・まだ顔合わせてもいないけどよ。あばよ、リュー」
銃声は短く響き、撃ち出された弾丸は狙いを誤ることなく、彼女の狙った一点・・・即ちおおよそ2km先のリューの後頭部へと吸い込まれる。
その先の事をジュデッカが認識するのに数秒の時が必要だった。
着弾したと思った瞬間、振り向きもせずにリューは頭をわずかにスライドさせて弾丸をかわした。
「・・・・チッ!!!! バケモンが!!!!!」
暗殺に失敗した事を悟ったジュデッカは即座に鉄塔から下界へと身を躍らせた。
混戦になってしまえばもうここからライフルで狙うのは難しい。
現場へ駆け付けて倒すしかない。

「・・・話の早い奴がいるようだな」
背後からの狙撃を回避したリューが言う。
(『ユグドラシル』を・・・駄目、やっぱり見えない・・・!)
自身の動きから相手がどう反応するかを予め知り、相手の次の動きを自在に誘導するマチルダの異能力・・・まるで世界樹の枝葉の様に分岐する可能性世界を支配する能力『ユグドラシル』・・・その世界中の枝葉はリューからは見出すことができない。
「行くぞ」
リューが呟くのと、マチルダに彼の拳が叩き込まれたのはほぼ同時だった。
ズドッ!!!!!と、炸裂音は一瞬送れて一同の耳へ届いた。
「・・・・・・・・え?」
魂樹が呟いた。
リューが消えたと思った。
次の瞬間にはリューはマチルダの眼前にいて、その拳がマチルダに炸裂していた。
「・・・・・・・くはっ」
マチルダが鮮血を吐く。
まるで見えなかった。
それでも辛うじて手にしたロンギヌスの槍で拳を防いでいた。
一撃で戦闘不能になるはずの未来を回避できた代償に、マチルダの右手の骨が折れ、肋骨にはヒビが入った。
「終わらんか。流石に少しは使えるな、『四葉』」
感情を感じさせない静かな声でリューが言う。
そのリューへ魂樹が放った矢が襲い掛かった。
シルフを纏って不可視の速度へ達した矢を、事も無げにリューは空中で掴み止めた。
その矢を手の中でへし折って、地を蹴ったリューの姿が再び魂樹の視界から消失する。
(・・・・来る!!!!)
魂樹が全身を緊張させる。
「舞台より退場するがいい。魂樹・ナタリー・フォレスティア」
声が、そう聞こえた気がした。
そして魂樹がその姿を視認するよりも早く、唸りを上げたリューの拳が彼女へと襲い掛かった。