第3話 少年の冒険-4

決行の日の前夜、私はまた仮面の道化師の夢を見た。
『その身体では満足に戦えないよ、ウィリアム』
道化師は相変わらずの芝居がかった仕草で大げさに嘆いてみせる。
『力が欲しくはないかい?』
目が覚めた時、私は寝汗をぐっしょりとかいていた。
動悸も早い。
・・・ここしばらく、道化師の夢は見なかったのだがな・・・。

そして夕闇の迫る時刻、サジタリウス号は静かにラーの都近くの空き地に着陸した。
「ここからは徒歩で行こう。船が先に見つかれば先手の利が奴らになってしまうからね」
シルファナに言われて私たちは船を降りた。
クルーたちも全員武装している。
彼らにとっても自分たちの都に自由を取り戻すための戦いだ。
「ウィリアム、あれを・・・・」
ルクが指す方を見る。
!!! 何だこれは・・・・。
周囲には大量の人間大の泥人形がいた。
単純に人間の輪郭を模っただけの雑な造形の泥人形たちの額にはどれも符が貼り付けてある。
「粘土兵だよ。これを準備するのに今までかかった」
シルファナが言う。
「数は500ほど。一度に私が操れる限界の数だ。作成には彼らの手も借りたよ」
言われて見てみればそこにはカバディ軍だ・・・解放軍の面々が手を振っていた。
「粘土兵は戦闘能力は低いし単純な命令しか実行できないが、術の効果時間中なら何度壊されても再生する。陽動や時間稼ぎにはもってこいだ」
粘土兵を城の周囲や城内で暴れさせて兵を分散させ、その間に突入した我々がベルナデットを救出するという段取りだった。
時間をかければかけるほど都のあちこちに配備されている兵達が集まってきてしまう。我々に求められるのはスピードだ。
やがて都の大門が見えてきた。流石にこれだけの数の粘土兵を気付かれずに都の内部へ持ち込む術は無い。
門を破り、太守の城まで一気に駆け抜ける。
「さて、いよいよだね」
シルファナが振り返った。
「腕が鳴るのう。悪漢どもにこの宮本十衛兵の正義の一撃を食らわせてやるわい」
ジュウベイが長槍を握り締めて不敵に笑った。
そのジュウベイの懐からひょこっとベルナデットが顔を出すと、すたっと地面に飛び降りる。
「・・・・皆、今度会う時は元の姿でね」
全員がその言葉に肯く。
「今更だけど、こんな事に巻き込んじゃってごめんなさい。それと、ありがとう」
そう言うと返事を待たずにベルナデットはただの猫に戻る。
「照れくさかったのでしょうね」
ルクが微笑んだ。
「水臭いのう。友の為に身体を張るのは当然の事だというのになぁ」
ジュウベイが鼻の頭を掻く。
・・・・よし、皆行こう!
私の合図で全員が武器を構えて大門へ向かって駆け出した。

門を破り、兵たちをなぎ払いつつ都大通を走る。
「・・・・私には夢がない」
隣を走るシルファナがぽつりと呟いた。
「夢とは希望・・・明日を生きるための活力だ。私にはそれがない」
そしてシルファナは剣を抜いた。東洋式の儀式剣だ。
「・・・・だからせめて、誰かの夢を守ろう」
大きく何も無い空間を斬りつける。するとその空間が大きく切り裂かれてその隙間から星空が覗いた。
迫り来る衛兵達がその空間に飲み込まれていく。
「宝貝・絶界玖龍剣・・・・しばらく事象の狭間に落ちていたまえ」
そしてシルファナが足を止める。
「私はここで連中を食い止める。後を任せるよ」
わかった! 死ぬなよシルファナ!!
「私の事なら心配はいらない。死神には随分と嫌われているからね」
軽く手を振り、シルファナは我々を見送った。

そして私とルクとジュウベイの3人は太守の城へと突入した。
警備の兵達と交戦しながら地下を目指して走る。
流石に陽動でかなりの数が減ってはいるものの、まだまだ城内に残っている兵たちも多かった。
「!!! ウィリアム!!!」
ルクが私の肩を掴んでぐいっと後方へ引き寄せた。
次の瞬間、私がそれまで立っていた場所にバシッと何かが炸裂して石畳を砕く。
ウィップブレード!! ゴルゴダか!!
「・・・・何でだろうなぁ、何でかねぇ・・・・どういうワケか俺はお前が生きてると思ってたよ、バーンハルト」
放った鞭剣を再び縮めて剣の形に戻しながらゴルゴダがゆっくりこちらへ歩いてくる。
すっと私の前にルクが進み出た。
「行って下さい。彼の相手は私がします」
「ほぉ、姉さんが遊んでくれんのかい。いいぜ、今のバーンハルトよりは楽しめそうだ」
ゴルゴダがニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
「・・・さあ、早く。私たちにはこんな所で足止めを受けている時間はありません」
ルク・・・・。
一瞬の躊躇いの後、私はうなずいた。
わかった。任せる。頼むぞルク。
「平常心だぞルク!」
ジュウベイが叫んで私と並んで走り出す。
自らの脇を通過する我々をゴルゴダは黙って通した。
「・・・・いやぁ、ツイてるね俺は。3対1かと思っちまったぜ」
ゴルゴダの軽口に、ルクはふっと笑った。
「ツイている? ・・・いいえゴルゴダ、あなたはとても不運です。家族の見ている前では、私も『この力』を使えませんから」
ざわっとルクの長髪が波打ち、瞳が赤く輝いた。

大廊下をジュウベイと2人で走る。
「ふぃー、今日は駆け通しじゃわい! これが終ったら猪鍋が食べたいのお!」
猪か・・・獲れるんだろうか、こっちでも。
その時、脇の通路から大量の警備兵が姿を現した。
!!! まだこんな数が!!!!
「・・・・いたぞ!!! 射殺せ!!!!」
隊長の号令で弓兵達が一斉に矢を射掛けてきた。
眼前の空間が埋まるほどの矢が飛んでくる。
・・・・ダメだ・・・かわしきれない・・・・!!!!
「ぬおおおおおおっっ!!!!!!」
ジュウベイが私を掴んで抱え込むように抱きしめた。
・・・・・ジュウベイ・・・・・。
一瞬、思考が停止する。
彼に抱きしめられながら、私はその胸板越しに彼の背に何本もの矢が突き立つ感触を感じた。
「・・・・・・どうやら、拙者が行けるのはここまでのようだ。・・・行くのだ、先生よ」
ジュウベイが私の胸を軽く押した。
矢の雨は止まない。しかしジュウベイに遮られて私には矢は届かない。
・・・・ジュウベイ!!
「行くのだ、ウィリアムよ! ・・・男子たるもの、雄々しく優しく・・・・そして誠実でなくてはならん・・・・。拙者らはベルナデットに必ず助けると約束した・・・約束とは誓い、男が友と交わした約束は命より重い!!!!」
・・・・だが!!!
「それができるのは拙者らしかおらぬのだ・・・・行け!!! ウィリアム!!!!」
血が滴るほどに、奥歯を噛み締めて私はジュウベイに背を向けた。
そして奥へ向かって走り出す。
「・・・・そうだ、それでいいのだ・・・・」
ジュウベイがゆっくりと兵の方へと振り返る。
「何故死なん!! 化け物め!!!」
正面を向いた事で、今度は胸板に矢が突き刺さっていく。
「・・・・アヤメよ・・・父の後を立派に継ぎ・・・・人を活かす武の道を探すのだ・・・・」
ジュウベイが1歩前へ出る。ぼたぼたとその足元に血が滴る。
「・・・エリス、DD、ルクよ・・・3人いつまでも仲良くな・・・・そして、これからは拙者の分までウィリアムの力になってやるのだぞ・・・」
1歩、また1歩と兵へ向かって歩みを進めるジュウベイ。
槍を握り締める。その双眸に炎が宿る。
「・・・・蒼雲、今そちらへ行くとするわい・・・・!!!」
うおおおおおおお!!!!!と咆哮を上げ、ジュウベイは槍を振りかざして兵達へと突進した。

地下牢への螺旋階段を駆け下りながら、私は泣いていた。
若返った事で涙腺まで戻ってしまったのだろうか。
涙は止まってくれなかった。
『1人で生きていける人間なんていないのよ』
ずっと昔に聞いた、記憶の底にしまい込まれていた台詞が甦る。
かつてただ1人だけ愛した女性が、命を落とすときに言った言葉。
あの時と同じだ!!
・・・・また私は誰かの命で生き延びてしまうのか・・・!!!!
『今度は私の番』のはずなのに!!!
その私の前に、地下の最奥にある独房の鉄扉が見えてきた。
・・・・あそこだ、あそこにベルナデットが・・・!!!
その時、足元から殺気を感じて私は上へ跳んだ。
影から不気味な黒い波打つ刃を持つ短剣を握った手が現れる。
「ンフフフフフ、かわしましたか」
ズルリと影からヨアキムが出てくる。
「・・・・まさか、あそこから落ちて生きて戻ってくるとは思いませんでしたよ。しかしこんな所までノコノコ子供の姿のままで1人でやってくるとは・・・・」
短剣の刃を舐めてヨアキムがニヤリと不気味に笑った。
「どうやら死に方が変わるだけの話になりそうですな・・・バーンハルト」


最終更新:2010年07月10日 18:09