第20話 鮫の胎動-3


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・・・・この老獣人が、鮫の第二戦闘部隊長・・・・。
「かーっ美味いのぉ。酒はやはり人生の友よ」
ヒャッヒャッヒャッと相変らずビャクエンは笑い声を上げている。
「のぉそうは思わんかウィリアム!」
くるりと尻尾だけで枝の上に戻って胡座をかく。
私は昼間から飲むほどの酒好きではないな。
「なんじゃぁつまらん奴じゃのお。人生を豊かにするもんは酒と女じゃ!いくつになってもやめられんわ!ヒャッヒャッヒャッ!!」
そして急に笑いを止める。
「・・・・じゃが一番やめられんのは、戦じゃのおウィリアムよ」
そう言って先程までの陽気なものとはまるで違う冷たい笑みを浮かべるビャクエン。
「違うかの?」
・・・・私は戦闘狂でもない。
「ヒッヒッヒ・・・じゃが主はワシと同じ血と鉄の匂いに魅入られた者よ。・・・・軍を辞め、生き方を変え、旅をして・・・・だが、どこかに戦いの無い場所はあったかな?」
・・・・・・・・・・・・・・。
「逃れられぬ道なら愉しむのが吉じゃて。のぉウィリアムよ」
瞬間、ビャクエンが枝から飛び退った。一瞬前まで彼がいた場所に鋭いツララが突き刺さる。
「つまんない事ばっか喋る爺さんだね」
それはDDが放ったものだった。
「ヒヒヒヒヒ剣呑剣呑!まこと主の周囲には遊びがいのある奴が揃っておるのぉ!目移りしてしまうわい!!」
跳躍し別の木に掴まりするすると登っていく。
「『宴』の日が来たら誰と遊ぶ事にしようかのぉ!今から楽しみじゃて!ヒャッヒャッヒャッ!!」
笑い声と気配が遠ざかっていく。
しかし私の耳にはいつまでも奴の言葉と耳障りな笑い声が木霊していた。

シャークに四王会議・・・・・。
病院からの帰り道、私は考え込んでいた。
エンリケの話を聞いてからずっと頭に引っ掛かっている事がある。
もしや、シャークの・・・ヴァーミリオンの背後にいるのは四王会議のいずれかの国ではないだろうか。
他の三国の意向で不可侵が決まったもののそれを納得できない一国が自治が成り立たない状態にしておいてから乗り込んで来る、と。
まあ穴の多い推論である。
実際どのような話し合いの元にシードラゴン島の不可侵が決まったのか私は知りもしなかったし、仮に撤回されたとしても一国が自由にできるような状態にはなるまい。
この島にあるという「神の門」を手に入れようとしている国は多い、そうスレイダーは言っていた。
四国の王たちも皆神の門を狙っているのだろうか・・・・。
そもそも神の門とは具体的にどんな力があるのだろう。他の世界へも行けるというが・・・・。
まさか皆で異世界に行きたいわけでもあるまい。
うーむ・・・わからん・・・・。

そんな事を考えながら我々は商店街へと差し掛かった。
するとある食料品店の店先からガランガランとベルを鳴らす音がする。
「ただ今よりこのコーナーのお肉半額ですよーっ!!」
むっ!とエリスがそちらを見る。
「お肉半額!!!」
そう言って猛然と売り場にダッシュする。
何かすいませんね・・・・お金渡すだけで全部任せきりですもんね・・・・。
ウィンザルフのシグルドさん本当にすいません。娘さん何だかすっかり主婦っぽくしてしまいました・・・・。
するとズシン!ズシン!!と重たい足音と共に地響きが伝わってくる。
「どけぇーい木っ端マダムどもがァーッ!!!!」
店の前に影が差す。天をつくような巨大な割烹着にパーマ頭のオバちゃんが悠然と売り場に迫って来る所だった。
「たっ、民子さんよ!!!」
「商店街の覇王、民子さんが!!!」
その腰には、おそらく売り場争いに敗れた敗者たちなのであろう、力尽きた無数のおばさん達がぐったりと括り付けられている。
「フハハハハァ!! 狙うはビィーフ!!!!!」
民子さん牛肉に手を伸ばす。
もうそれだけで戦意を失った他のおばちゃん達は悲鳴を上げて逃げ惑うだけであった。
しかし民子さんの手が肉に届くより一瞬だけ早く、その肉を横から掴み取った者がいた。
「ぬぅ!? バカなぁッッ!!!」
エリスだった。
「おのれ小娘!!!  その肉を寄越すがいい!!!!」
「お断りするわ!!! こっちが先に取ったんだからこっちのものでしょ!!!」
周囲の大気を震わせる民子さんの怒号にもエリスはひるまない。
フシューっと民子さんが呼気を吐いて腰を落として構えをとった。
「愚かな・・・・キサマもこのクズどもの仲間入りがしたいかあッ!!」
腰に括り付けた無数のぐったりおばさんを指して民子さんが凄む。
「相手になるわ!! このお肉は渡さない!!!」
そしてエリスも構えを取る。
「食らって消し飛べィ!!!! 茶煉慈除威!!!!!」
真上から闘気を纏った拳を振り下ろす民子さん。
ドガアッッ!!!と炸裂音が鳴り響き、周囲に衝撃波が走った。
見物のおばちゃん達が木の葉の様に吹き散らされ、周辺の店舗は店員が総出で結界を張り余波を辛うじて防いでいた。
「フッ・・・・終わったな」
民子さんが拳を引く。
そして次の瞬間その目は驚愕に見開かれた。
両手を交差し、エリスは今の一撃を防いでいたのだ。
「倒れないだと!? ・・・・ありえぬわこの覇王の一撃を受けて!!!」
「・・・・・今日は・・・・・」
エリスがゆっくりと拳を引く。
「・・・・うちはすき焼きにするんだからッッッ!!!!!」
ドォン!!!!!!とその拳は轟音と共に民子さんの鳩尾に炸裂した。
おお・・・、と民子さんがズズンと両膝を地についた。
「我が天命・・・・・ここに・・・尽きる・・・か・・・・・」
そしてがっくりとうなだれて動かなくなる。
夕闇の迫る紫色の空を、一筋の星が流れていった。

そこもう煮えてるんじゃない?とDDが言う。
夕食の席である。
ルクが私に肉を取ってくれた。
「いやー・・・・ホントえりりんには頭が上がらないねー」
しみじみ言うDD。
エリスは普段通りに食事を取っている。でもその両手の包帯と頬の絆創膏が痛々しい。
「別に珍しい話じゃないけど」
そう言って豆腐としらたきを取っている。
「主婦業というものを甘く見ていました。世の専業主婦の方々は皆あのような修羅場を潜り抜けてきているのですね」
ルクも心持ち神妙な顔つきで食事をとっていた。
「・・・って、ルク生卵使わないの?」
「あ、私は生の卵はちょっと。そのまま頂きますので大丈夫です」
なんでよー、とDDがルクに絡む。
「すき焼きは生卵で食べるから美味しいんだよー。いいからやってみなってば!」
「いいえいいですから!そのままでも十分美味しいです!」
ぎゃあぎゃあと掴み合いになる。
おいおい、と声を出しかけたその時、
「静かに食べなさい!!!!!」
とエリスの怒号が飛んだ。
二人がビクっとして、はぁいと静かになった。
何故か私まで一緒に恐縮してしまう。
・・・・・しかし、やっぱり・・・・・。
「・・・まったくもう! 子供なんだから」
エリスは我が家にはなくてはならない存在なのだった。

~探検家ウィリアム・バーンハルトの手記より~