第22話 幽霊屋敷の令嬢-2


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互いに無言の時間が流れる。
私は静かにベルの前に移動する。
対するベイオウルフは自然体のままだが、この男はこの体勢からでもどの様な状況にも対応するだろう。
「ウィリアム等という名は別に珍しくもない。まさかと思ったが・・・本当にお前が来るとはな」
落ち着いた声でそう言うと、ベイオウルフは私の背後にいるベルに視線を向けた。
「しかもベルナデット・アトカーシアを連れてくるとはな」
「・・・お久しぶりね、バトラー。ご主人様はお元気かしら?」
状況が逼迫している事を理解しているのかいないのか、ベルは平然と言う。
「無論だ。自分がいる限りお嬢様にお変わりがある事など決してありえん」
こちらもにこりともせず平然と答えるベイオウルフ。
・・・どうする・・・。
内心の焦燥が表に漏れない様に注意する。
魔人ヴァレリアとベイオウルフの恐るべき実力は一度戦って骨身に染みてわかっている。
まったく本来の実力を発揮できない自らの領域の外でも彼らの力は強大だった。
この地も彼らの領域ではないのだろうが、それでも戦うとなれば死を賭したものとなるだろう。
「・・・あのー」
緊迫した空気を、唐突に気の抜けた声が破った。
どこから出したものか、ヤキソバを食べながらエトワールが発言したのだ。
「どうでもいいんだけど、うちら幽霊調査で来たんスけどキャンセルなんでしょうかね?」
その言葉にベイオウルフが沈黙する。
恐らくは自分の一存では状況を決しかねているのだろう。
その時、奥から聞き覚えのある声がした。
「ベイオウルフ・・・何を愚図愚図しているのかしら。調査員が来たのなら早々に仕事にかからせて頂戴」
初めて出会った時の様な、冷徹であまり感情を感じさせない声音・・・『圧し流すもの』の名で呼ばれる8人の魔人の一人、ヴァレリア・バスカーヴィルが姿を現す。
「・・・ふぅん」
ヴァレリアが私の顔を見て小さく呟いた。
表情には欠片も変化は見られない。
一目で彼女は大よその状況を理解したようだ。
「控えなさい、ベイオウルフ。屋敷を戦闘で荒らすつもり?」
「は、お嬢様・・・しかし、ベルナデット・アトカーシアがおりますが」
そうだ。彼女とベルは不倶戴天の敵同士。
互いに自由を得るために殺し合わねばならない間柄なのだ。
「それがどうしたというの? 彼女は私たちが注意を払わなくてはならない存在ではない事はお前もよく知っているでしょう?」
そう言ってヴァレリアはベルを見て冷たく微笑んだ。
「そうよね? ベルナデット。貴女の得意とする召喚術はこの島では神の門の影響でその効果を大幅に減じられる・・・だから貴女は不名誉な『最弱の魔人』の座に甘んじているのですものね」
勝ち誇って優雅に髪をかき上げるヴァレリア。
「そうね。その辺はあなたも知っての通りよ」
ベルも特にその言葉を否定しなかった。
顔から冷笑を消すと、傲然とヴァレリアは我々を見下ろした。
「そういう事よ。貴方達は与えられた仕事をして頂戴。私はその労働に対して然るべき報酬を支払うわ。今日の所は私はそれ以上の事を何も望んでいない」

言いたい事だけ一方的に言い放ってヴァレリアはさっさと奥へ引っ込んでしまった。
プライドの高そうな彼女の事だ。完全に格下に見ている我々相手に二枚舌で罠を張ったりはするまい。
つまり今日の所は向こうに戦闘の意思は無く、ちゃんと仕事したら報酬は支払ってやる、と言う事であろう。
「仕事は説明してある通り、この屋敷に出る幽霊の駆除だ。報酬は・・・」
ベイオウルフが口にした金額は、通常の我々の報酬の数十倍の金額だった。
・・・そういえば、この屋敷もそうだし何故封印を受けてこの地へ飛ばされてきた彼らがこれほどの財を持っているのだろうか・・・。
答えが返ってくることは期待せずに、一応尋ねてみた。
「封印の地でお嬢様が不自由される事が無いように私がお屋敷の資産より嵩張らず高額なものを持って封印を受けたのだ。ここ数百年間は改装した遺跡で我々は暮らしていたが、この町が出来てそれらの資産を換金する事が出来た。ここを購入したのは2年前だ。今は自分が株をやって資産を増やしている」
多芸だな執事ベイオウルフ・・・。
そういえば・・・。
ベイオウルフに案内されながら数名のメイドとすれ違った。
ここは彼ら2人で暮らしているわけではないようだ。
流石にここをベイオウルフ1人で管理するのは無理だろう。
まあ、肝心な仕事の話をしよう。
それで幽霊とは・・・?
「先月の中頃に、地下室の床に自分が隠し扉を見つけた。不用意に開け放ってしまった所、どうもそれから屋敷のあちこちで『幽霊を見た』と騒ぐ者が出てな」
語るベイオウルフは相変わらずの鉄面皮だ。
感情の起伏の少ない主従である。
「初めは使用人の戯言と聞き流していたが、お嬢様まで見られたとおっしゃるのでな。捨て置くわけにもいかなくなった」
その口ぶりではお前は見ていないようだな。
「ああ。自分は一度もそういったものは目にしていない。確認できれば私が自分でどうにかしたいが、見ていないのでは手の打ち様がない。使用人どももこの件では役に立たん。ましてお嬢様にその様な低俗な霊如きの為にお手を煩わせるわけにもいかん」
くわしい話が聞きたければ使用人から聞け、と言われる。
「お嬢様を不快にさせない限りは屋敷の中では自由にしろ。必要なものがあれば自分に言え」

そして我々は屋敷の1室を宛がわれた。
「・・・いやー、それっぽくなってきましたね」
エトワールはニヤニヤしている。
気楽なものだ。
まあ彼女は魔人だ何だとわからないだろうしな・・・。
我々はとりあえず数名のメイドから話を聞いてみる事にした。
皆、見たというのは青白くぼんやりと輝く半透明の人影で、騎士っぽい男性のものだったりドレスを着た女性らしき人影だったりとその種類は様々だった。
今の所、姿を見られているというだけで特に何かしてくるとかそういった具体的な被害は無いようだ。
「その地下室を調べるべきでしょうね」
ベルがもっともな提案をして、我々はその半月前に見つかったという地下室の更に地下の隠し部屋を調べてみる事にした。
単なる床に見せかけた隠し扉を開いて全員でカンテラを手に梯子を下って行く。
研究室のようだった、とベイオウルフは言っていた。
最も彼も日々の雑務が忙しくそれ以上の事を調べてはいないらしい。
そのフロアは数部屋があったが、確かにここで何らかの研究が行われていたと思しき痕跡が要所に見受けられる。
木の棚に並んだ正体不明の薬品の瓶。
机に並んだフラスコや漏斗等の実験器具。
怪しげな書物の数々・・・。
「なーんか随分露骨に怪しいね」
DDが言う。まったく私も同意見だ。
「こっちの部屋は書斎っぽいですよ」
エトワールに言われた部屋に入ると、確かにそこは書斎の様である。
机の上にはかび臭い日記帳があった。
著名は・・・クラウス・ハインリヒ伯爵・・・先ほどベイオウルフに聞いたこの屋敷の以前の所有者の名前だ。
クラウス伯は今より10年近く前、このアンカーが四王国会議によって自治都市の認可を受けてすぐにこの土地を購入し屋敷を建て、元々自分のいた西欧のさる国より家族で移住してきたという話だ。
しかし間もなく伯爵は家族と共に謎の失踪をとげ、屋敷は無人となり数年間放置された。
そのまま数年が過ぎて荒れるだけだった屋敷を伯爵の祖国の縁者が売りに出し、それをヴァレリアが購入したというわけである。
消えた伯爵の日記か・・・。
ページをめくる。
最初の日付は今から10年前だ。伯爵が移住してきてすぐの頃だろう。
『・・・かゆ・・・うま・・・』
・・・1ページ目からもう壊れていらっしゃる!!!!!!!!!!!
普通こういうのって段階を追って後ろのページに行くほど壊れていくもんなんじゃないの!!!!
ところが読み進めて行くと、最初は意味不明の言葉の羅列でしかなかった日記が日数が進むにつれて少しずつ意味のある文章になってきている。
何だかなぁ・・・普通と逆だな。
新しいパターンだ。
ふと、気になるページで私の指が止まった。
『私の全て・・・最愛の娘ミシェーラが・・・事故で・・・事故で・・・。
荷物を満載した馬車・・・。跳ねられて・・・。
娘が・・・私の娘・・・。』
娘が事故? 馬車に跳ねられた?
『娘が・・・馬車を・・・跳ねてしまった・・・!』
跳ねたのかよ。
そのページは字体が乱れて滅茶苦茶になっている。
更に先のページへと読み進めようとしたその時、書斎に凄い勢いでDDが飛び込んできた。
「ウィル!!・・・幽霊!! 幽霊だよ!!!」
む・・・早速出たのか。
にしても取り乱してるな。場慣れしたDDをしてここまで動揺させるような幽霊なのか?
廊下に出るなり、私もその「幽霊」を目撃した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
一瞬、時間が停止してしまう。
確かにそれは幽霊だった。
薄ぼんやりと輝く半透明の人影だ。
・・・しかし、額に鉢巻、短パンにゼッケンの付いたランニング、幽霊だけに足は見えないが見えていればきっとスニーカー履きであろう。
そして数はパッと見数えられないくらい大勢。
団体で走りながらこちらへ迫って来ていた。
・・・うおおおおおおおおおおおおおお彷徨えるマラソンランナーの霊の団体だ!!!!!!!!!!
咄嗟に両脇にエトワールとベルを抱えて猛ダッシュで逃げる。
こっちへ向かってこられると滅茶苦茶怖い!!!!!
だがこれは幽霊本来の怖さとは別な気がする!!!!
首にぶら下がる2人ごと無理やり梯子を這い登って隠しフロアを脱すると、更に階段を駆け上って一階へと戻る。
隣を見るとDDはちゃんと自分の足で付いてきている。
ドタバタと廊下を疾走する我々に、出てきたベイオウルフが怒声を上げた。
「何事だ騒々しい! 不用意に物音を立てるな!!」
見えんのか!! 霊の集団だ・・・!!!
走る速度を緩めず、私は背後から団体で追ってきているマラソンランナーの霊の集団を指した。
「何・・・? 何もいないぞ」
そちらを見てもベイオウルフの表情に変化は無い。
ダメだこいつ見えてない!! 霊感0か!!!!
「・・・煩いわね。挽肉にされたいの?」
そこへヴァレリアも部屋から出てきた。
しかし彼女は私が何か言うよりも早く、マラソンランナーに気付いたらしい。
「・・・・は・・・・?」
と呟くと襟がカクンと落ちて右の肩がはだけたのだった。