第23話 黒い月光-6


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床を蹴る。
自身に残った全ての力を込めて、スレイダーがハイキックを放つ。
対峙するアルテナの手先には緑の芽があった。
また産み出した枝を操って迎撃するつもりなのだ。
・・・だが、構わなかった。
既に殺害の方程式は出来上がっている。
自身の渾身の攻撃力と、彼女の攻撃の強度を計算に入れて。
この蹴りは彼女の攻撃を突き破って致命傷を与えるだろう。
その攻撃を放った自分自身の命を代償に・・・。

「・・・・ダメーッッッッッッ!!!!!!!!」

だがそのスレイダーの視界の外より、「計算外」は飛び込んできた。
2人の間に割って入ったセシルは、スレイダーに向けてアルテナを庇うように両手を広げたのだ。
(何故、彼女を庇う!!!!!!????)
だがもう全ては遅かった。
攻撃は放たれてしまったのだ。
もうスレイダーの中には何も残っていない。身体に残っていた全ては今の攻撃を放つ事で使い切った。
この一撃を止める事も逸らす事も、もうできない事だった。

(・・・ああ・・・)
自身の前にセシルが飛び込んできて庇うように立ちはだかった時に、アルテナは理解した。
(・・・この子には、ばれていたのだ・・・)
その肩を後ろから掴む。
「いいの」
そう言うとアルテナはセシルをぐいっと脇へ避けた。
「・・・ありがとう」
遮蔽物を脇へとどけたまさにその瞬間、射抜くようにスレイダーの蹴りが真正面からアルテナに炸裂した。
吹き飛んだアルテナが背後の女神像に激しく叩きつけられる。
女神像は砕け、その破片は後ろの壁のステンドグラスを割った。
破片は陽光を受けてキラキラと輝いた。
そしてその中を、ゆっくりとアルテナは落ちて床へと叩き付けられた。

「わかっていた・・・わかっていたさ・・・。自分のしている事が・・・ただの幼稚な八つ当たりでしかないことだと・・・」
ひゅうひゅうと荒い息の中でアルテナが告げる。
彼女は仰向けに倒れている。
砕け散ったステンドグラスの破片の中で。
それは物悲しくも、どこか幻想的で神々しい光景だった。
「だがもう、どうしようもなかった・・・お前の言う通りに自分でも止めようがなかった。・・・だから・・・お前に止めて欲しかった・・・」
ごほっと血を吐いて、それでもアルテナが微笑む。
「これで・・・よかったんだ・・・。私は・・・幸せだ・・・」
「一緒に逝くつもりだったのにさ・・・」
スレイダーが俯く。
その側にはセシルも立っている。
「駄目だ」
ふるふると力無くアルテナが首を横に振った。
「・・・あの時、置いていかれたからな・・・今度は私がお前を置いていく・・・仕返しだ・・・」

そっとセシルが2人の側から離れた。
涙に濡れた瞳で倒れたアルテナとその彼女に寄り添うスレイダーを見る。
「そうだ・・・言い忘れていた・・・」
震える手をスレイダーの頬へ伸ばすアルテナ。
「・・・ヒゲ、似合ってない」
そう言ってアルテナはくすりと笑った。
頬に触れていた手から力が抜けた。スレイダーがその手を握り締める。
アルテナは静かに目を閉じて、最後の呼気を吐いた。
2人は寄り添ったまま動かなかった。
絵画の様に、彫像の様にその場からずっと動かなかった。



一夜が明け、アンカー総合病院。
私はようやく薄日が指し始めた東の空を眺めながら屋上で風に吹かれていた。
結局あの後、何とか私はセシルと合流して瀕死だったスレイダーをここへ運び込んだ。
先程彼は何とか峠を越えたらしいと聞いて一安心したばかりである。
フェンスに肘を置いて前のめりに寄りかかる私の肩にふと重さを感じた。
いつの間にか隣にいたセシルが私に頭を持たれ掛けている。
・・・君もちゃんと寝ないとだめだ。昨日は大変だったんだからな。
「うん・・・でも何だか寝付けなくて・・・」
そしてセシルは目を閉じるとふうっと長い息を吐く。
「先生、愛した人と一緒に死ぬのと、自分は生き残るのはどっちが幸せなのかな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
私は答えられなかった。
ただ黙って彼女の頭に手を置いてゆっくりと撫でる。
「・・・先生は私を置いて死んじゃったりしないでね・・・」
セシルはそう呟いて、私の肩にかかる重さが僅かに増した。



アンカーグランドホテル、最上階ロイヤルスイートルーム。
財団貸切の部屋。
ここにはこの世の頂点に位置する者達が滞在している。
完全無欠の力と権威の象徴たち。
本来「深刻さ」とは無縁である筈の彼らのいるこの部屋を、今はその有り得ない深刻さが支配している。
「んあ”~~~~~~~~~~~ったくよー!!!!!!」
苛立たしげに声を上げてエトワールが頭をバリバリと掻いた。
「プライベートの事にまで口挟む気ねーけどさぁ・・・死んでくるなよなぁ!! しかも2人して!!!!」
があ、と咆えるデスクのエトワールの前で、大龍峰が2人分占領しているソファをぎしぎしと鳴らして腕を組む。
「・・・しかし、減ったもんじゃのお。ギランが死んでラゴールは裏切ってリチャードは行方不明・・・オマケにアイザックとムーンライトも逝きよったか」
「ラゴールが向こう側にいる今、現状戦力差は覆ったな」
答えるクリストファー・緑は相変わらずのポーカーフェイスだった。
しばし部屋に沈黙が満ちる。
その時、部屋の扉がガチャっと開け放たれた。
「・・・雰囲気悪いわね、この部屋。音楽でもかけたら?」
入ってきた「彼女」がそう言う。
ぬ、と大龍峰がわずかにソファから腰を浮かせた。
リューも彼にしては珍しく僅かに眉を動かして表情を変えた。
バン!と机に両手を突いてガバッとエトワールが勢い良く立ち上がる。
「・・・キリコ!!!」
そしてひょいっと机を飛び越えるとそのまま走っていって霧呼にバフッと抱きついた。
「わーん! キリコキリコ!!」
「相変わらず甘えんぼうね、エトワール」
微笑んだ霧呼がエトワールの頭を撫でる。
「ごめんよぅキリコ・・・預かってた『ハイドラ』大分減らしちゃったよー」
「知ってるわ。早めに手を打っておいて正解ね」
そう言って霧呼は自らの入ってきたドアを見る。
「入りなさい」
霧呼の声に応じて、ドアの外から「はい」と声がした。
そして静かに扉が開くと、誰かが室内に入ってくる。
それは線の細い色白の青年だった。まだ若い。二十歳には届いていないように見える。
手には魔術師の杖を持っている。
「・・・ツカサか」
名を呼んだリューに青年が会釈した。
「お久しぶりです、クリストファー」
「・・・滅多にバベル・ザ・ドーヴァルト(財団本部)を出る事の無いお前がのォ」
大龍峰が意外そうに言う。その大龍峰にもツカサは会釈する。
「あっれー・・・でも何で? お前来るなんてうち聞いてねーけど・・・」
キリコの腰に両手を回したままで、エトワールが意外そうな口調で言った。
実際にエトワールの元には部下が毎日島へ来る船の乗員をチェックして要人の名があれば報告するようになっている。
だが、そのエトワールに彼・・・『ハイドラ』ツカサの名は報告されていない。
「ここまではあの方にご一緒させて頂きました」
普段の通りの静かな声でツカサが答える。
「・・・何だお前ら集まって!!! デキてるのか!!!!!」
その『あの方』が勢い良くドアを開け放って室内へと入ってきた。
「・・・オメーかよ・・・」
入ってきたシュヴァイツァーを見て露骨にイヤそうな顔をするエトワール。
「フン、ご挨拶だなエトワール。わざわざお前らの為に2つも届け物を持ってきてやったこの俺に」
2つ?とエトワールが訝しげに眉をひそめる。
ツカサと・・・もう1人?
ガランゴロンと下駄の音がすると、室内にぬっと巨漢の和装の男が顔を出した。
野太刀を背負った西洋人のサムライ・・・リチャード・ギュリオン。
サムトーと相打ちになって海に消えたはずの男がここにいた。
「久方ぶりよな御主ら・・・息災そうで何より」
「息災じゃねー奴が何人か欠けちまってるっつの」
半眼でツッコむエトワール。
「全員揃ったわね」
霧呼が言うとハイドラ各人が円陣の形に並んだ。
「・・・番号を」
霧呼が言うと全員が襟を正し、直立の姿勢を取る。
「三番・・・リチャード・ギュリオンとは拙者の事」
「No,4、クリストファー・緑」
「六の大龍峰じゃあ」
「ノイン(9)・・・ツカサ・ファルケンリンク・・・」
各人が答えて、満足そうに霧呼が肯いた。
「結構よ。では随分押し込まれているようだけど、ここから逆襲するわ。いいわね?」
そして彼女は高らかに宣言する。
「・・・我らロードリアス財団の為に」
エトワールがその後を続ける。
「偉大なる総帥、ギャラガー・C・ロードリアスの為に」
最後にシュヴァイツァーが口を開いた。
「・・・そして我らが『理想郷計画』(プロジェクト・アルカディア)の為に」



朝の訪れと共に病院内が動き出す。
さて、一先ず私もオフィスへと戻るとしよう。
今度は離れないようにしないとな・・・。
そう思ってセシルの手を取った。
「・・・あ」
セシルは顔を真っ赤にして、それでも私の手をぎゅっと強く握り返してくる。
「そうだ、先生・・・もう1人お知り合いの人ここにいるんじゃないの?」
セシルに言われて私はああ、と肯いた。
ラゴールの事だ。
奴の電話を不審に思った私は、あの後すぐに今週はこの病院に詰めているシンクレアに電話を入れた。
ラゴールが負傷して来るようなら宜しく頼むと。
先程顔を合わせた時に尋ねてみれば、案の定奴は今ここに治療に来ていた。
・・・仲間には伏せておいて欲しい、とそう言って来たらしい。
セシルはその時の私とシンクレアのやり取りを聞いていたのだ。
いや、彼はいいんだ。そっとしておいて欲しいらしい。
そうセシルに私は言う。
奴がどんなつもりかは大体わかっている。
感謝して知らないフリをしておくのがいいだろう・・・。
ラゴールの病室の前を、その戸を叩かずに通過する私とセシル。
・・・? しかし中が随分騒がしいな。
「・・・さあお前はどんなキノコになりたい!!!!!!??? シメジか!!! キクラゲか!!!! マイタケかァァァァァァッッ!!!!!!!!」
「あ”~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」
背後に友の絶叫を聞きながらそそくさと私は病院を後にしたのだった。

~探検家ウィリアム・バーンハルトの手記より~