第9話 エトワールの憂鬱 -1


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ファーレンクーンツ共和国、首都エイデンシティ。
その中枢、共和国議会の議員室に三銃士のリーダー、カミュ・オニハラは招集を受けてやって来ていた。
…どうせロクな話じゃない…。
カミュには何となくそれがわかった。
ここの所、自分達銃士隊を取り巻く環境は随分悪い方向へ進んでいる。
エリックを殺され、ルノーは行方不明。
さらに畳み掛ける様に優秀な隊士が数名、軍の各所へ引き抜かれて行ってしまった。
そして現在、顰めつらしい顔をした上院議員数人を前に、何とも居心地の悪い思いをしているカミュであった。
彼の想像の通りに、話の内容は彼の陰鬱な気分に強力な追い討ちをかけた。
「銃士隊の中核であったエリック銃士は命を落とし、ルーシー銃士は半月経った現在も所在不明だ。死体が見つかっていないだけだろうという見方もある」
「これも世代の移り変わりを表しているのではないかね?」
「我々としては、ここで君も第一線を退き、後進の指導に当って欲しいと考えている」
抑揚の無い声で順に言葉を発する上院議員達に、カミュは内心で舌打ちした。
この様子ではもう連中は辞令を用意してあるだろう。
「自分じゃまだまだ現役でやれるつもりなんスけどね…」
とはいえ、このまま自分が居座れば新しく選ばれた2人と三銃士を名乗る事になるだろう。
(…ま、俺の相方はお前ら以外にいねぇか)
脳裏を過ぎったエリックとルノーの姿に、一瞬カミュは目を細める。
「命令であれば、従います」
そう言ってカミュは踵を鳴らして敬礼した。

その報告を陸軍大佐、レオンハルト・ビスマルクは自身の執務室で聞いた。
午後の光の差し込む執務室には、淀みない部下の報告の声が響いている。
「そうか。飲んだか。…まあ、そこで歯向かっても自分の首を絞めるだけだからな」
デスクに座ったビスマルクの表情は普段通り。
計画通りに事が進んでいても、彼にはそれが当然の事であり特に喜ぶには値しない。
「ご苦労だった。近くこちらの息の掛かった人間を新しい指揮官として銃士隊に送り込む。その後は連中は斥候の代わりにでも使ってやるさ」
そうビスマルクが言うと、敬礼をした部下が退出していく。
自分以外誰もいなくなった執務室で、静かに湯気の立つマグカップを口へ運ぶビスマルク。
『ユニオン』の尖兵として大統領を傀儡とし、共和国中枢を半ば乗っ取ったビスマルク。
彼の目的は共和国を使い侵略した各地に秘された古代の叡智を回収する事だ。
だが、それとは別に個人としての思惑もある。
それは自身がラウンドテーブルの筆頭となり、ユニオン全体を指揮する事だ。
現在、ラウンドテーブルは暫定的にピョートルが取り纏める形になっている。
しかしそれは彼が実力を持って他の12名を納得させて勝ち得た地位ではなく、いわば『成り行き』の様なものであった。
内心それを良く思っておらず、隙あらば取って代わろうとしている者は自分以外にもいる。
気取って涼しい顔をしているヴェルパール等がいい例だ。
ビスマルクが円卓のメンバーでも敵に回したくないと思っている者は2人。
かつての英雄、武を極めたと言われる男、ジオン。
そして真竜…レッドドラゴンの生き残りであるエウロペア。
この2人がユニオンの実質的な支配者である円卓筆頭の座にまったく興味を持っていない事は彼にとっては大きな幸運だった。
そして今、ビスマルクは円卓の中でも表社会で行使できる力が最も大きいメンバーであった。


央海、ロゼッタ諸島。
各大陸への海の中継地点、カマナの港町。
多くの旅行客で賑わう港町を、1人の男が歩いていた。
黒のシルクハットにマントコート、洒落た獅子の頭の握りの付いたステッキを手にしたその出で立ちは西欧貴族の様だ。
潮風に男のブロンドが揺れると、彼は苦々しげに舌打ちをしてシルクのハンカチを取り出し口元に当てた。
「…やれやれだよ。生臭い…この磯の香りという奴はどうにも好きになれんね。それに、この町並み…」
は、と鼻で笑って男が見下す様な半眼で町並みを見回す。
割と栄えている港湾部の向こう側に、鄙びた石造りの家屋が並ぶ市街部がある。
「安っぽい。…そして薄汚いよ。高貴な私が訪れるのにこれ程相応しくない地もないねぇ。まったく、それもこれも全部彼らのせいだがね…」
男が遠く遠隔の地、円卓に座す自らの同胞の内3人を思い浮かべる。
「円卓のメンバーが3人も出て行って討ち漏らしてくるとは! 恥だ恥だよこれは恥ずべき事だ。お陰で高ォ貴なこの私がこんっっっな辺鄙な田舎まで尻拭いに来なければいけなくなる…」
ハンカチで涙を拭く仕草をしながら男が耐え切れないとでも言う様に首を横に振る。
そこで男がふと足を止めた。
通りに面した店のショーウィンドウに自分の姿が映っている。
「ふふん…」
男はショーウィンドウの自らの姿に満足そうに鼻を鳴らすと、指先で襟元を整えた。
「うぅぅぅむ…今日も実にエレガントだね! 全身から高貴さが滲み出ているよ」
やや上機嫌になった男は、鼻歌を歌いながらくるくるとステッキを回して再び歩き始める。
男の名は、カール・アドルフ・ミューラー。
「黒騎士」(ブラックナイト)の二つ名で呼ばれる13人のラウンドテーブルのメンバーの1人だった。

カマナの宿、「海獅子亭」
その一階ラウンジ、昼食の席にて…。
「…………」
ムスっとした顔でエトワールが食卓に着いている。
不機嫌です、と額に書いてあるような怒り顔の彼女の周囲は蜃気楼の様にゆらゆらと景色が揺れている。
その手の中でロブスターの殻が割られてパキッと小気味の良い音を立てた。
そんな彼女を眉を顰めてELHが見る。
彼は自分の手元の丼とエトワールを何度か交互に眺めた後で、
「わかったわかった…しし唐あげるから」
そう言って自分の天丼からしし唐の天ぷらをエトワールの皿に乗せた。
「いらねーよ!!! っつかおめーそれ自分が食いたくねーモンうちに回したろ!!!」
があ、とエトワールが咆える。
ELHは、しし唐を拒絶されやや困った顔をした後…。
「じゃあ、オクラあげるから」
と、今度は自分の丼のオクラの天ぷらに箸を伸ばした。
エトワールはそんなELHをギロリと睨むと、やおら海老の天ぷらにフォークをドスッと突き刺した。
「あっ!!」
表情を凍りつかせるELHの前で海老の天ぷらをバリバリと食べるエトワール。
その様子に何故か「ウッ」と呻いてエビ・ワン・ケノービが自分の胸を押さえていた。
ウィリアムと魂樹も何となくそんな彼女の方を気にしていた。
「ちょっと…騒がしいわよ。食事くらい静かにとって」
見かねて魂樹が苦言を呈する。
「うっせーなこのロールパン頭! 今日で10日だぞ10日! うちはヒマじゃねーんだつってるだろうが。いつまでもこんなとこで足止め食ってる場合じゃねーんですよ」
エトワールが苛立たしげに怒鳴る。
彼女の言うとおり、ウィリアム一行が聖王の鎧の安置されていた島から戻って今日で10日が過ぎようとしていた。
聖王の武具を集める為に各地を回る事にした彼らが最初の行き先は中央大陸の聖王国廃都であったが、その中央大陸へ向かう船が途中の航路にハリケーンが発生している為に出航できずにいるのだった。
「こっちだって急ぎたいのは山々だけど、天気はしょうがないでしょう」
はぁ、と魂樹がため息をつく。
迂回する航路もあるにはあるが、それでは目的地へ到着するまでに半月近くロスする事になる。
現状、ここまで待ってしまったのだから、もう彼らには嵐が過ぎるまで待つより他ないのだった。
「…すまないね。エトワール」
実際申し訳なさそうに、両眼を包帯で覆ったウィリアムがエトワールに頭を下げた。
途端にエトワールがわたわたと慌てる。
「や、そこでセンセにそんなふーに頭下げられちゃうとうちの立場がないっていうか…そこは『コイツしょーがねーな』みたいな目で流して欲しかったっていうか…」
まくし立ててから、ふとエトワールは何かを思い付いた風情で動きを止めた。
そして、座ったままつつつ、と椅子をウィリアムの方に寄せると、ばふっとその胸に顔を埋める。
「もーうちのフラストレーションも限界っぽいんで、1つここはセンセにその辺り癒して貰いたい所存でありまーす」
ゴロゴロと喉を鳴らしてウィリアムの胸元に頬を寄せるエトワールをガバッと魂樹が引き剥がした。
「ちょっ! 何すんだテメェ!!!」
「離れなさい!! あなたにはエビあげるから!!!!」
勢い良く椅子ごとエトワールをエビ・ワンに押し付ける魂樹。
どがっしゃんと派手な音を立ててエトワールとエビ・ワンが床に転がった。
「…ってーなぁ。凶暴なエルフですよまったく…」
文句を言いつつエトワールが立ち上がる。倒れた時にエトワールに肘をミゾオチに落とされたエビ・ワンは泡を吹いて昏倒している。
オマケに今そのエビ・ワンをエトワールは踏んでいた。
「もう…! ELHさんも何か言ってやってください! …ELHさん?」
ELHは1人そんな騒ぎに背を向けて明後日の方向を向いている。
ぶすっと口を尖らせてちょっと涙目だ。
「終わった…もう終わったよ何もかも。エビ天の無い天丼とか終わった! 拙者の人生も終わっちゃったもんね!!」
「何でそんなレベルでやさぐれちゃってるんですか!!!」
言ってから困ったように魂樹は自分の皿を見た。
しかし自分はもう食事を終えてしまっている。
「え、えーと…パセリあげますから…」
がっしゃん!と盛大な音を立ててELHが椅子から落ちた。

カマナの港に一隻の軍船が入港している。
要所を鋼鉄で補強された漆黒の船だ。
その物々しさに、周囲を行く人々は不安そうにひそひそと囁き合っていた。
上がった旗には黒地にランスと斧の交差した上に鉄兜の横顔が意匠されている。
傭兵団「黒騎士団」(ブラックナイツ)の旗であった。
その船へ主が帰還する。
コツコツと床を鳴らして自身の船室に戻ってきたミューラーに、控えていた2人の黒騎士が頭を下げる。
黒騎士達は皆、フルプレートで完全に身を固めており、外気に肌が触れている部分はまったくない。
鉄兜の奥で淡く赤く輝く両眼が何とも不気味である。
「まったく…折角来たのだし観光でもと思ったが、無駄な時間だったよ。まるで得るもののないつまらん島だ」
心底下らない、という様に嘲笑交じりに言うと、ミューラーは黒騎士の引いた椅子に座る。
「さて。こうなればもう一刻も早く仕事を済ませてこんな所はおさらばするに限るが…。連中をどう始末するべきだろうねぇ…高貴な私としては」
顎を上げて首を傾け、芝居がかった仕草で考えるミューラー。
そして彼はくるりと体を回すと、斜め後ろに控えていた無言の黒騎士をビッと指差した。
「なるほど? 正々堂々と名乗りを上げて討ち果たすのか! 確かにそれもいいね。高貴にして勇猛な私にピッタリだ!! …だがねぇ?」
その突き出した人差し指でくるりと空中に円を描くとミューラーが表情を歪めて笑った。
「そもそも、『正々堂々』なんてものはね、相手と自分が対等だからこそ成り立つ思想だよ。連中にこの高貴な私と対等に扱うだけの価値があるかね?」
そこで言葉を切ると、ミューラーはははっ、と笑って肩を竦めた。
「…いいや、ないね! つまりだ。連中にそんな敬意を払う必要など皆無! 私達はただ最小の労力で仕事をこなせばいいだけなのだよ」
自分の意見に心底感じ入ったように深く何度も肯くミューラー。
黒騎士達は相変わらず無言で彼の周囲に控えている。
ミューラーは胸の内ポケットから1枚の写真を取り出すと机の上に置いた。
そこには1人のエルフ…魂樹の姿が写っている。
「魂樹・ナタリー・フォレスティアか…フォーリーヴスクローバーの一角とはいえ、所詮は非力な女。ここは1つ彼女を人質に取り、無抵抗な連中をあっさりと殺す事にしようじゃないか。スマートかつエレガントにねぇ」
そう言うとミューラーは立ち上がり、胸を張って黒騎士達を振り返った。
そんな主に黒騎士達は無言で武器を構えて敬礼したのだった。