第27話 理想郷計画-8


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ツカサ・ファルケンリンクの幼い頃の記憶は白一色だった。
白紙という意味ではない。
収容されていた施設の白一色の内装。
そこで働く職員達の白い衣装。
そんな白色の続く記憶。
色々な装置に繋がれ、
大量の薬物を投与され、
データを採られ続ける毎日。
それを辛いと思った事は無かった。
物心つく頃には、既にツカサの心は壊れて麻痺してしまっていたから。

ある時、ツカサは研究者より一枚の写真を手渡された。
「それはお前の姉だ」
その男は端的にそれだけを告げた。
「・・・姉さん」
その時は良く意味がわからなかった。
それでもツカサは可憐に笑う少女の写っているその写真を大事にしまっておいた。
やがて時は過ぎ、それでもツカサは幼い頃とほとんど変わらない毎日を送っていた。
変化があった事と言えば、最近は研究内容に「運動」が加わるようになっていたという事。
用意された生き物を「停止」させろと要求される。
白だけだったツカサの記憶には、赤い色が追加された。
1日の実験が終わって眠る事を許された時間に、ツカサは良く姉の写真を見て過ごすようになっていた。
「姉さん・・・僕の、姉さん」
不思議とそうすると実験で負った傷の痛みも薬物の投与による副作用の不快感も薄れていくような気がした。
気が付くと頬が緩んでいる、そんな現象もツカサは初めて経験した。
それを「笑顔」というのだと、ツカサは知らなかったのだけど。

真紅の大鎌「バビロン」を振るいツカサがセシルを追い詰める。
切り裂かれて血の流れる右の二の腕を左手で押えながら、セシルは必死にツカサの猛攻を掻い潜る。
「ツカサ!! 話を聞いて・・・私は・・・」
傷付きながらもセシルは必死にツカサに呼びかけた。
「姉さんを・・・殺す・・・!!」
しかしツカサはその言葉に耳を傾けずに攻撃を繰り返す。
2人を見つめるネイロスが嗤う。
「そうだ・・・ツカサよ。お前は6度の強化手術を経て今究極の生物兵器へと成長した。さあ・・・ツカサよ・・・姉を自らの手で殺し、最後に残った不純物を自分の中から排斥するのだ。・・・フフフフ・・・ハッハッハッハ!!」
ネイロスの哄笑を背に受け、ツカサがバビロンを大振りにする。
その一撃を退きながら回避したセシルは、遂に足を取られその場に尻餅をついた。
「・・・殺す!!!」
その頭上へ、ツカサがバビロンを振り上げた。
「ダメだ!! ツカサ!!!!」
襲い掛かる無数のナイトゴーントと死闘を繰り広げつつヨギが叫んだ。
ネイロスがその細い眼窩に狂喜の光を浮かべた。
「!!!!」
かわす事も防ぐ事ももうできない。
そう悟ったセシルが身を強張らせて瞳を堅く閉じた。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、自らに死をもたらす筈の最後の一撃は、セシルへと振り下ろされる事は無かった。
「・・・ん?」
ネイロスが怪訝な表情を浮かべる。
恐る恐るセシルが瞳を開いて眼前のツカサを見る。
ツカサはバビロンを振り上げた姿勢のままで固まっていた。
「い・・・いやだ・・・」
ツカサは震えている。その両目からは涙が零れ落ちていた。
「姉さん・・・殺せない・・・いやだ・・・。助けて・・・姉さ・・・」
「・・・ツカサ・・・」
苦しむツカサにセシルが呆然とする。
「ここへ来てイレギュラーが発生するとはな。私のマインドコントロールが不完全だったという事か・・・」
忌々しげに呟いてネイロスが右手を翳した。
掌の先に発生した魔力球から周囲に魔力波動が放たれる。
「!!! うああああああああああっっっっ!!!!!」
ガシャン!!とバビロンを地面に落としたツカサが両手で頭を抱えて激しく苦しみ出す。
「ツカサ!!!」
立ち上がったセシルがツカサへと手を伸ばす。
しかしそのセシルの手に交差するかのように、素早く伸ばされたツカサの手がセシルの首にかかった。
「・・・・かはっ!」
セシルが苦悶の表情を浮かべる。ツカサがその両手でセシルの首を絞める。
「姉さん・・・殺・・う・・コロ・・す・・・」
ツカサの頬を濡らす涙は赤い色に変じていた。
血涙を零しつつ、ツカサはセシルの首を締め上げる。

そのツカサの様子に満足そうにネイロスが笑みを浮かべたその時、そのすぐ脇でドォン!という爆発音が響いた。
怪訝そうな顔でネイロスがそちらを見る。
無数の肉片に砕かれたナイトゴーントがバラバラと空から降ってくる。
そして立ち込める煙の向こうからヨギが姿を現した。
「ネイロス・・・」
ヨギが眼鏡を外す。
「許さん・・・!!!!」
握り締められた眼鏡がヨギの手の中で粉々に砕け散る。
「私の実験の邪魔をしないでもらおうか・・・ヨギよ。お前では私を倒す事などできはしない」
嘲笑してネイロスがヨギと向き合う。
言葉の消えた両者の間を乾いた風が吹き抜けた。


倒れてもがくマキャベリーの元へリューが歩み寄る。
苦しむフリをしながらマキャベリーが伏せた顔を笑みで歪ませる。
そしてマキャベリーの想定していた距離までリューは足を進めた。
「油断したなぁッッ!!! クリストファー!!!!」
その瞬間、マキャベリーは弾かれた様に上体を起こした。
両肩には機械仕掛けの蜘蛛がいる。
2匹の鋼の蜘蛛がブレードワイヤーを射出する。
しかしリューはそれを読んでいた。無言のまま彼は2発の指弾を射出する。
マキャベリーの両肩から風穴を開けられた蜘蛛が火花を散らしながら吹き飛んだ。
先の戦いの経験から、リューはマキャベリーの背の蜘蛛を警戒していたのだ。
・・・そして、ここまでは全てマキャベリーの想定内。
「!!」
リューが眉間に皺を刻んだ。
マキャベリーが瞳に澱んだ輝きを満たして自分を見ている。
その目は「策を見破られた男」の物ではない。
マキャベリーの操る機械蜘蛛は背にいる2匹だけではなかった。
全部で13匹。残りの11匹は先程シンラ達との戦いの最中に既にこの周辺に配置してある。
その11匹が今、必殺の射程内にリューを捉えた。
勝利を確信したマキャベリーが犬歯を見せて口を笑みの形に吊り上げたその時、周辺から11の爆発音が響いた。
「!!!! 何だ!!!!!??」
驚愕したマキャベリーが目を見開く。
自身の切り札、11の機械蜘蛛が破壊され爆散している。
リューも怪訝そうに周囲に鋭く視線を走らせている。
「黙って眺めておるのもヒマなもんでの」
顎の毛をもふもふ撫でながら仁舟老人が進み出てくる。
「手慰みに少しな。御気に召したかのう」
爆発音の轟いた場所からそれぞれ何かがぴょんぴょんと地面を跳ねてこちらへ近付いてくる。
それは折り紙で折られた蛙だった。
「・・・あああ・・・ああ・・・」
ガクガクと震えながらマキャベリーが必死に立ち上がる。
右足の傷口から血が噴く。
「ちくしょう・・・!!! お前らぁぁぁ・・・!!!」
憎悪と狂気を孕んだ瞳でマキャベリーがリューと仁舟を睨み付けた。
「こんな事をしてただで済むと思っているのか!!! どうしてわからん!! このクズどもがあ!!!!」
唾を飛ばしてマキャベリーが絶叫する。
「この世界を見てみろ!!! どれだけ下らん頭の悪いゴミどもが犇めいていると思っているんだ!!! ギャラガー様はそれを正して下さろうとしているんだぞ!!! その理想の崇高さ、素晴らしさがどうしてわからない!!!! そしてその第一の僕であるこのマキャベリーを傷付ける事の罪深さがどうしてわからんのだ!!!!!!」
ザッとそのマキャベリーへリューが1歩近付いた。
ヒッ!と悲鳴を上げたマキャベリーが反対に後ずさる。
「たった一言だ、マキャベリー」
リューが静かに告げる。
「な・・・に・・・?」
「総帥の理想も今の俺には関係が無い。たった一言、お前は余計な事を言った。お陰でこうして俺は地獄の底から幽鬼の様に彷徨い出てくる羽目になった」
リューが腰を落とし、拳打の構えを取る。
マキャベリーが懐から拳銃を取り出してリューへと向ける。
「クリストファーッッッッ!!!!!!!」
「これが・・『料理人風情』だ、マキャベリー」
弾丸をかわし、リューがマキャベリーのボディへ深々と拳を突き刺した。
「・・・ぐぶ・・・ぇ・・・」
飛び出さんばかりに目を見開いて、呻いたマキャベリーが意識を失い崩れ落ちた。

倒れたマキャベリーをちらりと一瞥してリューが仁舟老人を振り返る。
「これで・・・借りが2つだ」
その言葉に仁舟老人が静かに頭を振った。
「いんや・・・2度ともこっちが勝手にやった事じゃよ。気にせんでええ。貸しだ借りだとむず痒くて面倒くさいわい」
そして仁舟老人もうつ伏せに倒れているマキャベリーを見下ろす。
「とどめはいらんのかね?」
ああ、とリューが肯く。
「散々人から借りた上での勝利だ。命まで取るつもりはない」
「こやつが復活したらまた狙われるかもしれんぞい」
言われてリューが静かに瞳を閉じる。
「その時は、改めて雌雄を決するとしよう」
そしてその2人に勇吹を抱きかかえたシンラが近付いてくる。
勇吹の様子を仁舟老人が診る。
「うーむ・・・大分衰弱しておるのお。しばらくは静養が必要じゃろうて」
その勇吹を再度シンラの手から受け取り、リューが背負った。
「彼女は俺が安全な所まで連れて行く。どちらにせよ俺はこれ以上この戦いに関わる気は無いのでな。財団とはこれで袂を分かつが、総帥には身一つだった俺を引き上げて店を持たせてもらった恩もある。拳を向けるつもりはない」
そうか、と仁舟老人が肯いた。
「命を大事にな、クリストファー・リューよ」
「・・・お前達もな」
そして両者は別々の方向へと歩き始めた。

そして4人が立ち去り、残されたマキャベリーの傍らにすっと白い影が立ち上がった。
「ンフフフフ・・・ここまで全て私の計画通り」
ピョートルが扇子で口元を隠して笑う。
「・・・おや?」
そのピョートルの眉がピクリと上がった。
「ほほーぅ・・・これはこれはお優しい事ですな。とどめを刺して行かれないとは。・・・ンフフフ、私は死体でも構わなかったのですがねぇ」
バサッ!と扇子をピョートルが翳すと、マキャベリーの身体がガクンと震えてゆっくりとその場に浮かび上がった。
「まあ生きているのなら生きているなりのやり方にするとしましょうか! ・・・さぁマキャベリー・・・あなたには語って頂きますよ。あなただけの知る『あの秘密』についてね・・・ンフフフフフ」