最終話 Fairy tale of courage-8


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DDは私達を逃がそうと、大広間の入り口を分厚い氷壁で閉じてその向こうに1人で残った。
・・・彼女を置いて我々だけで脱出するわけにはいかん。
しかし折角作ってくれたこのチャンスに、せめて戦えない者だけでも安全な所へ逃がしてやりたい。
私はそう考えて手早く指示をする。
エリスやベルの様に元々財団と戦うには力不足の者や、悠陽やジュピターの様に現時点で力を使い果たしてしまっている者・・・そう言った者たちを一先ず脱出させる。
彼らだけで行かせるのは危険なので、それなりにまだ動ける者から護衛を出さなくてはいけない。
私はその役目をうぐいす隊の面々に頼んだ。
元よりアンカーの町の警察機構である彼らをこれ以上財団との戦いに巻き込むのが心苦しかったというのもあるのだが。

そして氷壁の前には、私やレイガルドを初めとする比較的負傷の度合いの浅い者達が残った。
・・・まずはこの分厚い氷の壁を破らなければ!!
皆、それぞれの武器を構えると氷の壁に向かって力一杯突き立てる。
しかし氷壁はこちらの想像していたよりもずっと堅固で小さく氷片を飛ばしながら我々の武器を弾き返した。
「くそったれ・・・コイツぁ厄介だぜ」
イラついた様にレイガルドが言う。
「こんな狭いとこで大技ぶちかましたんじゃ、俺らが生き埋めになっちまうしな・・・」
レイガルドの言う通りだった。
我々は氷壁の表面を少々削り取るのが精一杯だ。到底破る事などできそうにない。
・・・焦りばかりが膨らんでいく。
この壁の向こうには、DDが大量の六道衆に囲まれて1人でいるというのに・・・。
「・・・ちょっと・・・! センセ!」
突然サムトー(この時点でまだ私は彼の名を聞いていなかったのだが)が私の手を引いてぐいと後ろに引き寄せた。
次の瞬間、私の眼前を赤い細い光が薙いでいく。
そして永久に破れる事は無いのではないかとまで思った分厚い氷の壁が、ピッと走った斜めのラインに添ってズレた。
轟音を立てて斜めに滑った壁の上部が崩れ落ちる。
そして再度走った赤い光が、今度は残った氷壁の下部を真っ二つに断ち割った。
見覚えの無い赤い髪の女性が出てくる。
「・・・!・・・」
女性は我々に気付くと僅かに眉をピクリと上げて足を止めた。
「この場に留まったか。・・・愚か者め。仲間が命がけで作った時間を無為にしたか」
そう言って女性は真っ赤に血で染まった両手を取り出したタオルで拭っている。
・・・自分の血では・・・なさそうだ・・・。
息が苦しくなる。
自分の鼓動の音が耳の奥に痛いくらいに鳴り響いている。
DDを・・・どうした・・・。
女性に問う私の声は掠れていた。
「中々に見所のある奴だったが・・・」
女性が足元に血で汚れたタオルを無造作に投げ捨てる。
「生憎とこちらも作戦行動中だ。手心を加えるわけにはいかなかった。・・・せめて手厚く葬っておこう」
女性が振り返り、背後を見る。
視界が開かれて奥が見通せるようになる。
・・・床に真っ赤に血が広がって、その中にDDがうつ伏せに倒れていた。
ぴくりとも・・・動かない・・・。

私は咆哮した。
或いは悲鳴を上げていたのかもしれない。
剣を構え、目の前の女性へと斬りかかる。
同時に他の仲間たちも動いていた。
「ええい・・・ワラワラと鬱陶しい!」
女性は顔を顰めると視線を斜め上へと向けた。
「数名任せるぞ! 相手をしてやれ!!」
「・・・応ッ!!!」
女性の声に答えて天井付近から低い声が聞こえた。
同時に振ってきた巨大な何かが数名の仲間たちを押し潰す。
それは見上げるような巨体のオーガだった。
東洋風の鎧で武装しており、両手に一本ずつ金属製の黒い棍棒を持っている。
「・・・俺の名は土鬼」
オーガの戦士がドキ、と名乗る。
そして組み敷いた仲間達に向かって、両手の棍棒を何度も振り下ろす。
「『地獄太鼓』だ・・・体中の骨が粉になるまで打ちのめしてやろう!!!」
舞い上がる砂煙でドキの足元にいる仲間たちが誰なのかは私からは見えない。
響き渡る骨の砕ける音と舞う血飛沫だけが視界に映る。
やめろ、と叫んでいた。
そちらへ向けて1歩踏み出したその時、背後から強い殺気を感じた。
「仕掛けておいて気を逸らすな! 愚か者め!!」
赤い髪の女性がこちらへ両手を向けている。
その10本の指先に小さな赤い光が灯っていた。
「『竜の爪』(ドラゴンクロウ)」
10本の赤い光が虚空を薙ぐ。
それはまるで風に舞う帯の様に空中で大きく弧を描いて私たちへ襲い掛かってきた。
身体を灼き貫く赤い光から、必死に身を捩って致命傷を免れる。
「竜の力・・・!!! 同族(ドラゴン混じり)かよ!!!!」
同じ様に赤い光を浴びて傷を負いながらレイガルドが叫ぶ。
「同族だと・・・?」
女性が表情を歪める。
そしてフッと姿を消すと、次の瞬間女性の姿はレイガルドの真正面にあった。
そのまま上げた右の掌をレイガルドに向ける。
「このエウロペアをお前達の様な『混ざりもの』と同じと抜かすか、恥を知るがいい」
ドン!!!!とエウロペアと名乗った女性が掌から放った衝撃波がレイガルドを吹き飛ばす。
背後の壁に力一杯叩きつけられ、レイガルドが血を吐いた。
「エウロペアだと・・・!!」
崩れる瓦礫と共に地に落ちるレイガルド。
「レッドドラゴン・・・エウロペア・・・」
そう呟いて、レイガルドは地にどう、と倒れ伏した。

私は立ち上がろうとしてその場に横倒しになった。
見れば・・・右足が穴だらけだった。
開いた無数の穴からぶすぶすと黒い煙が上がっている。
痛みは・・・もう麻痺してしまっているのか感じない。
「こんなものか。まあ元よりお前たちは手負い。戦を楽しめるような状況では無かったがな」
エウロペアがそう言うと、ドキも手を止めてのっそりと立ち上がった。
「せめて苦しまないように息の根を止めてやろう」
そう言ったエウロペアの手の中に、また小さな赤い光がいくつか生まれる。
・・・ドラゴンクロウ・・・もう今の私にあれは回避できない・・・。
だが・・・!!!!
左の膝を立てて、右手を床に突いて、私は必死に立ち上がろうとする。
右足の無数の穴からはどくどくと血が流れ出す。
それと共に麻痺していた痛みが蘇り、耐え難い激痛が私の全身を走った。
喉を上がってくる絶叫を歯を食いしばって噛み殺す。
エウロペアを睨みつける。
「その眼は・・・」
それまで無表情に私を見ていたエウロペアの表情がふっと綻んだ。
「私の好きな眼だ。敵で会ったのが残念だぞ」
そして彼女の手の中で赤い光が煌めく。
ドラゴンクロウが私に迫る。
死の瞬間を予見し、私が身を固くした瞬間、ガクンと落下するかの様な感覚に襲われた私の視界が一転した。
周囲の風景が急速に遠く小さくなっていく。
・・・浮遊している。
私は透明な小さな四角い箱の中に取り込まれているのだ。
箱は地面を高速で移動しながら倒れた仲間達を次々に内側に取り込んでいく。
「む、何が起こっている?」
見上げれば巨大なエウロペアは周囲をきょろきょろと見回していた。
私達を見失ったらしい。
・・・そして、その光景を最後の記憶に、私の意識は闇へと飲み込まれていった。



その水晶洞窟の大広間から2つ程離れたブロックに、エトワールの姿があった。
エトワールは両の掌を向かい合わせる形で胸の前に置いている。
小さなキューブがウィリアム達全員を取り込んだのを彼女が確認する。
「ゴメンよセンセ。ちょっと遠くへ飛んでもらうね」
エトワールが呟いた。
既にこの島の内部、始まりの舟へのランダム転移のマーキングは先だって行った強制転移で使い潰してしまっている。
マーキングは1度転移を受け入れると消滅する。
それが彼女の能力『ジャックインザボックス』のルールだった。
だから今度の転移先のマーキングは文字通り「世界中」
一度はエトワールが訪れた事のある場所で、人外魔境へ通じているものはないが、それでも一番離れているものでほとんど世界を半周した星の真裏にあるような都市へのマーキングもある。
「『ジャックインザボックス』・・・」
そしてこの転移術は術者自身も対象がどこへ飛ばされるのか特定できない。
「オープン!」
ぱん!とエトワールの手が打ち鳴らされた。




・・・そしてそれから、半月ほどの時が流れた。




「ラーメンいぶき」の朝。
勇吹は店の前を掃除している。
まだ休業中のラーメンいぶきは営業を再開していない。
やっと勇吹が立ち上がれるようになってまだ一週間。
微妙にフラつく身体では以前のクオリティの料理は出せないと、彼女は店の再開をよしとしなかった。
・・・キリエッタは、いない。
彼女はあの日、始まりの舟から戻ってこなかった。
彼女だけではない。
ウィリアムも、レイガルドも、ジュウベイも、シンラも、サムトーも・・・他にも大勢戻ってこない者たちがいた。
ベルやエリス達を初めとする辛うじて生きて戻ってきた者たちから、勇吹は内部で自分が意識を失った後で何があったのかを大体聞いていた。
・・・死んだ筈はない。そう彼女は信じている。
事実、あの後で協会の職員達が何度か水晶洞窟へ探索へ向かったが、誰かの遺体が回収されたという話は無いと聞いている。
だから、きっと大丈夫。
どこかで生きている筈だ・・・皆。
勇吹はそう思っている。

あれから世界は少しだけ大騒ぎになった。
財団が総帥ギャラガー・C・ロードリアスの死を発表したのだ。
死因は某所(場所は公表されなかった)での視察中の事故によるものとの事。
勇吹にしてみれば敵の大ボスの死ではあったが、直接面識があるわけでもなく、どこか遠い世界の話の様な感覚は否めない。
世に暮らす人々にとっても大体はそんな感じであった事だろう。
世界の一部の「お偉いさん」方にとっては大事件であったのだろうが・・・。
あれほど大挙して押しかけて来ていた財団の重鎮達も残らず引き上げていったそうだ。
勇吹はそう聞いている。
トップが斃れ、神の門どころでは無くなったのかもしれない。
彼らの本拠地であったソル重工の工場も、今は通常業務を行うのみで静かなものだそうだ。

・・・リューは、何処へ行ったのだろう。
勇吹はふと、笑わない赤い髪の料理人の事を思い出していた。
あの日、リューは病院に勇吹を担ぎ込むと、医師に治療費その他を先渡しにして(その額は勇吹が1年は遊んで暮せるほどの金額だった)姿を消したそうだ。
去り際の台詞は
「怪我人に対し自分にできる事はない」
だったらしい。
愛想の無いあの男らしい、と勇吹は苦笑する。
・・・まあ、彼も大概死神には嫌われているようだしどこかで元気にやっているのだろう。
掃除を終えて勇吹が店内に戻る。
さて・・・今日は事務所のエリスとベルに食事を届けてあげる事にしよう。
湯切りがまだ無理なのでラーメンという訳にはいかないが、肉包と春巻きくらいなら用意できる。
食べて少しでも元気を取り戻してくれればよいのだが・・・。
そして彼女は手を洗い、腕をまくってエプロンを身に着けると厨房へ向かったのだった。


シードラゴン島放浪記
       第二部 完