第4話 古の島-6


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ユニオン中枢「時の部屋」
円卓のある浮かぶ巨大な石柱の中央に、みる茶、おでん、ブリュンヒルデの3人が帰還してきていた。
みる茶の椅子には「おねむ」と大きく書かれた紙が貼ってある。
椅子の上の籠の中にはタオルが敷かれ、そこで8匹の小パンダがすやすやと寝息を立てていた。
「んん~? じゃあ仕留めてこなかったのか? ゾロゾロ出ていった割にはお粗末な結末だな」
ぐはは、と声を出して川島しげおが笑う。
「邪魔が入った。…だけど標的の目を潰してある。あれではもう彼は戦う事はできない」
「ほう、邪魔とは…?」
扇子を口元からずらして問うピョートルの顔をブリュンヒルデが無感情に見る。
「財団のエトワール・ロードリアスの横槍が入った」
「む…」
ピョートルが唸る。
他の円卓の面々も数名が彼の顔を見た。
「どういう事だ? 同僚だろう」
心なしか視線を鋭いものにしてビスマルクがピョートルを見た。
ふーむ、とピョートルが鼻で息を吐いた。
「とはいえ、彼女は私の部下でもなければ懇意にしているわけでもございませんからねぇ。申し訳ありませんが、私にも彼女がどのようなつもりなのかは皆目…」
どこか煙に巻くような物言いではあったが、ピョートルのこの発言は事実だった。
実際に柳生霧呼とエトワール・D・ロードリアスの動向はピョートルにも掴み切れず予測し切れず、彼にとっては悩みの種であったのだから。
ヴェルパール公爵が椅子の背もたれに右の肘をかけ、足を組んで胸を反らせた。
「ともかくだ…これではっきりしただろう。元々財団の姪姫と柳生霧呼の2人は我らの要注意人物に含まれていたのだ。今までは君の同僚という事もあり何となく遠巻きに見ているのみに留めていたが、もう消してしまって構うまい?」
やや愉しげにヴェルパールがピョートルに向かって言う。
「勿論ですとも。元より2人とも決して他人に飼いならされる事の無い野生の虎も同然の娘。始末できるのならそれに越した事はありませんぞ…ンフフフフ」
ピョートルが扇子で口元を隠して目を閉じて笑う。
「では…早速奴にそう伝えてやろう」
おでんが言う。
その視線の先には、空席となっている円卓の椅子があった。


冒険者協会からELHの口利きで派遣されてきた医師団は、ルクシオンとジュウベイを診察するとすぐにこの地での治療は不可能と断じた。
彼らは予め患者を収容する準備を整えて来島してきており、てきぱきと手際よく2人を搬送する準備を終えた。
運ばれていく2人は麻酔が効いて今は眠っている。
それはELHの指示によるものだ。起きていればウィリアムと離れるのを2人はよしとしないかもしれないと思っての事だった。
2人をくれぐれもお願いします、とウィリアムは何度も医師に頭を下げて2人を見送った。
…そして一夜が明けて、カマナの町に再び朝が来た。
太陽がようやく水平線から全て姿を現してまだ間もない時刻、港湾事務局に1台だけ設置されているカマナで旅客が触れることのできる唯一の電話を、ずっと占領している者がいる。
「…だからさー。そんなのはそっちの裁量で処理しちゃっていいんだよ。うちに話回すような事じゃねーだろ。東フィラールの支援の件は責任者をロベルトにしてアイツにやらせろ。後、リーシュの経営統合の話はワーグナーに任せろ」
忙しくメモを取りながら肩と頬に挟んだ受話器に向かって指示を出し続けているブロンドの少女。
彼女の名前はエトワール・D・ロードリアス。
若干17歳にして、世界で最も財力を持つ組織の金庫番を務める娘。
「マイセンエネルギー開発の株は全部手放せ。あそこは近々やべー気がする。…後、霧呼は? 今何してる?」
キリコ…その名を口にするとき、心なしかエトワールの声は小さくなった。
後ろ暗い事があるからである。
「ふんふん…ツェンレンのFSS本社から動かず、か…。りょーかい。何か言って来たらうちはバカンスですつっといてくれよ」
チン、と受話器をフックに戻すと振り返ったエトワールの視界に電話の順番待ちをしていた仏頂面の男達の列が映った。
「…えへ」
にこっと微笑んでエトワールが並ぶ男達に頭を下げた。
するとそれまで難しい顔をしていた男達は皆相好を崩して手を振ったりなどしている。
エトワールもそれに手を振り返すと、港湾事務局を出て行った。
「チョロいもんだぜ…ケッ」
振り向かずに小さく呟くと、エトワールはべぇ、と舌を出した。

電話を終えたエトワールは港の商店を2,3回って衣類や生活雑貨を買い集めた。
何せ身1つで突然召喚されたので、何一つ旅の準備をしていない。
異空間に所有品を収納する能力『黒い衣装箱』(ブラッククロゼット)には生活雑貨の類は収納していない。
大きく膨らんだ紙袋を両手で抱えてエトワールが宿の部屋へと戻った。
そしてドアを開けるなり飛び出してきた魂樹とぶつかりそうになる。
「うおッ! 何だ一揆ですかこんにゃろー!?」
エトワールが身をかわしながら叫んだ。
「…………・」
そのエトワールに対し、謝罪も文句も口にせずにそのまま魂樹はパタパタと走っていってしまう。
一瞬、すれ違った時にエトワールは魂樹の瞳に涙を見たような気がした。
「何だアイツ…感動する話でも読んだのか? まぁうちも『マルハゲドン』読んだ時はちょっと泣いたけどよ」
ぶつぶつ呟きながらエトワールが部屋の中に目を向けると、座っているウィリアムと立っているELHの2人がいる。
「何だ2人ともいるんじゃん。どしたん? ロールパン頭は」
問われてELHはうーむ、と唸って腕を組んだ。
両目を包帯で覆ったウィリアムは困ったような表情を浮かべていた。
「…いや、先生殿の目の事で随分と責任を感じてしまっておるようでな。自分が一緒にいながら、と考えてしまうのであろう。その上に本人である先生殿が殊更に落ち込んだ魂樹を気遣って優しい言葉をかけるものだから…」
ELHが言うと、ウィリアムが苦笑して小さく首を横に振る。
「そんな事かよ。…バッカじゃねーのそんなん気にする事ねーのによ」
エトワールが、はん、と鼻で笑うとELHが肯く。
「その通りだ。あの場では誰が悪かったとか責任があるとかではなく…」
ELHの言葉を遮ってエトワールが言う。
「だっておめーのせいじゃん。なぁ?」
「うわああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!」
泣きながらELHも飛び出していってしまった。
「お、おい…」
椅子から腰を浮かせかけたウィリアムを、優しくエトワールが両肩に手を置いて再び座らせる。
「いーのいーの。あんなしょうもない連中はほっとけばいいんだって。ちょっと待っててねー」
「…?」
ウィリアムを座らせると、エトワールは空間に呼び出した黒い渦から何かを取り出した。
「センセは今目が見えないんだから、見えるもの以外で楽しまないとね。うちが今耳から和ませて差し上げますよっと」
エトワールが取り出したものはヴァイオリンのケースだ。使い込まれ、よく手入れされた彼女の愛用の楽器。
ケースからヴァイオリンを取り出すと、それをエトワールが構えた。
昼の日差しの差し込む室内に美しい旋律が流れる。
その演奏の腕前は、素晴らしいものだった。
しばらくの間、他の事は何も考えられずにウィリアムは黙って演奏に聞き惚れていた。
やがて長い曲が終わる。
ウィリアムは自然とぱちぱちとエトワールに拍手をしていた。
「どだった? 惚れ直した?」
「素晴らしい演奏だったよ…」
そう、賞賛の言葉を口にしてから、ふとウィリアムが複雑な表情を浮かべる。
「あれ…。曲がお気に召さなかったかなぁ?」
いや、とウィリアムが首を横に振った。
「そうじゃないんだ…ラゴールの事をふと思い出してしまってね」
演奏していたエトワール…その彼女の所属するロードリアス財団との戦い…そしてそこで命を落とした盟友の事をウィリアムは連想してしまっていたのだ。
「ああ…エルンスト・ラゴール」
ヴァイオリンをケースにしまいながらエトワールが言う。
「…キリコが殺したんだよ。聞いてる?」
「…!!」
まるで何でもない事の様にあっさりとエトワールが言った一言に、ウィリアムは言葉を失い、一瞬呼吸を止めた。

部屋に静寂が舞い降りる。
暖かい日差しに包まれた室内が急に寒々しくウィリアムは感じた。
柳生霧呼と戦い、ラゴールは命を落とした。
既に聞かされていた事ではあるが、改めてその事を耳にしウィリアムはショックを受けていた。
「キリコが…憎い?」
沈黙を破ってエトワールが声をかけてくる。
その表情は目の見えぬウィリアムにはわからなかったが、声からは感情は感じ取れなかった。
「…どうだろう。正直、よくわからない」
深く息を吐きながら、ウィリアムが返事をする。
事実、ウィリアムの心は定まらずにいた。
「言っとくけどさ、殺すつもりでかかってきたのは向こうが先だったよ」
エトワールが言う。彼女の言う通りだ。
自分たちは戦闘になるのも承知で財団を強襲した。
当然殺す事も、またその逆も有り得た話だ。
殺す事も止む無しと仕掛けておいて、それを返り討ちにされたのを恨むのは筋が通らないだろう。
「…でも、人間は感情の生き物だからね。全て理屈の通りには、いかない」
搾り出すようにウィリアムが言う。
それでも大切な友人の命は奪われ、奪った者がいるのだという事実。
床が鳴る。
エトワールが近付いてくる。
「センセ…うちはね、キリコが大好きなの。うちにとってはキリコが掛け替えのない存在。それがセンセにとってのラゴールと同じだったのかどうかは、うちにはわからないけどね」
「・・・……………」
近付いてくるエトワールの足音を聞きながら、ウィリアムがわずかに身体を緊張させた。
やがて座るウィリアムの真正面にエトワールが立つ。
もし、彼女がそのつもりならばウィリアムは一太刀に斬り捨てられ、命を落す事になるだろう。
「だけど、もし…」
エトワールの声が近付く。
ウィリアムは自身の首にエトワールの両手がふわりと回されたのを感じた。
「もし、センセがキリコと殺し合うつもりなら…」
抱き寄せられる。耳元にエトワールの吐息がかかった。
「その時は…うちはセンセの味方をするよ。…一緒に…キリコを殺せるよ」
「・……………・」
ウィリアムは無言だ。
その耳の奥に、自身のゴクリと喉を鳴らした音がやけに大きく響いた。
「だから…」
更にエトワールが何かを言い掛ける。
そこへドバーン!と力一杯部屋の扉が開け放たれる。
「…悲しみの脱衣で走り回ってたらお巡りさんとか一杯来ちゃったんですけど!!!!!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、ついでに褌姿のELHが飛び込んできた。
「チッ…のバカ毎度毎度いいトコで…!!!」
バッとエトワールがウィリアムから離れる。
叫んでいるELHの声も、今のウィリアムの耳には届いていなかった。
「だから…」彼女は何と言い掛けたのだろう…。

その後、ウィリアムはエトワールに手を引かれ、杖を突きながら表に出た。
ずっと屋内に居たのでは気も滅入るだろう、と彼女がウィリアムを連れ出したのだ。
2人になって先程の話の続きがあるのかとウィリアムは思ったが、別段そんな様子は無く、彼女はウィリアムを連れ歩きながら目の見えないウィリアムの為に周囲の様子を丁寧に解説している。
「あ、センセ、公園があるよ。ここで一休みしよう」
エトワールに手を引かれてベンチまで行くと、2人はそこに腰を下ろした。
ふうー、と大きくウィリアムが息を吐く。
わずかな距離を移動しただけの筈なのに、結構疲労してしまっている。
目が見えないというのはウィリアムが考えていた以上に全身に負担を与えるものだった。
「センセ、疲れた?」
「はは、少しね。…大丈夫だ。これから旅を続けるのだし、身体を慣らしていかないとな…」
今のウィリアムには悠長にリハビリをしている余裕は無い。
「…フォースを感じるのだ」
ふいに、声がした。
低い落ち着いた男の声だ。
フードを被った誰かが近付いてくる。
「…センセ、エビが来たんですけど…」
「…えび?」
エトワールの言葉にウィリアムが怪訝そうな表情を浮かべる。
エビに知り合いはいない。
しかし紛れも無く、近付いて来ているのはフードを被ったエビである。
「フォースを感じるのだ。ウィリアムよ」
エビが言う。ウィリアムの名を呼ぶ。
「あなたは…? 何故私の名を知っている?」
「私の名はエビ・ワン・ケノービ。四賢者の1人である」
「やっぱエビなのかよ」
半眼で呟くエトワールの方をエビ・ワンが見る。
「御主の事も知っておるぞ…エトワール・D・ロードリアスよ」
「!」
眉を上げてエトワールがエビ・ワンを真剣な表情で見た。
「全てはフォースの導きだ」
そこへ魂樹が走ってくる。
「あ、いた! あなたね…先生は怪我をしたばかりなんだから、あまり連れ歩いたりしないで!」
そうエトワールへ文句を言った後で、魂樹はエビ・ワンに気付いた。
「あ、こちらは…」
エビ・ワンがゆっくりと肯く。
全てを承知している、という風に。
「名乗らずともよい。御主の事も知っておる。タマ○ン・スカイウォーカ…」
「うがあああああああああ!!!!!!!!!!!」
怒りと共に放たれた魂樹の拳がズドッ!!!!!と重い音を立ててエビ・ワンの腹部に吸い込まれた。
「テンムスッ!!!!!!!!!!」
叫んでエビ・ワンは倒れ、地面で泡を吹きながらビクビクと痙攣したのであった。