第21話 ジェーン・ザ・テンペスト-2


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

特に何をする訳でもなしに、ルノーは病院の屋上で毎日時間を潰していた。
体調はもう職務に復帰できる程度に回復しているのだが、中々その気になれないのだ。
本や雑誌に目を通してみてもすぐに飽きる。
こんな状態になってみて初めて、ルノーは自分に趣味と呼べるようなものがない事に気付いた。
(何となくここまで来ちまったもんな・・・)
今日もフェンスにもたれかかるようにしてアンカーの町を眺めながら、ルノーははふ、とため息をついた。
(そういや、私どうして銃士になったんだっけ・・・)
そこへ背後から、コツコツと杖で地面を突く音が聞こえた。
「ここでしたか、ルノー」
エリックが近付いてくる。
彼はまだ傷が癒えておらず、片足を引きずるようにして病人用の杖を突いていた。
「大丈夫なのかよ、動いて・・・」
心配そうにルノーがエリックに歩み寄る。
「ええ、お陰様で。身体はまだ一部言う事を聞きませんが、気分はすこぶる上々ですよ」
そう言ってエリックは微笑んだ。
「リーダーはもうすっかり回復して今日から仕事に復帰しています。私も早く復調して仕事に戻らなければ」
カミュが回復した事はルノーは知らされていなかった。
退院するなら一言自分に言ってから行けばいいのに、と彼女が少し不満に思う。
「実はお願いがあって来たのです」
「お願い」? エリックの言葉にルノーが訝しげな顔をした。
「本当は私が行くつもりでしたが、まだ身体がこの状態ですからね。申し訳ありませんが、代わって行って欲しいんです、ルノー」
そう言ってエリックは1冊のファイルを取り出して見せた。


カンカンカン!!!
トタンを打ち付ける音が晴れ渡った空に響き渡る。
私の今日の仕事は屋根の修繕だった。
ふう、と作業を一段落させて私は額の汗を拭った。
「お疲れ様です、ウィリアム。どうぞ」
ルクが紙コップを差し出してくる。
礼を言ってそれを受け取ると、私は冷えた麦茶を一気に喉に流し込んだ。
空を飛べるので脚立のいらないルクはアシスタントとして付いてきてもらっている。
とにかく、今の私は莫大な借金を抱える身だ。仕事のえり好みはしていられない。
事務所が移転した際の費用が借金だと聞かされた時、私は祖国の銀行に残してきた自分の財産の事を思い出した。
半ば捨ててきたつもりの金ではあったが、何とか使えないものかと問い合わせてみた所、自分が浮遊大陸にいる間に帝國が崩壊してしまったと聞いて愕然とした。
2度と戻るまいと思って飛び出した祖国ではあったが、滅亡したとなるとやはり心中穏やかでは無い。
少ない知己が無事であるといいのだが・・・。
そんな訳で帝國銀行も最早機能しておらず、私の財産も回収は不可能そうだ。
「・・・センセー! 冷や麦作ったよ! 下りて来て昼にしとくれ!!」
修理に来た家の夫人から呼びかけられる。
昼を出してくれるらしい。
ありがたいな。どれオフィスに一本電話を入れておくか。
そういえば先日は突然昼から鯛の活造りが出てきたな・・・あれが何だったのかいまだに意味がわからん。
屋根から下りようと脚立に足をかけたその時、下の通りを歩く1人の姿が目に入った。
・・・あれは確か・・・・。
直接顔を合わせたことは無い。しかしオフィスで私が不在にしていた間の出来事を資料を交えて説明を受けた際にその名と姿が記憶されている。
共和国三銃士の1人、ルーシー・N・レンブラントか・・・。
共和国の勢力と我々とは、目下神の門を巡るライバル関係である。
その彼女が1人で歩いている。
・・・あっちは、港の方角だな。
少し気にはなったものの、まさか後をつけるわけにもいかず、私は一先ずその事を頭の外へと追い出した。


『新人を1人、港へ迎えに行って欲しいんです』
エリックの言葉を思い出しながら、ルノーは港への道を歩いていた。
彼の話によると、本国から1人補充が来るらしい。
ルノーの足取りは重い。
財団が本腰入れて神の門獲得に動き始めた今、こちらの戦力の要である自分たち三銃士が惨敗したのだ。
本国が慌てて戦力を補強するという事は大いに有り得る。
それは取りも直さず自分たちの不甲斐無さの結果そのものであり、当然送られてくる補充員もその事は承知しているだろう。
その事実がルノーの足取りをより重いものにしている。
(・・・ちぇっ・・・カッコ悪い・・・)
つまりはそういう事なのであった。
しかし他の派遣員は皆仕事で忙しく走り回っている。
エリックはまだ身体があの状態だし、彼が体調は戻っているのに職務に復帰していない自分に出迎えを任せるのは当然と言える。
足取りの重さはそのまま到着時刻に現れてしまったようで、ルノーが港に着いた時にはもう件の客船は港に着いていた。
(・・・っと・・・・。着いちまってる。どこだ・・・?)
そう言えば写真は渡されていない。
銃士であれば自分たちと同じ出で立ちである筈だが、果たして今その格好で来ているのだろうか?
まあ、自分は銃士のスーツだし、黙って突っ立っていれば向こうが見つけるだろう、とルノーがそう思った時、
「どぉも~っ!! センパぁイ!!」
突然背後から大声で呼ばれて肩をパーン!と叩かれた。
「うあっ!!? ・・・なっ・・・!」
驚いたルノーがバッと振り返る。
脱いだ上着を肩に担いだ背の高い女が立っていた。
男装していてもわかる。出る所は出て引っ込む所は引っ込む、グラマーな体型の女だ。
「どおもっ! 銃士ジェーン・マクドゥガルです! 本日よりシードラゴン島の任務に着任しまーっす!!」
そう元気良く名乗ってジェーンはにへらーっと笑った。
「ルノー先輩ですね。 ヨロシクしてやってください! 私ないすばでーの美人だけど寂しがりやなんで~」
「自分で言うかよ・・・。ってか、初対面の先輩を相手にいきなり愛称で呼ぶんじゃねえよ」
ややイラついた様にルノーがぶっきら棒に言った。
「あ、シツレーしました! ルーシーたんですか。 ってゆか私のことは気軽にジェーンさんって呼んで下さいね」
「てめーナメてんのか!! ってか自分はさん付け要求かよ!!!」
思わず声を荒げてしまってから、ルノーは頭を振って冷静になる。
(な、なんだコイツ・・・まともに取り合っちゃダメだ)
そんなルノーの葛藤を他所に、ジェーンは周辺をキョロキョロと見回している。
「うっわ~なっつかしー・・・! 変わらないなぁ」
「・・・何だよ、アンカーは初めてじゃないのかよ」
ルノーの言葉にジェーンはコクコクと首を立てに振った。
「ハイ何年か前にちょっと。・・・・あ! このパンダイルカの看板・・・懐かしいなぁ」
港に面した小洒落たレストランの看板を見てジェーンが表情を綻ばせた。
ルノーもその看板を見てみる。
・・・表示してあるオープンの日は今年の春先だった。
(・・・てっ、テキトー言いやがって・・・!!!)
また声を出しかかってルノーはそれを思い止まった。
(コイツこっちを挑発してやがるんだ・・・。乗ってたまるかよ・・・!)
自分の分だけさっさとアイスコーヒーの缶を自販機で買って飲んでいるジェーンを見てルノーはそう思った。
まだ何だかんだと話しかけてくるジェーンの話を聞き流しつつ、スタスタとルノーは歩き出した。
「あン、待ってくださいよぅ」
慌ててその後をジェーンが付いてくる。
「・・・うるせーな。黙って付いて来・・・」
ルノーの言葉が止まった。その表情が凍り付いた。
「・・・ン? おのれは・・・」
ルノーとすれ違おうとしていた大男が足を止めて声を出した。
それはルノーが先日死闘を演じたばかりのハイドラ、大龍峰だった。

「・・・・・・・・・・・・・・」
何か言いかけたが、言葉にはならなかった。
震える四肢で大龍峰を見上げるルノー。
大龍峰はわずかな間、そんなルノーを見下ろしていたが、
「・・・・・フン」
とやがて鼻で笑うとルノーから視線を逸らして歩き出した。
その自分などまるで眼中に無い、という大龍峰の態度に怒るより先にルノーは安堵していた。
だが次の瞬間、心臓が止まるほどのショックをルノーは受ける事になる。
・・・バシャッ!!
すれ違って去り行く大龍峰の後ろ頭に、ジェーンが飲んでいた缶のコーヒーをいきなり浴びせたのだ。
「・・・なっ・・・! ・・・ぁ・・・」
コーヒーをかぶった大龍峰よりもルノーの方がずっと驚愕していた。
「・・・何のつもりじゃぁ・・・」
額に青筋を浮かべて憤怒の大龍峰が振り返る。
「えー? 旦那この前うちの先輩らボコってくれたでしょ? そのお返しっス」
白い歯を見せてジェーンがニヤリと笑った。
大龍峰がふーっと深くため息をついた。心底呆れたと言わんばかりに。
「おのれらなぁ・・・野良犬じゃて一度ドヤしつければ次から咆えん様になるぞ・・・」
ゆらりと大龍峰が1歩前に出た。
「おのれら犬以下かぁッッ!!!!!!!!」
エリックの動体視力と異能『ホークアイ』を持ってしても見切れず、一撃で戦闘不能にせしめた必殺の張り手『鬼鉄砲』がジェーンに襲い掛かる。
「・・・・・っ・・・・・・」
その致死の一撃を紙一重で回避するジェーン。
「・・・!!!!!!」
そしてその手首を掴んでグイッと大龍峰を引き寄せると「えいっ!」とその足を蹴り払った。
「のわあ!!!!!!!」
自らの張り手の勢いのまま、空中でぐるりと一回転した大龍峰が海へと投げ出される。
そしてザッパーン!!!!と盛大な水柱を上げた。
「・・・・・・・・・・・・・」
呆然とそれを見ていたルノーの手をぐいっとジェーンが引いた。
「何ボーっとしてるんスか。逃げますよセンパイ」
「・・・え?」
まだ現実に戻りきれていないルノーの手を引いたまま、ジェーンが駆け出した。

ザバッ!と港の縁に手をかけて大龍峰が這い上がってくる。
「油断したわいぃ・・・。やりよるのォ」
周囲を見回して、相手が既に逃げ去ったことを知る大龍峰。
悔しそうな表情を一転、大龍峰は豪快に笑い出した。
「いやいや・・・・人が悪いわい共和国!! 出し惜しみしおってからに、なんじゃぁちゃんと戦れる奴おるんじゃまぁか!」
一頻り大笑いすると、ずぶ濡れのまま上機嫌で大龍峰はホテルへの道を引き返したのだった。