第6話 砂塵の中の少年-2


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浮遊大陸のパーラドゥア皇国での、メリルリアーナ皇姫と太守の息子アシュナーダとの婚礼の儀に立ち会う為に、エリスとベルと魔人グライマー、そしてスレイダーとシトリンの5名は旅装を整えてアンカーの町を出発した。
スレイダーの先導で一行は海岸へと向かう。
「? …丘陵地帯のゲートへ向かうのではないの?」
今の所、浮遊大陸への唯一の転移装置である丘陵地帯のゲート(他のゲートは皇国によって不通に設定されている)から皇国へ向かうものと思っていたベルが不思議そうな顔をする。
「なんかこっちに迎えを出してくれてるって話なんだよね。まあ行ってみようよ。そんなつまんないウソつくこともないだろうしさ」
手紙に添えられていたらしい、手書きの地図を見ながらスレイダーが言った。
「おっ…何か見えてきたぜ!! あれじゃねえのか?」
海岸線を遠く見やって、グライマーが一行を振り返る。
そこには、立派な帆船が一石海岸線に接岸していた。
「あれ、この船…」
見覚えのある船姿に、ベルがぴくりと眉を上げる。
「…やあ、ようこそ皆」
上から声をかけられて、一同が揃ってそちらを見上げる。
その彼らの前に、高いマストの上からヒラリと跳躍し、まるで重力が無いかの様に甲板に静かに着地したのは、この船…飛翔帆船サジタリウス号の主、シルファナであった。
「お初の者は宜しく。…ベルとエリスは久しぶりだ。健勝そうで何より」
ふわっと長髪を払ってなびかせ、薄くシルファナが微笑んだ。
「久しぶりね。シルファナ・サジタリウス。あなたが来るとは思わなかったわ。この船で大陸の『幻視結界』を越えてきたの?」
ベルに問われ、シルファナが肯く。
「その通りさ。思いがけず彼の地に長く留まる事になったのでね…皇国の者たちの協力を得て、サジタリウス号の魔力波長を浮遊大陸の幻視結界を突破できるように調整した。今日はそのテストも兼ねて私が参上したというわけだよ」
船の縁に両肘を置いたシルファナが一同を見下ろして微笑む。
「さあ、上がっておいで。皇国まで半日程の船旅だ。大層な御持て成しはできないが、せめて美しい空からの眺めと心地よい風を楽しんでくれたまえ」

エリスたちを収納すると、ザザッと水音を立ててサジタリウス号が海面を離れ、ゆっくりと浮き上がっていく。
一行は出迎えたなつかしいクルー達との再会の挨拶や、初対面の自己紹介を済ませる。
わいわいと盛り上がる人の輪から、シルファナとベルがやや外れて船の縁から空を見ていた。
「それで、皇国の様子は今どうなの?」
問われてシルファナが目を閉じる。
「ふむ…君達がアンカーへと去ってからは、これと言った変化はないね」
「…クバードは?」
その名を口にする時、僅かにベルが辛そうに表情を歪めた。
皇国を守る最高の軍人である四人の将軍の筆頭…「紅の将」クバード。
神皇の幼馴染にして親友であり、最も信頼厚き武人だったはずの男。
…そして、その神皇と皇国を裏切り、『黒の教団』と結んでベルナデットを4年間に渡って幽閉した人物。
シルファナは静かに首を横に振ってその問いに答える。
「あれきりさ。彼は姿を見せていない。ずっと潜伏しているのだろう。…教団も相変わらずの散発的なテロを繰り返すだけで、大規模な動きはないよ。『ガ・シア』もその後は現れていない」
腕を組んでシルファナは更に言葉を続ける。
「…今は婚礼の儀が近付いて、皇都には大陸中から人が集まって来ている。ここの所の奴らの静けさは、この機会を待っての事では無いかと皇区も警戒を強めているよ。できうるのなら、先生やその仲間達に手を借りたいと思っていただろうね」
「そっか…でも、ウィルは今…」
ベルの言葉の語尾が掠れて風に溶けて消えていく。
「そうだね。無いものをねだってもしょうがない。私達でできる事をしよう。クバード将軍の造反はあっても、未だ皇国に残る3人の将軍はいずれも頼もしい者ばかり。それにこの私も及ばずながら力を貸すよ」
「カイリとカルタスはどうなの? ちゃんとやってる?」
そう問われるとシルファナは意味深に微笑んで
「さて、それは自分で見て確かめてみてはどうかな?」
と答えた。

途中に食事の時間等を挟み、サジタリウス号はシルファナの言った通りに半日程で神都パシュティリカへと到着した。
船はその2層にあるドックへと入った。
「こりゃ…凄いねぇ、オジさん驚いちまったよ」
多層都市を初めて見るスレイダーが肩を竦めている。
そこへ何やらドタドタと足音も騒がしく誰かが走ってくる。
「みなさーん!! お久しぶりでーす!!」
手をぶんぶん頭上で振りながら駆け寄ってくるのは背の小さな…しかし頭と特に鼻が異様に大きな男。
「このカルタスが皆さんをお迎えにあがりましたよー!!!!」
駆け付けたカルタスと一行が再会を喜び合った。
「そういえば…」
と、エリスがふと眉を顰める。
「財団との戦いの途中に、カルタスさんと雨月さんを名乗って何だかヘンな人が2人来たんですけど…」
「おお、それはですな!!」
ポンとカルタスが勢い良く手を叩く。
「財団との決戦が近いという連絡が入りまして…所が我ら未だ修行を終えておらず駆けつけることができなかったんですよ。そこでアレイオン様が部隊から影武者を選んで応援を送ってあげるとおっしゃってくださいまして!! いやー私誰が行ったのか聞いていませんが似てましたか!?」
「そもそもそれ以前に似せようとする気が感じられなかったわ…」
両名の容姿を思い出して、ぐったりとエリスが言った。
「容姿って言えば」
ベルが会話に加わり、カルタスをまじまじと見つめる。
「な…なんでしょうか」
「カルタス、あなた見た目全然変わったように見えないけど、少しは強くなったの?」
半眼で問うベルに、カルタスはやおら両手を腰に当てて胸をぐいっと逸らして鼻息を荒くした。
フーンというその鼻息でドックの職員が数名、下層へと落下していく。
「はっはっは! 当然じゃないですか!! 毎日毎日バルカン様に鍛えてもらっていますからね!! どれ、ちょっとばかりパワーアップしたこのカルタスをご覧頂きましょう!!」
そう言うとカルタスはキョロキョロと周囲を見回し、通りに面した自然公園にあった巨大な岩を見つけた。
「お、あれがちょうどいいかな…」
自らの身長の倍以上も高さのある巨大な岩塊へとスタスタとカルタスが歩いていく。
そして、腰を落として構えると右の拳をピタリと一旦岩面に当ててから、フーッという呼気と共にゆっくりと引く。
「…え、ちょっと」
思わずエリスが声を出していた。
拳で砕くつもりなのか。あの巨大な岩塊を、と。
ごくりと固唾を飲んで一行がカルタスを見守る。
「ハァァァァッッッッッ!!!!!!!!」
そして雄叫びと共に、カルタスは渾身の力で拳を岩塊へと撃ち込んだ。
…グシャアッッッッ!!!!!!!
凄まじい音が鳴り響く。
一行が思わず目を細める。
…岩塊に変化は見られない。
「…見て下さい!!! 右手がグシャグシャですよ!!!!」
振り返ったカルタスが勢い良く皆へと右手を差し出して見せる。
指は全て出鱈目な方向に折れ曲がり、所々折れた骨が体外に突き出てびゅーびゅーと鮮血を噴出している。
その凄惨な有様に一同が思わず息を飲んだ。
「これ、前までの私なら泣き叫んでる所ですよ!! 今なら我慢できるようになりました!!!」
我慢はできても痛いものは痛いのだろう。カルタスの顔面は蒼白で、顔にはダラダラと脂汗が伝っていた。
「いいから…病院行ってきなさいよ…」
半ば呆然とベルが呟いた。

その後、エリスたちは4層の皇宮へとシルファナの先導でやってきた。
「…ベル!!!!」
ベルナデットの姿を見つけて、駆け寄ってきたメリルリアーナ皇姫はその勢いのままでベルに抱きつく。
「わ…ちょっと! メリル…あなたはもう少しで花嫁になるんでしょ? 少しは落ち着きなさい」
苦笑してベルがそう言うも、その首にかじりついてはしゃいでいるメリルには聞こえていないようだ。
そこへ、アレイオンもやって来る。
「お久しぶりです。皆さん。お変わりはありませんか?」
柔和な笑顔を浮かべてアレイオンが皆に挨拶する。
相変わらず視線は胸だ。
「や、どうもどうも…うちのワンパクがすっかりお世話になっちゃってまあ」
スレイダーがペコペコと皇姫とアレイオンの2人に頭を下げている。
「貴方がスレイダー将軍ですか。お話はカイリより常々お伺いしていますよ」
「あ、それ怖いなぁ…ちゃんとカッコ良く伝わってます? オジさんの魅了とか」
笑顔で握手を交わすスレイダーとアレイオン。
そんな様子を見て、メリルはくすりと笑って
「聞いていた通りの方ですね、スレイダー様」
と言った。
そして姫が一行を奥へ案内する。
「ささやかですけど、今夜は宴を催します。皆様楽しんでいってくださいね」
「いやー…悪いなぁ何だか。オジさんはお酒と美味しいお料理と沢山の綺麗な女の子がいればそれだけで満足なんですけどね」
へらへら笑って答えるスレイダーを、シトリンが思い切り後ろから蹴った。
その時、夕闇も消えかかり夜の帳の下り始めた皇宮が一瞬ぐらりと揺れた。
「…!! 何事だ…」
アレイオンが鋭く周囲を見回した。
突如慌しくなった皇宮の中を兵士達が走り回っている。
「ど、どうしたのかしら…」
不安そうにエリスが周囲を見たその時、再度足元がズズズと小刻みに揺れた。
「この揺れ…もしかして…」
ベルが小さく呟く。その彼女の予想を裏付けるかの様に、兵士が駆け寄ってくる。
「ご報告申し上げます!! 2層にて『ガ・シア』の発生を確認しました!!!」
「わかった…行こう」
即座に返事をしたアレイオンがマントをなびかせて走り出す。
「付き合うとしよう」
シルファナもその後を追った。

魔人ゼロ…かつての皇国の指導者であったラシュオーンの創造した巨大な魔影の魔物、それが『ガ・シア』である。
その数は全部で七体…形状は一体ずつ異なり、共通しているのは巨大な影の様なボディと、『向こうからは触れられるのにこちらからは触れられない』という事。
そして唯一こちらから触れられる弱点の目の模様を覆う硬質の白い仮面。
これまでに『ガ・シア』は4度現れその都度撃退されてきた。
つまり今度のガ・シアは5体目という事だ。
夜の神都を一行が駆ける。
2層へ辿り着き、逃げ惑う人々の中を逆走する。
遠目に、ガ・シアの威容が見えてきた。
遠方からでも視認できる天を突く巨体。
本来、夜の闇に紛れて見え辛いはずのその赤い陽炎の様なものを周囲に纏った漆黒の姿は、今は皇国兵達によって照明で照らし出されて浮かび上がっていた。
足は短く、両手が長く…前傾姿勢を取る巨体。
その姿はサルを連想させる。

オオオオオオオオン。

独特のガ・シアの咆哮が耳を打つ。
聞くものの精神を揺さぶり、恐怖に竦ませる絶叫。
ガ・シアはこれを更に物質的破壊をもたらすまでに増幅した『呪叫』という攻撃をしてくる事もある。
倒す方法はただ1つ。頭部の仮面を砕き、その下の目の模様を攻撃する。
前線でガ・シアを必死に牽制していた兵士達が、賭け付けるアレイオン達を振り返った。
「将軍!!!」
「遅くなった…我々も今攻撃に加わる…む…!?」
異変に気付いてアレイオンが空を…頭上のガ・シアの巨体を見上げた。
ガ・シアが…魔影の巨猿が動きを止めていた。

オオオオオオオオオオオオオオオン。

叫びが長く尾を引いて夜空を駆けていく。
それは威嚇の為のものでも、攻撃の為のものでもなく…断末魔の絶叫だ。
ガ・シアの仮面にヒビが入り、粉々に砕け散った。
巨大な破片がバラバラと周囲に降り注ぎ、建物を破壊する。
そして、その下の目の模様は無残に切り裂かれていた。
顔の模様を両手で掻き毟る様にしながら、ガ・シアは崩れて夜の空へと消えて行った。
「これは…」
アレイオンが呟く。
「や…遅かったじゃん、アレイオン」
その彼に上から声がかかった。
誰かが彼らを見下ろす高い建物の屋上の縁に座っている。
「待ち切れなかったから、僕だけでやっちゃったよ」
夜の風にこの半年ですっかり伸びた髪がなびく。
遅れてエリス達がその場に駆けつけてくる。
そしてアレイオン同様に、悠然と上から座って彼らを見下ろしている少年を見る。
「…カイリ」
シトリンの口から、その名が呟きとなって漏れた。