第22話 幽霊屋敷の令嬢-3


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振り切れない!
明らかに亡霊ランナーの集団は私達を追ってきている。
その証拠に、開いていた大窓から庭へと私が飛び出せば、ご丁寧に全員が同じ窓から庭へと飛び出してくる。
「いやー・・・先生タフですね」
私に小脇に抱えられたままのエトワールが感心した様にそう言ってきた。
そうなのだ。私は未だ両手にベルとエトワールを抱えたまま逃げているのだ。
いくら軽量の女の子2人とは言え、考えてみれば只事ではなかった。
ショックで感覚が麻痺していたのだが、いざ言われてみると一気に疲労が来る。
両手の2人の重量が増した気がする。
しかしここまで来たらもう下ろしている余裕は無い。
その間に追いつかれてしまうだろう。
そもそも追いつかれてどうなるのかわからないが、少なくとも幸せになるような事は無い気がする。
その時、私は足がもつれて前へと倒れた。
倒れながら私は身体を反転させ、何とか両手の2人が地面に叩きつけられる事のないよう自分が下になる。
・・・くっ・・・しまった・・・!!!
もう立ち上がって再度逃げる余裕はあるまい。
立ち上がって体勢を立て直し迎撃しなくては・・・!!
そう思って何とか私が半身を起こしたその時、マラソンンランナー達が私達の脇を集団で通り過ぎていった。
・・・・・・何・・・・・・?
呆気に取られて振り返る。
私達の脇を通過したマラソンランナーの集団は、両手を上げて喜びを表現するとそのままスーッと周囲に溶けていくように消えた。
・・・どういう事だ一体。
「何もされなかったでしょ?」
そう言ってDDがこちらへ歩いてくる。
そういえばいつの間にかDDとはぐれていたな。
「ウィルが窓から飛び出そうとしてたあたりでさー。とにかく1発殴ってみようと思ったのよね。それで振り向いてあいつらの方向かってったんだけど、皆私避けてそのまま走ってっちゃってさ」
「あー、それはつまりアレですよ」
思いついたようにエトワールが言う。
「競技走者のサガってやつ? 前走ってる奴は抜かないと気が済まないってゆー」
ぶ!!!
だったら最初から逃げなければよかっただけだったのか・・・!!!!

初っ端から思い切り疲れた。
正直な所もうリタイアして帰りたい所だが、そうするにはあまりにもベイオウルフの提示した金額は魅力的過ぎた。
借金まみれのわが身が恨めしい。
気が付けばうちの事務所も2桁を超える所員がいるんだもんなぁ・・・。
(一応の)トップとしては我侭も言ってられん。
借金を少しずつ返しつつも皆を食わせていかなければ。
そんなわけで我々は気を取り直して捜査を再開した。
少なくともこの屋敷に幽霊が出るというのはガセネタでも見間違いでもなかったしな。
そして私はふと、エトワールを見る。
「・・・やだ、そんな熱い視線で」
何故か顔を赤らめてもじもじし始めるが気にしない。
・・・さっきのあれは除霊できなかったのか? なんか700匹除霊したっていう話だし。
「ムリムリ。あんな元気な霊に除霊とかできませんてば。除霊するならまず対象を完全に無力化して無抵抗の状態にしてもらわないとね~」
あっけらかんと言われた。
つかそこまでの状態にできるならもう除霊とかいらん気もするんだが・・・。
やりとりしながら我々は隠しフロアへと戻った。
やはりどう考えてもここが一番怪しい。
まずはさっきの書斎を・・・。
足が止まる。会話も止まる。
「新手」が待ち構えていたのだ。
今度は1人だった。
スポーツウェアなのは変わらず。手には卓球のラケットと球を持っている。
「うわ、めっさこっち見てますよ。アレはもう数年来のライバルを見る目ですよ」
エトワールの言う通り、その卓球男の霊はじっとこちらを見ている。
その視線はじっとりと粘りつくような執念(怨念か?)を感じさせる。
スチャッと卓球男が構えを取った。
む・・・来るか・・!!!
パシン!!!とスマッシュしてきた球が私に炸裂した。
痛い! 結構痛い!!!
パシン!! パシン!! と次々に球を取り出してはスマッシュで私に叩きつけてくる卓球男。
いたたたた!! ・・・ちょっ・・・誰か何とかしてくれ!!
「・・・うーん、掴めないなぁ・・・」
卓球男を取り押さえようとしたDDの手は男に触れる事ができずにスカスカと空を切っていた。
その卓球男のスマッシュ攻撃が止んだかと思えば、今度は何者かが後ろから私に組み付いてきた。
そして有無を言わさず私を床へと引き倒して圧し掛かってくる。
・・・・わー!!!!! 今度はなんだああああああああ!!!!!
そんな私の状況を見たエトワールが解説してくれた。
「アマレスアマレス。しかも多分モーホー」
ギャアアアアアアアアアアア助けてくれええええええ!!!!!!!!
もうプロでもアマでもレスリングこえーよ!!!!!!!!!
しかもこいつ幽霊のくせに何か生暖かい!!!!!!!!

・・・申し訳ありませんが、我々の手には余りますので引き上げようと思います・・・。
寄ってたかってスポーツマン達の霊にボロボロにされた私は、よれよれの姿のまま雇用者であるヴァレリアへそう報告していた。
アマレスの後もウェイトリフティングに持ち上げられたり、水泳にバタ足で蹴られたりした。
大怪我するような攻撃ではないものの、とにかく精神的ダメージが大きい。
このままここにいたら何か大事な物を失いそうだ。
報酬は惜しいがもうそういうレベルの話ではなかった。
元運動部のエクソシストとか雇って対処してくれ! じゃ!!
「・・・お待ちなさい」
立ち去ろうとした私の足をザッと足元を走った波が払った。
分厚い絨毯に転倒する私。
ぐいっとその背をヴァレリアが踏みつけてきた。
「恥かしくないの? 男として・・・。一度受けた仕事を投げ出していくなどと」
ぐりぐりと背を踏み躙られる。最も向こうは体重をかけていないので痛みはほとんどないのだが・・・。
「とにかく、放棄はわたくしが許さないわ。貴方にも矜持というものがあるのならきちんと与えられた仕事はこなしてみせなさい」
ちょうどそこへメイドが1人入ってきた。
「失礼致します。お嬢様、お食事のご用意ができておりま・・・」
メイドの言葉が止まった。
そりゃそうだろう。目の前で主人が床に四つんばいになっている私の背中を踏みつけているのだから。
しかし気丈にもメイドはすぐに澄ました表情の下に同様を押し隠した。
「お食事のご用意が出来ております。お客様方の分もご用意させていただきましたが、如何致しましょうか?」
こほん、と一つ小さく咳払いしてヴァレリアが私の背から足を床に戻した。
「全員分の食事を並べて頂戴」
かしこまりました、と一礼してメイドが出て行く。
「・・・空腹だから弱気にもなるのでしょう。まずは食事をとりなさい」
ヴァレリアの口調は相変わらずの冷厳さであった。

「・・・あれ? 帰るんじゃなかったの?」
廊下へ待たせていた皆の所へ戻った私にDDがそう声をかけた。
・・・いやそれが、いいからメシを食っていけと言われた。
「おー、食い物で釣る作戦ですね? うちはお腹も空いたし釣られてみたいと思います。もう、こー、シュポーンって」
特に反対意見も出ず、我々は食堂へ移動した。っていうか攻撃ひたすら食らって疲弊してるの私だけだしな・・・。
上座にはエトワールがおり、その脇にはベイオウルフが控えている。
しかしまさか、この2人と食卓を共にする時が来るとは思わなかったな・・・。
食事が始まり、我々は会話をしながら料理を口にしていたが上座の2人は無言のままだ。
・・・まあ、突然談笑し始めたりしたら焦るが。
やがてメインディッシュが運ばれてくる。
「お待たせ致しました。大王海老のステーキ、ホワイトソース和えでございます」
む!!!!
何か高級食材が出てくるだろうとは思っていたが大王海老か・・・!!
大王海老とは、馬ほどの大きさもある巨大な海老である。巨大だが大味ではなく、濃厚にして美味であり味の面でも「海の皇帝」と称される生物だ。
ただし捕獲は極めて難しく。協会のBランク生物に指定されている。
海のBランク生物は陸上のAランクに相当すると言われており、それはいくら猛者を準備しても船が脆ければ話にならないので、捕獲には軍船レベルの船が必要になる為だ。
大王海老もその例に漏れず、基本臆病な生物である為、船や人影を察知すると高速で逃げていってしまうのだが、一度攻撃に転じればその巨体と鋼鉄のような硬度の外皮から繰り出される体当たりで並の船であればあっという間に沈没させてしまう。
その為この世界中の美食家達の舌を唸らせ愛され続けている海老の入手は極めて困難であり、価格は凄まじく高い。
私も確かこれで3度目だな口にするのは・・・。
ちなみに以前の2回は帝國の剣帝時代の話だ。国を出てから数十年は1度も口にしていない。
「お、すっごーい。久しぶりだよ」
DDが感嘆の声を上げる。流石に彼女は食べた事があるようだな。
「・・・何? 凄いエビなの?」
ベルは首をかしげている。まあ上の大陸では間違っても食べられないだろうし、存在自体知らないのも無理は無い。
目の前にだされた皿には白い海老の身が肉厚に切り分けられていた。
うわまた贅沢な大きさだな・・・。前食べた時はこれの半分くらいだった気がするぞ・・・。
エトワールはさっさと身にナイフを入れてもぐもぐやっていた。
「・・・・・・ん、いいね。シェフこれいい腕だ」
そしてシェフの腕を褒めている。
・・・そうなのか? 私はただ食材の旨みに圧倒されるばかりでシェフの腕とかまで考えが及ばんが・・・。
というかシェフの腕の差がわかるほどこの海老を口にしているということなのか・・・。

食事を終え、我々は食後のワインを口にしていた。
そこでようやくここまで無言を貫いていたヴァレリアが口を開く。
「・・・どう? お腹も膨れて少しは落ち着いて? 宿泊用に部屋を用意させるわ。不本意だけど時間がかかるのも仕方がないわね。必ず幽霊は駆除して頂戴」
優雅にワインを口にしながら宣言するかのようにそう言う。
・・・むう、エトワールの言うように食い物に釣られたわけではないものの、帰り辛い空気にはなってしまった。
「しっかしー・・・」
こちらもワインを飲んでいたエトワールがヴァレリアを見て口を開く。
どうでもいいがいいのかこの娘は酒飲んで。年齢的に。
「随分こだわりますね~お嬢サマ。あれですかひょっとするとひょっとしてお嬢サマはあれなんですかね。オバケとか怖いクチなんですかね」
ニヤニヤ笑って言うエトワール。
・・・うわぁおいおいヘンな挑発しないでくれ。
相手は世界を震撼させる魔人の1人なんだぞ君は知らんだろうが。
「・・・食後の冗談としても、出来はいまいちといったところね」
しかしヴァレリアは冷たく笑ってナプキンを口元に当てただけだった。
そこで話は終わるかと思いきや、突然弾かれたようにエトワールが立ち上がってヴァレリアの背後を指差す。
「あーっ!!!!!! 学校帰りの中学生に万引きされて注意したら逆ギレされて殺された駄菓子屋のバーコード頭のオヤジの霊!!!!!!!!!」
なんてしょぼい霊!!!!!!!
我々は呆気に取られただけだったが、ヴァレリアの反応は違った。
彼女は「・・・ヒッ!」と短く悲鳴を上げるとガバッと背後を振り返った。
そして必死に背後の空間を見渡す。
しかし当然口から出任せなのだ。そこにオヤジの霊などいない。
やがて彼女もその事に思い至ったのだろう、ギギギギと軋む音が聞こえてきそうな程ぎこちない動作でテーブルへと視線を戻した。
「・・・つ、つまらない諧謔ではあったけど、無碍にするのも大人気ないものね。乗ってあげたわ」
「お、お嬢様・・・ご衣裳が・・・」
こちらも珍しく少々の狼狽を含んだ声でベイオウルフが主へ呼びかける。
「・・・え?」
言われてヴァレリアは初めて気が付いた。
彼女が手にしていたワイングラスはテーブルに倒れ、流れ出たワインはテーブルを伝って彼女のドレスのスカートに滴っていたのだ。
「ふふ~~~ん?」
エトワールがニヤリと笑った。
わぁあれはネズミを前にした猫の笑みだよ。私にはよくわかる・・・何せよく私もあの笑い方されるからな身内に。
と、そこへドアから顔を出したものがいる。
バーコード頭のオヤジだ・・・・。
「どーもー、失礼します。アンカー・ガスの者です。ガス灯の点検にお伺いしまし・・・」
「『螺旋を描く蛇』ぃぃぃぃっっっっ!!!!!!!」
悲鳴じみた声でヴァレリアが叫んだ。
巨大なドリル状の回転する水塊を思い切り食らった作業着姿のバーコート頭のアンカー・ガス社の作業員のおじさんは
「・・・ガスを大切にねッッッ!!!!!!!!」
と叫んで吹き飛ばされていったのだった。