第10話 神都の花嫁 -2


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神都パシュティリカ郊外。
草原に広い牧場がある。
牧場主の人の良さそうな中年男は、その日アポのあった商売相手を迎えていた。
「どいつも手塩に掛けて育ててきた自慢の子らでさァ。さあ、若旦那ご覧になってくだせぇよ」
柵越しにもしゃもしゃと草を食べている「それ」を指して牧場主は笑顔で背後を振り返った。
背後にいたのはカイリだ。
彼は心なしか緊張した面持ちで真剣に「それ」らを見詰めている。
「…どれも肌のツヤはいいみたいだな」
カイリが言うと、そうでしょうそうでしょうと牧場主が何度も肯いた。
「勿論でさァ。どいつもレース用にだっていけますぜ。脚にも自信アリですわ」
「そうか…」
そう言ってカイリは柵に身を乗り出して中を覗き込む。
そんな彼の視線に、1匹の「それ」が映った。
「あれは…あの白いの」
カイリが指したのは、1匹だけ他の「それ」らとは違う純白の一匹。
「ああ、ありゃ珍しいアルビノ種ですなぁ。あっしもこの歳までずっとこいつらの面倒見てきて、真っ白ってのは初めてでさぁね」
「色が違う以外に何か他のと違う所は…? あれも売り物なのか?」
カイリが言うと牧場主はちょっと難しい表情を浮かべた。
「や、勿論脚だって何だって他のやつらにゃ何も劣る所はありませんぜ、若旦那。…けどねェ、何分珍しい色だもんで、ちょいとこいつが張りますぜ?」
そう言って牧場主は人差し指と親指で輪を作る。
「構わないよ。…あいつを貰っていく」
カイリが背負っていたカバンを下ろすと、その口を開いた。
中から100クラウン紙幣の束をいくつか鷲掴みにして取り出す。
「貯金を全部下ろしてきたんだ…。あ、明後日は…僕の人生で一番の…一番の…大事な…っっ!!!!」
突然ぐわっとカイリが牧場主の襟首を両手で掴み上げた。
そして渾身の力で前後にがくがくと揺さぶる。
「大事なっ!!! 大事な!!!! 大事なぁ!!!!!!」
「あぶっぶぶぶぶばばばばばば…!!!」
まともに制止の言葉も口に出来ない牧場主が目を白黒させる。
すると、急にぐらりと身を傾かせたカイリがその場にどうと倒れ伏した。
「わあ、ちょっと!!? …若旦那!!??」
白目を剥いて泡を吹き、失禁して気絶してしまったカイリを前にうろたえた牧場主の狼狽する声がいつまでも響いていた。

神都では婚礼の儀の前祭が始まった。
数百人によるパレードが1層より順に各層を回る。
踊り子や楽隊、祭儀用の装束に身を包んだ神官たちに続き、輿竜に白い輿を背負わせて新郎アシュナーダ、新婦メリルリアーナが沿道の人々へ向けて手を振る。
パレードを一目見ようと沿道には浮遊大陸中より多くの民達が駆けつけてきている。
歓声と紙吹雪の止まない大通りを賑やかに晴れやかにパレードは進んでいく。
「こりゃすごいな。よくこんだけ集まったもんだ」
通りに面した大きな建物の屋上から、柵の上へ身を乗り出してジュデッカが言った。
彼女の眼下には、まるで海原の如く地を埋め尽くした人の波があった。
エリス達は今、この建物の上からパレードを見物しているのだ。
「こんな中でその例の教団とやらが暴れたんじゃどうにもできないんじゃないのか?」
問うジュデッカの視線の先にいるのはアレイオンだ。
先のクバードとの一戦の傷が未だ癒えないこの蒼の将は今も松葉杖を突いている。
「勿論、我々も考えられる限りの防備を敷いていますよ。皇国軍を総動員してね」
アレイオンの言葉に拠れば、神都の外に配備されている部隊からも多く増援が今来ているそうだ。
それで100%大丈夫というものでもないのだろうが、手は尽くしているという事なのだろう。
「…何かしてくるとすれば、4日後でしょうね」
ベルがジュデッカと同じように前のめりに柵にもたれ掛りながら言った。
4日後とは、パレードが終わり四層の聖殿にて結婚の儀が執り行われる日である。
「ま、テロには一番効果的な日ではあるよね」
振る舞い酒のジョッキを口に運びながらスレイダーが相槌を打つ。
そんな中、エリスは1人キョロキョロと辺りを見回していた。
「どうしたの?」
そんなエリスにベルが問いかける。
「あ、その…カルタスさんがいないから」
言われて周囲を見回す一同。
なるほど、カルタスの姿が無い。
「ああ、アイツなら俺がぶっ叩いて庭に埋めてから誰も掘り出してねえと思うぜ!!」
威勢良くそう言ってから一息にジョッキをあおってグライマーが笑った。
「じゃあまだ埋まってるのね」
「…………」
ベルが言うと一同が無言で顔を見合わせた。
「たっ、大変だ!! スコップ!!」
そしてアレイオンの叫び声を合図に全員4層へ向かう為に走り出した。

その後、何とかカルタスも掘り出され、皇国軍の警戒を他所に何事も起きる事無く、婚礼の儀は本祭の日を迎えていた。
この日ばかりは4層もそれまでのお祭り騒ぎの様相は無く、厳粛な空気に包まれている。
白い聖殿に、並ぶ白い装束の神官達。
壇上に立つバルカンの背後には、皇国の守護竜パーラムの像がある。
どこまでも白の続く、静謐な空間。
間も無くここに、アシュナーダとメリルリアーナがやってきて夫婦の誓いを交わすのだ。
「いよいよね…」
緊張した面持ちで、しかし目を輝かせてエリスは本殿をやや離れた場所から見ていた。
エリス達には特別に貴賓席が用意されており、皆そこで式を見守っている。
「よーく見ておけよ。自分の時の参考になるかもしれないぜ?」
そう言ってジュデッカはニヤリと笑う。
「じっ!…じぶ…!?」
途端にエリスは真っ赤になって目を白黒させた。
(自分…自分の時って…私が結婚!? お、おじさまと…)
そんな日をこれまでも思い浮かべなかったわけではない。
エリスの脳裏にウェディングドレスを着た自分の姿が思い描かれる。
…しかし、その周囲には同じ様にウェディングドレス姿のDDやマチルダがいるのだった。
(…って多!! 花嫁多!!!!)
慌ててばっばっと両手を振ってエリスが自分の妄想を打ち消す。
「何踊ってやがんだ、オメェは」
隣でグライマーが眉を顰めている。
そしてそのエリスの狼狽を合図にしたかの様に、楽隊が静かな曲を奏で始めた。
全員、会話を止めて聖殿を見る。
皇国の旗を持つ銀の鎧の衛兵2人が入ってくる。
そして彼らは聖殿の入り口で左右に立つと、旗を掲げて直立不動の体勢を取る。
その旗の下を、新郎と新婦がゆっくりと歩いてきた。
民族色の強い黒の新郎の衣装に身を包んだアシュと、その隣に白いウェディングドレスに身を包んだメリル。
2人の姿は、まるで物語の中の一幕の様に幻想的で美しかった。
静かにゆっくりと壇上へと進む2人を、金の杖を持つバルカンが待つ。
そして2人はバルカンの前で足を止める。
誰もが、呼吸も瞬きも止めて壇上に見入っている。

その時、異変は突如として起こった。
バルカンの背後、神竜パーラムの神像のその更に背後、壁面を飾る美しいステンドグラスが大音量を立てて粉々に砕け散る。
『…!!!!』
その場にいた全ての者達が息を飲んだ。
そんな中でただ1人、新婦であるメリルだけは冷静な目をしていた。
「襲撃か…!!」
アレイオンが席を立つ。
警護の兵達がざわつく。
ステンドを突き破った何者かが、舞い落ちるガラス片の中を跳ぶ。
そしてその何者かは、聖殿の中央へ降り立った。
「……・バッタ」
新郎と新婦を庇うようにその前に立ったバルカンが呟いていた。
降り立ったもの…それは、騎乗用の巨大なバッタだった。
それも、純白の。
そしてその白バッタの背には、仮面で顔を隠した若い男がいる。
「白馬じゃなくて白バッタに乗った王子様が登場したわよ」
どこか呆れた様にベルがそう言った。
「ねえ、ちょっと…あのバッタに乗ってるのって…」
青ざめた顔でシトリンが呟いた。
仮面で顔を隠してはいるものの…その髪の色に、シルエットに、彼女は覚えがあった。
そして彼女は振り返る。先ほどまで弟がいて、今は無人の席を。
シトリンの隣にいたスレイダーは今は騒ぎの方ではなく明後日の方向、空を見ていた。
「…オジさんには何も見えないな」
どこか清々しさすら感じる表情で遠い目をしたスレイダーが言う。
「現実がショック過ぎて、目が映した映像を脳が拒否したらしいわね」
そんなスレイダーをちょんちょんとベルが突いた。

白いバッタに跨る仮面の男が、バルカン達へ向けて右手を突き出した。
こちらへ来い、と言う様に。
「…姫!!!」
仮面の男が叫ぶ。
そして、その叫びに応じてメリルが走り出していた。
前にいたバルカンを押し退けて、仮面の男へ向かって。
「何ッッ!!??」
予想していなかった皇姫の行動に、バルカンが驚愕する。
男の下へ駆け寄ったメリルは、その手を掴みバッタの背に跨った。
「いくぞ!!!」
自らの腰に掴まる皇姫の感触を確かめて仮面の男が合図をする。
バッタが地を蹴り、後翅を羽ばたかせて自らの空けたステンドの大穴から外へと飛び出していった。
「…ち、ちょっと…さらっちゃったわよ…お姫様…」
呆然とシトリンが呟く。
うろたえる彼女は隣のスレイダーの腕を掴んで揺さぶっている。
「さ、シトリンちゃん。そろそろ帰り支度をするとしようか。ほら皆忙しいしあんま長居しちゃうとご迷惑掛かるからね…」
そして、そのスレイダーは1人何事も無かったかのように帰ろうとしていた。
「皇姫様がさらわれたぞ!!!」
聖殿内は騒然となった。
しかし、誰の目にも皇姫は自分からあの仮面の男に付いて行った様に見えた。
その事が現場の混乱に拍車をかける。
そこへ更に追い討ちをかけるように、聖殿に伝令の兵が飛び込んできた。
「ご報告申し上げます! 神都のあちこちで爆発が起こっております!! また各所に教団の者と思われる者達が現れて暴れているとの報が!!!!」
巻き起こる同様の声は最早悲鳴に近い。
兵達を纏める為にアレイオンがすぐに指示を出し始める。

バルカンも皇姫をさらっていった仮面の男の正体に薄々察しがついていた。
「…教団の襲撃を見越して皇姫様を安全な場所へ…? いや、しかしそれでは色々と不自然だ…」
唸ったバルカンが自らの顎を摩った。
貴賓席のエリスたちも各々の思惑を持って動き始める。
「…始まったみたいだな」
そう言うとジュデッカはテーブルの下に手を突っ込むとライフルの入った革ケースを引っ張り出した。
「そんな物持ち込んで…」
怒った様に呟くエリスに、ジュデッカは片目を瞑って見せて笑う。
「いいじゃないか。実際今から役立つんだからよ」
その時、高速で何かが飛来した何かがジュデッカの頬を掠めた。
自らの後方の壁をガッ!!という炸裂音と共に穿ったその何かを、チッと舌打ちして彼女が振り返る。
抉られた壁からヒラリと宙を舞ったのは1体の極光精霊だ。
「急かすんじゃねえよ、今行くって」
そう言うとジュデッカは優しくエリスの頭に右手を置いた。
「御指名らしいぜ…ちょっと行ってくる。いい子にして待ってろよ、エリス」
「ジュデッカ…」
エリスは不安そうにジュデッカを見上げた。
何故か、引き止めなければ…と、そう彼女は強く思った。
以前、まだ若返る前のウィリアムと水晶洞窟へ行った時に、彼を行かせてはいけないと感じた不安と同じ物を今のジュデッカから感じるのだ。
…しかし、エリスがその想いを言葉にする前に、ひらひらと後ろ手に手を振ってジュデッカは行ってしまう。
言葉も無く差し出されたエリスの右手は、ただ虚しく空を切るだけであった。

カーラは式の様子を、誰からも見えない場所から1人で見守っていた。
異変の中で、皇姫を追うために仮面の女剣士は背を預けていた石柱から1歩前へ出た。
「…動くな」
その彼女を制止する声は背後から聞こえた。
「!」
カーラの足が止まる。
声以上に、全身を刺し貫いた強い殺気による戦慄に。
彼女は気付かなかった。自分が寄り掛かっていた柱の背後に、誰かが同じ様に背中合わせに寄り掛かっている。
「お前はここへ留まれ。私の相手をしてもらおうか」
真紅の髪が揺れる。
黒衣に金色の瞳の女性は、腕を組んで柱に寄り掛かったまま、薄く笑った。
「私の名はエウロペア。真祖…赤竜の血に連なる者だ。半端な紛い物の身でありながら私に先に名乗らせる事、そして私の相手に指名を受けた事を光栄に思うがいい」
「…レッドドラゴン…」
息を飲んだカーラが戦慄する。
そんな強大な存在が皇国にいたのなら、今まで自分が知らなかったとは思い難い。
しかし、エウロペアと名乗った彼女から感じる気配は、抑えていて尚わかる程のかつてない圧倒的なものだった。
カーラは身構えながら素早く頭を回転させる。
…ともかく、まずは相手をこの場から引き離さなくては。
しかし、小細工を弄してエウロペアがそれに乗ってくるとは到底思えない。
だからカーラは正攻法で行く事に決めた。
「黒の将カーラ・キリウスだ。ご指名、有難くお受けする。…この場では全力を出せない故、場所変えを願いたいが」
「いいだろう。私にもその程度の寛容さはある」
鷹揚に肯いてエウロペアがそう答えた。

ライフルのケースを肩に担いだジュデッカが中庭へ出てきた。
気配を感じ、ジュデッカが上を見上げる。
聖殿の二階のテラスの石造りの柵の上に、みる茶が座って自分を見下ろしていた。
「…やあ」
言葉だけで挨拶するみる茶。
「…ジュデッカ・クラウド」
ジュデッカは名乗りを上げる事で応じた。
そして肩に担いでいたケースを下ろすと、口を開いて中から愛用のライフルを取り出す。
「これからお前の脳天に風穴を開けてやる女の名前だ」
そう言ったジュデッカがニヤリと笑った。瞳に冷たい光を宿らせて。
「ふーん、ジュデッカね」
大して興味も無さそうに言うと、みる茶が後ろ髪を優雅に払った。
「私の名前はみる茶。見知り置いてもらおうかな」
対するみる茶の名乗りには、ジュデッカは無反応ではなかった。
ピクリと眉を上げて、その顔をまじまじと覗き込む。
「みる茶…? お前があの『緑の家』の?」
「!!」
みる茶の髪がざわりと広がった。
彼は瞳を鋭く細めて、ふわりとテラスを飛び降りて地に降り立つ。
「不愉快な事を思い出させてくれるね」
声に嫌悪感を滲ませ、みる茶がジュデッカを睨み付けた。
「つまらない事を知っている君は楽には死ねないよ。…覚悟したらいいんじゃないかな」
そう言ったみる茶の周囲に、無数の極光精霊が浮かび上がった。